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第4話 『見極めの水晶』を探しに


「ウェパル、いるかしら?」


 魔王様は大きなガラスに向かって言う。

 ガラスの中は水が張られている。水槽だろうか。暗い部屋では僅かに揺れるのが見える程度で、きらきらと光っているような印象は受けない。光源がないからだろう。


 ちなみにここはさっき話にも出ていた『ウェパルさん』のいるところらしい。

 魔王様の自室からそんな離れてなかったし、言うならご近所さんレベルで近かった。

 つまり俺の召喚後初の冒険はほんの数分で終わったのだ。誰一人とも会わなかったし誰の気配もしなかった。俺自身の足音がやけに響いたせいで少し申し訳ない気持ちにはなったけど。


 今は、俺の手と魔王様の手は繋がってない。部屋についた時に俺から離した。さすがに高2の男が美少女と手を繋いでるのを人に見られるのは恥ずかしい。



「ウェパル……? もしかしていないの?」


 魔王様が不安そうな声を漏らす。

 すると、ぽちゃんとどこかで水の跳ねる音が鳴った。


「なんだ、いるんじゃない」


 魔王様が嬉しそうな声を上げると、水からなにかが上がった音が響いた。



「あらぁ~。お客様かしらぁ~」



 その後、ガラスの向こうから声が聞こえた。艶めかしく色っぽい、まさに妖艶という言葉の似合う声だ。

 声が聞こえた直後、部屋の明かりが一瞬にして灯る。


「っ……!」


 眩しいッ……! さっきまでほぼ真っ暗闇だったからすこぶる眩しい……。




 ……正直びびった。

 暗闇の中で水の音とかホラゲーチックで正直怖い。俺言っちゃなんだがホラゲー苦手なんだよな。

 それに急に電気が点くとかマジこわみ。そんなのおおっぴらには言えないんだけどさ。



「あらあらぁ~、男の子じゃないの~。久し振りに見た気がするわぁ」

「っ……」


 ぽちゃん、ぽちゃんと水の滴る音が静かな部屋に響く。

 音の鳴る、ガラスの上部をおもむろに見上げる。ガラスの上部は穴が空いていた。その大きなガラスは予想通り、とても大きな水槽だったのだ。

 部屋が明るくなったことで声の主が見えた。

 いや、正確に言おう。声の主の『体』を見ることができた。


 ――ウェパルさんの下半身は綺麗な魚の鱗で覆われていた。つまり、ウェパルさんは、伝説上の『人魚』であったのだ。



「そんなにじろじろ見られるとぉ、少し恥ずかしいわあ」

「あっ、ご、ごめんなさい……」

「うふふ。いいのよぉ~、気にしないでちょうだぁい」


 慌てて目を逸らす。

 ウェパルさんはそんな俺を美しい声で笑った。


 魔王様とはまた違った、THE☆美人といった顔と笑い方だ。

 下から見ると正しくはわからないが、空の色みたいな水色の髪は腰程まで伸びていて、水中でゆらゆらと揺れている。



「ね~え? そんな遠くで見ないでちょうだぁい。も~ぉっと近くで、そうよぉ、も~~ぉっと近くでご覧なさって?」



 もっと、近くで……?


 ……そうだ、こんなにも遠いところから見ていたらいけない。呼ばれている。呼ばれているなら会いにいかなきゃ……。

 もっと近く、もっっと近く、もっと――。

 ――水槽が邪魔だ。ガラスが邪魔だ。ああ、どうすれば会いにいける? どうすれば会いに……。



「ウェパル!」

「ぎゃっ!?」

「ウェパル、いじめないでちょうだい。大切なお客様なのよ」

「わかっているわぁ。うふふ、とぉっても可愛い子ねぇ」



 ……心臓バックバク。

 魔王様が急に大声を出したから凄いドキドキしてる。胸キュンのドキドキじゃなくてリアル動悸がドッキドキ。


 っていうか俺、なにがどうなって水槽のガラスにぴったりくっついてたの? べったりくっつき過ぎで跡つきそう。



「えっと、なにがどうなって……」

「あなたは今、『魅了(チャーム)』っていうのをかけられたの」

「ちゃ、チャーム?」

「うん。ウェパルの種族……『人魚族』特有の能力なんだけど、相手を魅了して自分に惹き付け、海の中に引き摺り込むの」

「引き摺り込ッ!?」


 え、なにそれ。ウェパルさんこわ……。

 もしかして水槽の中にドボンしそうだったの? 嘘でしょ? 魔王様が止めてくれなかったら俺死んでたの? こわ……。



「で~ぇ、魔王様はぁ一体なんのご用なのぉ~?」

「そうだったわ。じゃあ、本題に入ります」


 魔王様は一度静かに目を瞑り、一息ついて目を開けた。

 可愛らしい魔王様モードからガチガチ魔王様モードにチェンドした顔つきだ。


「あなたの持つ『見極めの水晶』を貸して欲しいの」

「あらあらぁ~。魔王様が『見極めの水晶』を使ってぇどうなさるつもりなのぉ~?」

「彼の魂の素質を見てもらいたいの」



 ウェパルさんは薄く笑った。たぶん、薄く笑った。

 なんといっても顔が見れない。ちゃんとした顔が見えない。水槽が大き過ぎるんだ。

 ていうかよく声が届くよな。魔王様もウェパルさんも。



「ん~。どうしようかしらぁ~」

「お願い。彼の素質を見るのに『見極めの水晶』が必要なの」


 魔王様は自然な動作で頭を下げた。

 ……腰低くない? 大丈夫? 威厳という威厳消滅してない?

 俺のイメージの魔王って部下見下して、逆らう部下は滅殺! って感じのイメージなんだけど。

 この魔王様そんなイメージ欠片もない。申し訳ないけど初対面から魔王様っていうか可愛い女の子感が強い。



「じゃあ~ぁ。あたしのお願いを聞いてちょうだぁい。聞いてくれるならぁ、貸してあげるわぁ」

「いいよ、聞いてあげる。だから『見極めの水晶』を貸して」


 魔王様は真剣に、一言一言を大切にしながら呟いた。

 ウェパルの大きながどんなお願いかもわからないのに、本当にいいのか?

 魔王の座を譲れ、とかそういうのだったら困らないのか?



「うふふ。いいわぁ。少ぉ~し待っていてぇ? 今すぐに持ってくるわぁ」

「えぇ。お願いします」


 水の中に物が入る音が聞こえる。

 俺の目に水槽の中を優雅に泳ぐウェパルさんが映る。目と目が合うと、馴れた手つきでウィンクをされる。


 綺麗だな……。

 アッ、ゲフンゲフン。

 危うくまた『魅了(チャーム)』されるところだった。危ない危ない。



「魔王様は」

「ん? なぁに?」

「魔王様はいいんですか?」


 俺が魔王様の顔を見ながら問うと、魔王様はこてん、と首を傾げた。いわゆる『なにがいいの?』っていったところだろう。



「俺なんかの為に、そんな約束取り付けて良かったのかなって」

「? どうして?」

「ほら、もしかしたら酷いお願いされたりするかもしれないし。魔王の座を譲れ、とか」


 魔王様は優しげに微笑んだ。

 可愛らしい笑顔でも恐ろしい笑顔でもない、聖母のような微笑みで言葉を発した。



「ウェパルはそんなこと言わないわ。でも、もし言ったとしても別にいいの。あなたが何者かわかるならそれでいいのよ」


 そうやって笑う魔王様は、やはり魔王なんて呼ばれてでいいのかと不安になる。俺の知ってる魔王と全然違う。これがこの世界の魔王なのか。

 こんなにも優しく、自分よりも他人を優先する人が、魔王なんて信じられるか?



 なんて思っていると、ウェパルさんがすいすいと泳いできた。

 両手には大きな丸い物体を抱えている。

 ウェパルさんは俺の目の前にくると、その物体を見せつけるように一瞬滞在した後、長い尾びれを翻して上へ上へと進んでいく。

 首が痛くなるくらいの高さになると、再び、ボチャッという水からなにかが上がる音が鳴った。



「割っちゃあ駄ぁ目だからねぇ~」

「え?」



 意味不明なウェパルさんの言葉が聞こえた直後、水槽の上からなにかが落ちてきた。

 それは、さっきウェパルさんが抱えていた、透明な丸い――――。



「――どぁああああああ!!!??」



 これ、明らかに『見極めの水晶』だよなぁあああ!!? 割ったらヤバい割ったらヤバい絶対ヤバいぃいい!!! 捕まえないと!!!!


 手を伸ばし駆け出す。

 絶対に、絶対に! 落としてやるものかぁああ!!!




「あらぁ。ちゃ~ぁんと抱えてるのねぇ。えらいえらぁい」


「……ふう、ぅ…………」



 セー、フ……か…………?


 両手で抱えた水晶を確認する。

 ……良かった、割れてない。なんとかスライディングキャッチ&セーフできてた。良かった。

 汚れのない透明な、丸い大きな水晶だ。


「じゃあ、これが『見極めの水晶』……?」

「そうよお。あなたが抱き締めてるそれがぁ、『見極めの水晶』なのよぉ」

「これが……」


 じっと見つめる。

 とても綺麗で引き込まれそうだ。



「使いましょう」



 鈴のような声で魔王様が呟く。

 小さく頷き、『見極めの水晶』を魔王様に渡す。

 これで俺が"闇の勇者"かわかるのか。


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