つまらん男だ
「――俺、やらねえって言ったはずなんだけど」
「固いことを言うな。私が捕えられたら困るだろう」
「困らねえよ」
晩に、アンドレイアは突然バシレウスに誘われた。
悪い人間が近くにアジトを作っているから潰すのを手伝え、と簡潔な説明で連れ出された。
店はしばらく百合花が残るそうだ。
何でも急いで手紙をいくつか書かないといけないらしい。
「何の取り引きしたんだよ」
「内容は後で教える。まずは目の前のことからやっていくべきだ」
「へいへい」
地図で見せられたのは、町外れの山中。
山は連なっており、この中を探すのはなかなか骨が折れるだろう。
「場所、わかってんのか?」
「わからない。しかしお前ならすぐ見つけられるだろう。獣に比べれば人間の痕跡など道標が置いてあるようなものではないのか?」
「相手が素人ならな」
町の外、未だに壊れた馬車が放置されている場所へとたどり着く。
「ここで襲われたのか。だとすれば、山の中に逃げるとすれば、こっちしかないよな」
すぐ傍の山肌を見る。
茂みの枝が折れたり、緑色の葉が大量に落ちている。
大勢がここを慌てて通ったのだろう。
地面を調べると、靴の跡も確かに見つけられた。
「人数が多いな。二十人くらいいるみたいだが」
「二十人が多いか?」
「いや、奇襲するにしては、だ。目立ちすぎる。お前本当は何が起きたのか全部知っているんじゃないのか?」
引きずった跡もあることから、負傷者が何人かいることもわかる。
気になるのは、大量の血の跡があることだ。
「誰か死んだのか?」
「馬車に同席していた者が首を切られて死んだらしい」
「あー、じゃあ、説得して仲直りってわけにはいかないってことか」
「倒して捕まえるしかない」
「怠いな。人間相手はあんまり得意じゃないんだよ」
「同感だ」
「お前の場合は意味が違うだろ」
痕跡は山の上の方へと続いている。
負傷者を抱えてどれだけ進めるだろうか。
自分たちだけでも逃げるために、負傷者を捨てなかった。
そこが気にかかる。
もしかすると、思っているよりもかなり近くに根城があるのかもしれない。
「近場って衛兵が調べてるはずだろ?」
「いや、まだ事故の処理の方を優先しているようだ。もちろん警備の回数は増やしているが、賊を追うところまではいっていない」
「……お前、詳しすぎて気味が悪いぜ」
マルコシアスのリーダー役、ドラリスは頭を抱えていた。
当初の計画から大きく外れている。
どこかでなのかわからないが、何かが大きく狂ってしまった。
本当ならば、百合花は然るべきタイミングで確実に殺すつもりだった。
絶対に逆鱗を持ち歩いている時に襲うわけにはいかなかったのだ。
その予定だったのに、そそのかされた。
重箱の隅をつつくようなことを言っていつの間にか場を掌握していた謎の銀髪の男だ。
今考えれば、腹立たしいことだった。
あいつのせいでここから立て直す方法も考えなくてはならない。
マルコシアスがグリフィン商会を倒すために。
――元は、上層部への小さな反発から始まった。
もっと稼ぐ方法がいくらでもあるのに、なぜか実行しない。
商会をいくらでも大きくできるアイデアが、自分にはある。
だが、ドラリスは幹部への昇進ができなかった。
経営の中枢には選ばれなかったのだ。
そこから、不満が少しずつ溜まっていった。
自分のような有能な働き者を評価できないグリフィン商会はダメだ。
新しい商会を作って、もっと儲けさせ、自分が正しかったことを証明しなければならない。
アジトの扉がノックされ、一同はぴたりと動きを止める。
もう衛兵にこの場所が見つかったのだろうか。
部下のひとりが恐る恐る扉を開こうとすると、ドアノブを回した瞬間に、扉が弾け飛んだ。
「うーっす」
金髪の男が怠そうに声を出す。
彼が扉を蹴破ったのだ。
「だ、誰だ!?」
「俺が誰か、関係あるかよ? 状況見てモノ言え」
彼はあっという間に近くにいた仲間たちを打ち倒す。
鞘に入ったままの剣で、横っ面を殴り、素早く昏倒させた。
「百合花に頼まれたのか!?」
「あいつなら自分でやるだろ」
「じゃあ、お前は誰なんだよ!」
周囲の人間は彼を警戒して近寄ることもできない。
近づけば、最初のひとりは間違いなく一撃で沈められるから、安易に攻められないのだ。
「私もいる。やあ、久方ぶり――というほど期間も空いていないか。私のことは覚えているな?」
もうひとり、銀髪の男が後ろから現れ、ドラリスに歩み寄ってくる。
「止まれ! 貴様、情報屋の……!」
「情報は正しかっただろう? しかしお前たちは失敗した。その責任は負わなくては」
「責任だって!? 元々の計画を崩したのはお前じゃないか!」
「そちらなら確実に倒せていたとでも? 逆鱗を手放したあとの彼が恐ろしいことくらい、考えずともわかると思っていたのだが……」
「う、うるせえ! 野郎ども! こいつらをやっちまえ!」
ドラリスが声を荒げても、みんな怖気ている。
士気を上げるためには、自分がまず初めに行かなくてはならない。
怒りにも似た闘志はみなぎっていた。
金髪はともかく、この情報屋だけはこの手で殺さなくては気が済まない。
ドラリスが剣を構えていても、彼は涼しい顔を崩さない。
彼は悠々とアジト内を歩き、部屋の中にある一番大きな椅子に座って、肘をついた。
「ふむ。座り心地はあまりよくないが、景色はいい」
「ふざけるな!」
ドラリスの渾身の一撃は彼の肩に確実に入った。
(なんだと……!?)
刃が、全く通らなかった。
まるで巨木にナイフを突きたてたかのような、手ごたえのなさ。
これを切り倒すには、斧ですら心もとない。
「君に私を殺すことはできない」
彼は刀身を二本の指で挟み、軽々と捻り曲げてへし折った。
静寂に包まれた室内で、割れた剣の破片が床に落ちる音だけが響き渡る。
「私は戦いが得意ではないのだ。加減が難しい。だから、戦うのはヤツだけだ」
それを聞いた金髪の方が、不満気に言い返す。
「おい、お前も何かやれって」
「何度も言っただろう。加減がわからない。死なせない自信がないのだ」
「死なない箇所を殴ればいいだろ」
「それはどこだ?」
「あ? 肩とか……」
その会話の直後、ドラリスの右肩が、熟れ過ぎた果実を踏み潰したように炸裂して、辺りに飛び散る。
ちぎれた右腕は、べしゃり、と床に転がった。
何が起こったのかまるでわからないまま、ドラリスは悲鳴を上げた。
「ほらな。少し小突いた程度でこれだ。私は戦えない」
金髪の方がため息をつく。
彼らがくだらない会話をしている間、痛みをこらえながら、ドラリスは逃げる方法を考えていた。
あまりにも強すぎる。
とてつもない化け物がふたりいるようなものだ。
出入口は金髪の方が邪魔だ。
窓から逃げることも考えるが、他の仲間も邪魔で、そこまでたどりつく前に捕まってしまうだろう。
それに、この負傷だ。
すぐに治療しなければ、出血多量で死にかねない。
今はまだ痛みを感じていないが、興奮状態が解ければ、すぐに気絶するほどの激痛が襲い来るだろう。
「抵抗の意思がないなら、全員武器を捨てて床に伏せろ」
ドラリスの有様を見たマルコシアスの仲間たちは、速やかに従った。
彼らだって死にたくない。
「おう、賢いな。さて、ひとつだけ聞きたいことがあるんだよ。あの逆鱗ってやつは何だ?」
金髪の男がドラリスの顔を覗きこんで言う。
逆鱗の秘密は絶対に外部に漏らしてはならないと言われている。
しかしそれはあくまでグリフィン商会にいたころの話だ。
殺されるのだけは嫌だ。
「あの紅の逆鱗は――鍵だ」
「鍵? 何の?」
「古代遺跡……。俺たちも詳しくは知らない。遺跡に入るための鍵のひとつ、らしい」
「中には何があるんだよ」
「それは知らない。でも、この世界を支配できるくらいの兵器が眠っていると言われている」
「……どう思う?」
金髪の方が、情報屋へ振る。
「信じようにも根拠がない。だが、夢はあるな」
「そうかい。俺にはくだらない妄想にしか思えないが」
「つまらん男だ」
「何だと?」
「強力な兵器だぞ? 気持ちが高まらないのか?」
「……てめえだけには渡さねえよ」
「誰も欲しいとは言っていないではないか」
ふたりが言い合っている間に、ドラリスが逃げ出そうとすると、投げナイフが飛んできて、服の裾を床に縫いつけられる。
「逃げられるわけねえだろ」
「阿呆だな。せめて隙をつくらねば」
「ぜ、全部喋ったんだから、逃げてもいいだろ!」
「ダメだ。お前らは何かやらかす前にグリフィン商会に引き渡す」
「そんな、殺される!」
「仕方ねえだろ。あれだけ大暴れしといて指名手配になってねえんだぞ。それで済んでむしろ感謝するべきだろ」
「仕えるべき主君へ義理を通さず造反しておいて命があると思っているのか?」
「ひっ……」
彼らは命を奪うつもりはないが、かと言って助けるつもりもない。
中立なのだ。
だから、このあと、自分たちがどういう目に会おうとも興味がない。
「そ、そうだ。俺、グリフィン商会の倉庫の場所、知ってるんですよ! 金とか宝石とか、たんまりあります! そこの場所教えるんで、見逃してもらえませんか!?」
「俺たちに盗人の真似をしろって言うのかよ。聞かなかったことにしてやるから黙れ」
「お前のように脅されて簡単に口を割るような阿呆の言うことを真に受けるつもりはない。口を噤んで裁きを待て」
けんもほろろに、彼らは仲間を全員を縛りあげ、一室に閉じ込める。
彼らが去ってしばらく暗闇と静寂が続き、ドラリスが次に見たのは、表情の消えた百合花の、見下すような視線だった。




