どう思う
彼女の案内した店は、とても小さなお店だった。
建物の間と間に無理矢理押し込まれたような細さで、二階まであるが、そこには一枚の開かない小さな窓があるだけだ。
可愛らしい看板が入り口の扉にかかっており、書いてある文字はアンドレイアには読めないが、おそらく店名なのだろう。
なんとか店らしい雰囲気を作ろうとしたのか、通りに面している玄関には小さな鉢植えに小さな花が植えてある。
「店、か?」
アンドレイアの素直な呟きに、セシリアは頬を膨らませる。
「立派なお店です! 私が頑張って買ったんですよ!」
「そりゃ偉い。そんな若さで買えるものなのか?」
「いや、それは、まあ……。おじいさまの遺産、です、けど……」
「歯切れ悪いな」
彼女はもごもごと言いながら金属製の鍵を開ける。
中に入ると、最初に強い木の香りがした。
そして、微かに金属の匂いもする。
店内はひとつの木製のテーブルと四つの椅子、その奥には店のカウンターがある。
ほぼ全てのものが木製で、店としての雰囲気だけは十分にある。
「ここで装飾品の販売をしてるのか?」
「はい。大抵は指輪とか、ネックレスとか……。あっ、今私がつけてるようなものも作ります」
そう言って彼女が長袖をまくると、くすんだ黄金色のバングルがあった。
厚みがあるのに、あまり重そうにはしていない。
表面にはシンプルな二本線が彫られている。
アンドレイアにはそれが何の金属なのかわからなかったが、バシレウスが呟いた。
「真鍮製か」
「わかるんですか?」
「宝飾品はそれなりに数を見てきたのでな。少し触ってもいいか?」
彼が手を伸ばすと、セシリアは一歩引いた。
「あっ、えっと、これは人に触らせてはいけないもので……」
「ならば見せない方が良かったのではないか?」
「うっ……」
彼女はしまった、と慌てて袖を直す。
触らせてはいけない理由などどうでもいいが、不用心な人物だということがわかった。
「いや、もう遅いだろ。さっきのやつらが狙ってたのはそれか?」
「たぶん、そうだと思います。これはバシレウスさんの言った通り真鍮製で宝石や黄金のような価値はないんですけど、見た目は金みたいに見えますし、目立ちますから……。あっ、座っていてください。お茶を用意します」
彼女は店の奥へと消えていく。
アンドレイアはバシレウスに目線で椅子に座るよう促し、ふたりで向かい合って座った。
「……で、どう思う?」
アンドレイアが聞いたのは、さっき見た妙な装具のことだ。
大きな赤い鱗のようなものがついた手甲。
鱗そのものが熱を帯びていたかまではわからなかったが、未知の道理で力を作用させていた。
「ふむ。この世界に魔法が存在しないと断言したのは些か軽率すぎたかもしれん。自在に使えるものではない、と言った方が正確だろうな。先の奴が装着していた籠手、アレが行っていたのはまさしく魔法だ」
「武器に熱を付与するってところか? でもアレ、たぶん流通してないだろ」
この店に来るまで、町の中を不自然にならない程度に観察していたが、ああいう道具はどこにも見当たらなかった。
「もしかすると、魔力は無生物に宿るのかもしれんな。まだ詳しく調べる必要がある」
「無生物っていうとゴーレムとかの類か?」
「いや、ゴーレムは仕組み自体が全く異なる。細切れの破片になっても効力を発揮できるような精密な魔法を、私は知らない」
魔法に長ける魔族の王であるバシレウスでも知らないのなら、やはり根本的に違う世界なのだろう。
「じゃ、俺には余計わかんねえな。しばらく大人しくするしかないか」
「無論。余計なトラブルは避けるべきだ」
そんな話をしていると、セシリアがティーポットとカップのセットを持って現れた。
違う世界ながらも同じ道具を使っていることに、形容し難い安心感がある。
「お、お待たせしま、した」
落とさないように集中しているのか、顔は俯いたまま、手元を見ている。
「接客慣れてないのかよ。いいって、気を使わなくて」
アンドレイアはそう言いながら、彼女からお茶のセットを取り上げる。
「あんたがいつもやってる淹れ方だけ教えてくれ。俺がやるから」
「そ、そんな、私が……」
「やりたいんだよ。いいだろ?」
戸惑っていた様子の彼女も、アンドレイアの強情さに渋々と頷く。
彼女に習って淹れた琥珀色のお茶を、アンドレイアはバシレウスにわざとらしく大げさに恭しい仕草で差し出す。
「さあ、おあがりください」
「……いただこう」
眉をひそめたものの、バシレウスはひと口だけ口に含む。
それからしばらく目を閉じて黙り、ふう、と小さく息を吐く。
「悪くはない。が、良くもない。茶葉の保存状態が悪い。普段使っていないのではないか? 淹れ方も少し気になる。それに、給仕係の人相と性格と育ちも良くないな」
「こいつうるせえな。おいしいって言っとけよ」
「こちらにもプライドがあるのでな」
「何のだ? お前はソムリエか?」
「舌が肥えていて申し訳ない」
「ちょ、ちょっと、喧嘩しないでください」
別段喧嘩というつもりでもなかったが、アンドレイアはため息をついて椅子にドカッと座る。
「そんで、セシリア。聞きたいことがある。さっきのやつが使ってた変な籠手は何だ?」
おそらくバシレウスは彼女に内緒で、時間をかけて正確な情報を集めるつもりだったのだろう。
間違った知識を仕入れることはできるだけ避けたい気持ちはアンドレイアにも分かる。
しかしアンドレイアは回りくどいやり方が嫌いだ。
彼女が知っているのならそれでいいし、間違っているのなら後で修正していけばいい。
「あっ、あれはたぶん、竜の鱗で作られた武具です」
「竜の鱗? ドラゴンって鱗あったか?」
アンドレイアが聞くと、バシレウスは眉をひそめる。
前の世界にもドラゴンはいた。
しかし、彼らは鱗というよりも硬質化した皮膚を持っていた。
脱皮で大きくなる性質があり、魚のような鱗は持っていない。
「私も詳しくありませんが、戦う人たちは、必ず竜の装備を持つと聞きます」
「どれくらい種類があるんだよ」
「知りません。竜の種類と同じだけはあると思いますが……」
「じゃあ、その、竜ってのが、この世界で一番力を持つ存在ってことか?」
「世界……? まあ、そういうことになりますね?」
少し引っかかったようだが、特別気にする素振りは見せていない。
彼女が細かなことを気にしない大らかな人間で非常に助かる。
「竜の鱗ってのは簡単に手に入るのか?」
「欲しいんですか? 宝石と同じくらい高価なので簡単には手に入りませんけど、お金がなくても手に入れる方法はあります。アンドレイアさんはお強いので、たぶん、できるかもしれません」
「竜を倒すのか?」
アンドレイアが何気なく聞くと、彼女はぶんぶんと手を振って否定する。
「無理ですよ! 竜って二十人くらいで討伐隊を組んで戦うものって聞いたことあります! お金がない人が簡単に手に入れたいなら、大会で優勝すればいいんです」
「何の大会だよ」
「それはもちろん、戦う大会ですよ。竜の鱗は戦う人のためのものですからね。この町でも定期的に開催されてます。質のいいものではありませんけど、優勝すればもらえますよ」
「ほう……。だが妙だな。なんでそんなに俺に勧めるんだ」
そう聞かれると、セシリアは企みを隠さないゆるい笑みを浮かべる。
「うちの看板を背負って出てもらえたらなって」
「宣伝かよ。この店、あんまり儲かっていないのか?」
「生活はできますけど、もう少し繁盛してもらいたいですね」
「彫金師って言ってたか? どういう品物を取り扱っているんだ?」
「あっ、見ますか!? ちょっと待っていてください!」
彼女は興奮気味にまた店の奥へと引っ込んだ。
「……変な娘だな」
アンドレイアの率直な感想に、バシレウスが笑う。
「職人とは得てしてああいうものだ。だが、変わっているからこそ、良い。彼女が普通で平凡な人間であったなら、我らはここにこうして居座らせてもらえていないぞ?」
「あー、それもそうか」
通報もしていないし、襲われたことからはすでに立ち直っている様子だった。
忘れているのか、慣れているのか、アンドレイアたちにはわからないが、とにかく今の状況は悪くない。
彼女が足取りも軽く持ってきたのは、黄金色の花だった。
丸い金属の塊を彫って花弁を作ったのだろう。
それは驚くほどに繊細で正確な彫金だった。
「お前、すげえな」
「うむ、腕前は確かだ。これくらいの品ならば、高値がついてもおかしくないはずだ。と、なると、売れていないのは知名度の問題か」
ふたりが褒めると、セシリアは恥ずかしそうに頭を掻く。
「乗りかかった船だ。情報収集も兼ねて手伝ってやるよ。っていうか、こういうものを流通させてくれる商会とかないのか?」
「あるにはあるんですけど、ちょっと、その、私の品物は取り扱えないって……」
「買い手を選ぶからか」
「だと、思います。彫金ってあんまり人気のある宝飾品じゃないので。宝石とか、金や銀の細工師とか、そっちの方が人気があります。同じ値段を出して買うなら、そっちの方がいいってことみたいです」
「で、お前はそれに納得しているのか?」
「してるわけないじゃないですか! 彫金の良さを広めたいんですよ! でも、どうしたらいいかわからなくて……。悩んでいるんです」
アンドレイアはバシレウスと視線を合わせる。
当面の方針が決まった。
彼女の目的に協力しつつ、この世界のことを探る。
「とりあえず、さっきの大会の話を詳しく聞かせてくれ。そこであんたの作品を俺が宣伝するからよ」
「は、はい」
「あー、そうだ。もうひとつ確認しておかないとな。竜の鱗ってのは、あんたでも加工できるのか?」
「え? あ、はい。私はおじいさまから習ったので、そんなに凝ったものでなければ加工できます」
「なるほど。それはいい」
手に入れたものの扱えなかったら意味がない。
それに、素朴で基本的なものは後の理解に繋がる。
退屈そうに話を聞いているバシレウスに、アンドレイアは聞く。
「おい、お前は出るのか?」
「私は出ない。他にやることがある」
「そうか。捕まっても助けにはいかねえぞ」
「悪事をするわけではない。ただ多少調べたいことがあるだけだ」
「ふうん、そうかい。多少ね。まあ、頑張れや」
刺々しいやり取りに、セシリアだけがおろおろとしている。
「ああ、それともうひとつあった。俺たち寝るところ決まってないんだが、ここに泊まったらダメか?」
流石に知らない人間を泊めるのは無理だろうと思うが、聞くだけ聞いてみる。
「いいですよ」
彼女は即答した。
「いいのかよ」
「おふたりには助けていただいたお礼もありますし、お店の防犯にもなりますから。それに私、自分の家――工房なんですけど、別に住んでいるところがあるんですよ。ここはあくまでお店なので。だから、普通に使ってもらっても構いませんよ。奥に簡単な居住スペースもありますから、あとで案内しますね。あっ、火事だけは気をつけてくださいね。もし燃えたら弁償してもらいますから」
「ああ、それは気をつける」
大らかで不用心というよりは、最早豪胆と言うべき彼女の言葉に、アンドレイアは面を食らっていた。




