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そして約束当日。
気合いを入れて早起きし、お洒落をした私は転移魔法を使い、スバトン国の王都へと飛んだ。
待ち合わせ場所は、中央広場の勇者の銅像前と聞いている。
しかし待ち合わせ場所として人気らしく、人が多くて分かりにくい。昨日聞いた、サミュさんとブルーノさんの特徴を持った人物を探した。
サミュさんのアバターは金髪に琥珀の瞳だが、実際は黒髪黒目で平均的な体型。ブルーノさんはサミュさんより少し身長は低いが、肩幅がっちりのムキムキマッチョで、濃紺の髪にブラウンの瞳。
黒髪黒目と聞いた時点で、サミュさんの印象は大分違ったが、それらしき人物を発見したとき、アバターの面影があるなと思った。小さな顔に大きな瞳、少し垂れ目だ。
アバターのサミュさんよりもあどけない感じがする、可愛い系の顔だ。
隣にいるガタイのいい男性がブルーノさんで間違いないようだ。
確かにマッチョで、服がピチピチしている。胸筋の発達具合が服の上からでも分かる。
顔のえらも発達していて、顎が頑丈そうだ。
覚悟を決めて二人に近づき、声を掛けようとしたとき、ぱっとこちらを見たサミュさんが、
「やあ、リオン」と手を挙げた。
え?
どうして私と分かったのか。
私が女であることは伝えていないのに。
そう不思議に思ったら、サミュさんもブルーノさんも、私を通り越して私の真後ろに視線を注いでいる。
えっ?
振り返るとそこには、バリー王子殿下が立っていた。
えっ!
「リオン、アバターのまんまじゃん。すげーな、すぐ分かったよ」
ブルーノさんがそう言うと、サミュさんもうんうんと頷いた。
「ほんと、まんまで笑える。かっこいいなー、リオン。これはモテるな。やべ、俺緊張してるわー」
びっくりしすぎた私は絶句して、バリー殿下を仰ぎ見た体勢のままで固まっている。
でっ、殿下が何故ここに!?
「あれぇ?」とサミュさんが私に気づいた。
「君はもしかしてエミリン? リオン、エミリンも連れて来たんだ?」
エミリンというのは、チーム・ホワドラのメンバーの一人で、きゃぴきゃぴ系の女子だ。
リオンのことが好きで、何かあるとよく絡んで来ていたが、リオンの口下手さに退屈して、最近は他の男にすり寄っている。
エミリンは薄紅色の髪にアメジスト色の瞳で、小柄な体型といい、確かに現実世界の私とよく似ている。
「はい。勝手に誘ってしまい、すみません。お二人に会いたいとうるさかったもので。エミリーも一緒でいいですか?」
開いた口が開きっぱなしになる。
バリー殿下が何事もないように、サミュさんたちと会話を繋げている。
まるで自分がリオンのように。な、な、何で? 何が起きているのか理解が追い付かない。
「おー、いいぜ! 断わる理由はない。エミリンよろ! いやぁ、リアルでも可愛いとかラッキー!」とブルーノさんが快諾し、サミュさんもにこっと笑った。
「じゃあ行こうか。すぐそこの居酒屋、予約してるから。付いてきて」
二人がくるりと背を向けて歩き出したので、ぐいと殿下の袖を引いた。
「で、ででで殿下、どうしてここへ?」
「うるさい、黙れ。お前は今からエミリンで、俺はリオンだ。いいな? 話を合わせろ」
低く押し殺した、脅しつけるような文句が返ってきた。
ぎろっと睨まれる。翡翠色の瞳に白銀の髪。超絶美形な王子殿下は、リオンそのものだ。
居酒屋へ入ると、予約客として個室へ通された。
私以外の三人はビールで乾杯し、お酒が飲めない私はお茶を頼んだ。
最初は少しぎこちなかったが、魔空間での共通の話題(当然チームの話になる)で盛り上がり、ブルーノさんの近況や、サミュさんとは幼馴染みだという話を聞いた。
ブルーノさんは消防士で、サミュさんは魔法使い学校の非常勤講師をしているらしい。どうりで魔力が高いわけだ。
ていうか。バリー殿下はどうして魔空間の、チーム・ホワドラの話題についていけるのか。さも自分がリオンであるように振る舞えるのか。なんでそんな詳しいの?
それが気になって気になって、サミュさんどころではなかった。
ほぼ聞き役に徹し、たまにバリー殿下に目で牽制されながら、「エミリン、リアルでは大人しいんだねー」と言われたりしつつ、時間が流れた。
何だか急に眠くなってきた。
頭がぐらぐらするので頬杖をついたら、そのままうとうとしてきた。
三人の声がだんだん遠くに聞こえる。
「ねえ、リオン。エミリンと付き合ってるの? よく二人で会ってたり?」
サミュさんが言った。
声は遠いがはっきりと聞こえる。目を開けたいけれど目蓋が重い。
「いえ、まさか。俺には婚約者がいますし」
「へえ、リオンっていいとこのお坊ちゃんなんだ。婚約者がいるとかって」
「なあ、じゃあこの娘、やっちゃってもいいか?」
そう言ったのはブルーノさんだ。
「やっちゃうって?」とバリー殿下が声を落として聞き返した。
「ここ、知り合いが店長だからさ。ここでやってもいいんだぜ。さっきお茶に入れて飲ませた薬、よく効いてるぜ」
へ?
私が急に眠くなったのってそういうこと!?
「魔力持ちにもよく効く、特別な睡眠導入剤。すげー高いんだけどな。サミュのつてで安く手に入る。便利だぜ。リオンも買うか?」
「馬鹿言うなって。リオンくらい男前だと、せこい薬に頼らなくたって、やりたい放題だよ。あそこが乾く暇ないんじゃない? ねえ、リオン」
優しい口調ながら下衆いことを言っているのは、サミュさんだ。信じられない。あのサミュさんが……あのサミュさんは何処へ行ったの? こいつ誰だよ、私のサミュさんを返して!
「これからも仲良くしてね。飲み会とか呼ぶからさあ。リオンが来てくれたら、リオン目当てのビッチがいっぱい来るだろうから、俺らもやりたい放題」
「いいねー。とりあえずこのビッチからやるか」
ぱんっと何かが弾け飛ぶ音がした。
これはバリー殿下の魔力が放出された音だ。空間が吹き飛び、いくつかの世界を破壊して再構築して、時を巻き戻す。
暗闇の中をひたすら落ち続けるような感覚がしばらく続いたあと、気づけば自宅へ戻っていた。
今日の出発前の時刻だ。
髪をセットしてお洒落をして、大きな姿見の前に立っていた。
隣には、バリー殿下王子。
とても不機嫌な冷ややかな表情で、鏡の中の私を見ている。
「殿下……一体、」
そのときバンッと部屋のドアが勢い良く開き、飛び込んで来たのは妹のユリアだ。
「お姉様! バリー王子殿下?? いつの間にお目見えでしたの!? 殿下、ちょうど良いですわ、お姉様と一緒に大広間へいらしてださい。ものすごく大事なお話が! 殿下のお父様の国王陛下もお待ちです」
国王陛下がいらしているとは、一体何事だろう。ユリアのこの意気揚々とした慌てぶりといい、ろくな事は無さそうだ。
バリー殿下と顔を見合わせて、すぐに大広間へと向かった。