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人類と魔王軍が戦っていたのは遥か古のお話。和平協定により、互いの世界へは不可侵、不干渉と決まり、世界平和が訪れてから久しい。
暇を持て余した人類は、日常生活の便宜化、合理化へと心血を注ぎ、その結果、人の世の娯楽はうんと発展した。
そして現在、一部の人類の間でブームとなっているのが『魔空間へようこそ』という転移魔法だ。
考案者のヒロ・チャンドン氏(本名ではなくハンドルネームという仮の名だ)が配布している魔方陣をそっくりに作り、自身の分身を魔空間へ送り込むことによって、異世界を冒険できるという画期的な遊びだ。
猫も杓子も誰でも参加可能という訳ではない。ヒロチャン配布の魔方陣が入手困難な上、特殊な転移魔法のため、魔法上級者にしか扱えない。
さらに異世界へ送り込む分身(アバターと呼ぶ)を創生する魔法が最も高度で、人間の体を成せずにそこで諦める者も多い。
まあいいやと適当な姿形で転移したために、異世界の魔物と間違えられて討伐対象になったという間抜けな失敗談も聞いたことがある。
その点、私のアバターの何とかっこ良いことよ。いつ見ても惚れ惚れする。
スタイリッシュな白銀の髪に、聡明そうな翡翠色の瞳、すっと通った鼻梁。端正な顔立ちの美丈夫だ。背は高く胸板は逞しく、手足がすらりと長い。編み上げのロングブーツが映える。衣装は貴族的なデザインでかっこいいし、背負った大剣の厳つさとのギャップがまた良き。
私の萌えを詰め込んだ理想の戦士、リオン。
いざ出陣。
魔方陣の中心に立たせたリオンを、魔空間へ転移させるための呪文を詠唱した。かなりの魔力を要するが、私には朝飯前だ。ていうか今は遅めの夜だけど。
皆が寝静まった頃、私はこっそりとベッドを抜け出して地下室へ下り、秘密の遊びに興じるのだ。
リオンの転移先は、チームのアジトに設定してある。
ヒロチャンが創った魔空間には、世界各地から様々な者がアバターを送り込んで、各自好きなことをしているが、目的がないと楽しくないという者のために、『ミッション』というものが存在する。
特定の魔物を百匹討伐するとか、困っている村人の頼みごとを聞くとか、悪の組織幹部を倒すとか、そういうものだ。ミッションの難易度によっては、個人で成し遂げるには厳しいものも多く、複数人のチームで臨むとやり易い。
チームのメンバー募集は町の掲示板にたくさん張り出してあり、お試し入会を経て、自分に合いそうなチームに入ると良い。
この世界の初心者でぼっちな者も、チームに入ればすぐに先輩や仲間ができて、色々と教えてもらえるのも利点だ。
しかし中には、新人と見ると先輩風を吹かせてきて、指図ばかりしてくる嫌な奴もいる。
「リオン、来たらすぐに挨拶しろよ。無視すんな」
背後から声がかかり、振り向くとルーカスがアジトのソファーに座っていた。
魔空間へ送り込んだアバター、リオンと私はリンクしている。現実世界の私は私で、こちらの世界にちゃんと意識を置きながら、リオンを操作している。
気を失って、リオンに乗り移っているという訳ではない。万一現実世界で何か起これば、リオンを瞬時に回収することができるのは、安心だ。
「ああ、ルーカスさん。いたの気づきませんでした。おはようございます」
夜でも、チームに顔を出したときには「おはようございます」というのが風習だ。それはなんか好き。これから一丁、仕事しますかぁ!って感じがして。
ルーカス以外のチームメンバーは何をしているのかなと、アジトの壁面にある大きな伝言板を見た。この伝言板は魔道具で、チームメンバーであれば、離れた場所でも思念を送ってリアルタイムで書き込みができる。
ミッションの途中経過や、もう死にそうのSOSや、他愛ない雑談まで、何でもやり取りしていいことになっている。
いつも私が真っ先に探すのは、チームの副リーダー、サミュエルさんの書き込みだ。
回復系の白魔法が使えて剣の達人である彼は聖騎士で、穏やかでリーダーシップのある人柄が人気だ。サミュさんと皆に呼ばれている。私の憧れの人。
サミュさんの最新の書き込みは8分前か。ミッション達成の報告だ。
次のミッションにご一緒できるかな。
『おはようございます、リオンです』
掲示板に書き込むと、早速数人から返事があった。
『おはよう、リオン』
『おはー!』
『待ってたぜ』
『今日もがんばろ♡』
『いまアサカス島にいるからおいでよ』
『今日、ドロンク百匹討伐でレアドロ出るって』
一番最初に「おはようリオン」と言ってくれたのがサミュさんだ。アサカス島においでよと呼んでくれたのもサミュさんだ。ああサミュさん優しい。