冗談なものか
「ほうほう。それで完成となるわけか」
「はい、あとは時間を置いて、また出来具合を確かめます」
セシリアは、竜の姿をした彫像を保管用の木箱にしまう。
ここ数日、バシレウスがセシリアの工房に入り浸っていた。
技術に興味が出たなどと言っており、特別迷惑には感じていなかったが、どういう心境の変化があったのだろう、とセシリアは不思議に思っていた。
「あの、彫金が学びたいのなら、ちゃんと教えますよ?」
「いや、お前の普段の仕事を見るだけでいい。自分でやろうとはあまり思っていない」
「……?」
何を考えているのか全くわからないが、別に見ているだけなのだから、セシリアは帰ってもらおうとまではしなかった。
ひと通り、午前中の作業が終わったため、ふう、と息をつく。
「ところで、お前はどこでこの技術を学んだのだ?」
「おじいさまに教えてもらったんです。私を育ててくれたおじいさまです」
「両親は?」
「覚えていません。私、拾われたんです」
「拾われた……」
バシレウスは意外そうな顔をする。
「そのままの意味ですよ。私の記憶は、五歳のころから始まっています。山奥にある小屋で、おじいさまに育てられました。そこでおじいさまの彫金を見て育ったのです。だから、私の知識は全ておじいさまのものです」
「ふむ。その方は、今は?」
「あまり連絡をとる人ではありませんからわかりませんが、まだ元気だと思いますよ。だいたい半年か一年に一度くらい、手紙が来るのです」
セシリアは戸棚から便箋の束を取り出す。
束とは言ってもたかだか十通ほどだ。
「読んでも?」
「どうぞ。あまり面白い内容ではありませんよ」
バシレウスは興味深そうに便箋の表と裏を眺め、手紙を一枚ずつ開いて、上から下までゆっくりと目を通していく。
主な内容は近況報告だ。
あとはセシリアを心配するようなこと。
それ以外のことは特にない。
ごく普通の、親子の会話のようなものだ。
「随分と仲が良いようだな」
「そうですね。喧嘩もしたことないくらいです」
「なのに、家を出たのか?」
「ええ。独り立ちしたかったので。いつまでも甘えているわけにはいかないでしょう?」
「立派な娘だ。――ところで、その目は、昔からか?」
「え?」
唐突な質問に、セシリアは一瞬固まる。
「いや、気になっていてな。右が見えていないのだろう?」
「な、なんで、わかるんですか?」
「左右で物を見る時の動きが違うではないか」
そんなにわかりやすい動きをしているつもりはなかったのだが、指摘されると途端に恥ずかしくなってきた。
「も、もしかしてアンドレイアさんも……」
「気がついているだろう。言葉にしたことはないがな。それに、我々の世界ではひとつ目はそれほど珍しくなかった。病気か?」
「ええ、まあ……」
まだ赤子だったころに目の病気にかかり、これが原因で捨てられたのだろうと聞いている。
それをおじいさまが取り除き、治してくれたのだ。
「見ても構わないか?」
「そ、それは、嫌です」
「コンプレックスか」
「……そうはっきり言われると、はいと言いづらいですが、まあ、そう、ですね」
「ならば仕方がない。前髪でそれだけ隠しているくらいだ。見せたくないのなら無理に見るつもりはない」
バシレウスは手紙を丁寧に閉じて、セシリアへ返す。
「話は変わるが、義眼について何か知っていることはないか?」
「話変わっていませんが!?」
「義眼なのか」
「あっ」
勢い余って自分から喋ってしまった。
それを見たバシレウスがフッと笑う。
「――『神の眼』というものの情報を探しているのだ。眼という単語がそのまま眼球をさすかはわからないが、ひとまず足元から探ってみなくてはな」
「そ、それと私の眼はたぶん無関係ですよ」
「それはそうだろう。だが、物作りをする人間なら何かそういう特殊なものの存在を知らないかと思ってな」
「少なくとも私は知りません。でも、おじいさまなら、知っているかもしれません。私の義眼を作ったのも、おじいさまなんです」
「彫金だけでなく、義眼を? 器用で済まされていい範囲ではないな」
「おじいさまは、手で作れるものは何でもできる人でした。金物だけでなく焼き物やガラス細工、木彫りなんかもやっていました」
「多才な方だ」
「でも、そのほとんどは世間で評価されなかったんです。おじいさまが出し渋っていたのもありますけど」
「そこまで言われると、俄然興味が沸いてきたな。どうだ、私だけに君の眼を見せてくれないか? おじいさまの技術の程も察せる」
「いや、うーん……」
確かに、おじいさまの凄さを知って欲しいという気持ちも少しはある。
世間に評価されていなかったことを悔しく思ったことは何度もあった。
それに、バシレウスの目利きは信頼できる。
セシリアがイマイチだなと感じた時に、彼も同じように唸っているのをよく見る。
伊達に宝飾品を沢山見てきたわけではないのだろう。
悩みに悩み抜き、セシリアは意を決して言う。
「あ、あの、絶対他の人に言っちゃダメですよ!」
「言わん。言うほどのことではない」
「う、うー……」
セシリアはそっと前髪を上げる。
右の白い義眼と、左目の水色の瞳。
見せるために出すのは、おじいさまの他では初めてだ。
反応が怖くてつい目をそむけてしまう。
「ほう、これは……」
「は、恥ずかしいんですけど」
バシレウスは顔を近づけてまじまじと眺めている。
彼のルビーのように透き通った瞳が輝いてみえる。
以前から思っていたが、彼の眼は不思議な光を放っている。
それはまるで、見えないものも見えているような、もっと遠くを見ているような。
僅かに見惚れていると、バシレウスが顔を放して我に返った。
「やはり、匠だ。私の世界にもこれほど見事な義眼は無かった。ただ気になるのは、なぜもう片方と色を合わせなかったところだが――。ああ、もういい。降ろしてくれ」
「色が違うのは、これがおじいさまの目の色だからです」
「……む? それが理由になるのか? 普通は両目で揃えるだろう」
「少しでも近くにいてほしくて……。寂しかったんです」
「しかしそのせいで前髪をそんなに伸ばして隠さなくてはならないのでは、よくないのではないか?」
「……前髪が長いのは、義眼を隠すためじゃないんです。私が、他人の目が怖いから……」
たとえ義眼の色を揃えていたとしても、片目が見えないことは、周囲から見れば一目瞭然だ。
何をしていてもじろじろと見られ、気になって仕方ないのだ。
「しかし、病気で失ったにしては、目の周囲に手術の痕もない。不思議なものだ」
「その辺は私もよく知りません。まだ幼いころの話なので」
「今も幼いだろう」
「もう、怒りますよ!」
からかうように言うバシレウスにセシリアは頬を膨らませる。
「そのおじいさまに会わせてはもらえないか?」
「また直球ですね」
「回りくどいやり方は苦手だ」
「私でもわかるくらい嘘じゃないですか。私が相手だからでしょう? ……おじいさまはたぶん、誰ともお会いになりませんよ。そういう人でした」
「お前が頼んでもか?」
「そういうものですよ。私ひとりだけなら大丈夫でしょうけど、他人とは……」
バシレウスは腕を組んで少し考える仕草を見せる。
セシリアにもわかってきたが、彼がこうやって何か企んでいる時は、だいたいろくでもない提案をしてくる時だ。
「ならば、こうしよう。私は私で接触する。君は私が勝手についてきたことにすればいい。居場所さえわかればあとはどうにでもできる」
「そんなこと言う人には会わせられません」
「頑固だな。減るものでもあるまいに」
「おじいさまへの敬意です」
セシリアの意思は確固たるものだ。
おじいさまの迷惑になることだけは絶対にしない。
「ならば、おじいさまの話をもっと聞かせてはもらえないか? 君の口から」
「そんな、わざわざ話すようなことありませんよ。普通です」
「普通の家庭でこれほどまでに技術の継承が的確に素早く行われるはずはないだろう」
そう言われると、確かにセシリアの知っている職人はもっと高齢で、四十歳や五十歳の方も少なくない。
「でもダメです。会わせられませんし、話もしません」
「話くらいいいだろう?」
「私の話から場所を割り出そうとしているでしょう?」
「……していないと言うと嘘になるな」
「ほら! ダメです! そんなことより、アンドレイアさんはどこに行ったんですか? 最近姿を見ていませんけど……」
「奴は王都へ潜り込ませることにした。少し気になることがあってな」
「そうですか」
セシリアは冷たく返事をする。
これもまた何か企んでいるのだろう。
そしてきっと、アンドレイアに詳しいことは伝えていないのだ。
「そんな顔をするな。誓って悪事ではないぞ。私はこの戦争の詳細をきちんと把握したいだけだ。幸い、軍部に繋がりができた。ここを起点にしてやっていくつもりだ」
「あんまり大きな事件とかはやめてくださいね」
「無論。私はあくまで裏方だ」
バシレウスは悪そうな笑みを浮かべる。
「そんなことよりも、竜の鱗の加工は終わったのか?」
「はい。言われた通り、最低限の効果のある指輪を五個、でしたよね? 砕くの勿体なかったな……」
「仕方あるまい。これは配るものなのだ」
「残りの鱗で剣の柄も作りました。これはアンドレイアさんに渡すんですよね?」
セシリアが作ったのは、刃のない剣だ。
柄に装飾代わりに赤い鱗を埋め込んだ。
「うむ、見事な出来だ。刃の部分は私が用意しよう。それと、もうひとつの方だが……」
「そっちはまだです。私だって他の仕事があるんですから」
「わかっている。時間が空いた時で構わない」
「ちゃんとあとで代金請求しますからね」
「身内だから安くしてもらえると助かる」
「ひいきはしません」
「そうか」
バシレウスはまたクスクスと笑う。
何か色々と彼の手の平の上で転がされているようだが、そこはもう深く考えないことにしている。
セシリアはバシレウスから柄を返してもらい、箱にしまう。
「戦争の詳細って言ってましたけど、そんなこと知ってどうするんですか?」
「自分がいる国がどういう立場なのか知りたいのはそんなに変なことか?」
「いえ、そうではなく。明らかに関わろうとしているじゃないですか」
「明らかに、か。君は私のことをよく理解してきているな。その通り、私はこの戦争に介入にするつもりだ」
「――えっ?」
「まずは世を平らにする。天下泰平とまではいかないがな。何にせよ、調べものをするにはそれが早い」
「え、え、冗談、ですよね?」
「冗談なものか」
そう告げる彼の視線は真剣そのもので、セシリアは少したじろいだ。




