3ー23・冬世界の子(永遠冬1)
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦2595
《ヴァルキュス》は3つの銀河フィラメントを中心として、〈ジオ〉という宇宙の全空間の1/5ほどをその支配下としている(おそらく〈ジオ〉の全歴史の中でも、これに以上のスケールの支配領域を持てた国家は、『ミュズル』の第一次支配の頃の《アーシュル》と、『フローデル』の第二次支配の頃の《メデン》のみ)
ようするにこの国家は、今の宇宙においてもとてつもなく広い。国から逃げようと決意したリーザは、別に急いでいた訳ではないが、のんびりしてたわけでもない。アーシェたちが用意してくれた、非公式の時空間戦闘機も、機能的に制限が多くあるものの、決して宇宙船として《ヴァルキュス》基準でも遅い訳ではない。
それでも、国家の支配領域を出るのに数年かかった。その期間に、彼女を追い詰めたつもりで、しかしあっさり返り討ちになってしまった者も多い。
《「リーザ・シャーリドだな」》
10分ほど前から、軍の時空間戦闘機が3機ほど、接近していることはわかっていた。
《「ようやく見つけたぞ」》
通信を通しての知らない声に、リーザは返事はしなかった。
誰かは知らないが、単なる雑魚ではなさそうだ。エネルギー効率の問題でワープが使いにくいこちら側に対し、空間内速度の有利をいいことに、とにかく攻撃してくるのではなく、(おそらく持久戦狙いだろう)監視ネットワークを張り巡らせてきていた。ワープなしでも、非常に高速な時空間戦闘機同士ではかなり難易度の高い作戦。よほど操縦技術に自信があるということだろう。
だが普通に相手が悪い。
《ルーケノ・ギザ》以前、最初に軍に入った時には厄介なものでしかなかった、段階的な情報コントロールが、今やリーザ側にとっても強力な武器となっている。
ようするに、構成粒子加速法というものを完璧に使いこなせる者は少ない。そして実際にそれを使いこなせる者に何が可能なのかを完璧に理解している者も少ない。
(逃げるか、戦ってやるか)
リーザは、次元変換システムを起動する。
高次元では、時空戦闘機の性能の差はあまり関係なくなるから。
四次元の感覚、五次元の感覚、六次元の感覚。どこでも心層空間、つまり精神の機構だけは、決して変わることはない。ただ、認識が可能かの問題。
変化パターン量の増幅のための知覚圧力。リーザなら生身でも問題はないが、時空間戦闘機は、局所的な時間軸切り替えの連鎖で、空間波に勝手に乗ってくれる。
何をどう動いたのか、リーザ自身が言葉で上手くは言えない。ただ彼女は、単純に追跡者たちよりも早く動いて、その背後の位置にきてから次元変換を解除した。
「あなた、多分何も聞かされてないでしょう」
自身の時空間戦闘機と遠隔操作のための繋がりを維持したまま、さっき通信を入れてきた男の隣に転送されてきたリーザ。
「どんな話だ?」
「わたしが何者かよ。わたしは《ルーケノ・ギザ》の破壊少女」
それだけ名乗るだけでよかった。《ルーケノ・ギザ》での反逆者少女の話を軍内で知らない者はほとんどいなかったろうから。
「だからもうやめたほうがいい。何か命令があるのだとしても、多分あなたたちが考えてるような任務じゃないよ」
「なぜ、別の戦闘機の中から自分のをコントロールできる?」
とりあえずそのことが気になったようであった男。
「分解意識よ。わたしは時空間戦闘機3機までならそれで同時に操作できる」
物理構造的にある時空間戦闘機の中から、別の機を操作するための繋がりには、空間系の暗号通信、つまりは亜光速の過程を含むものしか使えない。しかしそんなものを通してまともに操作するには、戦闘機のコントロール機構の方が複雑すぎる。ところが、外部人工神経系を利用した分解意識と呼ばれるテクニックを用いることで、リーザは、本来は不可能なそうした遠隔操作が可能。
「あんたは、外部神経に構成粒子加速法を使えるのか?」
「今みたいな真似ができるくらいに、て意味なら、三次元空間限定だけどね」
「ずいぶんあっさりそんなこと言うんだな」
「あなたが次元変換システムを起動させるより、それに気づいたわたしの離脱の方が確実に早いからね」
そもそもリーザからしてみれば、そんなことに言われるまで気づかない時点で、本気になれなければならないような相手ではまずなかった。
「あなたが誰かは知らないけどさ。同じように知らない人たちに教えてあげてくれないかな。誰を追いかけてるのかをね。感謝してくれる奴も大勢いるでしょう」
そしてリーザは、自身の戦闘機に戻り、また次元変換を用いた移動により、またその姿をくらませた。
ーー
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦2597
(何かおかしい。やっぱり)
それだけはわかっていた。2年前、適当な追跡者を通した警告から、追っ手が一度もなかったこと。
直接的な命令があるのかはわからないが、軍の上の方、少なくとも中枢のいくらかは、リーザをただ静かに行かせてくれるはずがないということをわかってはいた。
(確かに、わたしがあいつらのために戦うことだけはない。だけど、そうだと確信できるほど、わたしのことを詳しく知ってもいないはず)
本気で自分を止めるつもりはないだろう。というかそんなの出来ない事だけはわかっているだろう。だから、結局はまだ行方がわかっているうちに、なるべくならデータをとっておきたいという魂胆がある、それも予想できていたこと。
だがそうだとすると、追跡を諦めるのが早すぎるような気がした。
(誰かが邪魔してる。でも誰が)
その邪魔がどういうふうに行われているのだとしても、普通の立場ではないはず。だが元帥のフラゴやメイリィ、シャーリド一族の者だとも考えにくい。彼らならリーザのことをよく知ってるから。今の状況のリーザをわざわざ助けようとする理由がなかった。
リーザの推測は当たっていた。しかし結局彼女を誰が助けていたのか。それはわからなかった。
ーー
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦2593
《ヴァルキュス》という国が始まってから、まだ数回目というような出来事だった。たったひとりの行動のために、中枢の元帥3人が集まったのは。
銀河フィラメント"永遠冬"。細長い糸状の惑星が絡み合って、全てが地続きとなっている巨大星系|《中枢》。それはこの宇宙で最も巨大な要塞。
その《中枢》内を漂う、外部からは透明な箱型の部屋の1つ。それはたまにある複数人の会議用。リーザ・シャーリドが国を出発してから少しして、そこに大元帥のユーカと、元帥のマルゥを含む、《中枢》にいる軍の幹部十数名ほどを呼び集めていたミジィ。
会議はすぐに終わった。というか正確にはそれはただの報告みたいなものだった。ミジィは《中枢》でも知られていたリーザが、国を出ていこうとしてることを伝えただけ。
(長く待ったな。これでやっと最後としても)
会議の後、透明箱部屋から他の者たちはすぐに去ったが、ミジィだけは、そこの上に座って、しばらくは考え事にふけっていた。
(リーザ。シャーリド、フラゴ、メイリィの秘蔵っ子)
ミジィは、彼女への自分の興味を誰にも悟られないようにしてきた。実際のところ、メイリィを通じて、幼い頃の彼女の戦闘シミュレーションの成績を知ってから、ミジィはリーザにいつも注目してきた。
そもそも、リーザ自身、というかミジィ以外は誰も知らないことだが、彼女が生まれてから、誰が予想していたよりも早く成長していったのは、単に彼女が規格外だったというだけの話ではないのである。少なくとも、最初の頃にシャーリド一族が彼女を自分たちに一番都合のいいように教育するのに失敗したのは、ミジィが秘密裏に行っていた環境調整のため。
銀河フィラメント世界というのは、どこであれ、そこの住人が生きるための場を作る調整があるものだ。例えば"世界樹"は、少しずつ人工惑星などを使って、世界全体が関わる、かなり強固なサイクルを軸としている。《ヴァルキュス》は、各恒星系、恒星ごとに調整を施していて、全ての惑星を人間が住める環境にしている。もっと昔の、それこそ宇宙開拓の時代などにおいては、普通に惑星ごとに調整装置が置かれるということも多かったとされる。
ミジィは、《中枢》にいる元帥の1人でありながら、そこでの、むしろフィラメント"永遠冬"での影響力はあまり大きくない。だが、《ヴァルキュス》という国家を形成する他の2つのフィラメント、"星屑海"と"空の欠片"は、実質的に彼が管理してきた領域。彼が作ってきた彼の庭。たとえ今は独立した一族の領域においてすら、環境調整システムに、勝手に変化を少し加えることぐらいならできた。そして少しだけでも十分だった。
(ただ出て行くってどういう流れだったんだ? メイリィのやつ、黙ってたな)
ミジィはリーザと面識がなく、メイリィから伝わっている彼女に関する話も、(メイリィの方も、ミジィのことをそう考えていたからなのだろうが)何か怪しいところが多いと考えていた。
(《中枢》はどうするか? いくつかは仕方ないけど)
リーザもそうなるだろうとわかっていたように、もちろんミジィにも、国から出て行くリーザへの、軍全体としての対応がどうなるかについては簡単に予想ついた。
リーザを殺すことはできない。まず彼女を殺せるような攻撃の場合は、ほとんどその前に察知されてしまうだろうし、逃げられるだけならまだいいが、状況によっては利用されてやり返される可能性も高い。
実のところ、彼女を殺せそうな方法がまったくないわけではない。しかしいずれにしても、彼女自身が完全に失われてしまうならそれは《ヴァルキュス》、のみならずこの〈ジオ〉という宇宙にとって恐ろしい損失。失われるだけならまだいいかもしれない、万が一それが外部に流出したら、そのデータを管理できない誰かが得てしまったなら、それが一番まずい事態かもしれない。
(大丈夫なはずだ。出ていくような性格なら)
《中枢》の他の連中もそこは同じように考えたろう。リーザがその力を恐ろしい目的に使うことはまずありえないし、誰か利用できる者も外にはいない。死にたいなら帰ってくるだろうし、帰ってこない、つまりは生きる気があるなら、大丈夫だろう。《ヴァルキュス》以外で自身が死ぬことが、どんな危険を招くかも彼女はしっかりわかっているはずだから。
しかしミジィがそれでも不安だったのは、また別の可能性。
(もう賭けだな。あれが一旦どこかへ行くこと自体は多分好都合だ)
ミジィはリーザが、《中枢》が自分に関するデータを収集することを「どうでもいい」と考えていることを一番恐れていた。そして、たださっさと出ていきたいとか、怒りのためとかで、少しでも余計な情報を《中枢》側に与えてしまうことを。
ミジィからせれば当然の話だ。この時すでに、彼にとってリーザは古き者たちへの反逆計画における切り札だったから。
結局、ミジィは誰にもばれずに可能だった範囲で、リーザへの追手を止めた。結果的にそれは意味のない行動となったが。
ーー
現在。
リーザが《中枢》に入ってきたという報告を受けた時、彼はカラフルな花があちこち飛び交っているような領域で、また考え事をしていた。
(でも、さすがに思ってたより早すぎるな)
別にミジィにとって、リーザは最初から特別な子というわけではなかった。ただ彼女の方が特別だっただけだ。ずっと待っていた子供。
(実体なきもの)
それが現れたこと。そしてリーザがそれと戦ったことももう聞いている。
(ムクル、結局あなたは生きれなかったね。だけど)
ミジィは彼を直接知っていた。
(安心しなよ。多分あなたが望んでた以上に、おれたちは強くなれたから)
ミジィ自身、もともと外から来た者であったとはいえ、まだ"永遠冬"だけの時代の《ヴァルキュス》の頃から、ザードアトヴァの一族。そして彼は、ムクルだけではない、"永遠冬"よりもさらに前、銀河フィラメント"冬世界"の師たちから、全てを託された、国家《ヴァルキュス》の始まり、惑星《ヴォルカ》の民の最後の1人でもあった。




