それぞれができることをやるだけだ
アンドレイアの王都への凱旋は、歓迎されるようなものではなかった。
未だにクリスタが持ったままの逆鱗は、ごく最近に襲撃があったこともあり、防犯上の理由とでっち上げて、誰の目につかないよう宝物庫へ保管したことにしようとカシマが提言したため、アンドレイアも口裏を合わせることにした。
ひと目見てわからないよう箱の中にでもしまうのなら、しばらくは大丈夫だろう。
此度の遠征にて生き残った部下は、先の裏切りのショックで、ほとんど口が利けなくなっていた。
襲われた瞬間の記憶もあやふやで、精神的な障害もあり、兵士として復帰することも難しい様子だった。
不幸中の幸いか、自分がどうやって治療を受けたか、クリスタに関することは何も覚えていないようだ。
彼は現地で知り合った協力者だと信じ込んでいるようで、恐れる様子もない。
アンドレイアはいつも寝泊まりしている兵舎の個室で、カシマの帰りをクリスタとふたりで待っていた。
彼は人間の都が珍しいようで、何かと煩かったため、カシマの報告やら書類やらの手続きが済むまでの間、王都を見て回り、夕方になってやっと戻ってこられたのだった。
「人間は面白いな。それぞれは弱いが、知恵を出し合って高度な生活を営んでいる。我々も見習うべき点だ」
「竜の集落でも作るか?」
「そうしたいのは山々なのだが、それほど知能が高い者が少ないのでな。我と炎竜だけでは集落とは呼べまい」
「ずっと気になってたけど、炎竜ってのはどういうやつなんだ?」
「我とは正反対の好戦的な竜だ。人間が向かって来れば全力で殲滅するだろう」
「お前はしなかったな」
「高貴ゆえ、お前たちの挑発を歯牙にもかけなかった、と言ってもらおう」
「負けてただろ」
「少々傷を負っただけだ。負けと揶揄されるのはこちらとしても不満がある」
「そうすか」
プライドの高いやつだ、とアンドレイアは手にした酒を煽る。
しかしさすがの竜の再生能力だ。
アンドレイアのつけた傷はすっかり綺麗になくなっている。
「――お前らの血と別に流れてるアレ、何なんだ?」
「竜の血のことか?」
「銀色のやつ」
「アレは我々の身体を動かすために必要な液体だ。血液は臓器を機能させるために必要だとするならば、竜の血は鱗を作動させるために必要なものだと言えるだろう」
「でも鱗単体でも力出るだろ。なんでだよ」
「継続的な使用と細かな制御はできまい。あくまで鱗自身の持つ特性を一定の出力で使えるだけのことだ。内部に貯蔵されている魔力は微々たるものであるし、応用も利かない」
「ふうん」
「使いきりのものだ。ところで、ここでは人間が鱗を手にしているのか?」
「赤い鱗なら何度か見たぞ」
アンドレイアの回答にクリスタは眉をひそめる。
「それは妙だ。炎竜が死んでいるのなら、鱗は力を失うはずだ」
「そういう仕組みなのか?」
「たとえ離れていたとしても、元は身体の一部。死んで数年もすれば機能しなくなる。その特性はまだ人間に伝わっていないようだな」
「じゃあ、年数が経ってないか、どっかで生かさず殺さずで捕まってるんだろ。その方が安定して鱗も収穫できるだろうしな」
「捕まっている、か。それはどこかわかるか?」
カシマにも確認したが、赤い竜の情報はほとんどなかった。
状況から考えるに、別の部隊の手によってすでに討伐済みであるということだけが知らされている情報だ。
「さあ。俺も鱗を見ただけで出所とかはわからん」
「我が眷属ならば知っているかもしれんな」
「カシマのおっさんも知らないだろ。炎竜について十分な情報を得ていたら、手あたり次第に竜を襲うなんてことしなかったはずだ。上位種だけを獲物にすればいいんだからな」
「ならば、いったい誰が……」
「もっと力のある国とかから流れてきたんじゃねえの? この国の外側にある、ナントカ帝国とナントカ皇国のどっちかだろ」
「我の眷属ならそれも調べられるだろう」
「お前さあ、眷属って言いたいだけだろ」
そんなどうでもいい話をしていると、部屋にカシマがやってきた。
アンドレイアは軽く手を振って「お疲れさま」と挨拶をする。
「お前たち、今回の件についてだが、計画を一歩前に進めることに決まった」
「逆鱗もふたつ揃ったことだしな。だけど『防人の血』と『神の眼』については謎のままなんだろ?」
「そこに関しては当たりが見つかるまで地道に試していくしかない。お前のもうひとりの仲間は知らないのか?」
「あいつは知ってても言わねえよ。それに逆鱗がふたつ揃ったことも教えたくねえ」
「そうか……」
アンドレイアはバシレウスの顔を思い浮かべる。
きっと何かの企みに利用しようとしている。
たとえ無駄な足掻きだとしても、すすんで手を貸すのだけは絶対に嫌だ。
「それより、アレだ。裏切り者があんな近くに潜んでるなんて聞いてねえぞ」
「仕方のないことだ。この国のどこにどれだけの間者が潜んでいるのかわからない以上、専守防衛に努めるしかない。大事にすれば数的不利の我々は皆殺しの目に会いかねない」
何もしなかったらそれこそじわじわと殺されていくだけじゃないのか、とアンドレイアは思ったが、それを口に出すことなく、別の言葉を吐き出す。
「ひとり、死んだぞ」
「ひとりで済んだ」
アンドレイアはため息をつく。
もうそういう段階まで来ているのだ。
どれだけ被害者を減らせるか。
根本的な解決はできない。
この緩やかな空気とは裏腹に、なかなか地獄の様相をしている。
ひと呼吸おいて、カシマは言葉を続けた。
「――だが、竜の討伐隊に忍び込まれたのは初めてだ。命の保証のない隊だからな。成果を上げて戻ってきたときに襲う方が確実なはずなのだが」
「帰ってきたあんたを狙うタイミングがないんだろ。今回は異例の少数部隊だった。狙うならここしかないと考えても不思議じゃない。あんたを殺せばこの国はもう竜を捕れないって考えてるだろうしな」
実際に竜の知識を持っているのはアンドレイアなのだが、それはまだ他のどの国の密偵も知らないことだろう。
「と、言うことは、俺はこの先いつ命を狙われてもおかしくないということか」
「まあ、そうなるな。逆鱗が揃ってしまったからな。でもまあ、眷属になったあんたを殺すのは簡単じゃねえよ。自分でもわかってるだろ?」
「ああ、軽く身体を動かしてみたのだが、以前よりも格段に強い肉体を手に入れたようだ。だが、不思議なものだ。まるで自分自身という気がしない」
「眷属ってのが関係してんのか?」
クリスタに視線を移すと、彼は小さく頷いた。
「その身体は我の所有になるからな。多少ではあるが魔力も通っている。とはいえ、自由意思を奪うつもりはない。あくまで保険なのだ。人間は個の主張よりも全体を重んじる。私自身が意に沿わない命令を受けることもあるだろう。その時に逃げる時間を稼ぐ手段くらいは確保しておかなければな」
「いざという時の時間稼ぎの囮か」
「そんなところだ。何も起こらなければその必要もないがな」
眷属となったのだから、それくらいのリスクは当然ある。
精神が人間であれば人間であり続けられると彼は言った。
しかし、肉体の制約は時に精神を上回る。
魔力的な契約は、強固な呪いのようなものだ。
無理に逆らおうとすれば、人格の崩壊は免れない。
「まあ、今考えても仕方ねえよ。そんな危険な状況にならないよう頑張ろうぜ」
「お前は考え方が柔軟だな」
「柔軟に対応できるのは、それだけ経験してきてるからだ。お前が部下の裏切りに瞬時に対応したのと同じだ」
「……そうか」
カシマは机の上に置かれた、中身が半分ほどの酒瓶を手に取り、一気に飲み干す。
様々な言葉と感情を飲み込むかのように。
「――話が暗くなっちまったな。とりあえず、これからどうする? 神槍の鍵はあとふたつ。探そうにも手がかりは無しだ」
「そのことだが、思い出したことがある」
クリスタは思わせぶりに人差し指を立てる。
「神槍の封印について知っていることがあった。神槍を使用した一族は、二度とその槍を使うことができぬよう封印したのだ」
「二度と使わねえなら、なんで壊さなかったんだ?」
「壊せぬのだ。アレは上位の存在。この世界の理では傷ひとつつかぬ。だから封印を施した」
彼がまさか封印を行った張本人であるとは、アンドレイアも思っていなかった。
「そんで、鍵をお前と炎竜で分けたのか?」
「あの場では我らが所有するのが最も安全だと判断したからだ。それに、先程も言ったが、眼と血については我らも詳細は知らぬ。創造主さまの管轄だったのだ。しかし、それとは別に奇妙なことがある。誰かが逆鱗に手を出さなければ、秘匿は守られ続けていたはずだったのだ」
「この国が追い詰められたから、じゃねえのか?」
「いや、『門』へたどり着くまでには鍵の内のひとつが必要なのだ。封印を解くために何が必要か知られるだけでも、人間にとって良い結果になるとは言えなかった。だから、偶然であったとしても最初に『門』へたどり着いた者は鍵の内のひとつ――ないしはふたつを所有していたはずだ」
「じゃあ、血と眼のどっちかはすでに誰かが持っているのか。そんで、逆鱗が必要になって、王国の兵を利用して、竜狩りを始めた――」
順序立てて考えていくと、どこかの誰かが個人的にこれを始めたことになる。
帝国や皇国であったなら、こんなに回りくどく国を潰していく必要がない。
かといって、王国の者が自国を守るために外部へ情報を流すメリットもない。
王国のためにではなく、神槍を本当に『力』として使うつもりの誰かが、全員を巻き込んで封印を解こうとしている。
「――ますます、渡せねえな」
「……我は鍵がひと所に集まることを危惧していた。しかし、すでに誰かが集め始めているのなら、お前たちのような、僅かにでも信用できる者が保管しておくべきだと考えを改めた」
「赤い逆鱗はどうする? 盗まれたことにでもして、隠しておくか?」
カシマが首を振る。
「お前、自分の仕事を忘れたのか? 門番の失態としては最上級だ。良くて極刑だぞ」
「……あー、そうか。先輩もだろうな」
アンドレイアだけならいくらでも逃げられるが、無関係な人間を巻き込むわけにはいかない。
青い逆鱗もそのうちに宝物庫へ納める必要がある。
――と、そこでアンドレイアは思い至る。
「そういえば、ここの王さまは主導権握ってないのか?」
「なぜそう思う?」
「逆鱗、確認しにきてねえだろ。口頭での報告だけで満足するようなやつがこんな無茶な作戦立てるか?」
「確かに、お前の言う通りだ。王から直接意見をもらったことはない。俺は騎士隊長から指示をもらっているし、隊長は議会で命令を受ける。従って、これは国の総意なのだ」
「もっと変だろ。全員の前で見せびらかして士気を上げたりするだろ、普通」
「鍵は所詮鍵ということだろう。全員、中身にしか興味はないのではないか?」
「お前らが身を粉にして働いているのに、やっぱ変だろ」
「そういうものなのだ。この国は――」
勢いのままに出そうになった言葉を、アンドレイアが止める。
すでに内部は敵に食い荒らされていて統率がとれていないなんてことを、彼の口から言うわけにはいかないのだろう。
「やめとけ。あんたが言っちゃいけないことだ」
「あ、ああ。少し酒を飲み過ぎたようだ」
「……俺が、ひとりで王さまに直接会ってみる」
「何を言っている? 会えるはずがなかろう」
「今の話を聞く限り、この国にとって王さまはもう重要じゃないんだろ? 会うくらい余裕だろ。そんで何考えてるのか聞いて、問題があれば逆鱗は俺が隠す」
「だから、それは責任が……」
「目の前の責任と、国の行く末と、どっちが大事なんだ?」
カシマは押し黙った。
わかっていても実現不可能だったことなのだろう。
「もちろん裏でやる。発覚すればそれまでだが、何とかできるかもしれない」
「具体的にはどうするつもりだ?」
「それは王さま次第ってところだ。つっても、悪いようにはしねえよ。俺も敗戦国の末路がどうなるか見てきた。だいたいがろくなもんじゃねえ。王国は必ず残るよう、うまくやる。そのためには、帝国と皇国をどうにかしなくちゃならねえが、それはバシレウスがどうにかするだろ」
「連携をとらなくても平気なのか?」
連絡をとることを考えなかったわけではない。
だが、奴は恐らくこちらがどう動くかかなり正確に読んでいる。
向こうはアンドレイアの性格を以前の世界で知りつくしているし、そのうえで何の意図もなく王国に単身で送り込むはずがない。
「あいつは本当のことを絶対に言わない。相談するだけ無駄だ。どうせこの状況を楽しんでいる。そういうタイプだ。性格はカスだが、能力はある。放っておくのが一番いい」
「それでうまくいくのか……?」
「それぞれができることをやるだけだ。こっちはこっちでこれからの動きを簡単に決めておこう」
アンドレイアはその程度のことしかできない現状にうんざりしつつ、小さくため息をついた。
戦いは好きでやっているわけではない。
しかしどうしようもなく、自分にその適性があることを感じずにはいられなかった。




