第1話 美少女と話がしたい
俺は相良 俊。17歳。
多少ラノベやアニメに興味があるだけの、至って普通の男子高校生だ。
――そう、俺は普通の男子高校に過ぎない、過ぎないはずだ。
なのに、なのになぜ!
角の生えた美少女に正座を強いられているんだ!!
「ーーーーーーーーーーーーーー!」
「すみませんなんて?」
「?ー、ーーーーーーー?」
……驚くほど滑舌が悪い。
いや、方言かもしれないけど、いくらなんでも聞き取れない。
津軽弁か? 津軽弁なのか??
やっぱり外国語、なのだろうか。
よし。思い立ったが吉日だ! 上手く発音できないけどやってみろ! 当たって砕けろだ!
「は、はろー?」
…………ど、どうだ?
おそるおそる美少女の顔を見る。
うッ顔が良いッッ!
……、じゃない。顔は良いけど目的はそれじゃない。
もう一度、美少女の顔を見つめながら同じ言葉を口にする。
「はろー?」
――美少女は眉をひそめただけだった。
嘘だろ!?
まさか、まさか『hello』を知らないのか!?
世界共通言語である英語の、挨拶オブ挨拶の『hello』を!?
…………うそ、だろ……。
ガックリと肩を落とす。
まさか英語が通じないとは思ってもいなかった。
グローバル社会だしなんとかなるかな精神で喋ってた。
まあ、英語が通じてもちゃんと喋れるかはわからないけど。
結局振り出しに戻る、か……。
「っていうか、その角取らないの?」
伝わらないのは知ってるけど、聞かない訳にもいかない。
コスプレ用品なのかも知れないけど、見ず知らずの男の目の前でも着け続けるものなのか? イベントでもないんだし。
美少女は眉をひそめたまま、こてんと首を傾げた。
そりゃあまあ伝わるはずないよな。
日本語で伝わるなら、今頃ちゃんと話もできてただろうし。
さて、どうやって会話するかなぁ……。
…………!!!
ジェスチャー!!
そうだ、ジェスチャーを使えば一応会話ができる!
首を傾げる=わからない、だし、拍手をする=誉める、だ!!
ゆっくりと人差し指で美少女の角を指す。
そして、その手を角の生えている場所――つまりはこめかみの辺りに持っていき、手を○の形にしてからすっとこめかみから離す。
……ど、どうだ? 伝わってくれたか?
おそるおそる美少女の方を見る。
と、美少女は手を口に当て、ぶんぶんと首を横に振った。
これは、伝わった……のか?
……伝わったものだと考えよう。
あの反応的には『取れない、なんでそんな恐いことを!』みたいなものなのかな。
まあ、コスプレ中はそのキャラクターになりきる人が多いらしいし、当たり前っちゃ当たり前だよな。
とりあえず! ジェスチャーを使うのは当たりだったと思っていいはず!
よし、美少女との意思疏通を図ってみよう!!
美少女を指差しから手を自分の口の前まで持ってきて、グーパーグーパー、と握って離してを繰り返した。
そして首を傾げ、"わからない"のジェスチャーをした。
つまり……!
『君の言葉がわからない』ということだ!!
美少女はじっ、と俺を見つめた。
目と目が合い、反射的に目を逸らしてしまった。
し、仕方ないだろ! こんな美少女に見つめられたらどんな男も赤面待ったナシなんだよ!
顔面偏差値いくつなの? 七万なの? 七万なの???
なんて思っていたら、美少女がポンッと手を打った。
ぱっと顔が明るくなって、満面の笑みを浮かべながら何度も頷いている。
……かわいい……。
ゲフンゲフン。
見惚れている場合じゃなかった!
パンッと手を叩いてお願いのポーズをする。
まあ、いわゆる『ジェスチャーで話そう』ってことだ。
さっきまでの伝わり具合からして多分伝わっているはず! さっきのも伝わってなければ終わりだけどさ!
美少女は可愛らしい笑顔を俺に見せた後、こちらに手を伸ばしてきた。
……? どういうジェスチャーだ?
急に母性が目覚めた、とかではなさそうだし。
「ーーー。ー、ーーーーーーーーー」
「えっ」
美少女がなにか言葉を発すると、突然目の前が真っ白になった。
!!?
なにがあった!!!??
さっきまで見えてた美少女も、自分の手すらも見えない。
目が、おかしくなったのか?
それとも、やっぱり夢だったのか??
まあ、あんな超絶美少女も前代未聞のふっかふか布団も、俺の前にやってくるなんてそれこそ夢のまた夢だもんな。なんかまだふかふかだけど。
「えーっと、わかるかな。聞こえてますか?」
「え」
突如、鈴のような声が響いた。
この声はあの美少女の声だ。
でも――。
「つ、伝わってる?もしかしてまた失敗しちゃった!?」
「いや伝わってる!伝わってます!!」
――――言葉が、わかるようになっている。
さっきまで何を言ってるか壊滅的にわからなかったのに。
「よかった。じゃあ、話ができるようになったんだし、」
「ちょっと待て! なんで急にわかるようになったんだよ!」
どこにいるかもわからない美少女に向けて言い放つ。
「……言葉が伝わらなかったみたいだから、言語を合わせる術をかけたの」
「じゃあ、今、俺の目の前が真っ白なのもその術のせい?」
そんなことができるなんてとんだ催眠術だよ。
俺がテレビで見たやつといったら、握った手のひらが開かなくなる、とか、立とうとしても立てないとかだ。
視界を奪う・言語を合わせるなんて聞いたことがない。
すると、美少女は非常に驚いた、というような声を放った。
「うっそ! 目の前が真っ白って……目が見えないの?」
「え!?……も、もしかして、その術のせいじゃ、ないの?」
『言語を合わせる術』をかけられた時からなのに、その術のせいじゃないなんて、そんなことあるのか?
「言語を合わせる術に、『目が見えなくなる』なんて効果はないはず……」
うーん、うーんと唸る声が聞こえる。
どうしたら俺の目が見えるようになるのか考えてるみたいだ。
……優しいな。
俺の妹なら「そのまま目が見えなくても良いんじゃない?」とか嘲笑いながら言うのに。
「もう一回術をかけ直してみたらどう?」
「! そうだね! そうしてみる」
美少女がそう言うと、徐々に徐々に視界が開いてきた。
先程まで見えなかった美少女の顔も俺自身の手も見えるようになっている。相変わらずふかふか布団の上だ。
美少女はこてん、と首を傾げた。
これは多分、『目が見えるようになった?』って意味なんだろう。
大きく頷いて両手で大きな○を作った。
美少女はぱあああっ、と顔を明るくして、もう一度俺の方に手を伸ばしてきた。もう一度言語を合わせるつもりなんだろうな。
ドキドキしながらあの光を待つ。
今回はさっきのみたいに急に来なければいいな。なんて考えながらその場にじっと座っていた。
だけど、まだ光が来ていないにも関わらず、美少女は手を引っ込めた。
驚いて美少女の目を見つめると、美少女はにっこりと笑って
「どう? ちゃんと言葉はわかる? 目は見えてる?」
と確認してきた。
「え。あ、うん。わかるし見えてるよ。けど、今、さっきみたいに光らなかったんだけど……」
「? 言語を合わせる術だったら普通は光らないはずだけど……」
美少女は首を傾げた後、「まあいっか!」と笑った。
……可愛い……。
まあよくないけど可愛いからいっか。
なんか俺、美少女に凄い弱くない? 気のせい??
「じゃあ、言葉もわかるようになったし、ちゃんと目も見えるようになったことだし、少し話をしましょうか」
「なにを?」
俺がそう質問をすると、美少女は先程までの笑顔とは程遠い、口角だけを上げた笑みを見せた。
「なぜ私の――――魔王の部屋のベッドに潜っていたのか、弁明願います」
「へ? 魔王……?」
そう聞き返すと美少女は小さく頷き、
「私の納得できる言い訳を、期待していますよ」
と、静かに笑った。
――――どうやら俺はいつの間にか、美少女――もとい魔王の部屋のベッドの中にいたようだった。