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事情が複雑でよ

アンドレイアは相も変わらず、宝物庫の護衛を務めていた。

ここへ侵入した者たちの情報は、不自然なほどに何も知らされていない。


何かしたいわけではないが、ここまで判断材料がないと見えない敵に対して先手をとれない。

しかしまだ、無理に内部を調査するような段階にも感じない。


先輩は相変わらず真面目に門番をやっている。

彼だけが何か知らされているようにも見えないが、きっと知らないことを知らないままにしておける人間なのだろう。

実に堅実な防人で、頼りになる門番だ。


しかしあれだけのことがあったのだから、しばらくはまた何もない退屈な日々が続くだろうと思っていたところに、突然カシマがやってきた。

彼が先輩とは同期らしいという話は聞いていた。

仲良く何か話していたが、その会話にアンドレイアは興味もなく、聞いていなかった。


「――と、そういうわけだ」

「おい、聞いていたか?」


ふたりがこちらを見ていることに気がついて、アンドレイアは小さなため息をつく。

こちらにも用事があるなら最初にそう言ってくれと内心で呟く。


「聞いてなかった。結論だけ頼む」


今度はカシマがため息をついて、言った。


「端的に言うが、奴らの身柄は秘匿されることになった」

「あー、そんな気はしてたよ。何かマズかったか?」


「質問には何も答えられない。くれぐれもここで起こったことは口外するなよ」

「三日も経ってんだぞ。無理があるだろ」

「これからでも遅くないだろう。それとも誰かに話したか?」

「……いや」


あの事件の直後、事のあらましを手紙にしてバシレウスに送っていた。

内容は元の世界の言葉で書いてあるため、検閲しても理解できないだろう。


ここへ派遣される前、こういうことがあることは予測されていた。

バシレウスは逆鱗が納められているであろう宝物庫の守りの薄さを気にしており、そのためアンドレイアを護衛にすることにしたらしい。


アンドレイアも最初は拒否していたが、戦火がまだ国内にまで及んでいない以上、火種はできないよう気を使うべきだと説得された。

町が燃えるところをもう二度と見たくないのは本心ではある。


しかしアンドレイアの世界で、町を燃やしていた張本人から、いいように使われるのは面白くない。

よって、やりたくはないが、やらなくてはならないとも思っており、複雑な心境でこの仕事についていた。


「――で、そっちはもういいけど、ここはどういう対応を取るんだ? あれから人員が増やされた様子もねえし」

「人員は増やせない。わかるだろう?」

「事情だけはな。でもここまで侵入されていて、門番も何もあったもんじゃねえだろ」


本当は宮殿の敷地に侵入されただけでも大問題なはずだ。

そう聞いても、カシマは無言で首を振るだけで、何も答えない。

どうやらそれも話せない事情に入っているらしい。


「じゃあ、いいよ。俺も仕事だし、言われた通りここで守る。だが、安全の保障はできないぞ。今回はたまたま相手が四人のザコだったから何とかなった。これがもっと多くて装備が強ければ止められなかったかもしれない」

「確かに、彼らは鱗も持っていなかった。しかし、手練れだ。ああも簡単に制圧できる相手ではない」

「平均よりは少し上くらいのやつらだったが、手練れというほどじゃなかっただろ」


百合花に比べればひとりあたりの実力は半分もなかった。

しかし、アンドレイア以外であったなら、簡単に倒せる相手でなかったのも事実だ。


「あれほどの相手を差し向けられるほど、この国は切迫しているのだ。わかってくれ」


カシマの複雑そうな表情を見て、アンドレイアはぽつりと呟く。


「なるほどな」

「む?」


訝しむカシマに、アンドレイアは少し言葉を選びつつも、小声で呟く。


「――ここからは独り言だ。中にだいぶ敵側についてるやつがいるみたいだな。どっちかはわからんが、狙いは王権の消失だろ。王さまが死んだ混乱に乗じて国を半分に割って、それぞれ取り分けるんじゃねえのか? 誕生日のケーキみたいにな。外から色んなちょっかいを出して、事情を知らない連中を混乱させて、国そのものを疲弊させる。王さまを始末するのはそんなに難しいことじゃないが、あくまで他殺じゃなくて自殺か病死じゃないといけねえのが面倒なとこか。いやそれも毒使えばいけるか」

「お前……」


先輩が絶句し、目を丸くしてこちらを見る。

彼の前でここまではっきりと物を言うのは初めてだったこともあるだろう。


それとは反対に、カシマは顔を伏せていた。

彼も確信は得ていないものの、予感はしているようだ。


アンドレイアは言葉を続ける。


「――で、だ。ここから先も独り言だが、何とかできないこともねえぞ。現状内部にどれだけ敵が潜んでいるのかわからない以上、王さまが死んでからしか動けないが、準備はできる。まずは残りの『鍵』の確保。別に使う必要はないが、これが王の死後、権威の代わりになる。信仰を利用する形になるな。さて、そうすると急務となるのが、存在のわかっている青竜の逆鱗だな。これをさっさと取ってきて、残りの謎をバシレウスのやつに解かせる。

 ――まあ、ここまで色々喋ったが、俺が思いつくようなことにアイツが気がついていないはずはない。とりあえず俺たちは今のまま、ここで待機していて問題ないと思うぜ。普段通り、偽りの命令を受けながら、な」


返事はなかったし、アンドレイアはふたりの顔も見なかった。

独り言だと前置きはしたが、感情任せの反論がないということは、彼らにも思うところがあるのだろう。


アンドレイアの考えをまとめると、彼らは茶番の戦争をやらされていることになる。

国土に敵が侵略して来ていないのは、単に奪う領地を傷つけないためだ。

命を張って国民を守る彼ら軍部に対し、あまりにも不憫で、かける言葉も見つからなかった。


「カシマのおっさん、これだけじゃなくて、竜のことも聞きにきたんだろ?」

「あ、ああ。これが竜学者から借りてきた『青い鱗を持つ竜』に当てはまりそうな竜の一覧だ。住処、特徴などが記載されている」


カシマが取り出した一枚のロール紙を広げてみると、十三種類の竜の特徴が記されていた。


「何かわかるか?」

「あー、たぶん全部わかる。まずこのうち十匹は竜じゃねえ。三匹は竜だな。そんで、まずこの体長約十五メートルのやつだが、恐らくは深海竜だ。確かに青いが、冷たい海の底に住んでいてこの国の文明じゃ討伐は不可能だ。次にこの首がふたつある竜、ツインヘッドか。こいつは暴れ竜で、特殊な力もなかったはずだ。色味も青というより紫に近い。もうひとつ、雪山に住む白銀の竜。これだな」

「白銀の竜からどうして青い鱗が手に入るんだ?」

「水の色って知ってるか? ほとんどの人間は水のことを青色で認識してるだろ。実際は空が反射しているだけで、水そのものは無色透明だけどよ。氷だって同じことだ。特にこいつは自然の摂理からも外れた、本物の青い氷を出す。触ったものを全て止める青い氷だ。手強いぜ?」


アンドレイアが脅すように言うと、カシマは眉間にシワを寄せて唸った。


「……正直に言えば、貴様にも手伝いを依頼したい」

「そりゃ無理だ。俺がここを離れたらすぐ狙われるぞ。先輩が弱いわけじゃないが、ひとりで何人まで相手できるよ? 敵は今、隙を伺っている。こっちからその機会を作ってやるのはアホだぜ」

「それについては問題ない、と聞いている。お前の友人からこれが送られてきた」


カシマが背負っていた木箱を床に置く。

開くと、竜の彫像が入っていた。

大きさは三十センチほどで、腹部に細かく砕かれた赤い竜の鱗が少しだけ貼りつけられている。


「何だ?」

「知らんのか? なんでも大量の敵を制圧できる兵器らしい」

「はあ」


どう見ても普通の彫像で、火でも吹くのかと思ったが、そのための機構も見当たらない。


「試しに使ってみるか」

「おい待て、もしものことがあったら洒落にならんぞ」

「あいつのことだ。人が死ぬようなのを他人に送りつけたりしねえだろ。いいよ、俺が受ける。鱗の使い方はおっさんわかるよな?」


アンドレイアは竜の像と向かい合って座った。

カシマは訝し気に彫像に手を置く。


「不調を感じたらすぐに言え」

「ああ」


鱗が発光する。

すると同時に、アンドレイアの身体に異変が起こり、うずくまった。

全身の激痛に声が出せない。


様子を見たカシマは慌てて彫像から手を放す。

すぐに襲い来た全身の痛みから、それが何であるか理解した。


「なんだ。どうだったんだ」

「……前言撤回だ。人を殺さないようなものを送るはずがないと言ったが、間違いだ。これは大量殺人兵器の小型版だ。詳しい説明は省くが、この装置の効果が届く範囲にしばらくいると、全身の水分が沸騰して死ぬ。これは小さくて出力も低いから痛みだけで済んだが、大きいものだったら、とんでもないことになるぞ」


「俺たちには何も見えてなかったぞ」

「先輩、これは目に見えない兵器なんすよ。あのバカ、やりすぎだ。悪いけど、この一件が済んだらこれは必ず回収する。危険すぎる」

「お前がそこまで言うのならそうなのだろう。しかし、それほど強力ならば、これを扉の前に置いておくだけで警備ができるではないか」

「バカ言え。敵味方の識別ができない上に、当たっていることに気がついた時には手遅れだ。敵だろうが身内だろうが、毒餌食った虫みたいにここでひっくり返って死ぬぞ。装置を点けっぱなしにするのだけはやめた方がいい。最低限、使用者はここにいるべきだ」


自分で説明しつつ、バシレウスの意図を理解する。

先輩にこの強力な彫像を託して、アンドレイアは竜の討伐に行けと、そういうことなのだ。


「アンドレイア、お前に部隊の助言を頼みたい。編成や作戦、必要な道具は可能な限りこちらで準備する」

「助言どころか、俺が主導権とってるじゃねえか。面倒くせえよ」

「君の存在を隠している以上、大々的に参加してもらうわけにはいかないのだ」

「へいへい。あくまであんたの案じゃないといけないことは重々承知してるよ」


竜の討伐は国の威信を賭けた事業なのだ。

いくら戦力が足りなくとも、成したという誇りはそれに勝る。

絶対に、部外者の個人の力で完結してはならない。


だから、正規の兵でないアンドレイアが竜の討伐に関わっていることは国に知られてはいけないのだ。

前回は商会からの派遣として様子を見にやってきたという体になっている。

もちろん、その場にいた者たちは何か感づいているかもしれないが、何も説明はしていないし、詳しいことは口外しないようにと、カシマが命令していた。


アンドレイアはこの状況が面白くなかった。

別に手柄が欲しいわけではない。

だが、やりがいもなければ、倒したところで本当に何かが変わるとも思えない。

国が亡ぶまでの暇つぶし――――全くの無駄にしか思えなかった。


「そこまでしてやらないといけないことなのか? 結構死んでるんだろ?」

「今更問うな」

「つらいねえ。末端の兵士ってのは。――面倒だけど、やってやるよ。人が死ぬところは山ほど見てきたから今更感情的にはならねえけど、意味のない死ってのは嫌いだ。だけど、立案の途中で変更した方がいいところがあれば変更するぞ。それはそっちの権限で何とかうまい具合に誤魔化してくれよ?」

「ああ、協力に感謝する」


とはいえ、アンドレイアもしばらく会っていないタイプの竜だ。

記憶の中の白銀の竜を可能な限り思い出す。

確か、名前を『クリスタ・リザシオン』といった。

竜族の中でも中位、以前の世界であれば、強くもなければ弱くもない。


しかし今は魔力のない世界で、こちらも肉体も脆弱、空間を操る特異魔法も使えない。

正面からやり合う危険は非常に高いだろう。


それに厄介なのはヤツの使う青い氷だ。

触れるだけで肉体の温度を全て奪い、瞬時に凍結させ、尾のひと振りで砕け散らせる。


これを一般人が防ぐには、第三階位以上の耐寒魔法、又は第四階位以上の炎魔法が必須だった。

通常兵器で戦うには、大砲や投石、超長距離からの狙撃などが有効だ。

近づいて剣や槍で戦えるのは、余程の訓練を積んだ才能のある者のみ。


(かなり厳しいな……)


戦時に割ける戦力には限りがある。

もしも自分が参加したとしても、もうひとり分ほど手が足りない。


「作戦開始までの猶予はどれくらいある?」

「十日だ」

「十日!? 本当に死にに行くのかよ……」


呆れた声に、カシマは目を伏せて分かっているとでも言うように首を振る。


「詳しい作戦は仕事の後で相談させてもらってもいいか? 俺は今日中なら会議室にいる。タルコフ隊長と共に戦線の情報も整理しなければならないからな。……待て。貴様は同行するのか?」

「討伐に割く戦力もないんだろ? 同行しなくて勝てるのか? 身元隠すなりしてそこは上手く調整してくれよ。一応討伐隊の隊長なんだろ?」

「そのことだが、グリフィン商会からもお前を動かす時は必ずセシリア装飾店に報せをいれるよう頼まれている。返事次第では……」

「向こうは状況の把握がしたいだけだ。何らかの返事はあっても断ることはねえよ」


ここまでの流れもバシレウスの予定通りだろう。

彼はまだあの町に留まっている。

この報せが届けば、思い通りにいったとほくそ笑むに違いない。


どこまでもヤツの思惑通りだ。

こういうことに疎いアンドレイアには、何を企んでいるのか、皆目見当もつかない。


「……じゃ、まあ、とりあえず俺は連れて行く隊員候補の情報が欲しい。後で少し顔を出す」

「構わない。本当に助かる」


カシマはそう言って一礼し、去っていく。


「あー、先輩。さっきの会話だけど」

「長い独り言だったな。俺の部下は不真面目だから無駄口が多くて困る」

「まあ、悪いな。事情が複雑でよ」


アンドレイアが呟くように言うも、先輩は眉ひとつ動かさなかった。

本当に、堅実で頼りになる先輩だ。


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