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無茶だ

王宮の会議室で、騎士隊長のタルコフが外に聞こえるほどの大声で叫んだ。


「無茶だ! すでに二部隊がやられているんだぞ!」


王の面前であったとしても、タルコフは感情を抑えなかった。

隊長として、国を守る義務はもちろんあるが、それと同時に部下も守る義務がある。

それを無視して死地へ向かわせることはできない。


「第三次青竜討伐隊を派遣する。これは決定事項だ」


老齢の宰相が淡々と告げる。

他の大臣たちも無言を貫くことで、暗に同意している。


もうすでに二度の討伐に失敗して、そのたびに隊はほぼ全滅しているのだ。

人間は使い捨ての駒ではない。

騎士隊長タルコフは我慢の限界だった。


「何を血迷ったことを! あなたたちはいつもそうだ! だいたい、竜の討伐なんかに兵を割いている場合ではないのはわかっているでしょう!?」

「防衛戦線はじきに突破される。時間がないのだ。我々には強大な力が必要だ」

「現実が見えていらっしゃらないのですか? 戦う気がないのなら、少しでも民の犠牲を減らせるよう交渉でもすべきでしょう! ありもしない伝説に頼って、どれだけの兵士が犠牲になったと思っているんですか!?」


誰の反論も、反応もない。

タルコフの想いは、広い会議室の中で、虚しく響いていた。


「……お前の意見も理解できる。だから誰も、お前を咎めていない。その意味をくみ取ってほしい」

「――ッ! 失礼します!」


タルコフは会議の途中でありながらも退席した。

どうせこのあと行われる政治の話は、タルコフには関係ない。

問題はただひとつ、自らの部下から、死地に向かうことが確定している青竜討伐隊を編成しなければならないということだけだ。


兵舎へと真っ直ぐ向かう。

歩いているうちに感情を落ち着けていく。

どれだけ自分の心情に反していようと、王に命を捧げた身。

いかに無謀な作戦であろうと、王の決定に逆らうことはタルコフの騎士道から外れる。


「カシマ! カシマはいるか!」


名を呼ぶと、奥から色黒で眼光の鋭い男が現れた。

彼の名はカシマ、この部隊で最も竜討伐隊への編成が多い人物だ。

つまり、それだけ生きて帰った経験があるということであり、最も経験と知識がある。

青竜討伐隊へは第二次から参加し、無事に生還した唯一の兵士でもある。


「どうされました? 会議中では?」

「……三度目の青竜討伐隊を結成すると仰られた」

「それは……」


カシマも苦々しい顔をする。

彼も分かっているはずだ。

あの化け物は、もう相手をすべきではない。


「ああ、すでに三十五名が死亡、あるいは重軽傷を負っている。それなのに、まだ討伐できていない。手を出すべきではない相手だと、私は思う。だが……」

「仕方がありません。それが我々の仕事です。私情は捨てましょう。できれば戦場で死にたいものですが、こちらも以前より作戦の完成度は上がっています。もしかすると、討伐できるかもしれません」


その言葉に覇気はなく、自信もないようだが、行けと言われたら行くしかないのが兵士だ。


「ちなみに、勝算は何割だ?」

「二割といったところでしょうか。不可能ではない数字かと」


確かに不可能ではないだろうが、勝てる見込みがあるとは到底言えない。


「成功率二割の作戦に部下を向かわせるなど……」

「隊長。それくらいにしておいた方がいいかと。私も人間です。士気に関わります」

「ああ、すまない。私も動揺している」


タルコフは気を落ち着け、これからどうしたものかと考える。

皆、仕事がないわけではないのだ。

戦線へ送り込まれる者の他に、国内の治安を守るために常駐しておかなければならない兵士もいる。

討伐隊に割ける兵の数は、限られている。


「本来ならば私が直接向かって指揮をとるべきなのだが、この状況ではな」

「隊長がここからいなくなっては、他の者が困ります。討伐隊の編成、その他作戦に関しては私にお任せください。此度の討伐はあくまで自主的に参加する者のみになるので、もしかすると人数が確保できないかもしれませんが、それでも我々は向かわねばなりません」

「……できる限りの装備は私の権限で準備させよう。こう言うのも良くないとは思うが、討伐などできなくともいい。どうか、全員無事に生きて帰ってくれ」


タルコフは心の底からそう告げる。

カシマにも通じたのか、恭しく頭を下げた。


「我々は、我々にできることをやるだけです。何ひとつ確約できません。これ以上の犠牲を避けたいのは私も同じです。この命に代えても、今回の討伐で終わらせます」

「そう言わないでくれ。私にはまだお前が必要だ」

「……有難きお言葉、感謝致します。それでは、私は早速準備に取り掛かります」

「よろしく、頼む」


タルコフがやっと絞り出した言葉に、カシマは一礼で応えた。






うっそうとした森の中を、彼らはひたすらに進んでいた。

立候補により選ばれた、青竜討伐隊二十名。

竜に対する最低限の訓練を受けた者たちだ。

一般人と比べれば精鋭と呼んでも差し支えないだろう。


「五分休憩したらまた歩くぞ!」


討伐隊隊長のカシマが隊員たちに声をかける。

天候が怪しく、もうじき雨が降りそうだ。

悪天候での作戦行動は消耗も激しいが、こちらで操作できることではない。


しばらくして、想定通りの雨が降り始める。

討伐隊は無言で歩む。

口を開く体力があるなら、それだけ前に進んだ方がいい。


やがて、青い竜の住処、大きな洞穴を見つける。

幸いにも雨のカーテンが、こちらの匂いや気配、音を薄めてくれている。


「準備、できてるか?」

「はい、いつでも」


カシマの指示で、洞穴の前に大きな布の幕が降ろされる。

そして、その隙間からガス状の麻痺毒が流し込まれる。


空気より重く、流した分だけ奥へ入っていく。

竜に毒はあまり効かないが、動きを鈍らせることくらいならできる。


効かないと分かっていてもそうしなければならない理由は、竜があまりにも強すぎるからだ。

素のままでは接敵と同時に全滅しかねない。

それほどまでに強靭な生き物なのだ。


――討伐する竜の種類は青竜。

青い竜種は、主に陸上で生活しているが、狩りは水中で行う。


毒に気がついた瞬間に呼吸を止めるだろう。

それが何分、何十分、何時間か。

もしかすると、毒は全く効いていないかもしれないが、わずかでも成功の確率を上げるには、何でも使う。


カシマは次の指示を出す。

洞穴から竜をおびき出さなければならない。

暗闇の支配する洞穴の中では、とてもではないが戦えない。


「囮班、準備はいいか」

「……いつでも」

「この命は王のために」


ふたりの若い男が決意を露わにして静かに告げる。

囮の生きて帰られる可能性は低い。

そのために、彼らは全身に起爆用の竜の鱗を装備している。

死ぬと分かったら、自爆して少しでもダメージを与えるためだ。

圧倒的に強大な敵へ立ち向かうための士気の高さを維持するには、死を覚悟した勇気が必要だ。

しかしもちろん、使わせる気はない。


「貴様らの功績は必ず俺が持ち帰り報告する。さあ、気合を入れろ」


ふたりは頷き、洞穴を進んでいく。

しばらく静寂が続き、そして、耳を覆いたくなるような、恐ろしい雄叫びが聞こえた。


カシマは舌打ちをする。

やはり、毒はあまり効いていない。

囮のふたりが洞穴から飛び出すと、ほぼ同時にヘビのような姿の青竜が追って出てきた。


青竜の体長はおよそ十五メートル。

全身を青い鱗に覆われ、立派な背びれと胸びれが雄々しく広がっている。


「――っ! 撃て!」


合図と共に、四方八方から鋼鉄の槍が投擲される。

こちらは十分に準備をして来ているのだ。

獣の知恵ではこの攻撃は予測できないだろう。


鋼鉄の槍は青竜の身体中に突き刺さる。

『竜殺し』と名付けられているこの槍の貫通力は、すでに他の竜で実証済みだ。


全身に槍の刺さった竜は、怒り狂った様子で周囲を跳ねまわった。

その衝撃で、また何人かが吹き飛ぶ。


倒れた人数を数えている暇はない。

今は一秒でも早く、こいつを仕留める。


カシマは剣を抜く。

竜は首筋を正確に切り裂かなければ絶命しない。

どれだけ傷を負わせても、時間が経てば驚異的な再生能力で必ず回復する。


「一気に攻めたてるぞ!」


そう声を荒げた瞬間、竜が動きを止めて青白い光を放ち始める。


「伏せろ!」


青竜は光のような力を使う。

これが身体に突き刺さった者は、例外なく、頭部を貫かれて死んだ。


もちろん、事前に情報の共有も、訓練もしている。

だが、実戦で活かせるかどうかは、その時の精神状態にもよる。

竜の鱗から射出された細い光線に、部下たちが撃たれていた。


咄嗟に伏せたカシマは左の上腕をやられ、盾を構えられなくなってしまった。

避けられた者も何名かいるが、やはり戦いを続けられるような状態ではない。


(これだけ傷を負わせても、狩ることができないのか……!)


カシマは臍を噛む。

前回よりも前には進んでいる。

しかし、やはりどうやっても致命的な傷を負わせることができない。


周囲に視線をくばり、壊滅的な被害を受けたことを確信する。

まだ生きているが、動けない者も多い。

次にまたあの攻撃が来たら、今度こそ即死だろう。


「撤退! 撤退だ! 歩けるやつは怪我人を!」


カシマの命令に異を唱える隊員はいなかった。

青竜もカシマたちの攻撃を癒すために、一時的に動けない様子だった。

だから追撃が来る前に、負傷した隊員たちはその場を離れることができた。



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