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初めて見た

――日が暮れ、空の端が仄かに橙に染まるころ、アンドレイアが目を覚ました。

その時ちょうど、セシリアは居間のテーブルで商品の点検と箱詰めを行っているところだった。

彼の起き上がる動作に気がついて、目を向けた。


「目が覚めましたか?」

「……あー、まだ怠いけどな」

「お茶、飲みますか?」

「自分でやるから、そのまま仕事をしていてくれ」


彼は気怠そうに、小声で言って奥へ消えた。


彼のおかげでセシリア装飾店の名は、少なくともその場にいた人たちには広まったはずだ。

どちらかと言えば、彼の方が有名になってしまったようだが、彼のことを追えば必ずこの店の名前に辿りつく。

目的は達成できたと言ってもいいだろう。


訪れた人が装飾品に興味があれば、小物くらいは買ってくれるかもしれない。

それが彼のファンでもいいし、お土産に買って帰る人でもいい。


そこで思いつく。

彼がもっと有名になれば、それだけでこの店もつられて有名になっていくのではないだろうか。


しかし、それは邪道だ。

装飾品の質で認められ、名が広まるにこしたことはない。

だが、やり方にこだわって潰れていった店が、どれだけあることだろう。


まずは知ってもらい、手に取ってもらわなければ、商品の良さは伝えられない。

そしてその時、お客さんに満足してもらえるかどうかが、セシリアにとって最も重要なことだ。

仕事をこなしつつも、技術を磨き続けなければならない。

彼の名声に負けないくらい、立派な彫金師にならなければ。


セシリアがひとり静かに決意していると、今度はバシレウスが店の出入口から帰ってきた。

彼は今日一日、朝からここには帰ってきていなかった。


「おかえりなさい。こんな時間までどこに行っていたんですか?」

「調べものだ。まだまだいくらでも調べなければならないことがあるのでな。アンドレイア! 私にも紅茶を頼む!」

「てめーでやれ!」


奥からそう返ってくると、バシレウスはくすくすと笑う。


「調べものって、そんなに何を調べているんですか?」

「主に地図だな。この町の」

「地図? そんなのうちにだって……」

「地理のことだけではない。人間関係のことが主だな。社会的な地図と言ってもいい。どことどこが仲が良く、また争っているか、よそ者はどこの誰か。この世界の全体図を知る前に、まずはこの小さな世界のことからよく知っていかねばならない。思い込みで大事なことを見落とすかもしれないからな。――それよりも、逆鱗は渡したか?」

「はい。普通の鱗と交換してくれる約束をしました」


そう伝えると彼は満足そうに笑う。


「それは良い。巨大な商会へひとつ、大きな貸しを作れたわけだ」

「貸しって、あれは無償で……」

「信じまいよ。高価なものを無償で渡されたら裏を疑うのが普通だ。あえてこちらで裏を用意してやった方がいい。その方が信用される」


「でも、どうするつもりなんですか?」

「それを後で行使できるから、貸しなのだ。当面は必要ないしな。報酬を保留にしている、と考えていればいい」

「なんだか、ずるいやり方ですよ。それって」

「その通り。私はずるいのだ」


アンドレイアの用意した紅茶を飲んで、バシレウスはクスクスと笑う。


「そういえば、昼間のこと、もっと詳しく聞きたいんですけど」

「ああ、私とこいつの関係だったか? そうだな、どこから話せばいいか……。元々、私は王国を持っていた。それなりに大きくて、長く続いた王国だ。私はその王だった」

「王様だったんですか!?」


知った途端、彼の振る舞いにも説得力が出てくる。

気品があるというか、所作が小奇麗というか。

自分とは違う立場の人間だと納得できた。


しかし、無礼を働いていたことにならないだろうか。

知らなかったとはいえ、こんな小さな家に寝泊まりさせて、ろくにもてなしもしていない。


「も、も、申し訳」


頭を下げるセシリアを、バシレウスは手で制する。


「よせ。もう関係のないことだ。話の続きをしよう。その王国に対して戦いを挑んできたのが、こいつらの一味だった。戦いは熾烈を極めたが、私の部下のほとんどはこいつに殺されてしまった。まあ、戦争なのだから、殺すこともあれば殺されることもある。それ自体は仕方のないことだ」

「で、でも、今すごく仲が良さそうにして……」

「今争っても意味がない。それに、もう勝負はついていた。私の部下はほとんど死んだのだ。あとは私を撃って終わり、のところまで来ていた。しかしそこで邪魔が入った。何者かの意思によってここへ連れてこられた。その謎が解けるまで、手を結ぶことにしたのだ。なあ、アンドレイア?」


バシレウスが聞くと、アンドレイアはため息をつく。


「そんな細かい関係性の設定までした覚えはねえよ。ただ、大筋は合っている。俺たちは元の世界に帰ることよりも、なぜここへ連れてこられたのか知りたい。そのために、世界の全容を知らなければならない」

「世界、世界って、まるで違う世界から来たみたいなことを言っていますけど……」

「ああ、俺たちは違う世界から来た。もっと混沌としていて、地獄のような世界だ。帰りたいという気持ちが沸かないようなところだ」

「え、え、それって、どういうことですか?」

「だからそれを知るために、情報収集をしている。グリフィン商会に貸しを作ったのもその一環だ」

「竜の鱗は、役に立ちそうですか?」

「見てみなければわからない。加工、してくれるんだろ?」

「はい。それはしますけど……」


まだ納得のいっていないことはたくさんあるが、彼らふたりの事情はとりあえず言われた通りに信じることにした。

悪い人ではないのだから、細かく詮索しない方がいいだろう。


しかし、色々とやらなければならないことがあるのならば、彼らは旅人として生きるよりも、まず、地に足のついた生活をしなければならないのではないだろうか。

まだお金を稼ぐ手段もなく、ここ数日はセシリアの貯蔵していた食糧を少しずつ使っている。


「じゃあ、おふたりは、正式にうちの従業員になってしまうのはどうでしょうか」

「じゃあって何だよ」

「この先、長期でここに滞在するのなら、絶対にお金が必要になりますよね。それに、身分も。私の店で働けば両方が手に入りますよ!」

「いや別にここでなくてもいい。それなりに危険なこともあるだろう。お前を巻き込むことになる」


バシレウスの冷静な返答にセシリアは少し怯んだが、まだ続ける。


「わ、私、実は人脈があるんですよ」

「ほう?」

「え、えっと、その、まあ、おじいさまが亡くなってから、十数年は会っていない方たちばかりですけど……」

「希薄な人間関係だな。お前友人はいるのか?」

「うっ」


痛いところを突かれた。

この町ですら、親しいと呼べる人間はいない。


だって、仕方がないではないか。

普段は工房にこもっている上に、商品は宅配で送るものがほとんどなのだ。

買い物以外で外へ出ることはほとんどない。

接客だって、無いに等しい。


「バシレウス、ひとまずここを拠点にするのには俺は賛成だぜ。店の収益とは別に何か収入を得る方法を考えないといけないが、身分と住所は必要になるだろ」

「ふむ。収入源か……」

「ちょ、ちょっと待ってください。生活だけならお店の収入でも十分できますよ。給料だって払えます」


自信なくそう言うと、アンドレイアがずいっと体を乗り出す。


「どれくらいだ? 正直な話、毎日暮らしていけるくらいの金だと全然足りねえと思うぞ。これから色々必要になるからな。今回みたいに竜の鱗を手に入れられたのも偶然のようなものだし、本来なら調べるためだけに買わないといけなかったはずだ。そういうものが、たくさんある。そこまでの負担をお前ひとりに負わせるわけにはいかない。それに、収入を得ることも勉強になる。俺とバシレウスがそれぞれ得意なことで金を稼ぐのは悪くないと思うぜ。籍は置かせてもらうけどよ」

「でも、籍を置いていたら、私のお店の収益として換算しないといけなくなりますよ……?」

「構わない。俺たちはまだ金銭のことをよく知らないからな。そこから諸経費とか生活費とかでも引いて渡してくれたらいい」


ふたりともそのつもりのようだ。

別にお店を手伝ってほしかったわけではないが、少し寂しい。


「お前がもし大金持ちになりたいのなら、その手伝いはできる」


バシレウスがからかうように言い、アンドレイアが肩を叩く。


「調子に乗るな」

「望むならば、この店を際限なく大きくすることも可能だ。私には知識と経験があるからな」


彼の怪しい笑みに、セシリアは首を振る。

まるで悪魔との取り引きだ。


「いえ、そこまでのことは……。私はただ、もう少しだけお店が繁盛してくれたら、と」

「無欲な娘だ。我々を使えば何でも手に入るというのに」

「そうですか? 少なくとも、今の私にはおふたりは無職の旅人ですよ」


セシリアは本心からそう言った。

彼らがとてもすごい人物であることはわかったが、それはそれだ。


「綺麗に言い返されてんじゃねえか。まあ、お前にも俺たちのことはいずれ認めさせるよ」

「――あっ、そうです。ふたりとも、この店の従業員になるんですから、私のことはちゃんと“店長”と呼んでください」


セシリアは胸を張って言う。

初めての従業員だからこそ、きちんとしなければ。


「店長?」

「セシリア店長。そうでしょう?」

「……自分を店長って呼ぶよう強制してくる奴、初めて見た」

「なっ、いいでしょう!? 私そんなに変なこと言ってますか!?」

「からかってねえよ。店長、竜の鱗のことはよろしく頼むぜ」


アンドレイアはそう言って笑う。

からかっていないことはないだろう。



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