宣伝なので
――――十日後。
空がまだ白んでいる早朝に、アンドレイアはぶらついていた。
町の外れに、粗末な木の柵で囲われたリングのようなものができあがっていた。
闘技大会という名はついているが、単純に喧嘩自慢が集まるようなもののようだ。
アンドレイアは柵に手をついて、物思いに耽った。
(こんな戯れに賞品があること自体変だろ。まだこの世界の価値基準がよくわかんねえな)
町をうろついて、この世界のことは少し学んだ。
大雑把な理解にはなるが、魔法がないこと以外アンドレイアの元いた世界と変化はないようだ。
食べ物や文字など多少の文化の違いはあるものの、それくらいはアンドレイアが旅をしていた時に何度も経験したことで、会話が通じるだけまだ楽な方だ。
もうひとりの旅客、魔王バシレウスは昨晩から姿を消していた。
彼が何を企んでいるかは知らないが、なんとなく想像はつく。
わざわざ見張るほどのこともあるまい、とアンドレイアは考えていた。
彼は王という支配者であり、チンピラではない。
知らない土地でいきなり悪さを働くようなことはしないだろう。
どれくらい時間が経ったころだろうか、不意に人の気配を感じた。
振り返ると、アンドレイアよりも少し身長の低い男がいた。
髪は緑色で短く、顔は女性と見紛うように端麗で、振る舞いにも品がある。
だがその骨格は確かに男だ。
「君も参加者?」
彼は柔らかい笑みと口調で言う。
まるで凪のような掴みどころのない空気感がある。
「もってことは、お前もか。よろしく」
アンドレイアは彼の表情を観察しながら、そう返した。
穏やかそのもので、敵意や闘志はまるで感じない。
何か隠しているのだろうかと訝しんでいると、彼もそれを察したのか、少し考えたあと話題を変えた。
「――実は僕、この町に来るのは初めてなんだ。大会のためだけに呼ばれてね」
「奇遇だな。俺も同じだ。十日前にこの町に来た」
「じゃあ、君も代理かい?」
「……なるほど。考えることはみんな同じなんだな」
「まあ、僕らくらいだよ。こんな小さな喧嘩自慢の大会に雇われるのなんて」
「喧嘩自慢ねえ。俺は賞品の鱗さえもらえれば何でもいいが、お前は普段他のところで戦っているタイプみたいだな」
何気なくそう言うと、彼の表情がわずかに強張った。
「どうしてそう思う?」
「見下してるからだよ。ルールのある戦いを見下してる。ああ、喧嘩を売ってるわけじゃない。そう感じたってだけだ」
そう告げると、彼はくすくすと笑った。
「面白いね。でも、その通りだ。僕は普段、命をかけて戦ってる。だから、こんなのは遊びだよ。格下相手に戦っても楽しくないだろう? 雇われてなかったら参加しないさ」
「ふうん」
こと戦いにおいて生死は重要じゃない。
勝ち負けだけだ。
そして、勝利の価値は、敵の強さによって変わる。
(――こっちに来て初めて理解できるやつが出て来たな)
彼がやりたいのは本気の戦いだ。
生死はあくまでオマケ、本気になるための条件でしかない。
「遊びじゃ本気になれないだろ。俺との勝負、何か賭けるか?」
「……不可解なことを言うね。賭けは成立しないと思うんだけど」
「がんばって勝っても、俺たちって他人の代理だろ? 両方がそれぞれ何かを得られた方がいいと思わないか?」
「僕に勝つつもりがあるのかい?」
さすがの彼も引っかかるものがあったのか、その微妙な表情の変化に偽りは見えない。
しかし、場慣れしているようで、その猛りをうまく隠している。
命の関わる現場で働いているのは嘘では無さそうだ。
「やってみないとわからないだろ? ちなみに、あんたはどこの代理で出る? つか、まだ名前も聞いてなかったな」
「そういえばそうだったね。僕はグリフィン商会の専属代理喧嘩師、百合花。バイフゥって呼んでいいよ」
名乗り返す前に、聞きなれない言葉へ対してアンドレイアは反応を示す。
「専属代理喧嘩師?」
「まあ、荒事専門の役職だよ。少なくないお金が動く商会だから、トラブルはよくある」
トラブル、と頭の中で繰り返す。
この大会がトラブルだとでも言うのだろうか。
疑問には感じたが、相手の事情は聞くほどのことにも思えなかったため、一端置いておくことにした。
「そうか。俺は、あー、なんだっけ。店の名前忘れちまった。この町の小さな装飾品屋だ。彫金の」
「彫金……。セシリアさんの所かい?」
「そう、それ。名前わかる?」
「……君ねえ、自分のところの依頼主くらい覚えておいてよ。『セシリア装飾店』。それほど難しい名前でもないだろう?」
よく考えると、店の名前は聞いていなかった。
表の看板に書いてあったのだろうが、アンドレイアはまだこの世界の文字が読めない。
「ああ、今完全に覚えた。二度と忘れない。俺の名前はアンドレイアな。そんで、賭けの内容だけど」
「お金は持ってないよ」
「金はいらない。まだな。そうだな……。互いに、相手の頼みをなんでもひとつだけ聞くってのはどうだ?」
「子供の口約束じゃないんだから、そんな賭け成立しないよ」
「いや、俺は成立すると思うね。それはあんたの性格がそうだから。負けて条件を反故にするなんてこと、絶対できないだろ?」
彼は自身を専属喧嘩師だと言った。
つまり、喧嘩を仕事にしている人間なのだ。
その辺の傭兵が今日だけ雇われたのとは全く状況が違う。
専門的な生業をしている人間が、無意識的であったとしても契約を重要視していないはずがない。
それに強さを売っているのだから、負けた時のことを考えて先に言い訳をすることもできない。
勝たなければ、強くなければ、仕事として成り立たないからだ。
「――君は頭がいいね。よく思いつくもんだ。まあ、いいよ。僕が勝った時は覚悟しておいてよね」
「おうおう。何でもやってやるよ。あー、でも犯罪は無しで頼むぜ」
「当たり前だろ。僕を何だと思ってるんだ」
バイフゥのその呆れたような笑みに、どうしても近しいものを感じてしまう。
僅かに上がった口角から闘気の匂いがする。
アンドレイアは彼を本気にさせることができたようだった。
日が完全に昇るころ、人が集まり始めた。
参加者らしき人物はもちろん、見物人も多い。
何気なく周囲を観察していると、セシリアもやってきた。
「おはようございます。お早いですね」
「こっちは何も知らないんだ。できるだけ多くの情報が欲しかったからな。で、俺は何か手続きがあるのか?」
「私がやっておきます。代理での出場はきちんと責任者が書類を提出しなければならないので」
「それもそうか。勝手に名乗られちゃ困るもんな」
「そういうわけで、私は行ってきます。待っている間、これをつけてください」
セシリアが手渡してきたのは、筒状の金属に鋼の通った銀色のネックレスと、三つの金色の指輪だ。
「どう考えても邪魔だろ」
「宣伝なので。あと、あまり大きいものは武器になってしまうので禁止なんです。その指輪も両方の小指と左手の薬指につけてください」
「それ絶対変じゃないか?」
「いいんです。目立つので」
そう告げるとセシリアは人ごみの方へと駆けて行く。
仕方ない、とため息をつきながらアンドレイアは装飾品をつける。
アンドレイアは周囲にバシレウスの姿を探した。
ああは言っていたが、なんだかんだ来ているのではないかと思ったのだが来ていないようだ。
バイフゥは端の方で座って、眠っているようだった。
彼からしてみれば他の参加者を見る必要すらないのだろう。
「アンドレイアさん、終わりましたよ。もうすぐ組み合わせが発表されると思います!」
セシリアが嬉しそうに言う。
なぜ嬉しそうなのかわからず、眉をひそめていると、彼女は一枚の紙きれをアンドレイアに手渡した。
「何だ、これ」
「賞金も出るんですよ。これは大会の規定とか、禁止事項とか、です」
「あー、簡単に言うと、何が禁止で、俺は何をすればいいんだ?」
セシリアに紙を渡すと、彼女はふんふんと上から下まで目を通して、アンドレイアに言う。
「えっと、武器の使用と、急所への攻撃が禁止です。相手を気絶させるか、降参したら試合終了。あとは、勝ち残りで優勝者が決まるみたいですね」
「なんだそれ。トーナメントじゃないのか?」
「挑戦者がいなくなったら、優勝みたいですよ」
それでは勝ち残った者が不利で挑戦者が有利ではないか。
何か他の目的でもあるのだろうか。
「でも、最初の組み合わせはさすがに向こうが決めるんだろ?」
「はい。なので、当たってほしいですね」
「あ?」
「だって、長く戦った方が、お店の宣伝になるじゃないですか」
そういえば、彼女は優勝に固執しているわけではなかった。
あくまでこれは宣伝で、賞品がほしいのはアンドレイアの方だ。
考えてみれば余所者のアンドレイアが初めに選ばれる可能性は高い。
素性のよくわからない者を立たせ、鉄板選手とぶつけて大会を盛り上げるのは理に適っている。
「あー、そういえばさっきグリフィン商会とかいうところのやつもいたぞ」
「え!?」
「ほら、あそこで寝てるやつ。なんつったか、専属喧嘩師だっけ?」
「もしかして、バイフゥファですか?」
「知っているのか?」
「お会いしたことがあります。それに、グリフィン商会って、私が商品の取り引きを断られたところです」
「なんで?」
「こんな小さなお店と契約しても人件費の方がかかるから、らしいです」
「ごもっとも」
そう言うと、彼女は少しムッとする。
しかし、実際その通りだろう。
「じゃあ、あいつに勝って取り引きをしてもらうか」
「どういう意味ですか?」
――その時、受付の方から、大きな声が響いた。
「一回戦目の組み合わせを発表します! 鍛冶屋グラトン選手とセシリア装飾店代理アンドレイア選手は、闘技場へ!」
名前を呼ばれたこともあるが、相手が鍛冶屋と聞いて肩を落とす。
相手を見なくても力自慢だとわかる。
アンドレイアは格下と戦わなくてはならない面倒くささに対して小さなため息をついた。




