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全然喋らないぞ

――――ミズチとの戦いから二十日が経った。

まだカシマからの連絡はなかったが、アンドレイアは全くの別件で王都へ来ていた。


百合花が紹介するといった仕事は、王都の宝物庫の警備だった。

そうそう誰も立ち寄ることはなく、何事もなく半日立っておくだけの仕事で、アンドレイアにとってとても退屈なものだった。

報酬はいいらしいが、アンドレイアにはさして重要なことでもない。


宝物庫の扉の前で立っているのだが、同じく警備をしている先輩の警備兵がいる。

彼のことは名前も知らないが、とても真面目な男らしく、背筋を伸ばして槍を左手に持ち、真っ直ぐに立っている。

一方、アンドレイアは立ったり座ったり、身体が硬くならないよう柔軟をしたり、とにかくじっとしてはいなかった。


そうしていると、先輩は当然面白く思わないだろう。

眉をひそめ、注意をする。

アンドレイアもその時は聞くが、数時間もすれば、また動く。

何日かそれを繰り返して諦めたらしく、アンドレイアが座っていても、もう何も言わなかった。


「あっ」


たまたまアンドレイアが先輩を見て、今までしていなかった腕輪をしていることに気がついた。


「先輩、それどこで買ったんすか?」

「……頂いたものだ」

「誰から?」

「タルコフ騎士隊長だ。現場の責任者の証だそうだ」

「へえ、いい装飾っすね」

「俺にこういうものの良し悪しはわからん。隊長が言うには幸運の効果があるようだ」

「幸運のお守りねえ」


どう見ても、セシリアの店にあったものだ。

その腕輪には小さなエメラルドがひと粒だけ埋め込まれていた。

そこからは特に何も感じなかったため、本当に普通の宝石なのだろう。


ここ数日で気がついたが、どういうことか、王都までセシリアの作った品物が流通しているらしい。

誰がどうやったのかわからないが、流通ルートの確保に成功したのだろう。

ふと思い返してみれば、そういえば、もう一か月ほどセシリアとはろくに会話もしていない。


「先輩、暇っすねえ」

「当たり前だ。我々の仕事はあくまでここに立っていることだ」

「抑止力すか」

「誰かいるというだけで、誰も近づけない。意味のある仕事だ」

「それはまあ、確かに」


とはいえ、退屈であることには代わりない。

もっと行商人の護衛とか、警戒し甲斐のある仕事がやりたかったな、などと考えていると、宝物庫よりも遠く、真っ直ぐと伸びた廊下を誰かが歩いてくるのが見えた。


「……アレは?」

「ここへ入る時は必ず、客人と言えど兵士をつける決まりとなっている。つまり、不届き者だ」


先輩に緊張が走っていた。

アンドレイアは周囲の様子に気を配る。

左右にある柱の影に、人間の気配がする。

右側にひとり、左側にふたり。

上か下か、廊下を歩く囮役に注意を向けさせて、侵入したのだろう。


「先輩、右のヤツ、絶対中に入れないようにな。残りは俺が相手する」

「右にいるのか?」

「どっちも。左と真ん中合わせて三人は俺がやる。先輩はひとりだけだ」


アンドレイアは手首で槍をくるくると回転させながら、未だ歩みを止めぬ侵入者へ向かう。


「止まりな。ここは立ち入り禁止だぜ」


彼は答えない。

ただ、少し離れた位置で歩みを止めた。

ぶかぶかのローブの下にはいくつもの武器が仕込んであるように見えた。


「やるなら早くやろうぜ。時間稼ぎで得するのはこっちだけだろ」


アンドレイアの言葉に反応したのか、彼が右手を振ると、その大きな袖内から投げナイフが五本、正確にアンドレイアめがけて飛び出す。

アンドレイアにしてみれば、遅すぎるし弾道も読める。


しかし次の瞬間、左腕を向けられているのがわかった。

バシュと小さな音と共に、三本の矢が発射されていた。


投げナイフに気をとられている間に矢で殺す二段構えの戦術。


(かなり戦い慣れしてるな……)


どうやら相手はそれなりの手練れらしい。


しかしまだ、アンドレイアには遙かに及ばない。


空中の投げナイフを三本掴み、素早く投げ返し、飛来する矢全てを弾き落とす。


さすがに面を喰らったのか、襲撃者は動きを止めた。


アンドレイアの左手には鋼鉄の槍がある。

一気に距離を詰め、石突きで彼の胴を打ち付ける。


鳩尾をほぼ正確に突いた。

鉄板を仕込んでいたとしても、しばらくは満足に呼吸ができないだろう。

そしてそのまま振り返り、柱の影に潜んでいる敵の辺りに槍を投げつける。


「ふたりでも構わねえよ。来な」


アンドレイアは両手をポキポキと鳴らす。

深めの黒いローブを被ったふたり組が、アンドレイアの方を向く。


奥の敵が吹き矢を構え、前にいた敵が同時に距離を詰める。

前衛と後衛に瞬時に別れられる、優れた判断力だ。


普通ならば効果のある戦略だっただろうが、今回ばかりは相手が悪い。

彼らは、片方を犠牲にするつもりで、ふたりで距離を詰めるべきだった。


アンドレイアは吹き矢の細い針を屈んで避け、射線が前衛と被るように動く。

前衛は武器を持っていなかった。

強い踏み込み、そして掌打。


(バイフゥに比べりゃ子供みたいなもんだな。やっぱあいつ強い方か)


アンドレイアは余裕をもってその動きを観察して避け、伸びきった腕を捕まえ、大きく巻き込むようにして背負い投げをし、敵の顔面を床へ叩きつける。

衝撃と共に、腕の壊れる感触がした。


後衛の敵は吹き矢を捨てて、左腕に装着している弓のようなものを向けていた。

矢が三本番えてあるところを見るに、最初のやつが放ったのもこれだろう。


「おい、それはさっき見た。他にねえのか」


そう告げながら、先程放った槍のところまで、アンドレイアは迫る。

床に突き刺さった槍を引き抜き、敵へ突きつける。


「殺しはしねえよ。持ってる武器全部使ってみろ」


これまでの流れで飛び道具が効かないことはわかっているはずだ。

それに、この距離なら刃物の方が早い。

敵は懐から短刀を抜く。


「そうそう。そういうのだよ。じゃ、いくぜ」


アンドレイアの速さに、彼の反応は全く追いついていなかったようだ。

穂先を下からすくい上げ、剣を弾き飛ばす。

そして、敵の服に向けて突き、壁に刺して固定させる。


彼は必死に逃げようともがくも、生地が丈夫なせいか、破って逃げることもできなかった。

アンドレイアは悠々と近づき、喉を突いて気絶させる。


先輩の方に視線を移すと、流石の腕前で相手を傷つけることなく、腕をねじ伏せて意識のあるまま完全に制圧していた。


「貴様ら! いったいどこの者だ!」


そう聞いても素直に答えるはずもない。

アンドレイアは黙々と気絶している彼らの持ち物を漁った。


武器の他には何も持っていない。

自分が死んだあとのことをちゃんと考えている。

身元のわかるような物を持っていないのは賢い選択だ。

その辺の賊とは少し違う。


先輩にひとりの相手を任せたのは、アンドレイアよりも人間相手の戦闘術に長けているだろうから、気絶させずに捕えられると信じていたからだ。

期待通り、ちゃんと捕えてくれた。


「先輩、こいつらに心当たりは?」

「わからん! 盗賊がここまで入り込んだことは今までなかった!」


それもそのはずで、この宝物庫に至るまで、何人かの警備がいる。

他の人間の監視を乗り越えてここまで入っただけでも、普通はありえない話なのだろう。


「先輩、そいつ頼んでいいっすか? 俺は被害状況を見てきます。他のやつらは、まあ、数時間は起きないんで」

「あ、ああ。応援も頼めるか?」

「大丈夫っす。報告もしてきます」


結果から言えば、外に倒れていた護衛は全て始末されていた。

用意周到に、この時間、どこに誰がいるか正確に調べていたのだろう。


問題はその方法だ。

こんなものは万が一にでも外に漏らしていけない機密情報だろう。


(内通者がいるな……)


廊下から外を見ると、三階にあるこの場所へ鉤爪付きのロープが伸びていた。

外はまだ明るく、だからこそ、計画の綿密さが引き立つ。

この時間にここへ忍び込むよう手引きしたやつがいる。


今アンドレイアに分かるのはそれくらいだ。

捕まえた賊から情報を得るのは国の仕事だ。


――それともバシレウスか。

ともかくアンドレイアには向かって来る相手を制圧することくらいしかできない。


アンドレイアは屯所へ向かって状況を報告して、宝物庫へ戻った。


「先輩、すぐ応援が来るそうです。ただ、他もボロボロらしくまだ他に敵が潜んでいないか調べてるみたいっす」

「そうか。こいつらだけとは限らないか」

「あの三人は気絶してるうちに縛っちまいましょう。先輩はそいつの見張りをお願いします」


先輩は常備している鉄の枷で敵の両腕と足をしっかりと繋いでいた。


「こいつ、全然喋らないぞ」

「多分、そいつプロっすよ。拷問かけないと厳しいかもっす。自死しないようよく見張ってください」

「そうか……」


先輩は拷問と聞いて顔をしかめる。

やはりあまりいい響きではない。


「何にせよ、しばらく待機っすね。この混乱に乗じてまた誰か来ないとも限らないし、最後まで気合いれていきましょ」

「お前、そんなに真面目に仕事できるなら、どうして普段から……」

「何にもない時に気合いれても疲れるじゃないっすか」


それを聞いて、先輩は複雑そうな表情を浮かべていた。

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