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まずは様子見で

グラトンと呼ばれた男は、筋肉隆々、仕事で鍛えたであろう巨躯が威圧感を放っている。

拳も大きく、分厚い。

堂々とした態度から見るに、恐らくかなり喧嘩慣れしている。


アンドレイアには、対人戦の心得はない。

ゴブリン、ゴーレム、サイクロプス――人型といえばいくらか戦ったが、人間と戦うことはそう多くなかった。

猟師と兵士の違いのようなものだ。

そこに必要とされる能力はまるで違う。


とはいえ、人間相手に後れをとったことはない。

体格、技術、経験。

そのどれもが劣っていても、アンドレイアは勝ってきた。


試合開始と共に、彼は突進をしてきた。

勢いと共に押しつぶしてしまうつもりなのだろう。


(こういう相手なら楽勝だな)


相手の歩幅を見て、五回目の右足の踏み込みがどこへ来るか予測する。

そして、そこへタイミングを合わせて、踵を落とす。


「むぐぅ!」


恐らく足の甲は折れただろう。

彼はしゃがみ込んで痛がっていた。


「あー、あんまり無理しない方がいいぜ。医者呼べよ」

「これくらいで!」


腕を振り回すも、間合いの外に逃げたアンドレイアを、負傷した足では追うことができない。

程なくして、彼は負けを認めた。


それから三人ほど、アンドレイアに挑戦する者がいた。

しかしその誰もが、かすり傷を負わせることすらできず、根性だけでは耐えられない負傷で降参を認めていく。

これだけやれば、さすがに軽率な戦いを挑む者もいない。

この瞬間だけは、この場で最も強い者が証明されていた。


――そうなると、当然出てくる。


「次、僕がいきます」


柵の外から静かに様子を見ていたバイフゥが名乗りを上げた。


朝にも見たが、彼はとても小柄だ。

身長も平均的、腕や体の太さもそれほどではない。

それに、手の甲がとても綺麗だ。

鍛え上げられた拳は、皮がもっとゴツゴツとしていて、岩のようになっているものだ。


今までに戦った中だと、一番似ているのはエルフだろうか。

しかしエルフのように魔法や弓矢を使うわけもない。

彼の外見から、彼の持っている武器がまるでわからない。


「構いませんよね? 事実上の決勝戦でも」

「俺はいいが、他に挑戦者がいるかもしれないだろ」

「もういませんよ。参加者の半分はあなたが倒してしまいましたし、残りも戦意喪失しています。だから、ここで僕が勝てば、僕の優勝ですね」


彼は半身になって、右手を前に、左手を後ろに下げる。

手は開いていて、やはり殴ることを前提にはしていないようだ。


警戒すべきは捌きからの掌底と掴みだろう。

先に手を出すべきではない。


そう理解していても、好奇心が沸く。

彼がどういう攻撃をするのか、興味がある。


(じゃ、まずは様子見で)


アンドレイアは踏み込んで、左手のパンチを放つ。

ダメージを与える目的ではない。

だから、できるだけ、軽く、早く。


バイフゥは完全にそれを見切り、内側へ入り込んでくる。

胴が密着するかどうかという刹那、地面が揺れたような感覚がした。

そして次の瞬間、まるでサイクロプスに殴られたような衝撃が走り、アンドレイアは吹き飛んだ。


「なん、だ……」


この威力には覚えがある。

巨人の使うこん棒がこれくらいの衝撃だった。

盾で防御してもそれごと吹き飛ばされる力の塊のような攻撃。


衝撃は体の内部に響き、すぐには立ち上がれない。


「武術ですよ。あなたも詳しいのかと思いましたけど、そうでもないみたいですね」


威力もさることながら、とてつもなく素早い攻撃だった。

極至近距離から放たれた何かに、アンドレイアは吹き飛ばされたのだ。


過去、見えないほど素早い攻撃をする敵はいた。

しかし、どんな生物でも行動の起点は必ずある。


(もう一回くらったら、ヤバいかもな)


恐らくこれはまだ、軽い当たりだ。

向こうもこっちの出方を伺って、反撃をもらわないよう軽めに撃ったにちがいない。

警戒しているから、追撃の前に距離をとったのだ。


今の反応で、向こうにこっちの無知が知られてしまった。

次は本気でくるだろう。

受けて理解する間もなく気絶する未来が見える。


「君、そこらの人より強いからこの大会が終わったらうちで雇ってあげるよ。武術を学べばもっと強くなれる」

「……断る。人から何かを学ぶのが嫌いでね」

「拒否権はないよ。君はそれを賭けたんだから」


彼は構えつつ、アンドレイアへ歩み寄った。






「――もう始まったか」

「ひゃっ!?」


セシリアは背後から声をかけられて短い悲鳴をあげた。

振り向くと、銀髪灼眼で長身の男性――バシレウスが立っていた。


「そんなに驚くことはないだろう」

「い、いきなり後ろから出てくるから!」

「それよりも、今どういう状況だ? やつは勝ってるのか?」

「勝ってました。さっきまで、ですけど。あの人、とても強いみたいです」


「ああ、グリフィン商会の百合花バイフゥファだな。しかしアレを退ければ、優勝したも同然だろう」

「それはそうですけど……。って、あれ? なんで名前を?」

「昨晩調べた。お前もグリフィン商会がこの大会に出てくることは予想していなかっただろう?」


それは当然だ。

こんな小さな大会にわざわざ出てきて、たったひとつの竜の鱗を得ようとするなんて考えるはずもない。

と、そこまで考えると疑問が浮かぶ。


「なぜわざわざ、あれほどの人材を使ってまで鱗を得ようとしているのか、気になるのではないか?」

「は、はい。商会には鱗なんてたくさんあるはずですし、大会に出てまでもらうものじゃないはず……」

「そう、そこだ。あの鱗は、商会にとって手放してはいけないものだったのだ。さっき彼らの仲間に“質問”してきた」

「それ犯罪――」

「犯罪ではないさ。……あの鱗は、竜の逆鱗というものらしい」

「え――」


竜の逆鱗は、特別な竜からたったひとつしかとれない、特殊な力を持つ鱗だ。

普通の鱗と見た目はほとんど同じだが、秘められた力は比較にもならないほど強力なものになる。

高位の加工職人や貴族、王宮の将軍などでなければ目にする機会もないだろう。


「どうやら手違いで卸してしまった、らしい。商会からしてみれば一度取り引きしたものを強引に奪えるはずもないし、かといって事情を話せば必ず足元を見られる。そこで、正攻法で取り返すことにしたのだ。笑える話だ」

「じゃ、じゃあ、あの人って」

「文字通りの最高戦力、だろうな。逆鱗を失えばやつも無事では済むまい」


セシリアはグリフィン商会にそんな暴力的なイメージはもっていない。

しかし、彼の言うことには説得力を感じていた。


「しかしながら、アンドレイアはそのことを知らない」

「あっ、じゃ、じゃあ、急いで伝えないと!」


駆け出そうとするセシリアの肩を、バシレウスがそっと抑える。


「その必要はない。まず第一に、あいつは演技が下手だ。第二に、負けず嫌いだ。そして第三に、あいつは強い。この程度で勝てるようなら、私も楽だった」


先程吹き飛ばされて、まだ立ち上がれていないアンドレイアを見ても、そう楽観的な意見を出せるのは、いったいなぜなのだろう。


「あの、バシレウスさんって、アンドレイアさんとは、どういう関係なんですか?」

「そうだな。本来ならば、殺し合う仲、といったところだろうか」

「殺し……?」

「ああ、まあ、詳しい説明は後にしよう。状況的に、今話すことでもないしな。お前に信じてほしいことはただひとつだけだ。――アレはこの程度では倒れない」


バシレウスは笑みを浮かべていた。

まるで、アンドレイアの強さを誇っているかのように。


「で、でも、ここからどうやって勝つんですか。ここまで続けて四人と戦ってるんですよ。もう疲れてるはずだし、逆転なんか……」

「逆転? アレはまだ逆境になど立っていない。見ろ、やつの表情を」


アンドレイアが伏せていた顔をゆっくりと上げる。

その顔には怒りも怯えもない。


人が本当に集中している時、まばたきや呼吸すらも忘れる。

セシリアも彫金をしている時になることがあるから知っている。


さっきの攻撃から、できるだけの情報を得て、それに対応するため、恐ろしい集中力で迎え撃とうとしている。


「やつの最も恐るべき能力は、思考の速さだ。特にスイッチの入ったやつの思考速度は、一秒を百倍に引き延ばす。その速度で相手の動きをつぶさに観察し、対応する。私の軍勢は全てこれにやられた。やつが特別な能力を有していなかったとしても、これには敵わなかっただろう」


バイフゥの歩みが止まる。

アンドレイアとは三歩分ほどの距離がある。

構えたまま、動かなくなった。


「――百合花も今、考えているのだ。恐らくは、あの姿のアンドレイアを見て、無傷で勝つイメージができない。戦士の言い方で言えば、隙が無い。あれより半歩でも踏み出せば自分が負傷する想像をしてしまっているのだ」

「そんな、でもどっちかが動かないと……」

「ああ、根比べだ。我慢できず先に動いた方が――」


そう言っていると、バイフゥが動いた。


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