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命からがら野営地まで戻ると、カシマは待機していた医療班に治療を頼む。

竜は洞穴に戻ったようで、追ってきてはいない。


大きな負傷をしていない隊員はたったのふたりだけだった。

なんとか歩くことのできる者が十名ほどで、あとは立つこともままならない。

四人、明らかに死んでいる者は連れて帰られなかった。


討伐隊に入るとはこういうことだ。

死体すら持ち帰られない。

わかっていても、現実はあまりに非情だ。


カシマは腕に空いた穴を縫ってもらいながら、悔しさに歯噛みする。


これで三度目の敗走。

しかし未だに光明も見えず。


他の人間に比べて竜の知識があると言っても、全ての竜を知っているわけではない。

青竜があのような攻撃をしてくることはまだ詳しく解明されていないことなのだ。


本来ならば、十分に調査と準備を行ってから討伐すべきなのだが、その研究に割けるだけの余力がもうこの国にはない。


カシマの裁量でできることはやったとはいえ、大勢の隊員たちが苦しんでいる。

これだけやっても、褒章も評価もない。

ある意味、戦場よりも悲惨だ。


「――お、いたいた」


見知らぬ男がふたり、カシマの前に現れた。

討伐隊の隊員ではない。


ひとりは金髪に緑色の目、その雰囲気から察するに兵士か何かだろう。

もうひとりは銀髪に灼眼、薄い笑みを浮かべており、何を考えているのか伺い知れない。


「あんたが隊長?」

「誰だ? 今は他人と話をする気分ではない」

「まあ、その、なんだ。ひどい有様だな」

「誰の使いか知らんが、笑いに来たのか? ここで殺してやってもいいんだぞ」


カシマは不快感を隠さずに言った。


「悪い悪い。そんなつもりじゃなかった。俺たちはセシリア装飾店の者だ。これ、書類。疲れてるかもしれないけど、ちょっと読んでくれ」


彼から手渡された封書には、グリフィン商会からの紹介で竜の討伐隊へ協力する旨が書かれていた。

カシマは手紙を破きたくなる衝動を抑え、折り畳んで机の上に放る。


「我々をバカにしているのか?」

「そう思われても仕方ねえな。俺たちは竜の専門家みたいなもんだ」

「嘘だな。竜の博士であるなら国に召し抱えられていないはずがない。どうせ、倒した竜のおこぼれにあずかろうって算段だろう」


商人を信用してはいけない。

国家に関わる者としては当然の心情だ。


「まあ、それでもいいよ。自力で交渉するように言われたんだよ。多分拒絶されるだろうってな」

「そうか。残念だったな。我々は見ての通り、壊滅した。わざわざ雨の中ここまでご苦労だったが、帰ってくれないか」

「逃げるのか?」

「――何?」


彼の言葉に、理性の堰が一気に決壊しそうになる。

これほど腹が立ったのは、ここ数十年でも稀だ。


「いや、倒せるかもしれねえのに、逃げるのかって、そう聞いたんだが」

「貴様、我々を見てそんな口を聞けるのか!」


カシマは声を荒げる。


「落ち着けって。やるのは俺たち――いや、俺だ。あんたらの手は借りない」

「だったら勝手にすればいいだろう」

「誰が証人になるんだよ。それに人手もいるだろ。倒した後のさ」


よくもこの緊迫した場所へ頭のおかしな連中を寄越してくれたものだ。

カシマがあと少し冷静さを欠いていたら、叩き切っているところだった。


「あんたはついてくるだけでいいよ。安全な所で見てるだけでいい。俺が倒すところだけ見ていてくれ」

「……正式な派遣である以上、私には貴様らの死を報告する義務がある」

「上等。そんじゃ、道案内頼む。ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。俺はアンドレイアだ。あんたは?」

「カシマだ」

「カシマさん、まあ、見ててくれ」


アンドレイアはまるで緊張など感じさせない素振りでそう言う。


カシマは諦めて彼らを青竜の元へ案内した。

竜は穴の中へ戻ったようで、周囲には血しぶきや肉片が飛び散っている。


「ひでえな。ちなみに、どれくらいダメージ与えた? 目方でいい」

「おそらくは五割だ。動けるくらいだからな」

「そこまで分かれば大丈夫だ。バシレウス、その人頼むわ。ああ、それと装備ちょっと借りたけど、問題あるか?」


アンドレイアはいつの間にか、その辺に転がっていた隊員の盾と剣を拾っていた。


「構わん。――だが、どうするつもりだ?」

「見ていてくれ。説明はやりながらやる」


アンドレイアは洞穴の入り口まで行くと、大声で叫んだ。


「おい! 出て来やがれ!」


竜は確かに声にも反応する。

しかし、普段ならこれくらいの声で出てくることはない。


「今は気が立っているだろうからな。出て来るだろう」


バシレウスと呼ばれた銀髪の男がそう呟く。

アンドレイアが手でふたりに下がるよう指示を出す。

その顔には先程までのふざけた男とはまるで別人の『戦士の表情』があった。


アンドレイアは洞穴の前で、身を隠すことなく、竜を待つ。

やがて、大きな足音を立てながら、青竜が姿を現した。

全身の至る所に槍が刺さったままで、傷は癒えていない。


「これで五割か。八割の間違いじゃねえのか?」

「油断するな! そいつは妙な術を使う!」

「知ってるよ。って言うか、こいつ『ミズチ』だろ?」


アンドレイアの声色から、カシマに言ったのではないことがわかる。


「ミズチ、とは?」

「……我々の故郷でのこいつの呼び名だ。貴様らには気の毒だが、こいつは竜ではない」

「竜じゃない……? これほど大きいのにか!?」

「声が大きい。ミズチはヘビの仲間だ。よって、討伐は竜よりも容易い」


ミズチはアンドレイアを敵と認識したようで、甲高い声で威嚇する。


「カシマのおっさん! こいつの倒し方教えてやるよ!」


そう言っている間に、ミズチが発光の準備を始める。

アレだけはどうにも対処ができない。


「こいつは全方位に高圧の水を発射する。岩くらいなら簡単に貫通する威力だ」


アンドレイアは言いながら、盾を構える。


「そして必ず正確に頭を狙ってくる。感覚器官の関係らしいが、その辺は自分で調べてくれ」


正確に狙って来るなら、避けられないのではないか。

下手に避けようとすれば、他の箇所が大怪我を負う。

だから討伐隊が手こずっているのだ。


「来るぞ!」


チッと小さな音がして、直後に発光が起こった。

カシマたちの所までは届いていないが、アンドレイアには確実に直撃したはずだ。


「おい!」

「大丈夫だ。弾いた」


アンドレイアは振り向かずに手をひらひらと振ってみせた。

鋼鉄の鎧すら打ち抜くアレを、防いだと言うのか。


「やっぱ、俺の知ってるのと変わんねえな。カシマのおっさん、せっかくだからやり方教えてやるよ。盾持ってこっち来な」


カシマが戸惑っていると、バシレウスが盾を渡す。

いつから持っていたのだろう。

ふたりして、手癖の悪い奴らだ。


「彼の言うことは本当だ。我々はあの程度のヘビに苦戦はしない。貴様らはやり方を知らんだけだ」

「何を……」

「早く行け。また次が来るぞ」


カシマは言われるがまま、アンドレイアの元へ向かう。


「槍の盾受けの要領だ。あいつから直線に水が飛んで来るから、それを斜めに弾け」

「わ、私には奴が水を飛ばしていることすらわからないのだぞ?」

「ん? あの光るやつの前に飛ばしているだろ」

「あの発光が攻撃ではなかったのか?」

「ありゃ目くらましだ。だいたいの生き物ってのは目を潰されると一瞬動きが止まるからな。そこに正確な射撃がきたら、まあ、死ぬだろ。水発射のタイミングは奴が動きを止めて、二拍置いてからだ。その一瞬後に発光する。間違えるなよ」

「あ、ああ」


カシマは右腕で盾を構え、攻撃に備える。

そうこうしているうちに、ミズチが動きを止めた。


「来るぜ」


カシマは頭部を盾で守る体勢をとる。

直後、凄まじい衝撃で、吹き飛ばされた。


「大丈夫か? 防げるっつっても衝撃はあるぞ」


アンドレイアが何気なく言う。

カシマは痺れる腕と、背中を打ち付けた衝撃とで、生きていることを実感していた。


「……防げたことに驚いている」

「今までどうやって戦ってたんだよ」


彼が呆れながら言うが、このようなやり方は王国には伝わっていない。

そもそも、彼らがミズチと呼ぶ青竜の姿ですら、唯一無二なものなのだ。

一度しか戦えない相手のことを詳しく調べることなどできない。


「しかし、防いでいるだけでは!」

「当たり前だ。倒さねえと」


アンドレイアは、まるで散歩でもしているかのように、悠々と歩く。

もう盾すらも手にしていない。


ミズチはその長い尾を振り回し、アンドレイアを弾き飛ばそうとした。

当たる寸前で、アンドレイアは跳躍し、尾の上を転がって降りる。


尾の大きさを正確に理解していて、その分だけ跳躍したのだ。

振り抜かれた尾が岩肌を砕くのを見ていると、カシマは生きた心地がしなかった。


「彼は、本当に人間なのか?」

「ああ、そうだとも。アレは人間の身でありながらあの境地へたどり着いている」


全身ずぶ濡れのバシレウスがそう言った。


「あ、あんたはさっきの水をどうやって」

「あの程度では私には子供の水遊びと変わらない。濡れてしまったがな。そんなことより目を離すな。今からやつがミズチを殺すところをしっかりと見ておけ」


バシレウスに気をとられている間に、アンドレイアはすでにミズチの懐深くへと入り込んでいた。

全ての攻撃を、何事もなかったかのようにいなしている。


ミズチが最後の抵抗に、噛みつこうとして頭を下げたところで、アンドレイアは素早く顎の下に入り込み、剣を突きあげた。

下あごに突き刺さり、ミズチが暴れて振りほどこうとする前に、一気に喉元まで割いてみせる。


「……ん?」


何か手ごたえに納得がいかなかったのか、アンドレイアが一瞬首を捻った。


「おい待て! 竜の血は猛毒だ! 下がれ!」


カシマの声が届くよりも早く、アンドレイアは引いていた。

喉元から銀色の体液が溢れ出す。

アレに触れると、生身の人間は毒に侵される。


「……妙だな。毒の血を持つ種類もいることはいるが、ミズチは普通の血のはずだ」


アンドレイアはすでにこと切れる寸前のミズチに背を向けて、こちらへ向かいながら、ぶつぶつと呟いていた。


「バシレウス、本当にミズチか?」

「調べよう。そのために私が来た」


彼らは交代するようにして、今度はバシレウスがミズチの死体の元へと向かった。


「――ざっとこんなもんだ。何か質問は?」

「何から聞いたらいいものかわからない。今までどれくらい竜を?」

「三千くらい、らしい。俺は数えてないから知らん」

「三千……」

「あー、数字は信用しなくていい。そんくらい大量ってことで」

「いや、三千ほど倒していなければ今の練度は手に入らない。私も兵士の端くれだ。どれくらいの手練れかは、その動きを見れば分かる。どれくらい戦場にいた?」

「戦場にいなかった期間を数えた方が早いくらいだ」

「……そうか」


胸中にいくつもの思いが浮かぶ。

自分たちの苦難、今までの犠牲。

たったひとりの手で切り開かれた、光の道。


私情はどうあれ、今の自分たちに必要なものを彼らは全て持っている。

今、言葉にすべきはたったひとつだけだ。


「――ありがとう。今は、それだけしか、言えない」

「……そりゃどうも」


彼はぶっきらぼうに返した。





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