表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/38

地図を作ってやる

アンドレイアは、賊がやったようにして、縄付きの鉤爪を用いて王の寝室へ侵入を試みていた。

夜も更け、黒い服装をしていれば、遠目に見つけることは難しいだろう。


もうこの国の警備は、王を厳重には守っていないことは確認済みだった。

彼らにとってそれほど必要な存在ではなくなったのだ。


王の寝室は静寂に包まれていた。

窓をそっと開いても、何も反応する様子がない。

護衛もおかず、王はただひとり、立派なベッドで横になっていた。


王自身は眠っているのか、まだ起きているのか。

アンドレイアにとっての懸念はそれだけだった。


室内に充満する嗅ぎなれない甘い匂いに、アンドレイアは咄嗟に布で口元を覆う。

恐らくは鎮静効果のあるお香だろう。


王の傍らへ忍びよると、その両目はしっかりと開かれていた。

しかし、どこも見ていない。

まるで、意識がそこにはないようだ。


(幻覚か……)


過去に見た、幻惑の魔法を受けたものが陥る症状だ。

起きながらに夢や幻覚を見ている時、通常の感覚器官が全く機能しなくなる。


(まずはこの妙な香からだな)


王の枕元に置かれた小さな陶器の香炉に湿らせた布を被せる。

そして、窓を全開にして、中の空気を入れ替える。

これだけでもだいぶマシになるだろう。


香炉の火が消えたところで、中で燻っていた薬草のようなものをひとつまみ、懐にしまいこんだ。


数分もすると、王がわずかに呻き始めた。


「おい、意識あるか」


アンドレイアが小声で話しかけるも、王は虚ろな目で天井を見つめるばかりだ。


「動けないけど聞こえてるってことにしとくぜ。俺は帝国でも皇国でもない者だ。かといって王国の民ってわけでもない。そのうえで話を聞いてほしいんだが、俺は神槍なんて危険な物を誰にも渡す気はない。それに、ここがあんなもんに頼らないと存続できない国だとも思えん。国のために命を張れる優秀な兵士もいる。政治家の問題はわからんが、そんなものは後でどうにでもなるだろ。あんたさえ生きてればな」


王の反応はない。

アンドレイアは構わず続けた。


「俺はこれから帝国に潜って少しでも情報を集める。単独でやってるからな。自分で動くしかないんだが、一番効率がいい。数日もすれば事が起こせるはずだ。もし俺の言葉を欠片でも信じてくれるなら、あんたにも頼みたいことがあるんだ。絶対に信じられる味方をひとり、選んでおいてくれ。そいつに何とかして、俺の存在を伝えろ。俺に関する詳しい話はカシマのおっさんに聞けばいいが、あんたが直接対応すれば問題になるだろ。あんたが裏で指揮をとったことにすれば、王国の兵士にとって重要な行動理由になる大義も生まれる。あんたがその立場を失うことがなければ、神槍を使うことなく、国を立て直せるチャンスを作れる」


語った内容の何割を理解できただろうか。

意識が朦朧としていて、何を言っていたか全くわからなかった可能性もある。

そうすると、寝室に誰かが忍び込んだという事実だけが広まる。

だから、アンドレイアはあえて名乗らなかった。


「……う、ああ」

「何だ?」


王は弱々しく、右手を上げて、天井を指さす。

天井には絵画が描かれており、その中で、彼が指をさしているのは、ひとつの小さな星だ。


一見何の変哲もない星だが、何か隠してあるのだろうか。

アンドレイアはここまで来るのに使った縄付きの鉤爪を持ってきて、今度は天井近くに引っかけて、星へ手を伸ばす。


近くまで来るとかなり大きく描かれていることがわかる。

そして、近くに寄ると、微かに削られている跡が見える。

かなり乱雑ではあったが、それは文字のようだった。


『防人は光を大地に満ちさせてはならぬ。■■■より来たれり神々と共に大地を邪悪な光より守り給え』


(意味のわからん文字があるな。まあ、あいつならわかるだろ)


アンドレイアはひとまずその文章をそのまま手元のメモ用紙に書き写し、内容のことは考えず、証拠を消して去ることに決めた。






カシマは宝物庫へ向かっていた。

門番の報告を受けるためだ。

アンドレイアはクリスタにも仕事をさせればいいと簡単に言うが、人を雇うというのはなかなか難しいものなのだ。


門番の元へ行くと、何食わぬ顔で、いつもの敬礼を行う。

それを見たクリスタが、真似て不格好な敬礼を行う。


「今日はどうだった。初めての仕事は」

「アンドレイアと変わりありません」


門番は感情のこもっていない口調でそう言う。

彼は客観的な評価のできる人間だ。

その彼がそういうのなら、やはり、真面目な兵士とはかけ離れた仕事ぶりだったのだろう。

それくらいのことは予想のうちだ。


「眷属、我にはこの仕事は少し退屈だ。何をすればよいのやらわからぬ」

「いるだけでいいんだ」

「そうは言ってもな。それよりも、報告しておかなければならないことがひとつある」

「何だ?」


クリスタが視線を向ける先、小さな生き物が宙に浮いていた。


「……何だ?」


カシマは門番へ向けて問う。

しかし彼にも何の説明もできないらしく、ただ首を振る。


「眷属よ。あれは炎竜の模造品だ。何かそういうものを作っていたのではないのか?」


そう言われてみると、バシレウスから届いた妙な竜の像があった。

あれが動き始めたとでも言うのだろうか。


「模造品とは……。それは炎竜とは何が違うんだ」

「彼の意思を移すための器とでも言おうか。このままだと犬猫と変わらんが、うまくできているようだからな。よほど竜の構造に詳しい者が作ったのだろう。この精度ならば、炎竜が死んでいればここに意識が宿るだろう」


理屈はわからない。

だが、彼が確信なく言っているとも思えない。


「ならば、やはり炎竜は」

「生きている、と断定できるだろうな」


クリスタは面白くないとでもいうような表情で言う。


「……俺が知っている限りだと、この国に炎竜を捕えておけるような所はない。もしも帝国だったらどうするつもりだ?」

「無論、行くまでのこと」

「簡単に言うな。現在、出国は重罪だ。許可できん」

「眷属の許可などいらぬ」

「生物としての地位の話じゃない。ここでの社会的な地位ならば俺の方が上だ」

「人間の社会など知らぬ。我を縛る理由になるとでも?」


このクリスタという竜は、やはり人間に属するつもりはない。

どこまでも竜は竜。

共に暮らすことなどできない。


そう確信し、次の言動を思案していたところに、黒装束のアンドレイアが戻ってきた。


「なんだ、喧嘩か?」

「喧嘩ではない。ただこの眷属が我を縛ろうとするのでな」

「縛るっていうか、ここについてきてる以上、上官の命令には従わないとダメだろ」

「それでも、我は納得できぬ。こやつはここから出るなと言うのだ。炎竜の居場所もわかっているというのに」

「……どういうことだ?」


会話をしていると、パタパタと小さな翼をはためかせながら、小さな竜がアンドレイアの周囲にまとわりつく。


「なにこいつ」

「炎竜の模造品だ」

「……ああ、バシレウスが送ってきてたやつが動いてるのか」


彼は特に驚きもせずに言った。


「仕組み的にはゴーレムと同じだろうな。そういうの、あいつ得意だったからな。俺もかなりの数を相手にした」

「――これはよくできた模造品で、炎竜が死んでいれば、ここに意識が宿る。宿っていないということは、まだ生きているということだ。あの時の雑談の裏取りができたということなのだ。それなのに、こやつが……」


クリスタはカシマを指さすが、カシマは頑なに表情を崩さない。

許可できることと、できないことがある。

それはクリスタにも理解してもらわねばならない。

アンドレイアは事情を察したのか、ため息をついて、クリスタに言う。


「そりゃ、無理だ。人間の世界のルールがある。誰も彼もが自由に行動できないのが社会ってもんだ」

「ならば我はその社会に属するつもりはない。竜として、友として。我は炎竜の最期を看取る使命がある」

「最期か。捕えられて自由のない状態の炎竜に会って、殺すつもりか」

「何か問題があるのか? やつが死んでも、その存在はこちらに移る。たとえ一度記憶が途切れたとしても、その存在は連続的だ。客観的に見れば死ですらない」


生死観の話はしていなかったはずだが、クリスタは興奮気味で、こちらと会話する気がもうあまりないように見える。


「それを叶えるために、ひとりで帝国に乗り込もうとしてんのか?」

「無論。他に何がある?」

「向こうは炎竜を生かしたまま捕えられるやつらだぞ。勝算あるのかよ」

「勝てるからやるということではないのだ。すでにこれは我ら種族の問題だ」

「お前が捕まるとこっちも困るんだよ。おっさん、俺がついていくから、許可してもらえねえか? 万が一捕まっても王国との繋がりは誓って出さねえ」


カシマは苦虫をかみつぶしたような表情をする。


「そう聞かされて、上官として、良いと言えると思うか? それに、ここの守りはこのわけのわからん生き物に手伝わせるつもりか?」

「あんたがいるだろ。もう竜の討伐もねえんだから、商会の任期が終わったとでもいうことにしておいてくれよ」

「お前は……」


大きなため息のあと、カシマは首を振る。


「好きにしろ。だが、王国の不利益になるようなことはするなよ。それと、話を戻せ。俺にとっては竜のことよりも王のことの方が重要だ」

「あー、王さまのことか。とりあえず、結果から言えば、もう復帰は不可能だろうな。かなり薬でやられてる。完全に抜いてもまともな生活に戻れるかは、五分だな」


今の王は廃人のようになっている、と噂では聞いていた。

彼の目から見てもそれは確かだったようだ。


「……そうか。仕掛けたやつのことは?」

「周囲のやつ全員が敵なんじゃねえの? そうじゃねえと部屋中に薬の煙を充満させるなんて無理だろうしな。まあ、早まるなよ。逆に言えば、まだ生かしておいてもらえるんだからな。俺の予想だと、この薬も帝国が関わっていると踏んでいる。解毒の方法も調べられるかもしれない」

「どうして帝国だと?」

「皇国のやつはこんな直接的なやり方しねえよ。わざわざ商会作ってんだぞ」

「商会……?」

「グリフィン商会だよ。気づいてなかったのか?」

「そんな、まさか。すでにこの国の半分は商会の手がかかっているのだぞ」

「だから、そういう地道な方法での侵略をするやつは、王を直接どうこうしたりしねえの。やり口の匂いが違い過ぎる」


カシマはしばらくショックで言葉が出なかった。

グリフィン商会は一定の信頼も得ている。

皇国からの手の者だとは思ってもいなかった。


「待て。ならば、お前は、何だ?」

「俺は商会の名前を借りてるだけ。個人的にちょっと借りがあってな」

「……お前、本当は王国の味方ではないのではないか?」

「そんなことはない。そりゃ、全部を捧げるほどの忠誠心があるかって言われると微妙だが、今のところは利害が一致している。それに、一度できた縁を無碍にするほど、冷徹な人間じゃねえよ」

「……悪いが、お前の話には根拠が一切ない。俺はずっとそれが気になっている。全て、お前の勘のようなものを頼りに行動している。何かひとつでも裏をとってから行動できないのか」


意を決しての踏み込みだった。

アンドレイアは少し困った様子を見せたあと、言った。


「要は帝国に行く正当な理由があればいいのか?」

「まあ、そうだな」

「帰ってきてから適当に後付けでもいいだろ」


極端なことを言い始めた彼に、カシマは首を振った。


「そういうことではないのだ。俺はお前の功績は買っている。だが、それは個人的な話だ。物的な証拠もなしに、国を越えるような大きなことはさせられない。まずは確証、それから行動。そうでなければ経緯を知らない他人は納得しない。納得が得られなければ、信用してもらえない。お前のやったことの功績は、大多数から認められない」

「大多数から認められなくて困ることなんかねえよ。俺はそもそも、この国とは無関係だ」


「ならば、なおさらさせられない。外の国で事を起こすつもりなら、どうやってもこの国の名を背負うことになる。お前にそのつもりがなかったとしても、すでに無関係ではないのだ」

「じゃあ、どうすりゃいい? この国の正気のやつだけを探して仲間集めをするか?」


「そのために、まずは王を回復させてほしい。王が味方につけば、大義を得られる」

「だから、その王を回復させるための薬を探さないといけねえんだろ」


「グリフィン商会に腕のいい薬師がいる。まずは彼女に会え。順序を踏め」

「……そうかい。だが、その薬師が国内じゃ無理だって言ったらその時は外に出るぞ」

「それならば良い。秘密裏の計画とはいえ、薬師からの証言と出るための理由があるからな」

「――面倒くせえ!」


アンドレイアは大声でそう言うと、深呼吸して、クリスタに言う。


「お前もしばらくここで待ってろ。すぐ解決してくる。その薬師ってやつの場所はわかってんだろ?」

「ああ、俺の部屋に来い。地図を作ってやる」

「……今までは目の前にあるもんを適当にやってりゃなんとかなってきたけど、そうもいかねえんだな」

「それが秩序ある社会だ。もっとも、現状に説得力はないがな」


秩序のあるはずだった王国はすでに崩壊寸前。

この言葉の持つ重みは風が吹けば飛ぶような軽さだ。

カシマは自分の台詞に自嘲した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ