3ー19・彼女の計画失敗(空の欠片6)
《ヴァルキュス》という国家はこの宇宙を守るための存在でもあるとは、リーザもしっかり語っていたことだ。彼女自身、この国家は他の宇宙領域の何かどころか、真の唯一の宇宙全体のどこにも本来は存在しないはずの敵ですら想定していたと認識していた。その《ヴァルキュス》の軍の最高司令官の1人であるメイリィが、唯一の宇宙において、〈ジオ〉の隣の領域である〈ワートグゥ〉のことを知っていることも、よく考えればおかしくはない。大災害からもすでにとても長い時間があったのだから、再び調べて、むしろ以前より理解が進んでいたとしても不思議ではない。
「聞かれそうに思う質問の答、先にさっさと言っておくけど、別に《ヴァルキュス》は、多元時空間転移の方法を持ってる訳じゃないわ。ただし、このジオ系の宇宙に存在してる別宇宙領域のすべての情報は、この国の者たちが集めてしまってるとは思う」
ある意味1つの謎が解けた。〈ジオ〉にとっても、周囲の3つの宇宙領域との戦いは、非常に重要な歴史であったはず。最初から完全な負け戦で、そのまま負けてしまったとはいえ、他の宇宙領域について多くを学ぶ機会でもあったろう。それに、少なくとも〈ネーデ〉とは、大災害のことを警告できるくらいには近しい存在であり続けたのだ。
そして大災害、全ての生命体の悪夢であるそれを、もしかしたら〈ジオ〉はもっとも無事に切り抜けた領域かもしれない。それなのに、最優先で残しておくべきであろう、隣の3つの宇宙領域の記録は、科学研究の世界、"世界樹"においてもかなり少なかった。
つまりそれらのあらゆる記録は、《ヴァルキュス》に集まっていたということだろう。
「あなたたち水を失った大災害よりも前。3つの宇宙領域〈ネーデ〉、〈ロキリナ〉、それに〈ワートグゥ〉との関わり。それに、おそらくは古きものたちが始めた、無謀な侵略戦争のことももう知ってるの?」
やはりしっかりと記録が残されているからだろう。メイリィは、愚かな別領域間戦争のことも知っていた。
「結局のところ、これまでのわたしたちの研究の話を全てするのがいいと思いますが」とザラ
「まあ、わたしたちが知っていることも、ここに来るまでの流れもすべてそこに含まれているわけだしね」
スブレットも同じ意見。
「だが、そんな余裕、時間まだあるのか? この船を狙ってるやつ、おそらく今このフィラメント中にいるだろう」
フラッデはまだ、メイリィ自身に対してもはっきり警戒を見せていた。
「大丈夫じゃよ、フラッデ」
今の状況というか、嘘をついてないなら、普通に味方にさえなってくれそうなメイリィに関して意外そうにはしていたものの、今やアーシェは、ミルルも含めて、疑いなど全然なくなっていたようだった。
「いくら考えてもこやつがここに直接来て、こうしてわしらと話をする理由なんて、悪いものは考えられん」
「まあそうね。何にせよ私がここにいる以上は、今あなたたちは安全な状態であると言ってもいいわ。で、話戻すけど」
メイリィとしては、そうした話は後でとも考えていたが、彼女も、別の宇宙が関連し、リーザが《ヴァルキュス》を使おうと考えるような事態がいったいどんなものか気にはなっていたから、あえて機会を先延ばしにはしなかった。
「あなたたちは何を知ったの? どんな時を想定しているの? 古きものたちみたいな雑魚じゃないんでしょう」
《ヴァルキュス》に来る時点で、リーザが対処できない存在であることは間違いないわけだが、そんなもの、この宇宙の中でかなり限られている。
ーー
ミルルも、実はメイリィすらもその居場所を知らなかったシャーリド家の長リルカは、シャーリド第一銀河《ナフルス》、シャーリド一族の領域の中心世界があるこの銀河の中に、今も普通にいた。
ただし、前にメイリィが探し当てた家星系にはもういない。管理システムの大半が停止させられた上でほったらかしなため、そこでは、停止を解除された多くの人工惑星が、互いの重力による複雑なダンスを演出してもいる。
そして今の彼女の居場所は、実はその棄てられた家からあまり離れてもいない。単純な空間曲率のコントロールにより、視覚的に閉鎖的な、やはり名もなき星系の中で、さらに二重に真っ暗闇をまとった小さめの惑星にリルカはいた。
別に孤独になるためにそこにいたのではない。単に考えごとに集中したかっただけだ。
彼女にとってリーザ・シャーリドは見事な失敗だった。《ルーケノ・ギザ》以降、もう彼女を見ることも止めたのは、諦めのためだ。せめてメイリィが、心配していたような性格だったならどれほどによかったか。
本人がどう思ってるのかもしれないが、あの優しすぎる本質と心の強さの組み合わせは、どう考えても軍人向きだ。だからこそ、メイリィやフラゴも、あれを信じる気になったのだろう。純粋に誰かを守るために戦う者にとっては、あれがよき仲間となるのは必然的だ。
だが、あれはゲームのコマとしては最悪だ。自由思想がひどい。
リルカが立ち上がった時、空間の極端な曲がりはその星系のどこにもなくなっていた。つまりはもう彼女のいた場所は、閉鎖的な真っ暗闇ではなくなっていた。
「いったいどういうこと?」
別に情報的に何もかも隔絶されていたわけではない。リルカがもう知っていたことも多い。リーザが妙な船に乗って戻ってきたこと。リーザが単身、かはわからないが、少なくともその船から離れたこと。そしていくらなんでも、普通にこちらから手を出さなければ物理的危険はないと考えられるあれに関して、異常なほどの中枢の警戒具合。
「エッグスが破られたの?」
シャーリド銀河群に近づいてきていた、今はリーザも乗っていないはずのその船に、(そもそも今、それの起動が可能なのは彼女だけなので当たり前なのだが)エッグスを使う決断をしたのはリルカだ。
別に船に対する攻撃、というつもりでもなかった。ただ中枢から、シャーリド一族にも攻撃の依頼がきていて、無視するのもどうかと思ったから、とりあえずはそれを使っただけ。
最悪船の者たちを殺してしまって、リーザの怒りを買う可能性もあったが、それよりはおそらく、エッグスでも安全だろうその特殊船から出られず、ずっと閉じ込められた状態が続く可能性が高いと思っていた。自力で破られるとは完全に予想外。
〔「どうやったのかはわからないですが。ただ、すぐ後からメイリィ元帥が船に近づいて、中に招かれたようです。その方がありえないと思いますが、彼女が離れたところから何かやったのかも」〕
明らかに通信機らしいものが近くにあるわけではない。ただし、実態としての音声が現れているところの空気は、熱が高まって少し乱れている。
「その方がありえないわね。だけどメイリィが船に入ったの、それは確かなの?」
なんだかんだで彼女は、リーザのことをかなり気にかけていたから、納得できる展開ではあるかもしれないが。
〔「間違いないですね。生体情報も明らかにわざと発してます。まるで自分だぞ、と警告しているかのように」〕
メイリィはもう、通信先の相手に言葉を返さなかった。相手も、それはそれで話が終わったと考えたのか、シャーリドの独自テクノロジーを使った量子通信を切った。さっきまで熱で歪んでいたところが急速に冷え、いくらか液体になり落下したのが、それを示している。
正確には言葉ではないが、リルカは別の通信システムで暗号文を送っていた。独自テクノロジーとはいえ物理空間影響の大きいシステムはどうしても感知されやすい。特に中枢が関わっていることに関しては、あまりそれでばかり話すのは危険と考えられる訳である。
(古き者たちが関連してる?)
リルカもミジィから、それに関する話は聞いたことがある。彼女としては別にそれ自体に大した関心はないが。
リーザの目的に関しても、実はついさっきまではどうでもいいことと考えていた。
(もしメイリィが例の船に残った奴らを助けようとしてるなら)
そもそもリルカは、エッグスを使ったところで、すぐにそれを感知したリーザが戻ってくるだろうと考えていたが、実際は戻ってこなくて、おそらく彼女が戻ってこないことを知っていたメイリィが現れた。
リーザは船から離れたのは間違いないが、船の方に対する認識を完全に遮断してまで自分の存在を隠さなければならない事態となると、もちろん目的にもよるだろうが、一番真っ先に考えられるのはやはり中枢への侵入だろう。おそらく彼女は、そこにある何かを盗むつもり。
「まあ、いいわ、それならそれで」
どこでも通信は繋がっていないし、まだ周りに誰もいない。誰も聞いてはいないが、それでも自分に対してのように、リルカはその決意を音としての声で表明した。
「わたしも、たまには遊んであげるわ。わたし自身の手で」




