第3話 異世界なんてフィクションだと思ってた
――――巷で有名な『異世界転生』。
なにかしらの理由で死んでしまった主人公が、異世界で生きていくもののことを言う。
まあ、最近は有名になりすぎてもはや様式美みたいなところもあるが。
とにかく今、俺はそのような状況下にいる。
いや、もっと正確に言うならば『異世界転移』なんだろう。異世界転生は死んで生まれ変わるものだ。俺は死んでない。
もしかしたら寝てる間に~、なんてことも考えられるけど現実的ではないだろう。
寝ている間に異世界に転移して今に至るって感じか。
そう考えると、なんでか納得がいった。
通じなかった言葉も、理解されなかった東京や日本も、世界が違うなら仕方がない。むしろ魔王様に自称魔王(笑)なんて思ってたのが申し訳ないくらいだ。
「あ~、えっと魔王様?」
「なに?……突然様付けなんてどうしたの」
「俺、たぶん別の世界から来てますね」
軽く笑って言うと、魔王様は数秒間頭を抱えた後に小さく何度も頷いた。
「じゃあ、別の世界から来てるって、召喚ってこと?」
「まあ、そうなるんじゃないですかね。ハイ」
「帰る場所もないの?」
「この世界にはありませんね」
魔王様は肩をすくめて申し訳なさそうな顔をした。
……もしかして本当に送ろうとしてた?
え、嘘だろ。なんでそんなに優しいんだ? あなた本当に魔王様? 女神様の間違いなのではないでしょうか。
「でもどうして俺が召喚されることになったんだろ」
純粋な疑問を呟く。
なんていったって俺は至って普通の男子高校生だ。超能力もなければ甲子園に行ったこともない。親が大富豪だとかそういうのも皆無だし、世界一の能力値があるわけでもない。
本当に、どうして召喚されたのが俺なんだ?
それにどうして魔王様のベッドの中に転移してるんだろう。ここじゃなくて別のところだったら平手打ちもくらわなかったし、俺がポリスメンのお世話になるんじゃないかと不安になる必要もなかった。
誰が転移先を決めてるんだ! 決めた神よ出てこい! やり直しを希望する!!
「もしかしたら」
「ん?」
「もしかしたら、――あなたを喚んだのは私かもしれない」
「……へ?」
魔王様が、俺を、喚んだ?
一体なんの冗談だ。初対面での魔王様の反応を見る限り、魔王様が俺を魔王様の部屋に召喚しているはずがない。
でも今までの言葉を聞いている限り嘘を吐くような人じゃないことはわかる。
「私今日ね、"闇の勇者"を召喚する儀式をしたの」
「"闇の勇者"を召喚する、儀式……?」
「うん。……『魔王』らしくないのはわかってるんだけど、失敗しちゃって。儀式をしたところに来てくれかったの」
魔王様は自嘲するように白い指で頬を掻いた。
俺の中でも『魔王』が失敗するのはイメージにない気がする。魔王っていったらゲームのラスボス、物語のラスボスっていうイメージがある。失敗なんてするようなイメージはない。
でもこの魔王様は、言っちゃなんだが失敗しても意外って感じはしない。
それはきっと、この魔王様が優しくて人間味溢れている方だからだろう。初対面でもわかるくらい『いいひと』オーラが溢れている。
「なんで、"闇の勇者"を喚ぼうとしたんですか?」
「あ、えっと……。話すと長くなっちゃうんだけどね」
魔王様は「それでもいい?」と言って首を傾げた。
俺は1度、大きく頷いて真っ直ぐ魔王様のことを見た。
「まずね、私達『魔族』と『人類』は昔から仲が悪くて、争いとかも沢山あったの。今は停戦みたいな状況なんだけど、人類が"光の勇者"を召喚したらしくて」
「"光の勇者"……。"闇の勇者"と対になるもの、みたいな感じですか?」
「うん。預言書っていうのがあるんだけどね、そこに『"勇者"が現れし頃、正なる者の勝利が決定す』っていう記述があるの。
つまり、『"勇者"が現れたら、魔族と人類、どちらかの勝利が決まる』って言うことなんだけど……」
「"光の勇者"が人類側についているから、自分達魔族が負けるかもしれない。だから"闇の勇者"を召喚しようってことですか?」
魔王様は小さく頷いた。
自分達の種族の命運をかけた召喚だったんだ。だから魔王様は自分の失敗を悔いたのか。
そう思うと召喚に応じなかった"闇の勇者"も、結構悪質な性格をしてる気がする。自分で向かえるならの話だけど。
……、ちょっと待て。
「魔王様は、俺のことを"闇の勇者"だと思ってるんですか?」
「えっと……うん。そうだといいなとは思うかな」
「見極める方法はないんですか?」
俺がそう聞くと魔王様はうーん、と悩み始めた。
もしあったら、俺が"闇の勇者"かどうかちゃんとわかるのに。
本当の"闇の勇者"じゃないのに"闇の勇者"だなんて言って、魔族の命を奪いたくない。
見極める方法があれば、俺も魔王様も安心できるのに……。
「――あっ!」
「えっ!?」
「私知ってる!」
満面の笑みを浮かべ、ぴょんぴょんと跳ねる魔王様。
……この人、『魔王らしく』って気にしてるのにそんな可愛いことしていいのか? きっといいんだ可愛いから。
「えっと、確か『その人の魂の資質を調べる』っていう性能の魔道具がどこかにあったはず!」
「本当ですか!?」
「ええ! 確かウェパルが持ってたはずだわ。一緒に向かいましょうか」
まだ"闇の勇者"かもわからない俺が、魔王城をうろちょろしていいのか……?
いや! 魔王様が一緒に行くって言ってるんだ。城の主の命令には逆らえない。なんていったって長いものには巻かれろ精神だからな! 日本人の性だからな!
魔王様は白く華奢な手を、ひらを見せながらこちらに伸ばしてきた。
手を置け、ということなのか?
おそるおそる手を伸ばし、魔王様の指に触れる。と、魔王様は俺の手をぎゅっ、と丁寧な手つきで絡み取った。
――すべすべしてる。
一番に思ったのはそれだった。
確かにびっくりはしたけど、なんでそんな変態チックな発想をしたのかに一番驚いた。
魔王様は俺の顔を見た。宝石みたいな赤色の目と目が合うと、魔王様は優しい笑みを浮かべた。
彼女の微笑みはとても綺麗で可愛らしい。間近で見るとえげつない程破壊力があったが、なんとか持ちこたえることができた。
「大丈夫、怖いところではないわ。私と一緒にいたら襲われたりだなんてしないから。安心していいよ」
「はい。ありがとうございます」
「ふふ、じゃあ行こっか」
魔王様は部屋の大きな扉をゆっくりと開けていく。
不安からかなんなのかはわからないが、右手で魔王様の手のひらを握る。
魔王様は、優しく握り返してくれた。
俺が"闇の勇者"であるのかを確かめに行こう。
魔王様は違うけど、俺からしたら異世界転移して初めての、小さな小さな冒険だ。
楽しみもあるがやっぱり不安もある。
この魔王様はとても優しいが、部下が凄い暴力的で目が合ったらすぐにバトル! みたいな人かもしれない。
でも、俺の隣で微笑む魔王様と一緒なら、少し不安も拭えるかもしれない。
初めて会ったばかりなのに、こんなに信用するなんて馬鹿なことなんだろうとは思う。
それでもなぜか、この人のことは疑えない。むしろ近くにいてほしい程だ。魔王様と一緒なら。そう信じてやまない気持ちになる。
なら、俺の感覚を信じよう。
いざ、扉の向こうに――――!