そこにいるのか
それから三日のうちに、アンドレイアはクリスタを連れて帝国へ忍び込んでいた。
当初の予定から、そもそも帝国へは行くつもりだったため、準備は先に終わらせていた。
今回の目的は『炎竜の救出』『アルラウネの入手』そして可能なら『帝国の主との接触』。
こちらは帝国の情報をほとんど持っていない。
王が力尽きるまで、どれくらい時間の猶予があるかわからないことから、内部の構造を調べる時間もなかった。
だから、いかなる場合でも自分の身を守れないような足手まといは連れて行けない。
カシマは立場上、裏切り者だらけの王国で最期の守りをしなければならない。
他の護衛を連れていけず、少数精鋭となった最大の理由だ。
アンドレイアとクリスタは、カーキ色の外套で草原に紛れる服装をして、慎重に国境を越えた。
国境警備の目を誤魔化すくらい訳の無いことだ。
帝国へ入り、大きな川に沿って進むと、簡単に近場の町へとたどり着いた。
馬車を手配して、帝国の中央へと向かう。
金は帝国国内で流通している金貨をグリフィン商会からある程度借りていたため、相場がわからないこと以外、困ることはなかった。
そして二日後、帝国の最奥、帝都へとたどり着いた。
(――意外だな)
街並みを見たアンドレイアの持った感想はそんなものだった。
灰色の石造りで統一されているせいか、王国よりも質素で寂れているような印象がある。
人々の顔色は、少し疲れているようにも見えた。
豊かな国を維持するためにお金を稼いで、税を納める生活をするのも大変なのだろう。
発展した町というものはそうなっていくのだろうか。
「アンドレイア、炎竜はどこだ」
「焦るなよ。まず竜に接触すれば大騒ぎになるだろ。アルラウネの確保が先だ。絞首台は、アレか?」
城壁の近く、広場になっているところに木製の絞首台はあった。
当然のことながら、進入禁止の看板が立てられ、周囲は鉄線でぐるりと囲われている。
絞首台の下には、背の低い草が生えており、形の特徴からそれがアルラウネであることは分かる。
夜になればなんとか盗みにいけるだろうか、と周りを見回す。
所々にトーチを立てる場所があり、夜間でも灯りはあるようだ。
アルラウネのためではなく、絞首台が悪用されないためにだろう。
「目的のものはあったか?」
「ある、が……」
クリスタを陽動に使えばできるかもしれない。
しかし、ひとりで城に忍び込ませるのはかなり危険だ。
彼はまだ人間の世界に慣れていない。
城の中の構造だって把握できないだろう。
そして、相手は炎竜を捕えられることのできるくらいの武力を持っている。
最悪、彼も捕まってしまうことも考えられる。
僅かに、もうひとりいればと考えてしまうが、人数はリスクに直結する。
使い捨ての命であったとしても、捕まって拷問でも受けてしまえば、ひとり分の命じゃ済まない結果が待っている。
「少し考える。休めるところを探そう」
町中をうろついていると、昼から開いている酒場を見つけた。
活気はないが、静かな店内が今は心地いい。
「お前、酒は飲んだことあったか?」
「無論、ない。だが、どういうものかは知っているぞ。体内に入り、興奮状態にするものだろう?」
「興奮っていうと少し違う気もするが……」
興奮というか、高揚ではないだろうか。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、注文の品が届く。
アンドレイアは酒を一気に飲み干す。
クリスタは躊躇したあと、アンドレイアを真似たのか、彼も一気に飲み干した。
酒に不慣れな者がそんなことをするとどうなるのか、想像に難くない。
アンドレイアがしまったと思った時には、すでにふらふらに酔ったクリスタは店を飛び出していた。
「おい! 待て!」
アンドレイアの声は彼には届かない。
彼の身体能力はアンドレイアを遙かに上回る。
これだけ差が開いていると走っても追いつけない。
アンドレイアは急いで勘定を済ませ、クリスタを追う。
彼は真っ直ぐに城を目指している。
理性でなんとか抑えていた炎竜を助けたい気持ちが爆発したのだろう。
城門へ向かう彼を止める手段が、アンドレイアにはなかった。
万能感が、全身を支配していた。
酒とはこれほどまでに感情を昂らせるものなのか。
クリスタの思考は意外にも落ち着いていた。
衝動性を抑えきれないこと以外、酒による悪影響は感じられない。
感覚が研ぎ澄まされている気分だ。
以前は感じられなかった炎竜の気配が、今は微かに感じられる。
間違いなくこの城の地下にいる。
駆けながら、何匹かの人間が見える。
こちらを見ている様子はない。
クリスタは手の内に氷の礫を作り、人間の頭部めがけて発射した。
一瞬の静寂、そして、怒号。
その何ひとつが、クリスタの耳には入らない。
(気持ちが晴れる。我はずっとこうしたかったのか)
視界に入った人間を全て、氷の礫を投擲することにより、一撃にて屠っていく。
どんどん集まって来るが、クリスタはそれを見越していた。
周囲に向けて、凍結の息を吹きかけると、二十人ほどの人間が、一斉に霜柱となって崩れ落ちた。
――脆い。
これほどまでに脆い種族が地上を闊歩している事実に、疑念を抱かずにはいられない。
「おい!」
肩を強くぐいと引かれ、反射的にクリスタは拳を振るう。
振り回した腕は空を切り、顎に掌底を入れられ、ぐらつく。
「やりすぎだ!」
目の前に立っていたのは息を切らせたアンドレイアだ。
周囲は弓矢を構えた兵士に囲まれていた。
どうやらかなりの数の人間を殺してしまったことに、腹を立てているらしい。
「貴様ら、どこの者だ!」
「言わねえよ! 立てるか!? 逃げるぞ!」
アンドレイアの焦りようから、事態の重さは理解できた。
しかし、逃げるはずがない。
目的の場所はすぐそこなのだ。
「アンドレイア、我はひとりでも行くぞ。ここで引くことはできない」
「言ってる場合かよ! お前死ぬぞ!」
「ならば、それまで」
死ぬことは怖くない。
それよりも、炎竜を別の場所に移され、隠される方が困る。
後戻りはできない。
「貴様も自分の目的を果たすがいい。我は炎竜と会うまでは戻らぬ」
「……クソ、てめえ帰ったら覚えてろよ」
ふたりは弓矢の方をじっと見つめる。
投降の気配がないことを感じたのか、彼らの指揮をしているであろう人物が発射の合図を送る。
その瞬間、アンドレイアは物影に飛び込み、そのまま姿を消した。
クリスタは氷の防壁を作り、矢を食い止める。
目くらましを兼ねた防壁が崩れる前に、地下への階段を探すため、砦の扉を凍らせて壊し、中へと入る。
中にいた人間たちはみんな外へ出てしまっているようで、室内から体温を感じない。
地下への階段からは冷たい空気が漏れ出ている。
その扉を開くと、石の階段が暗闇へ伸びている。
クリスタは視力だけでなくとも、匂いや温度、湿度を頼りに歩ける。
故に灯りは不要だ。
鉄の匂いが近づくと、さらに奥で微かに鎖の擦れる音がした。
温度は低く、それが炎竜であるとは思えなかったが、クリスタは暗闇へ向けて問いかける。
「イグニス・ヴルカーン。そこにいるのか?」
――しばし待つも、返事はない。
人違いだったか、と別の場所を探ろうとした時、ぽっと小さな火が点いた。
ほんの一瞬、火花のような煌めき。
それが意味すること。
鉄格子に手をかけて力任せに怖そうとするも、びくともしない。
鉄はクリスタの低温で破壊するには相性が悪いのだ。
「こっちだ! いたぞ!」
上から声が聞こえる。
そういえば扉を開いたままだった。
すぐに大勢の兵士が駆けつけて来るだろう。
「炎竜、待っていろ。我が奴らに開かせる」
クリスタがそちらに向かおうとした時、もう少しだけ大きな炎が揺らめく。
炎竜が力を振り絞ってその姿を見せようとしたのだと確信し、じっと見つめた。
――炎竜は四肢を捥がれていた。
両目を潰され、耳を削ぎ落され、口を縫われ、喉を潰されていた。
それでも死んでいないのは、体内の魔力を少しずつ消費しながら生き永らえているだけにすぎない。
声を発することもできず、聞くことも、見ることもできず。
それでも、目の前にクリスタがいることを信じたのだ。
「……そうか、わかった」
クリスタは地下牢いっぱいに超低温の冷気を充満させる。
自分でも驚くほどに怒気を孕んでいた。
生物を生かしたまま利用することが悪いとは言わない。
そういう性質の生物はいる。
だが、こちらもまた、感情のある生き物なのだ。
「『過冷却』」
クリスタが足を踏み鳴らすと同時に冷気の行き渡った場所全てが氷に覆われる。
炎竜の身体は砕け散り、二度と再生できないよう粉砕した。
そこへ灯りを持った人間たちがなだれ込んでくる。
クリスタからすれば、いい的だった。




