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観光に行くわけじゃないんだよ

翌朝、百合花は鳥のさえずりで目を覚ました。

昨晩は久しぶりに明明の手料理を食べた。

山菜や鶏肉、香辛料の入った、よく煮こまれた甘辛い鍋だ。

いくつかの思い出話をした後、百合花は道場で眠った。


硬くて冷たい木の床の感触。

足の裏の皮が何度も擦り切れ、痛みに耐えながら鍛錬を繰り返した日々。


師匠は強く優しい男だった。

修行がどれだけ辛くても続けられたのは、彼のおかげだ。


人が死ぬと、いつも同じことを考える。

歩む道の先でどうしたかったのか、なぜそうなったのか。

理由と目的を、考えてしまう。

自身の中に答えなどないことはわかっているとしても。


頭をすっきりさせるため、井戸で水浴びをしようと外に出る。


空は白んでいて、雲は薄くかかっている。

今日もまたよく晴れるだろう。


冷水を浴びると、一気に目が覚める。

朝のうちに出発すれば、夜には王国へ“再入国”できるだろう。


形だけとはいえ、一応は戦争をしているのだから、大手を振って関所は越えられない。

百合花は夜闇に紛れられる独自のルートで出入国を繰り返している。

だからいつも、行動をする時は単身だ。


「タオルをどうぞ」

「ああ、ありがとう」

「いえ、これからお世話になりますから」

「――は?」


気を抜いていたせいで、自然とタオルを受け取っていた。

顔を拭いてよく見ると、そこにいたのは雪麗だった。

村娘の服を着ていて、煌びやかな装飾こそつけていないが、その顔は見間違えようがない。


「どうして、こんなところに?」

「あら、聞いていませんか? あなたの仕事に私も同行しようかと」

「聞いていないし、ダメだ」


明明が宿泊を勧めたのはこれが理由か、と百合花は肩を落とす。

百合花がここへ立ち寄ることを予見して、先に連絡をしていたのだろう。


「一応、どういうことか聞かせてもらってもいい?」

「あなたが恐れるほどに評価する人間たちを自分の眼で視たいと思うのは、それほどおかしなことですか?」

「いや、違う。そうじゃない。一国の主たる女帝さまが、戦時中に国を離れることについていかがお考えですか、と聞いてる」

「王国はすでにあってないようなもの。いずれ私の領土になるのなら、視察してもよいでしょう」


百合花は頭を抱える。

敵は王国だけでなく、帝国だっている。

しかしこの人の中ではすでに決着のついている事柄なのだろう。


「……危険だよ」

「危険というのは、誰にとって?」

「関わる全員だよ。君が決心したら曲げないのは知っている。ひとつだけ約束してくれ。誰も殺すな」

「殺すとは物騒な。まるで私が獣のようではありませんか」

「君は獣だろ」

「失礼な人!」


彼女はわざとらしく腰に手を当てて腹を立てて見せた。

しかし実際、皇国の帝の血筋は、幼い頃から誰よりも厳しい戦闘訓練を受けさせられる。

弱者の気持ちと強者の気持ち、その両方を理解するためだ。


だから、強くなることが目的ではないが、不幸なことに彼女には武術の才能があった。

その才能故に、血の滲むような努力を重ねた百合花と同様に、彼女も戦える。

しかし経験が浅いため、加減を間違えて相手に大怪我を負わせたり、死に至らしめることもある。


「とにかく、同行するなら、僕の指示には絶対従ってもらう。いいかい?」

「帝たる私に命令を?」

「当たり前だろ。ちなみに何て言って出てきたんだ?」

「影武者を置いてきたわ。私からの指示があるまで、現状を維持するようにと」


もしバレたら百合花も罪に問われるというのに、彼女はどこか自慢げだった。


「君は、信じられないことを……」

「もうお説教はいいわ。それより、行くのでしょう? 私はまだオウマ王国を見ていないからどういうところなのか楽しみだわ」

「観光に行くわけじゃないんだよ」

「わかっています!」


ふたりが騒いでいたからか、昨日病院で手当てをしてもらった美月と明明が姿を見せる。


「おふたりとも、朝から元気がよろしいことですね」

「明明、この借りは返すよ」

「あら、感謝の借りならば結構ですのに」


主犯であろう明明はこの状況を楽しんでいるようで、くすくすと笑った。


「百合花、帝さまに怪我させたら許さない」

「この人に怪我させられる人間なんてそういないよ」

「そういう気持ちで守れってことだ!」

「はいはい……」


百合花はもう言い返す気力もなかった。

彼女たちが集まるとどうしていつもここまで弱い立場に追い込まれるのだろう。


百合花は言われるがまま、雪麗を連れて歩く計画を立て始めた。

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