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行こうではないか

それは洞窟のような形状をしていた。

人の手によって作られたような形跡はないにも関わらず、三メートルほどもある巨大な石の扉で閉ざされていた。


「大きい……」


封印の祠を初めて目にした新兵のルイは呑気にそう言った。

ルイはもう数か月ここに配属されたままだ。

詳細は知らされていないが、上の方で何かあったらしく、ここ数日で警備の数は三倍に増やされた。

よっぽどのことがあったのだろうと呑気に考えていた。


何にせよ、初の任務だ。

緊張しすぎない程度に、警備の仕事を行う。


周りには経験豊富な先輩たちもいる。

わからないことがあればすぐに聞ける状況というのは、とてもありがたい。


他の人たちは事情を知っているのか、張り詰めた空気は感じる。

ルイは何に警戒すればいいのかもわからないような状況だ。

怪しいものを見かけたら、とにかく声をあげるよう言われている。


巡回は先輩たちがやってくれている。

ルイは少し高い位置から、周囲の様子をもうひとりの兵士と交替で見張る仕事だ。

だから、最初に変なものを見つけるのは自分になるだろうと思っていた。


朝早くから始まり、半日が経ったころ。

森の中に何か動く見えるものがあった。


「動物かな……」


人のようには見えなかったし、何か黒っぽかった気がする。

よく見ようと遠眼鏡を覗き込んでその影を見ると、確かに変だった。

猿の顔をしているが、よく見ると、お面だ。

服装はここら辺ではあまり見ない、黒くててらてらとした、ドレスのような生地のものだ。


ルイは決められた通り、甲高い笛を鳴らす。

鳴らした回数と長さで、周囲の兵士たちにその位置を報せる。


そこへ向かう彼らから目を離し、別のところにおかしな人物がいないか探す。

こういう極端なものは陽動の可能性がある。

ルイは教育係だったカシマ教官からそう習っていた。


やはり、というか、当たり前だが、警備が手薄になったところに、五、六人の一団が見えた。

それを告げるための笛も鳴らす。

残りの兵士たちが一斉に向かう。

この事態に耐えられるように増員していたのだろう。


先程の曲者はどうなっただろう、と目線を猿の面をつけた者の方へ戻す。

直後、ルイは言葉を失った。


猿の面をした者は、両手に鎖で繋がった鉄球のようなものを持ち、それを器用に振り回して、兵士たちを次々に薙ぎ倒していた。

一体どれほどの力で振り回しているのだろうか、まるで蓮の花のつぼみのようなそれは、直撃した鎧を簡単に凹ませていた。

生身なら、骨が砕け、内臓が破裂しているだろう。


戦力と期待されていないルイは、感情に任せて玉砕覚悟で飛び込むことを良しとはされていない。


索敵を忠実にこなし続けることこそが本懐なのだ。

与えられた任務は重要で、隊長不在により王宮から動けないカシマに代わって全体の指揮をとれるよう、厳しい訓練を受けた。

だから、前で戦う人たちがいる以上、手を止めるわけにはいかない。


――だが、しかし。

どういうことなのだろうか。

決して弱い兵士ではない。

皆、訓練を積んだ熟練の兵士だ。

それがこうもいとも容易く敗れ去っていくのは、なぜなのだ。


ただ見ていることすら辛くなっていく間に、どんどん倒されていく。

殺されてはいないようだが、すぐには立ち上がれないほどのダメージを受けている。


集団の方もようやく開けた土地に出てきて、その容貌を見て取れた。

そこにいる三人のうち、まずは珍しい金の髪をした男。

剣を腰にさしているが、使う様子はない。

しかし、恐ろしい強さで兵士たちを無力化していっている。


次に、それよりも身長の低い男。

彼も素手だが、動きがまるで違う。

その小さな身体のどこにそんなパワーがあるのか、どんな相手でも一撃で吹き飛ばしている。


その後ろ、水色の長髪をした男は様子を見ているのか、大切そうに竜の彫像を抱えていた。


一体、彼らは何をしにここへやってきたのだろうか。

封印の秘密はルイも詳しく知らない。

まさか、開く準備が整ったのだろうか。


ルイの判断は素早かった。

このままではそうかからずここは突破される。

今は先に増援を呼ぶべきだ。


連絡のため待機していた兵士に笛の音で指示を出し、ルイは自分で扉の前へ降り立った。

敵の目的がここであるなら、もう索敵は必要ない。


護衛をなぎ倒しながら、彼らは悠々と進んでくる。

怖いが、自分も兵士の端くれだ。

戦わず逃げることなどできようはずもない。


「貴様ら、何者だ!」


ルイは精一杯の声を出す。

彼らと猿の面をした謎の人物とが合流し、ルイの方へ歩み寄る。


問いかけに答える様子はない。

ルイは剣を抜いて構えた。

人を切ったことのない剣だ。

わずかに震えている。


猿の面をした人物が、手で合図をして、他の者の足を止めさせた。

一対一ならまだ勝機があるかもしれない、と一瞬思ったその時だ。


「――去ね」


耳元でそう囁かれ、ルイの緊張の糸は切れて、その場にへたり込んでしまった。

その声は、女性だった。






「――で、ここからどうすんだ? あんまり時間ねえだろ」


アンドレイアは三人を見る。

その表情から、誰もバシレウスから作戦の詳細を知らされていないのか、と肩を落とした。


「待て」


猿の面をつけたままの女が言う。

アンドレイアはまだ彼女の素顔は見ていない。

見ない方がいいらしいということだけはわかる。


「奴が私たちだけをここへ寄越したということは、もう開けるのではないか?」

「あー、かもな。とりあえず、逆鱗だけでもやってみるか」


アンドレイアがクリスタへ扉へ近づくよう言う。

自分の分と、赤い竜の彫像から、二枚の逆鱗を取り出し、扉へかざすと、石の扉は音を立てて開いた。


「簡単に開くじゃねえか」

「我々がふたりともここに揃っていることが異常なのだ」

「ガウ」


小さな竜もクリスタに合わせて返事をする。

中は真っ暗だが、風が奥から吹いている。

どうやら酸欠の心配はしなくてよさそうだ。


「で、入るのか? お前ら全員?」

「無論、我は入るぞ」


クリスタは小さな赤い竜を抱いたまま前を行く。


「僕もそのために来たんだ。何か珍しいものがあるかもしれないしね」


百合花も洞窟へ入る。

その後ろを、猿面の女は言葉も発さずついていく。


(問題児ばっかりそろえやがったな……)


どこにいるのか、いつの間にか姿を消したバシレウスを思い浮かべて、アンドレイアは小さなため息をついた。






中へ入った一同は、それを目にして足を止めた。

否、クリスタだけは止まらなかったが、皆が止まったのを見て、不審がって振り返った。


「――なぜだ」


アンドレイアがやっと振り絞って出した言葉がそれだった。

なぜ、と口にしたことの意味を理解しているのは、きっとクリスタ以外の三人だけだ。


「どうしたのだ? ここに目的のものがあるのだろう?」


彼は不思議そうに首を傾げる。

そうなのだが、そうではないのだ。


洞窟の薄闇の中、広い空間の中央に、よく見知った建物があった。

小さな花壇、細長い店、看板もかかっている。

間違いなく、セシリアの店と同じものだった。


「不気味だね。彼女とこの場所に何の関係があるんだ?」


百合花が独り言のように呟く。


バシレウスはこれを知っているのだろうか。

いや、知るはずがない。

この扉は今開いたばかりで、中には入ったことがないのだから。


「――ここまでとは、な」


背後の暗闇から、バシレウスの声がした。


「遅えよ」

「セシリアを連れてあの中に飛び込むわけにもいくまい」


彼は確かに、セシリアをここへ連れてきていた。

彼女は怯え切っていて、この状況をよく飲み込めていないようだった。


「なんでセシリアをここに連れてきた?」

「なぜ、とは。彼女こそここの鍵なのだから、当然ではないか?」

「鍵? そういやお前、防人の血と神の眼は見つけたって言ってたな。関係あるのか?」

「見せた方が早いだろう。セシリア、あの扉を開いてはくれないか?」


バシレウスがセシリアに言うと、彼女は戸惑いながら、おずおずと店の扉へと手をかける。

すると、その瞬間、店内の照明に火が灯り、瞬く間に中は柔らかな光に包まれた。


「え、え?」


セシリアが驚き、固まっているのをよそに、バシレウスだけがどんどん中へ入っていく。

それに続いて、他の者たちも入った。


店内は全く、セシリアの店と同じ内装で、置いてある品物までも同じだった。


「ここはセシリアの店の、オリジナルと言ったところだろう。中の状態は向こうのものが同期されていることから、通常の空間ではないことがわかる。しかし店の情報を複写したのは、なぜだろうな」


バシレウスの独り言をアンドレイアは遮って聞く。


「おい、待てよ。ちゃんと説明しろ。なんでこんなことになってんだ」

「彼女が鍵のひとつだから、だよ。彼女が大事にしていた真鍮のバングル。あの内側にはある液体が流れている」

「――防人の血か」

「そう。本当に血液であるかはわからないがね。ともかく、あの中は空洞で、液体が封印されている」


バシレウスが語っていると、セシリアが言う。


「あ、あの、私はあなたに腕輪をさわらせたことはないはずなんですけど……」

「ああ、触ろうとして酷い目にあったからね。しかし直接触れずとも、密度を調べて、中が空洞であることを知ることは可能なのだ。やり方を言うと叱られそうだから言わないが、その中に防人の血が入っているのではないかと推測した」

「どうして、私が?」

「消去法だよ。誰にどう話したか覚えていないからもう一度言うが、これはゲームだ。私とアンドレイアはプレイヤーとしてこの世界に送り込まれた。意図はわからないが、ゲームである以上、起こる全てに意味があると考えるべきだ。君が私たちの前に現れた時から、妙だった。赤い鱗もまるで、この世界にこういうものがあると説明するかのように現れた。その後現れなかったことからも、あれが親切な説明であったことと捉えられる」


バシレウスの語りに納得している様子の者はいなかった。

とうとう気がふれたかとアンドレイアですら思った。

しかし、現実問題として、こうして無関係だと思っていたセシリアが中心になっていることを考えると、馬鹿な考えと簡単に切り捨てることもできない。


「いったい、いつからだ?」

「今は説明している場合でもないのでな。終わったら話そうではないか」

「話す気ねえな」

「あるとも。さあ、次だ」


彼は店の奥へと進んだ。

今はもうそれについて行く他ない。


奥にある、裏口の扉は、セシリアの店のものとは違っていた。

鉄板を扉の形に切り取ったような無骨な見た目で、ドアノブはなく、ただ中央に何かを置く台が備え付けられているだけだ。


「これは神の眼を置く台座だ。どこまでも鍵なのだな。もう少し凝ったデザインにしてもらった方がこちらも出す甲斐があるのだが」


バシレウスは微笑みながら楽しそうに言う。

彼がこれから碌なことをしないであろうことを予感していたであろうその時。


「はあ!? てめえ何やってんだ!?」


バシレウスは自分の左目に指を突っ込んでいた。


「神の眼、は。我々の眼のことだ。神とは、上位者のこと。我々こそが、上位者……」

「意味不明なこと言ってんじゃねえ! 死ぬぞ!」

「死なんさ。こういう時のために魔力を残しておいた」


バシレウスはふらつきつつ、壁に手をつく。

しかし彼の言う通り、多少の出血はあったものの、すぐに血は止まった。


「――さて、さて。取り出し損にならないことを祈るよ」


バシレウスが袖で顔の血を拭き、眼球を置くと、扉が重厚な音を響かせて、開いていく。

アンドレイアたちは完全に閉口していた。

あまりの異常さに、何か物を言おうという気力さえわかない。


「諸君、行こうではないか。この世界の神秘がそこに眠っている」


バシレウスは心の底から楽しそうで、見るからにハイになっている。

彼の奇行にずっと引きつった顔を浮かべていた百合花が、後ろの猿の面の女と顔を見合わせていた。



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