3ー17・怪物可能性(空の欠片4)
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦-4416
再三の警告を無視して、メイリィの時空戦闘機は、シャーリド銀河団の第一銀河に入っていた。
たとえ軍の元帥という、《ヴァルキュス》という国家全体における、特権階級中の特権階級のようなメイリィでも、フィラメント"空の欠片"の、一族の所有する領域に、時空戦闘機を無断で持ち込むなど許されるような無礼ではない。実際、自身が生まれるよりも4416年前の、この時の訪問のために、リーザの生まれた頃でも、まだメイリィ元帥は、シャーリド家内でかなり悪い印象を持たれていた。
もっとも、メイリィが総隊長である、軍のラズラ師団に所属している者に限っては、少し事情も違っていたが。例えば、この頃からミルルなどはメイリィに仕えていたが、彼女は、第一銀河への使いやすい四次元空間路を、メイリィに教えもしている。
〔「いくらあなたでも、たったひとつの時空間戦闘機では対処できないだろう攻撃だって、わたしたちはできますよ」〕
メイリィがこれまでに聞いたことのない、知らない誰かの声の通信。
「試せばいいと言ってるでしょ。わたしも、わたしが本気で、今目的を果たせるのかは少し気になる」
しかし警告の度に、「別に、攻撃したければすればいい」と返し、実際に攻撃されることも覚悟していたが、実際にはそんな気配なかった。彼女の余裕が、逆にシャーリド側から「攻撃しよう」という気を奪ってしまったのかもしれない。
結局メイリィは、特に誰かと争いになることもなく、いくつかの目的地のうちで最も重要なものと考えていた、彼女は名前も知らない星系へと来た。
いくつか空間の中で、ある絶対的な位置に停止しているかのような人工惑星ばかりの中、(通常のそれと比べるなら)かなりゆっくりと動く、透明な膜のようなものに包まれた恒星が遠くからでも目立つ妙な星系。
名前も知らないがその領域こそ、もうずいぶん長い間、シャーリド家という一族をまとめてきた大長であるリルカの家であった。メイリィは彼女に用があったのだった。
「リルカ、もしも聞いてるなら」
船の通信機能はどれも使わず、しかしここまで来た以上、ほぼ確実に聞こえているはずだった。そもそもメイリィが、わざわざこうして、自分1人だけでやってきたのは、まさにそうしているように、直接的に彼女に話しかけるためだった。そうでもしないと、隠居状態の彼女と、あまり聞かれたくない話をするのは難しかったから。
「落ち着いて話せる場を用意してほしい」
だが、声による返事はなく、まずは周囲の時空が歪んだ。
「リルカ」
その名前の、彼女の意思かはまだわからなかったが、それが攻撃であることは間違いなかった。空間隔絶と物質変成テクノロジーを基盤とした、エッグスと呼ばれる攻撃システムの1つ。だいたい7229年後に、ミズガラクタ号を閉じ込めたのと同じ類のもの。
ただし、はなから時間稼ぎで、(船の性能的に、攻撃しても無駄だっただけとも言えるが)船を攻撃するようには機能しなかった7229年後とは違い、この時は、メイリィの時空間戦闘機に対する攻撃が大量にあった。
「いい、わたしが自分で対処する」
心配性の誰かが勝手につけたのだろう。迫りくる、普通には回避不可能なはずのいくつかの攻撃、エネルギー停止場、強制次元変換、それに、その破片群1つずつが、すでにスフィア物質に対する崩壊爆弾である特殊なpパターン物質のミサイル群。それらに対して 勝手に完全な防御重視の機能を見せようとした宇宙船システムを、メイリィは言葉による命令で止める。
停止場とミサイルは、所詮は物理的限界として、素早い次元変換テクニックには、それらのコントロールプログラム内で対処できない。普通は最初か最終のどちらかの攻撃になるだろう攻撃側の次元変換も、粒子加速法が実現できる最高速度の神経速度なら、問題が生じなくなるほどに素早く、船の適応次元数の調整で対応できる。
外では物理世界が多次元方向に歪み、船は歪みの海の波が来る度にそれにのる。三次元場の船内からその様子をまともに認識することは不可能だろうが。
もっとも実用的には、重なっている三次元球体モニターが示す、(普通はかなりデタラメにしか見えないだろう何かである)いくつもの三次元図と、数字の情報だけで十分なのだが。ただ、何も知らない者でも、線と文字の色の数が増えたり減ったりしていることが、そのまま空間次元数の変化であることは理解できる。そういうもの。
ただ、しばらくの後でも全く止む気配がないその攻撃のため、戦闘機自体が他のもの、例えばエッグスという、隔絶空間を用意しているシステムのコントロールコンピューターを破壊することは無理。
それでも、メイリィにはサーチシステムを使って、船に乗ったまま、コントロールコンピューターを見つける余裕はあった。
ミーケたちは知らなかったから、その方法で船からは探さなかったが、実のところ、エッグスというシステムはエネルギーサーチを恒久的に妨害できるものではない。正確には、その隔絶空間内での、宇宙船のあらゆるレベルでの動きを止めるための時空経路操作には、どうしても消すことのできない欠点があるのだ。
(見つけた)
手元のディスプレイに表示された、重なった2つの二次元フィールド上に示されたその位置は、つまりはpパターンが、明らかに他よりも存在していない場所。
そうそれが、おそらくはシャーリド家の一部と、メイリィくらいしか知らないことかもしれない、エッグスというシステムの弱点。スフィア物質である対象を捕らえた場合の攻撃|(追撃)手段として用意されている、大量のpパターン物質を維持するシステムが、コントロールコンピューターの周囲でのみ、どうしても働かないこと。
エッグスの隔絶空間は、後にエルミィが推測した通り、切り替え用空間を、必要範囲まで少しずつ収縮するのと平行し、仮想空間によって変化に慣れを生じさせるというような方法を用いている。原理的にこのような方法を用いて、最終的に理想の状態を実現するには、いくらかの予期せぬ効果をも妥協するしかない。なぜそうなったのかメイリィは知らないし、もしかしたらシャーリドの誰も知らないだろう。ただたしかなことは、その隔絶空間内でのpパターン物質のコントロールは、(少なくとも7229年後にミーケたちが考えたほど)実は完璧ではない訳である。
(問題は時間)
破壊する対象の場所はわかっても、それを実際に破壊する事は船にはできない。とすると自分自身の手でやるしかないが、それは可能でも、いくらか時間はどうしてもかかる。その間、船は全オートで守られてる必要がある。
(実際のところ彼女は、長い時間をかけて作られたそれの、最終世代開発者の1人であり)エッグスシステムに関して、それが完成した時点での性能ならばある程度知っていた。そして、それならばおそらく問題はなかった。問題はリルカか、でなくともシャーリドの何者かが、おそらく攻撃手段としてそれを彼女に使ってきたということ。それは、彼女の知らない何らかの改造があった可能性を思わせる。ただし原理的に言うなら、エッグスのようなシステムを改造するというのは、それだけで相当に複雑で長い過程を生むだろうから、一族外部の者には秘密のままそれを行うなんてこと、ほぼ不可能のはずではあった。
(もう一旦ひくべきかな)
しかし結局はひかないことにした。単に彼女にそうさせるための脅しにすぎない可能性も高いだろうから。
次元空間変換技術はいかなるものであれ、それを使った特殊な戦い方に精通している者相手に使うのは諸刃の剣である。変換は連続的でなければならない、それはシステムでなく宇宙構造そのものの制約のため。多次元空間での物がいかに機能するかを知っている者なら、次元数変換後の空間場を、自らに有利な場として利用できるものだ。
つまりは、メイリィは時間では1秒以下で、破壊対象のところに到達できた。
エッグスの隔絶空間が消滅した時、メイリィは、あちらでは攻撃されていた、自らの時空戦闘機のすぐ前にいた。
「ここは?」
どこかの施設の中だろうが、どこも真っ白な壁ばかり。時空間戦闘機は、太い紐らしきもので縛られている。
「あの2つめは、あなたとは一番関わりが薄いものだったはずなのに、思ってたより早かったわ」
ようやく姿を見せるや、別に気にするような様子も見せず、エッグスシステムの発動が意図的であったことを示唆した、長い銀髪の女性。
「あれが2つめ。そういえば解析要素が多かった気がするけど」
エッグスは4つあったが、メイリィが壊したのは(作られた順番的に)2つめ、そしてミーケたちは知らなかったが、後に彼らが壊したのは4つめのもの。
「でもリルカ、あなたこそ、再生産不可能な貴重な兵器を壊されたわりには、あまり動揺してないね」
「まあ、そもそもわたしにとっては、なくても困らないものだしね。わたしが長になってから今日までで20兆年くらい。今とりあえず使ってみようって気になった時までずっと使うことなかったものだよ。そしてわたしは、もう調整してないし、これからもするつもりないから、どうせあと10万年くらいの生涯よ。20兆年なかったことが、後10万年であるとは考えにくいし」
ところが、たった7229年後に、そういう事態になるなんて、さすがの彼女も想像もしていなかった訳である。
「それでメイリィちゃん、ここに何の用?」
「単刀直入に聞くわ。あなたたち、いったい何を作ろうとしてるの?」
「少しだけ適切じゃないと思うわ。きっとあなたの聞きたいことを聞くなら、こう聞いた方がいい。つまり、いったいわたしたちが何を作りたがっているのか」
まったく表には動揺を見せないが、しかしメイリィ相手に、内心は驚いていることをリルカは隠せなかった。
「言っておくけどね。多分あなたたちのためにもなるわ、わたしに話しておくことが」
半分くらいは嘘のつもりだったが、結局そうでなくなったとも言えるだろう。実際、後に、一族の誰にもコントロール出来なくなった例の彼女を、《ヴァルキュス》兵としての彼女のまま(ようするに価値を保ったまま)止めたのはメイリィだったのだから。結局のところは、それからさらに1000年とちょっとの後に、彼女は故郷を去ってしまった訳だが。
「なぜ、気づいたの?」
もったいぶっているのか、なんとかごまかそうとしているのか、はっきりと質問の答の代わりに、時間稼ぎみたいな質問を返してくるリルカ。
「外ではともかく、シャーリド星系内には、裏切り者はいないつもりだったけど」
「普通にさ、わたしを甘く見すぎてないかな。わたしは、師団の元帥である前に、何より、この世界を守ることを、沢山の先代たちに託されたわたしなんだよ。例えどんな世界だって、自分たちの中のほうだって、どこでだって、危機の可能性なら見つけてやるわ」
そう、だからこそメイリィは最初っから、それこそ出会う前からどころか、生まれる前から、リーザのことを警戒していた。結局のところそれは、心配しすぎだったことの1つにすぎなかったのかもしれないのだが。メイリィは、後にリーザが《ルーケノ・ギザ》の破壊少女となる頃には、最初ほどは危険視していなかったもののそれでも、国を弱体化させる因子になる可能性とか、まだ恐れていた。結局彼女は、それでも悲しいほどに兵士だったわけだけれど。
「それで、あらためて、いえ、もうこれ一度しか聞かないと考えておいて。あなたたちは何を作ろうとしているの? わたしは、このシャーリド星系で、直近1000億年くらいの極秘裏の計画を実はすべて知ってるの。だけど今重要だと思ってるのは、少なくとも1000万年前には始まってた、かなり狭いパターンの中での何者かの育成実験。あなたたちがどういう可能性を、あるパターンの中に見つけたのかまでは知らないけど、1000万年の時間でも、まだ求める結果が得られていなくて、でもあきらめないで実験を続けてるって言うなら、必然的に考えられる可能性は少なくなる」
「それならもう、予想はついてるでしょう。わたしたちは怪物の可能性を見つけたの」
そうだった。当の本人であるリーザも知ることのなかったことだが、彼女の異常な性能はある程度計算ずくのものだった。ある程度は……
「だけどそこまではもっと以前にも何度もあったんだけど、今回はその先に進めそうだった。あなたたちはこっちの方が驚きなんじゃない。わたしは、シャーリド家がその子のための領域を密かにここに用意し始めたことを知ってる。だからこそわたしは、ここに来る気になったの。わたしはそれを作ろうとしてるあなたたちよりも、それを作る危険性をちゃんとわかってるつもりだから。場合によってはあなたたちを止めに来たの」
「ねえ、あなたそこまでわかってるなら、なんでわざわざわたしに確かめに来たの? バカにしてる?」
言葉だけならただ少しばかり拗ねてるだけみたいだが、わりと本気の怒りを垣間見せていもいたリルカ。
「別の答を聞くためよ。それによっては、わたしはあなたたちの邪魔をしないと約束する。だから1つだけ、質問に答えてほしい」
「いいわ、何?」
それは質問というよりも、簡単な要求だった。
「その子がもし、自分からシャーリドを離れたなら、わたしがその子に手を伸ばす邪魔をしないで」
そしてリルカは、その要求を呑んだ。
だから、《ルーケノ・ギザ》で好き勝手したリーザを軍に入れようとした時、シャーリドからの邪魔もなく、メイリィは実はリーザに自由な未来を与えてやっていた。つもりすらあった。
ーー
現代。
(ミズガラクタ号)
リーザが持ってきた特別な船。おそらくは、それが仲間を守ってくれるとも考えていたのだろう。
メイリィの時空間戦闘機は、もうすでに窓から視覚的にそれを捉えられるほどに、それに近づいていた。
細い情報経路を構築して、古代からの方法である情報媒介粒子を用いた通信波を、その船に送る。
音声によるメッセージ。
「ミルル。そこにいる? アーシェ、ミシェリも。それとリーザの"世界樹"のお友達」
信頼されているかどうかというのはあまり問題ではない。どのみち向こうがどういう反応をしてきても、自分なら簡単に対応できるだろう。あの生意気な小娘がいないなら、そういうものだ。
「わたしは、メイリィ」




