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私は逃げませんよ

「……これが今日の分のポーションです」

「確認するので少々お待ちください」


早朝、長い髪をひとつに結んだ物静かな女性ニアは、三ケースのポーションを商会へ納品すると、ようやくひと息ついた。


王都で薬師をやってもう三年になる。

学校でたくさん勉強したし、薬草も毒草もそれなりに扱えるようになった。


それでもそんな知識はお金にならない。

人々が求めるのは、傷を癒せるものや、痛みを緩和させるもの。

そんなものは基礎的な知識が少しあれば作れる。

ニアが作りたいのは、もっと複雑で、希少なポーションだ。


自分以外に頼る人がいなくて、ようやくここにたどり着いて、すがるような思いで精巧な薬を求めてくる人。

その願望を他人に言ったことはないが、そういう人を求めていることを自覚している。


今日もこれから明日納品するポーションを作る仕事がある。

毎日がその繰り返しだ。

仕事はお金を稼ぐ手段と割り切っているし、退屈の連続だと分かっていても、やりきれない想いは蓄積していく。


数種類のハーブを計量し終えて、さて煎じるかと作業を始めようとしたところで、扉を叩く音が聞こえた。

ここはあくまで作業場であるため、直接訪ねてくる人は珍しい。


「少々お待ちください」


道具を置いて手を洗い、玄関へ向かう。

そこに立っていたのは、見知らぬ金髪の男だった。

あまり見かけない風貌で、薬を求めて作業場を訪ねるような人柄にも見えない。


「あの、どういったご用件ですか? ポーションなら商会の方に問い合わせてもらわないと、こちらでの販売は行っておりませんが……」

「少し、訳アリでね。特殊な薬を作ってほしい」

「――力になれるかどうかわかりませんが、中へどうぞ」


彼の表情に嘘はなさそうだと感じ、ニアは話を聞くことにした。

机の上は色々な器具が置いてあるため、もてなしはできないが、そこは諦めてもらうことにした。


彼からひと通り症状の説明を受けつつ、ニアは知識の中にあるものから絞り込んでいく。


「――その、意識を混濁させる毒の煙というものは、他に何か特徴は分かりますか?」

「甘い匂いがするのと、空気より重い。換気しなけりゃしばらくその場を漂い続ける。香炉に入れられていたから、乾燥させたものに火をつけて発煙させるタイプだろう」


そこまで聞いて思い当たるのは麻薬系の葉を乾燥させたもの。

昔、貴族の間で流行ったことのあるものだ。

一時的に感覚を鈍らせ、全知全能になったかのような幻覚と性的興奮に近いものを得られるが、長期に渡って吸い続けていると認知能力が下がり、たとえ辞めたとしても脳に障害が残ることが分かって廃れた。


「そんな危険な薬を、どこで?」

「出所はわからん。思い当たるところは?」

「そうですね……。そういった危ない薬はこの国でも違法ですし、隣の皇国でも取り扱っていないはずですが」

「帝国は?」

「私は帝国の内部事情にはあまり詳しくなくてですね。一番可能性があるのは、あそこだと思いますが……」

「解毒はできるのか?」

「材料さえあれば。でも、まずは使われている薬が特定できなければ難しいです。一部だけでも持ち帰れませんか?」

「それならここにある。でも、本当に少量だぞ」


彼が懐から、小さな布に包まれたものを取り出した。

ひとつまみほどの、乾燥した藻の塊のようなものがそこにあった。

それを見ただけで、ニアの想像とだいたい合致した。

だが、もう少しきちんと調べなければ確証は持てない。


ニアがそれを指先で揉んだり匂いを嗅いだりしていると、それを黙って見ていた彼が口を開いた。


「――ああ、そうだ。まだ名乗っていなかったな。俺はアンドレイア。一応、グリフィン商会の百合花と知り合いで、商会の名前だけ借りてる」


百合花といえば、なんとなくは聞いたことがあるが、何の役職の人だったかは思い出せない。

彼は何かコネがあって、商会の力を借りているということなのだろう。


「そうですか。私は商会に薬を降ろしている、薬師のニアです。よく考えたら、どうして私のところへ来たんですか?」

「商会で一番腕がいいって聞いたからな。じゃ、頼んだ」

「まだ受けるって言ってないんですが」

「受けないのか?」

「受けますけど。言っていないので」


「ちゃんと報酬も出す。言い値でいい。それ以外に何か必要なものがあれば、言ってくれたら調達する」

「あなたに調達してもらわなくても商会を使えば……」

「それはダメだ。これは商会を通せない案件だからな」

「え? 商会伝いで私のところへ来たのでは?」

「察してくれ」


何か複雑な事情を察するが、そう言うのなら深くは聞かない。

妙なことに巻き込まれるよりも、目の前の妙な毒草の解毒薬を作る方が楽しそうだからだ。


「それにしても、腕がいいと聞いていたが、やっぱり見るだけである程度わかるもんなんだな」

「もちろん、私もプロですから」

「頼もしい言葉だ。素直に受けてもらえて正直助かる。これが前金だ」


そう言って彼は小袋を取り出す。

前金など受け取ったことがない。


「なぜですか?」

「なぜって、まだあんたと俺の間に信頼関係なんてないだろ。誠意だよ」

「なるほど?」


「なんで納得してなさそうなんだよ」

「納得はしていませんよ。逃げると思われていそうじゃないですか」

「かもしれないって想定は大事だろ」

「私は逃げませんよ。随分と他人を信用していない方なんですね」


「今までも色々あったからな」

「嘘をつかれなれることと嘘つきの境界って曖昧ですから、気をつけた方がいいですよ」

「ご高説どうも。備えていないと不安な性分でね」


アンドレイアは笑う。

その笑顔が、ニアはどうにも、たまらなく虚ろに見えた。








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