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けど本人を目の前にすると私は至ってクールだ。
頭を撫でられたくて堪らない大型犬のようにハッハッしながらサミュさんの下へ馳せ参じたものの、その内面は仮面のようにクールな表情の下に隠し、
「お疲れ様です」
くらいしか言えない。
だってクールキャラで通ってるし。
リオンの外見は、私の萌えを詰め込んだクールビューティーだ。
それに本体の私が元々口下手だし、あまりヘラヘラしていると舐められて雑に扱われるということを、前のチームで学んだからだ。
前にいたチームは規律が厳しく、上下関係が強くて新人は奴隷のような扱いだった。へこへこすることが性に合わず、直ぐに辞めてしまった。
その前はチームに属さず、野良で冒険をしていた。そのときの私は、現実世界の私に似せた女性アバターを使用していた。
しかしナンパが多くて辟易したし、友人だと思っていた男たちに襲われそうになったことが決定的となって、女性アバターを使用することはキッパリやめた。
以来、クールビューティーな剣士リオンへと生まれ変わり、寡黙で仕事デキるキャラを貫いている。
難易度の高いミッションを達成するには、この世界での戦い方のコツや技の習得、装備の良し悪し等も勿論大事だが、元々の世界における魔力量ーー地の要素が大きく関わっている。
何しろ、魔力が一定以上ないとアバターが創生できない。低い魔力量だとどうしても細部が雑になる。つまり不細工な出来になるのだ。
私が超絶美しいリオンを創れるのは、私の絶大な魔力量の証だ。
それを鑑みると、サミュさんの魔力量も並大抵のものではないということだ。
サミュさんは美しい。
サンシャインゴールドに輝くサラサラの髪に、同色の長い睫毛に縁取られた大きな瞳は琥珀色だ。少し目尻が垂れているところが優しげで、人の良さが表れている。
サミュさんは優しい。
馴れない新人に一番よく声を掛けてくれるけれど妙な先輩風は吹かせないし、見守るところはそっと見守り、助けが本当にほしいときにはさっと手を貸してくれる。そのときにも決して恩着せがましさはない。さりげなくて格好がいい。
チーム内で揉め事が起こったときにも、サミュさんが介入すると丸く収まる。一方的に誰かを責めたりせず、皆の話によく耳を傾け、慎重に判断する。かといって優柔不断ではなく、悪いと判断したことに対しては毅然な態度を取る。それがまた格好いいのだ。
サミュさんは本当に優しくて、皆が鼻で嗤うような不細工なアバター(つまり現実世界での魔力量が低い)にも分け隔てなく接する。
不細工なアバターは見た目の不快感も嫌われる原因だが、「地力の魔力量が低い=戦闘における操作性が悪い」のが最も敬遠される理由だ。
そのため、見た目で判断して「入会お断り」としているチームも多い。
しかし、サミュさんが副リーダーを務める『チーム・ホワイトドラゴン』の間口は広い。誰でも入っていいし、いつ抜けてもいいと謳っている。そう謳いながらも内実は差別やイジメだらけ、というチームもあるそうだが、ホワドラは本当に居心地のいいチームだ。
ホワドラのリーダーは豪快な脳筋キャラ、ブルーノさん。底抜けに明るくて、細かいことは気にしない。拳で語り合おうぜなタイプで、ブルーノさんをがっつり脇で支えているのが副リーダーのサミュさんだ。細かいことは気にしないブルーノさんに代わり、細かいことは全てサミュさんがフォローしている。
そのため『ブルーノの嫁』と仲間内でからかわれて呼ばれることもある。
そういうとき、私は少なからずムッとしてしまうのだ。嫉妬ってやつ。
そのブルーノさんはここ二ヶ月ほど、姿を見せていない。なんでもリアルでの生活が忙しくなったとかで活動を休止している。リーダー代理は勿論サミュさんだ。
ドロンクという泥人形の魔物を百匹討伐し、珍しい魔道具アクセサリーを手に入れるというミッションに加わった。
さりげなくサミュさんと同じ方向へ進み、二人きりで会話できる機会を得た。わたし的には今日のミッションはもう成功だ。なんならドロンク出てくるな。ミッションよ終わってくれるな。このままずっとサミュさんの綺麗な横顔を盗み見ていたい。
「ブルーノさん、まだ戻って来ないんですかね」
他に話題が思い付かず、脳筋リーダーの名前を出した。別に興味はないけれど。なんならずっと戻って来なくていいし。
「ああ、うん。職場変わったって言ってたから、しばらくバタバタするんじゃないかな。リアルの環境が変わって、そのままこっちの世界から遠ざかって復帰しない人も割りといるみたいだしね……そうなると寂しいけど、まあ仕方ないかって割り切るしかないね」
サミュさんが私と目を合わせ、淋しげに微笑した。ズキュンです!
はわわわと内心パニクるが、クールなポーカーフェイスを貫いて、「そうなんですね」と相槌を打った。
ブルーノさんとの思い出は特にないが、妙にしんみりしてしまった。サミュさんの言葉を聞いて、はっと思い当たったからだ。
「サミュさんは。サミュさんは急に居なくなったりしませんよね?」
「えっ、うん。リーダー代理だし、そんな無責任なことはしないよ。もし何かあって、どうしても辞めるときが来たら、ちゃんと皆に報告するし、次のリーダーを決めて、引き継ぎもしなくちゃね。そのときはリオンが筆頭候補だよ」
「えっ」
「リオンは活動に熱心だし、うちのチームへ来てもう半年だし、それに実力が段違いだ。かっこいいしさ。次代のリーダーとして申し分ないよ」
サミュさんにこうも誉められて、天へ舞い上がりそうなほど嬉しいはずが、地面にめり込むような、ズンとした気持ちになった。
「……次代の話なんてしないでください。俺は嫌です、サミュさんが辞めるなんて。ホワドラのリーダーはブルーノさんで、副リーダーはサミュさんです。辞める話なんてしないでください。寂しいじゃないですか」
珍しく思いの丈を熱く喋ってしまい、慌てて顔を背けた。かあっと頬が火照るところを見られる訳にいかない。
「ん、ありがとリオン。慕ってくれて嬉しいよ。感情表現ぶきっちょなリオンが、そういうこと言ってくれるとは思わなかったから、マジで嬉しい。ほんと可愛いよなあ、リオンは」
な、なっ、な。かかか可愛いって、このリオンが!?
無愛想で口下手で、にこりとも笑わない私が!?
気取ってんじゃねーよ、ナルシストと陰口を叩かれたり、顔はいいけど話つまんないと女子にディスられたりはもう慣れたが、「可愛い」と面と向かって言われたときの対処法は私の辞書にない。
よって、聞こえなかったふりをした。
そっぽを向いたまま、照れ隠しでドロンクを滅多殺しした。
ミッションはすぐに達成した。




