そういうことか
――――バシレウスは、元の世界で魔王ではあったが、それ以前に学者だった。
歴史を調べ、昔のことに想いをはせる。
バシレウスが主に調べていたのは、自分たちよりも前の世代のことについてだ。
千年に一度、世界を支配する特異能力を持った者が現れる。
その話だけが何の根拠もなく独り歩きしている事実を、彼は見逃せなかった。
千年に一度なら、自分の前にいた異能力者は、どこへ消えたのだろう。
誰が語り継いだのだろう。
その痕跡は、ほとんどが聖文字という形でしか残っておらず、どういう種族だったのかという情報は一切残されていなかった。
まるで、種族そのものが文化と共に全て消滅したかのようだった。
魔族よりも前に大陸に跋扈していたものが何だったのか。
バシレウスの興味は、千年の間、そこにしかなかった。
複雑な調査をする際、障害を取り除く最も賢い方法は、自分が主導権を手にする――王となることだと思った。
だから、魔王となったのだ。
そのための能力が、特異能力者であるバシレウスにはあった。
魔族を従えるのは簡単だった。
彼らよりも強く、賢ければいい。
特異能力を使えば、造作もなく降せた。
バラバラだった魔族を束ね、大国を作り上げた。
そして、現在存在する生物たちの保護を絶対的な法律として制定した。
どこに前の世代の情報を引き継いでいる生物がいるかわからない以上、絶対に絶滅させるわけにはいかなかった。
それに、特異能力者が千年周期で現れるという話の真実も確かめたかったのだ。
アンドレイアが現れて、そこまでは予定通りにいっていた。
この世界に飛ばされたのは、完全に予測の外だった。
自分がいるところと全く別の世界があること。
それは想像もしていなかった。
バシレウスはこれを進展ととった。
この世界でも、元の世界と同じような文明を、人間が手にしていたからだ。
バシレウスのいた世界とは何が異なるのだろう、と考えた時、真っ先に浮かんだのが魔力の有無だ。
魔力がなければ、人間は世界を支配できるだけの知恵がある。
それはバシレウスも分かっていた。
人間の持つ潜在能力は凄まじい。
魔力を結晶化させる技術も、人間が考えだしていた。
そして結晶化の技術は、バシレウスの求める過去の文明に関するものでもある。
唯一残されていた遺物、マギア。
南の大陸の大空洞に残されていた、巨大な彫像たち。
単一の金属から掘り出されたような、継ぎ目のないそれは、魔力の塊を心臓の代わりに使っていたようだった。
そこまで仕組みを解明できていても、人間に結晶化させた魔力では動かすことができなかった。
魔力の密度が足りないのか、はたまた、根本的な見落としをしているのか。
この世界に来て、その問題も解決できた。
魔力は流体でなければなく、全身を循環しなければならないのだ。
そこまで来れば、紛い物くらいなら作れる。
セシリアから彫金の簡単な技術を学びながら、彼女に精巧なドラゴンを作ってもらった。
中に液体を流す複雑な機構も、彼女は試行錯誤を繰り返して、完成させた。
あとは魂が入れば、初めてのマギア作成となる。
ひとつ、小さな目標を達成した時、それまで気にかけてもいなかったことが、気になってきた。
彼女がもっていた腕輪。
アレも何かの特殊な道具なのだろうか。
特別な道具というものには、機能性以上に、思い入れの強さというものがあるということは理解している。
だが、それだけではすまない何かがあるのではないか、とバシレウスは疑っていた。
端的に言えば、大切にしている理由を知りたくなってしまったのだ。
それが想いの話でも構わない。
だから、バシレウスは彼女に問うたのだ。
「それは何か特別な力があるのか?」と。
彼女は頭を振るだけで何も答えなかった。
だから、自分で調べようとした。
様々な調査活動から、魔力の流れを完全に閉じると、この世界の人間には認識できなくなることを知った。
これを応用すれば、入り込めないところ、盗めないものなどない。
夜中、工房で作業するところを見学したいと彼女に告げ、室内までは共に入った。
ある程度会話を交わしたあと、バシレウスは身を隠し、彼女が肌身離さず持っている腕輪に触れた。
盗むつもりはなかったし、ある程度感触や重みを確かめたら返すつもりだった。
指先が触れた次の瞬間、バシレウスの首を、セシリアが絞めあげていた。
「ぐっ……」
外へ漏れ出ている魔力を止めているだけで、肉体そのものは魔力で強化されている。
だから、通常の人間の力でこんなことができるはずがない。
人間をからかって殴りかからせ、何度も試したから分かる。
圧倒的に肉体の強度が違うはずなのだ。
ぎりぎり、と首の骨がしまっていく。
腕輪から指を離すと、セシリアも手を離した。
「ごほっ、今のは、どういう……」
バシレウスの問いに、セシリアは答えなかった。
いや、聞こえていないのだろう。
目線もバシレウスには向いていない。
魔力を閉じることによる認識の阻害は問題なく働いている。
これは肉体の本能的な反応だ。
もしくは、魂の、と言い換えた方がいいかもしれない。
それから、バシレウスの関心は彼女に向いた。
私生活の全てを監視した。
恐るべきことに、彼女は睡眠と食事を一切必要としなかった。
アンドレイアやバシレウスと共にする時に食べることはある。
しかし、それはただの演技だ。
ひとりの時には水すら口にすることがない。
セシリアはマギアだ。
そう考えるのが、最も筋が通る。
しかし、何を目的にしたものなのか。
そして、誰が作ったのか。
彼女とコミュニケーションを続けるうちに、祖父からの手紙というものを見せてもらった。
バシレウスは眉をひそめた。
封筒に宛先も送り元も書いておらず、筆跡も同じ。
これは、彼女自身が書いて、彼女自身が読んでいるのだ。
――およそ正常な精神状態ではない。
恐らくは、彼女の言う『おじいさま』は存在しない。
そこから遡っていくと、この店のことも不気味だ。
なぜ彼女は彫金をしているのか。
どうやってこの店は建てられたのか。
バシレウスは高揚していた。
調べれば分かるものがこれだけ目の前に転がっている。
夢中で調べていると、この店は正規の手段で建てられたものではないことがわかった。
商店街や市場の登記にも載っておらず、念のため役所にも立ち寄ったが、そもそもセシリアに関する届け出が一切なされていないことも確認できた。
つまり、彼女は正式に市民というわけではない。
そのうえ、商人でもない。
ごく一部、この店を偶然見つけて、品物の品質に気がつけた者だけが客として通ったり注文をしたりしているのだ。
ある意味本質的ではあるのだが、それならばグリフィン商会に記録が無かったのも頷ける。
個人商店に近い形態なのだろう。
店の不自然な点をあらかた探し終わると、今度はセシリアの個人的な問題についての好奇心が沸いてきた。
前提として、彼女がマギアであることは確定していることとする。
そうすれば彼女が孤児だと言っていたこととは辻褄があう。
そうすると、彼女はいったい何を目的に作られたのだろう。
腕輪を守るため、だろうか。
腕輪の守護者――防人。
「防人の血……」
月夜の下、バシレウスは物思いにふけていた。
防人が何の防人だったのかわからなかった。
率直に受け取れば封印の扉だろうが、その鍵の防人である可能性もあった。
すると、この腕輪が鍵に関係するもので間違いない。
「神の眼、ということはないだろうが……」
真鍮の腕輪は、眼と表現するにはあまりに関連が薄い。
いや、その前に。
マギアである彼女に血は流れているのだろうか。
もしかすると、あの腕輪は、中に何か入っているのではないだろうか。
それこそ、防人の血と称される液体が。
この世界にマギアの竜がいるのと同じように、防人の血を守護するマギアとして、セシリアはここに配置されている。
だとすれば、残すは神の眼のみ。
神とは何か。
――創造主、支配者、救世主。
どの役柄にも共通するのは、凡人よりも上に立つ存在であるということ。
それは、もしかすると、バシレウスたちの世界の生物のことではないだろうか。
「は、ははは。そうか、そういうことか。だとすれば、私たちはすでに……」
手にしている。
防人の血も、神の眼も、竜の鱗も。
鍵は全て揃っているのだ。
今はもうただ、門を開くのみだ。
たとえこの仮定が正解でないとしても、何度でもやり直す。
それくらいのことはできる。
バシレウスは、時間の探究者なのだから。




