聞いていませんでした
「――やあ、ようやく届いたよ」
あの騒動から数日が経った。
朝早くに、百合花がセシリア装飾店を訪ねてきた。
椅子で眠っていたアンドレイアは彼の姿を視認すると、呆れた表情を隠さず言う。
「お前まだこの町にいたのかよ」
「ひどいなあ。君たちには世話になったから直接渡すべきだと思ってね」
「世話?」
「まあまあ、こっちの話さ」
百合花は手に持っている木箱を机の上に置く。
小さな木箱の中にはルビーのような輝きの赤い鱗が一枚、綿に包まれて入っていた。
「宝石みたいだな。綺麗だ」
「そうだろう。傷ひとつない美品だよ。素手では触らないようにね」
「指紋がつくからか?」
「いや、竜の鱗は人の手が触れると発動してしまうんだ。安易に触れると爆発するよ」
「そんな危ないもん、よく使ってるな」
「きちんと処理すれば大丈夫だよ。セシリアさんができるだろ?」
「そんな話は聞いてないが……」
ふわふわと掴めない会話をしていると、ちょうどセシリアも玄関から入ってきた。
「お待たせしました。すみません、ちょっと遅れてしまって」
「いや、僕も今来たところだよ」
セシリアが持っていたのは小さな窯のような半円形の模型だ。
「これが炉です。竜の炉」
「竜の炉って何だよ」
「あっ、えっと、これで鱗を一度活性化させて、触れるくらいまで弱らせるんです。これを鱗の安定化と言って、加工をしたことある人ならみんな知ってることですよ」
「理屈はよくわからんが、それをすれば使えるんだな?」
「いえ、まだこのあといくつか処理をしないと使えるようにはなりません」
ふたりの会話を聞いて、百合花がフッと笑う。
「そんなに簡単に扱えないものなんだよ。みんなが使えたら危ないだろう?」
「じゃあなんで大会の賞品なんかになってたんだよ」
「使えない前提でもらうものなんだよ、こういうのは。トロフィーさ」
「宝の持ち腐れだな」
アンドレイアが吐き捨てるように言う。
道具は使えて初めて価値がある。
それを飾っておくという発想が理解できなかった。
「ともかく、これでひとつめの取り引きは終わりだね。次は君の仕事の斡旋だけど、先に竜の方が何とかなりそうなんだ」
「竜の方って何の話だ?」
「もうひとりの方に頼まれたことでね。竜の討伐隊が近々結成されることがわかった。君たちをそこに無理矢理ねじ込む」
「あ? よくわからんが、俺たちも竜と会えるのか?」
「倒せないと生きて帰れないよ」
「そりゃいい。やってやろう」
百合花とアンドレイアが悪い笑みを浮かべていると、セシリアがおずおずと声をかけた。
冷静を装っているが、竜の鱗を目の前にして居ても立っても居られない様子だ。
「……あの、鱗の処理を始めてもいいですか?」
「ああ、頼む。っていうかここでやるのか?」
「どこでもできますよ。入れておくだけなので」
そう言って、彼女は鉄でできた籠手のような手袋をして、鱗を掴んで炉の中に入れると、蓋を閉じた。
「これで丸一日すれば大丈夫です」
「随分と簡単だな」
「準備したんです。一日で済むように」
「そうか。ありがとう」
アンドレイアが礼を言うと、彼女は恥ずかしそうに小さく頷いた。
彼女が炉を窓際に移動させているのを見て、アンドレイアは百合花に聞いておきたかったことを思い出した。
「そういえば、逆鱗のことを詳しく聞くの忘れてたよな?」
「……何のことだい? 逆鱗は強力な鱗のことをそう呼ぶだけだよ」
「いや、そっちじゃなくて。鍵とか何とか」
「どこでそれを?」
「どこでもいいだろ。詳しく聞かせろよ。ただ知りたいだけだ。内容聞いても横取りしたりしねえってことくらいわかるだろ?」
「――そうだね。君たちはそうだと僕も思うよ。でもあんまり広めてほしくないってことはわかるよね?」
「誰にも言わねえよ。言う相手もいねえし」
百合花はため息をついて、つらつらと説明を始めた。
「この国にある古代遺跡を開くための鍵なんだ。『赤竜の逆鱗』『青竜の逆鱗』『防人の血』『神の眼』。この四つが鍵だって言われてる」
「今いくつ揃ってるんだ?」
「これだけだよ。『防人の血』と『神の眼』に関しては手かがりもないみたいだ。僕も探すよう指令を受けているんだけどね。噂すら見つからないんだよ」
「ふーん。ひとつ気になるんだが、なんで鍵がその四つだってわかってんだ? 開けたことがあるのか?」
「大昔に一度だけ開いたことがあるらしい、としか。その時の記述を辿ってわかったことだって聞いたよ」
「だから中身が兵器だということも知っていると……」
「でも、肝心のその記述があんまり具体的じゃないんだよね。兵器って言っても遺跡にあって長い間整備をされてなかったようなものが動くとは、僕は思わないし、使いたいとも思わない」
たしかに、それは彼の言う通りだ。
アンドレイアも長年使われていなかった大砲が破裂するところを見たことがある。
使用者は即死、爆薬で木っ端みじんに吹き飛んだ。
「そんなお伽話みたいなものに頼るってよっぽどだろ」
「この国はそれくらい追い詰められてるんだ」
「政治のことはよく知らんが、そんなに攻められてる国には見えないぜ」
「――そこからは私が説明しよう。だいたい調べ終わった」
いつの間にか、バシレウスがセシリアの隣で炉を眺めていた。
「さて、まずはこの国、オウマ王国の立地からだ。お前は世界でも端の方という予想を立てていたが、概ね正解だった。王国の北には海が広がっている。ここが大陸の端だったということだな。南東には広大なヴァプトン帝国がある。ここが大陸で最も大きな国で、軍事力、財力共にトップだ。南西にはオークロス皇国がある。この両方がオウマ王国を取り合っている図だ。だから、どうやっても滅びへの道は避けられない」
「そりゃ難儀なことだ。信仰にもすがりたくなるわな」
「とはいえ、全くの出鱈目というわけでもないのだ。この兵器はオウマ王国の成り立ちに登場する」
「あるのかねえのか、どっちだよ」
「国史には『神槍』という名で登場する。しかしそれが何を指すものなのかわからない。凄まじい一撃により山を削り、大軍を殺すことなく恐れさせ退けたという説があるが、恐らくは事実と多少異なるだろう。敵側の文献はこの国で調べられないから仕方ないのだが……。そもそも、そのようなものがひとつでも存在する世界であるなら、他にもあるはずだ」
「ああ、ルールが存在するってことは、そういうことだろうな」
「私の推測では竜の鱗に似たものだろうと思う。鱗よりも強い力を持つ逆鱗、それよりも強い力を持つものがあるのなら、存在しうる」
「俺たちみたいなやつが偶然生まれる確率か」
千年にひとり、世界を支配する能力を持った者が産まれる。
低確率ながら、確実に存在する。
「その中で人間に発見されたものがひとつしかない、というのが私の仮定だ。そしてそれは厳重に封印された」
「理由は?」
「鍵というものの役割はふたつある。ひとつは、保管のため。もうひとつは、閉じ込めるため。私は後者ではないかと睨んでいる。見えるところに飾っておけば百年帝国は容易いであろう武器だ。たとえ効力がなかったとしても、敵に知られずに時を稼ぐことはできる」
「人の手に余る兵器か」
「制御ができなかったのではないか?」
「そこは投げやりなんだな」
「経緯にはあまり興味がないのでな。それに当時の人間の心情まではわからん。百合花、私の推測は間違っているか?」
そう聞かれても、答えに困っている様子だった。
「考えるのは僕の役目じゃないって前置きはさせてもらうけど、制御不能だから封印されている説はありえる。オウマ王国は昔から好戦的な国じゃないから、強力な武器で敵を皆殺しなんてしないと思う。むしろその力を恐れて封印した方が自然だ。それに、最初の王さまが後の世代に与える影響を考えて隠したのかもしれないよ」
「ただ隠すのであれば鍵の情報は不要だ。失われて然るべきものだからな。もしもの時に開錠する手段を残してあることには意図があるはずだ。もっとも、この町ではこれ以上のことを調べられないようだ」
「それにしてもよく調べたね。文字、読めないんでしょ?」
「……何のことだ?」
「いや、だってアンドレイアが読めないんだから、君も――」
「こいつに文字が読めない? なぜだ?」
バシレウスは本当に不思議そうな顔でアンドレイアを見る。
「お前はなんで読めるんだよ」
「む、気が付かなかったのか。これは 聖文字 の変形だ」
「あ?」
そう言われて、机の上に置いてあった適当な郵便物に目を通す。
意識して見ると、知っている形に見えてきた。
「我々の世界では右から左に文章を書くが、ここでは逆だ。あとは聖文字だと思えば、学の無いお前でもおおまかな意味は拾えるだろう」
「なんで俺たちの世界の文字がここにあるんだよ……」
文句を言いながらも、聖文字の崩してあるものだと思えば、なんとなく読めるのは事実だった。
「話の腰を折ってごめん。その、エンシェントルーンって何だい?」
百合花が聞く。
「我々の世界での古語だ。こいつは不勉強なせいで気がつかなかったようだが、この世界の根本に、我々の世界も関わっている証拠だ」
「世界……?」
「ああ、俺たち違う世界から来たんだよ。言ってなかったか?」
百合花は眉をひそめ、少し考えて、それから口を開く。
「――聞かなかったことにしよう。深堀りしない方がいい気がするのと、金の匂いがしない」
「そうしてくれると助かる。説明すんのも面倒だからな」
「しかしその話をふまえて『神槍』が君たちの世界のものである可能性はないのかい?」
「絶対にない。俺たちの世界には魔力ってものがある。その力で道具そのものに力を通わせることができる。この世界で言うなら鱗の力みたいなことが個人で行えていたってことだな。だから、わざわざそんなものを作って保存しておく意味はない。それに、山を吹き飛ばすような高出力の魔力は道具の方が耐えられない。作ること自体の難易度が高すぎるのと、それができるやつはわざわざそんなものを作る必要がない。魔法はそのまま使った方が強いからな」
アンドレイアの説明が理解できたのかわからないが、百合花は相槌をうつ。
「それに、この世界に来てから魔力がすっかり消えちまった。大気中の魔力がほとんどないせいで、身体から抜けたんだろうな。道具の維持も難しいだろうさ」
「そういうものなのかい?」
百合花がバシレウスに聞く。
「概ねそうだ。私の身体が頑丈なのもその魔力のおかげなのだが、その維持のための魔力も常に減り続けている。まるで荒野に水を垂らすが如くな」
「そうか。それで、君たちは魔力と竜の関係が知りたいと」
「理解が早くて助かるぜ。つまりそういうことだ。だから、強力な武器そのものには心底興味がねえのよ」
「元の世界の我々より強力であることはないだろうからな」
ふたりの意見が一致したのを見て、百合花は深いため息をついた。
「青い竜、君たちなら倒せるのかい?」
「見てみないとわからんが、余裕だろ。竜なんて腐るほど倒してきたんだぜ」
「こいつに殺された竜種はおおよそ三千だ。この数字がどれほど意味を持つのか、お前ならわかるだろう」
「信じられない話だけど、信じるしかないんだよね。君たちの異常さを考えれば、それくらいやってそうだ。セシリアさんはどう思う?」
「――え?」
急に話を振られたセシリアはきょとんとしていた。
「あ、えっと、すみません。聞いていませんでした」
「さすが、我らが店長。こんな些事はお耳に入れるまでもないと。お前とは器が違うのよ」
アンドレイアが笑うと、セシリアは小馬鹿にされたことだけはわかったのか、小さく頬を膨らませて不満気な顔をしていた。




