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無理だってば

「――で、どういうことだ?」


今朝ここを訪ねてきた百合花から、昨晩起こった事件を聞いた。

アンドレイアはまだ眠く、大きなあくびをする。


「本当に悪いけど、他に頼れる相手がいなくて」

「いや、そこじゃねえよ。お前の仲間が今信用できない状態なのは分かったけど、その話を聞いて俺にどうしてほしいんだよ」

「逆鱗をもうしばらく預かってくれないか?」

「バカ言え。人が死んでるんだろ」

「だけど、君にしか頼めないんだ」

「嫌だね。そんな大きなトラブルに俺を巻き込むな」


アンドレイアはきっぱりと断る。

これは彼の個人的な争いだ。

思想信条で特定の誰かに肩入れするかもしれない件へは、軽率に手を貸さないと決めている。


「報酬を出そう」

「金が絡むなら余計に関わりたくねえな」

「君が望むものを何でもひとつ、でもダメかい?」

「……面白くねえな。金じゃないってのは、そういう損益の話じゃねえの。お前が切羽詰まってるのはわかるけど、やる気がわかねえんだよ。悪いが――」


帰ってくれ、と続けようとしたところで、バシレウスが帰って来る。

バイフゥが彼の方を見た時、僅かに瞳が揺れた。


まだバシレウスとは会っていないはずだ。

なのに、こういう反応をするということは、どこかで見かけたか、または聞いたか。


「む、客人がいたか。邪魔をしたな」


バシレウスが横を抜けて、奥の部屋へ行こうとする。

アンドレイアは彼の腕を掴んだ。


「……てめえ、何やった?」

「何をやった、というのはまた抽象的な質問だな。何もやっていなくても、何かやったかと勘違いするではないか」

「じゃあ、今まで何やってたんだ?」

「調査だ。私は目立つからな。夜間でなくては怪しまれて困る」

「他にお前と同じ見た目のやつは?」

「今のところ見ていない」


アンドレイアは小さくため息をつく。


「バイフゥ。こいつ、信用できるか?」

「……そうだな。君の敵意を見れば信用する相手ではないのだろうと思うよ」

「だな。こいつは超がつくほど怪しい。今だって具体的には何ひとつ説明しようとしていない。自分が疑われていることを分かっていても、疑いを晴らそうとしねえ。自分がやっていることが正しいって確信を持ってるんだよ。イカれてる」


「彼は信用できない相手なのかい?」

「俺も詳しい人物像はわからん。この通り自分の話をしないやつだしな。でも、悪党じゃない。それだけは言い切ってもいい」

「もし彼が、僕にとっての『悪党』だったら、どうする?」

「ハッ、そん時はぶっ殺してやったらいい。あんたに無理なら俺がやる」


その会話を聞いて、バシレウスはクックックと笑う。


「それほどまでに疑われているとは思わなんだ。では、どうしようか。私を信用してもらうために、何かいい策はあるか?」

「……バイフゥ、お前まだここに滞在できるか?」

「ええ、まあ。次の馬車の手配と商会への連絡、やることはたくさんありますから」

「だったら、こういうのはどうだ? これから何日間か、バシレウスと行動を共にする。そんでこいつが裏でこそこそ何をやっているのか隣で見る。そのうえで信頼できるなら、頼ったらいい。こいつは俺とは逆で利益で動くタイプだ。相談くらいには乗ってくれるだろうよ」

「その間だけ自分を偽るかもしれないのに?」

「最後の最後に裏切るようなら、それこそ代わりに俺がこいつを殺してやるよ」


アンドレイアは本気で言った。

元々そういう関係だ。

それを聞いて尚、バシレウスは涼しい笑みを浮かべていた。


「私には隠すべきことなど何もないがね。徒労にはなると思うが、そちらの御仁が良いのなら、その提案も受け入れるよ。そうだな、改めて自己紹介しておこう。私はバシレウス。魔族の主にして、魔王だった者だ」

「魔族の王?」

「聞き流してもらって構わない。特に説明する気はない」

「……僕は百合花バイフゥファ。バイフゥって呼んでくれ。グリフィン商会の専属喧嘩師をしている」


「それはそれは。立派な役職をお持ちのようだ」

「……もしかして、僕のことを知っている?」

「その話はおいおい致しましょう。さて、さっきも言ったが、私の活動時間は夜なのでな、これから休息をとる。バイフゥ殿、あなたも随分と寝不足のようだ。ここで良ければ仮眠でもとっておいた方がよい。君が寝ている間に私が何か行動を起こすということはないから、安心してくれ」


彼はそれだけ言うと、寝室へ向かった。


「……彼、大丈夫なんですか?」

「大丈夫かどうかは自分で判断してくれ。俺は嫌いだが、お前にとってはそうでもないかもしれない。先入観は真実を曇らせる。公平な判断を頼むぜ」


突如、玄関のベルが鳴って、セシリアが来た。


「おはようございます。って、あれ? どうしてバイフゥさんが?」

「トラブルだとさ。しばらくこっちに滞在するそうだ」

「そうですか」


彼女はそれだけ返事をすると、一礼して店の奥へと消えた。

彼女は詳細な理由にまでこだわらない。

だから、あの程度の説明でも十分に飲み込んでくれる。


「……この店の人たち、皆ちょっと変ですね」

「妥当な評価、感謝するぜ」


アンドレイアは苦笑した。






それから百合花は言葉に甘えて昼頃まで休息した。

店主のセシリアは全く気に掛けていないようで、一度出て行ったまま帰ってこなかった。

それくらいにはアンドレイアとバシレウスのふたりを信用しているのだろう。


アンドレイアはずっといくつかの書類を読んでいた。

何をやっているのか聞いたところ、文字が読めないからその訓練をしているそうだ。


「それならちゃんとした教師をつけるべきじゃないのかい?」

「そのうちな。今はまだ節約しなきゃならないからな」


そう言ってかれは文字とにらめっこを続ける。

良い事を思いついた。


「いい教師を紹介しようか? 一流とは言わないが、子供に文字を教えるくらいのことならできる」

「だから、雇えねえって」

「無償さ。僕も君に迷惑をかけているからね。もちろん期限は短いけど、足がかりがあれば少しは楽になるだろう?」

「あー、そうだな。考えとくよ」

「ああ、そうか。ごめん。君は誰かに習うのが苦手だったね」

「まあな」

「理由を聞いても?」


問うと、彼は面倒くさそうに頭を掻く。


「あー、あんまり面白い話でもねえよ。例えばひとりの先生から数年かけて基礎を習うとするだろ? でもそれは他じゃ通用しないことが結構ある。習ったことは先生の見てきた範囲でしか有用じゃないからさ。

だから今度はまた、自分の知らないことを知っている人間に師事を乞う。それの繰り返しに十五年ほど費やして、ようやく気がついた。

必要なのは基礎だけで、あとの応用は自分で考えて導き出さないといけない。そうしなきゃ、初見の敵に対応できない。命のやりとりにおいて一番重要なのは状況判断だろ? 判断材料を集める努力さえしていればいい」


「効率が悪いと思わないのかい?」

「自分が死にかけた時に誰かのせいにするのが嫌なだけだ」

「君は人間嫌いかと思ったけど、違うんだね」

「あー、そうだな。自分で言うのも怠いが、俺は別に人間嫌いじゃない。嫌いになりたくないって方が正しいかもな。ああすればよかったとかこうすればよかったとか、そういうことを考える時に、誰かのせいにはしたくない」

「……そこは同感だ」


「その点に関してはバシレウスも同じだと思うぜ。あいつも自分の手でやらないと気が済まない方だ。じゃなきゃ夜な夜な足を使って情報収集なんてするはずがない」

「君は彼が本当に情報集めをするためだけに夜間出かけていると思っているのかい?」

「今のところはな。企みをするにも、有用な人材はこの町にいない。喧嘩大会で分かったが、この町は善良な市民ばかりだ。試合前に毒を盛るやつくらいはいると思っていたが、それもなかったしな」

「それが基準なのかい」

「何かおかしいかよ」


百合花はくすくすと笑った。

話せば話すほど、彼はこちら側だ。

戦うことだけじゃない。

殺されるほどに追われることに慣れている。

警戒心と危機管理能力も高い。

どうしても、欲しくなる。


「もう一度だけ聞くけど、本当に僕らの方で働く気はないのかい?」

「ない。もうセシリア装飾店の従業員だからな。ここでやれることをやっていくさ」

「だったら、それこそ読み書きに手間取っている場合じゃないと思うけどなあ。だいたい、読み書きは生死に直結しないだろう? 戦闘とは違うんだからね」

「……それはそうかもな」


彼は少し紙面から目を離す。

物事に対する考え方の癖なのだろう。

やはりその感覚や基準が絶対的に正しいとは彼も思っていないのだ。


「やっぱり、習うことをおすすめするよ。さっきも言った通り、戦闘訓練と学問は根本的に異なる性質のものだと思うよ」

「一理ある気がしてきた。実際、数日もこの調子じゃな……」


どうやら彼の学習は芳しくないようだ。


「そういえば、どうして会話はできるのに文字は読めないんだい?」

「なんかそういうもんなんだよ。俺も詳しくはわからん。にしたって、文法は同じだし、単語の音も同じなんだからそう難しいもんでもないと思ってたんだけどな」


「――話を戻そう。商会を通じて教師を派遣してもらうよ。今回の件で手紙を送るついでにさ。君はその間、文字を使わない仕事でもしたらどうだい?」

「戦えってのか?」

「君はそっちの方が向いているだろう? 君なら信用できるし傭兵の仕事を斡旋してあげるよ。護衛になるか警備になるかはわからないけど、そういう仕事なら見つけられるはずだよ」

「お言葉に甘えるとするか。どうも自力でやるのは“効率が悪い”みたいだからな」

「そう拗ねるな。君には頭を使うことよりも、そういう仕事がよく似合う」

「へえ、そりゃどうも」


当てつけのように紙を机に放り投げる。


「だったら、竜の討伐に参加できねえか? 今一番興味があるんだよ。生きてる竜にさ」

「……結論から言えば、無理だ。討伐隊は国の仕事なんだ。まず兵士になって、手柄を立てて、それから兵士長の推薦で討伐隊は選ばれる。君がどれだけ強くたって、この手順は省略できない。討伐隊に必要なのは信用と連携だからね。どれだけ急いでも五年はかかるよ」

「まるで見てきたみたいに言うな」

「――行ったことがあるからね。僕も元はそっちの出身だ」

「退役軍人にしちゃ若くねえか?」

「事情があるのさ」

「ふうん」


彼は興味なさげに返事をする。

実際、興味などないのだろう。


「竜、戦ってみてえなあ」

「無理だってば」


彼のぼやきに、百合花は脱力して返した。

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