同行しましょう
「……何が、起こっているの?」
新聞に目を通した雪花が放ったひと言で、朝の静寂が破られた。
帝国で爆破事故が起こり、多数の死者と壊滅的な被害。
そして、オウマ王国、国王の崩御。
もちろん字面の通りに受け取るつもりはない。
しかし、事実だけはしっかりと確認しておかなくてはならない。
王国内部にあれだけ帝国と皇国の人間が入り込んでいても、この情報が外に流れているということは、隠蔽が間に合わないほどに情勢が混乱しているということだ。
その場にいた百合花は、黙ったまま何も言わない。
バシレウスも同様に、何か考えているようだ。
「おふたりは、どうお考えですか?」
耐えきれず、雪花は問う。
まず答えたのは百合花だった。
「何か意図がある、と普通なら思うだろうけど」
「これは普通の事態ではないわよ。戦時中に国王が崩御するなんてこと、あってはならないし、公開しないはずよ」
「内部に情報を漏らした人間がいるはず……」
彼の言葉の裏には、犯人を特定したいという気持ちが読み取れる。
今、国内に向けてマイナスになるような情報を流すメリットはない。
仮に本当に王が死んだのならば、その王国の窮地を皇国や帝国が救うことで民衆からの印象を操作するように使うはずだ。
だから、国取りの仕上げの段階であれば理解できるが、まだそれほど内部の人間を掌握できていないはずであり、そのような動きをする指示はまだ出していない。
「――私から提案だが、君たちは皇国には戻らない方がいい。今動くと怪しまれる」
「怪しまれるとは?」
「アンドレイアの協力者だと思われるのは、君らにとっても面白くあるまいということだ」
彼の友人ではなかったのか、と雪花は言いかけるもやめる。
百合花はともかく、雪花はそのアンドレイアとは直接会っていない。
堂々と居座った方が怪しくないという理屈は分かる。
「しかし、誰が敵かわからない状態では……」
「百合花、この情報を広めたのは私だ。疑心暗鬼になることもない」
「はあ?」
百合花が語気を強めに言う。
「アンドレイアから報せがあったのでな。私の目的のために少し混乱してもらった。恐らく今頃王都ではアンドレイアを捕まえようと躍起になっているだろう」
「それじゃ困るんじゃないのか? アンドレイアはあんたの仲間なんだろ?」
「仲間ではない。ただ共にこの世界に落とされたというだけだ」
バシレウスは眉ひとつ動かさずそう言う。
「誤解があるようだから言っておくが、私はやつを戦力の内に数えていない。事態を混乱させこそすれ、指令に従う人間ではないのでな」
「……僕もこの際だから言っておく。君は何がやりたいんだ? 混乱させているのは君の方に見えるけど」
「私は、そうだな。話してもいいが、理解できるとは限らないぞ。――知りたいことがあるのだ。それを知るためだけに動いている」
「それは、封印のことか?」
「それも関係があるかと思い、調べているのだ。だが、それ自体が目的ではない。強力な兵器など誰にでもくれてやればいいと思っている」
「信じられるとでも?」
「だから、理解してもらえるとは思っていないと言っている。まあ、誰とも敵対するつもりはない。それは本当のことだ。面倒だからな」
バシレウスは本音で言っているようだった。
雪花はただ呆れるしかなかった。
彼に善悪の観念はない。
言葉をそのまま受け取るなら、知的好奇心のみで動いている。
その彼が敵でないと言うのなら、敵でないのだろう。
まだこちらに利用価値があると感じているから、そういうことが言えるのだ。
利害の一致。
これ以上の縛りはない。
「それで、じゃあ、君はこれからどうするつもりなんだ? その様子を見るに、もう得たい情報は全部集め終わってるんだろう?」
「まあ、な。ただ、まだ不確定なことがひとつある。そればかりは私個人ではどうにもできないことなのだが……」
「それは?」
「まだ、言えない。時が来るまではな」
「勿体ぶるなよ」
百合花がむくれると、今度は雪花が言う。
「我々に話したことにも意図があるのでしょう? 協力してもらいたいことがある、とか」
雪花の言葉にバシレウスは微笑みかける。
「その通り。これから封印の扉のある祠へ向かう。同行願いたい」
「そこでアンドレイアさんとも落ち合うつもりなのですか?」
「そういうことだ。向こうは二枚の逆鱗を手中に収めている。こちらは残りのふたつを持っている。あとは出会うだけだ」
「ふたつ? 神の眼と防人の血を?」
「うむ。神の眼に関してはほぼ確定している。先程も言った不確定なのが防人の血なのだが、これは実際に試してみるほかない」
見当はついている、といった様子だ。
ただ、それだけのために、厳重な警備がなされているであろう祠へ近づくのは、あまりにも無謀だ。
「何か策はありまして?」
「ああ、それだが、この世界の人間相手なら特別警戒する必要はないのだ。君たちが魔力操作、および感知を行えないことは何度も試している」
「魔力操作?」
「ついでに教えておこうか。ふたり共、そこへ並んで立ってくれないか?」
バシレウスが指示した通り、百合花と雪花は横に並んで立ち、バシレウスの方を向く。
「まずは私がどうやって君たちに見つからずに移動しているか教えておこう」
百合花がそれを聞いて神経を張り詰めらせたのがわかる。
彼が神出鬼没だった理由がこれで分かるのだ。
「さあ、もう始まっているぞ。ふたりとも、一瞬でいい。上下左右、好きな方向に顔を動かして、私を視界の外へ出してくれ」
雪花はそう言われてバシレウスから目をそらす。
百合花ほどではないが、雪花も訓練で感覚は鋭く研ぎ澄まされている。
耳や肌感覚を鋭敏にさせ、彼を逃さないつもりだった。
しかし、視界から外した瞬間に、彼の気配が完全に消えた。
「……何?」
周囲を見回しても、彼はどこにもいない。
百合花も同じようで、驚いた表情のまま固まっている。
「どこに行った?」
「――ずっとここにいる」
当然のように、消える前の場所で、バシレウスは腕を組んで立っていた。
「これが種明かしだ」
「どうなっている? 君は確かに消えていた」
「魔力操作だ。我々の世界では訓練して身につける技術でな。生き物というものは全て、微量でありながら身体から魔力が流れ出ている。その全てを閉じ、完全に消してしまうことで、五感では認識できなくなる」
「魔力?」
「この世界の住民がこれを行うには、コントロールするほどの魔力がないため不可能だ。君たちにはできないことだと思っていい。私とアンドレイアはこれを行える。だから、目の前にいるのに、見えなくなる」
言っていることはあまりわからないが、見えなくなったことは事実だ。
「その時は、人に触れるのか?」
「触れる。魔力を閉じている以上、通常時より力は落ちるが、攻撃もできる。例えば殴られたとしても、君たちはそれを認識できない。我々の姿を認知して、初めて気がつく」
「それ、殺されても気がつかないってことじゃないか」
「そうだ。だから、どれだけの数の人間がいても、アンドレイアを捕まえることはできない。この技術を駆使して、彼は追手を巻くだろう。あるいは、始末するかもしれない」
「そんな恐ろしい技を隠し持っていたなんて……」
「そう簡単には使わんさ。特に戦いの中で切り替えながら使うのは私にも難しい。あくまで逃げる時くらいだ」
「それで安心しろって言う方が無理だろう」
バシレウスはまた、ふっと笑う。
「まあ、とにかく、我々は問題なく、無事に祠へたどり着くということだ」
百合花は大きなため息をついた。
納得していなさそうな彼とは逆に、雪花は今の混乱に乗じるのもアリだと心の中では考えていた。
帝国が傾きかけており、皇国は何もせずとも主導権を握れる状態にある。
事態の方向性は宰相へ伝えてあり権限も与えているため、雪花――もとい、雪麗が皇国に戻らずとも話は進む。
皇国の政治家たちは、それくらいに有能だ。
次に必要になるのは正式な会議の場くらいだろう。
ならば、唯一の不安要素であった『神槍』を確かめておくのも悪くはないのだ。
「百合花、同行しましょう」
「本気かい?」
「ええ、これが最後でしょうから」
雪花が微笑むと、百合花ももう強くは拒絶しなかった。




