3ー13・とてもとても長い時間がこれまでにあった
生命体はどこにでも生まれた。それだけの長い時間がこれまでにすでにあった。ミーケの記憶に新たに見つかったその情報に、アミアルンはすぐに注目した。
〔「その、アルヘン生物のメリセデルは、本当にそう言ってたの?」〕
「それは間違いないと思う。もしかしたら、常識だったかも」
〈アルヘン〉では、と続けかけたミーケだが、なんとなくそこまでは言わない。
〔「何か気になることが?」〕
アミアルンの考えていることは、共有したのか、共有していたのかケイシャもエルディクもわかっているようだったが、ロキリナ生物であるタキムは違っていた。
「あなたたちの〈アルヘン〉に関する記録の中に、何か妙なこととか?」
タキム同様に、ネーデ生物らの考えは読めないが、そう推測したメリシア。
〔「気になることはある。〈アルヘン〉の者たちがネーデ生物に接触してきた時」〕
その時の記録を保存し、受け継ぎ続けてきたキスト族であるケイシャだが、実質的に伝わっている〈アルヘン〉に関して知っていることは、アミアルンやエルディクもそう変わらないだろう。言葉に詰まったようなクジラに変わり、説明をしたのはヒトのアミアルンでもなく、イカのエルディクだった。
〔「〈アルヘン〉から教えてもらった、この宇宙全体に適用できるだろういくつかの法則がある。その内の1つがルトミの法則というものだ」〕
それは、隣り合う領域同士のそれぞれの知的生物群は、一定以上の連続性を示すという法則。実際〈ジオ〉、〈ワートグゥ〉、〈ロキリナ〉、そして〈ネーデ〉というくっつきあってる(?)ような4つの領域の生物群は、関係ないと断定しにくいくらいには似ている部分が多い。
〔「そして〈アルヘン〉の使者たちは、自分たちが領域間を移動する方法は、跳躍ではないと言っていた」〕
つまり、アルヘン生物たちは、ある領域から隣の領域、さらにその隣の領域というような、移動によって〈ネーデ〉に来た。
〔「ネーデ生物の間では、ネーデは本当の意味で孤立していた世界というのが通説だった。なぜなら、アルヘン生物が、我々の生物模式にいくらか驚いていた、という記録があるからだ」〕
「確かに、ルトミの法則なんてものがあるなら」
一旦、メリシアがまた口を挟んだ。
「彼ら(?)ならわかっていたはずね。〈ネーデ〉の生物がどのような生物なのか。それに驚くというのは奇妙ね」
〔「だがもし、この宇宙のどこにでも生命体がいるなら、わたしたちの推測は間違っていたということになる。もっともルトミの法則が定義している、隣の宇宙領域というのが、どのようなものなのかもわたしたちは知らないわけだが。実は生命体の存在しているカオス領域を隣と言えるのか。あるいはそのようなものは領域とは言えないもので、隣りあっているのは、カオスを挟んだまた別の生物領域なのか。どちらにしても、どこにでも、あるいはどこの領域にでも生物がいるという話が真実なら、奇妙になってくるが」〕
「でも、アルヘン生物があなたたちのとこに来たのは」
ミーケにはもう、いくらか自分もそちらの生物なのだというような自覚もある。しかし話をする時に、それをアルヘン生物とか、 そういうふうに表現しようという気にはなれなかった。
「それこそ、まだ〈ワートグゥ〉や〈ロキリナ〉も、とても普通の領域とは言えなかったくらいで、それに〈ジオ〉もリリエンデラという何かのものだった頃。とにかくとてもとても昔のことなんでしょ」
もちろんそれは大災害と呼ばれる時よりもはるか昔のこと。実際のところ、その後に存在した全てのネーデ生物、ワートグゥ生物、ロキリナ生物、ジオ生物の誰も、正確なことなど知れたこともないだろう昔のこと。
「おれが、メリセデルというアルヘン生物から、そういうこと、この宇宙ではこれまでに時間がありすぎて、もうどこにでも生命がいる、みたいな話を聞いたことは確かと思う。だけどそれは、大災害よりもさらに後のことだと思うよ。まあ正直その点については、なんかはっきりしないんだけど」
「時間的スケールの勘違いでしょうか」ということを確かめているのか、手元に球体のモニターを表示させて、そこに真っ黒な煙みたいなのが、所々濃くなったり薄くなったりするようなシュミレーション映像を表示させるザラ。
〔「そうだと思う。確かに我々ネーデ生物にとっても、アルヘン生物との接触はとても昔の話だ。だが、例え想定可能な最小の唯一の宇宙であるとしても、この宇宙全体でのスケールで考えると、それもたいした時間ではなくなる」〕
だが、そう説明するケイシャ自身、ザラのシミュレーション結果が気になるようで、彼女の方を向く。
「10の10乗の465乗クリエイター単位」
〔「10の10乗の16乗ヴォイドサイクル」〕
ザラと同じく、シュミレーションでそれを確かめていて、そしてほぼ同時に結果が出たために、ザラの声と重なったタキムの声。
「何の単位ですか?」
〔「何の単位なの?」〕
その互いへの問いも同時であった。
つまりは、宇宙全体の大きさが考えられる最小であった場合、さらに生命体の条件を考えられる最大に緩くした場合での、生命体が宇宙を埋め尽くすまでの(ようするに宇宙のどこにでも生命体が発生するようになるだろうシナリオの中で、最も早いパターンでの)時間。
ザラはそれを、クリエイター単位というもので10の10乗の465乗。タキムはヴォイドサイクルというので10の10乗の16乗と算出したのだ。
そしてどちらにしても、例えばジオ時間のような一般的単位では、それこそ宇宙を埋め尽くすような桁数になるだろう、長い時間。
また、クリエイター単位は、外部から隔絶された(現在の〈ジオ〉における)平均的質量の銀河フィラメントが構築開始してから、1つのフィラメントとしては崩壊するまでを1とした時間の単位。ヴォイドサイクルは、ロキリナ生物が専用に用意した、通常は虚無な空間中で、意図的なコントロールを加えた時に、ありえる物質パターンが全て繰り返される最小時間。と、ザラとタキムはそれぞれ説明した。
「そもそも、十分に時間長い時間さえあれば生命体が埋め尽くすことができるとするなら、やっぱりこの宇宙は有限ってことになる。アルヘン生物と、あともしかしたら神々と《虚無を歩く者》だけなのかな。4つの領域に来たことがあるのは」
エルミィがだした新たな疑問。
「物理的可能性から考えると、ある2つの宇宙領域を見てみた時、片方に知的生物が生まれたとして、おそらくその生物が隣の領域に行けるようなテクノロジーを獲得する確率は、もう一方の宇宙領域にまた偶然、知的生物が誕生するような確率よりもかなり高いわ」
そのことについて以前に考えたことがあるのか、別に何かを確認したりもせず、かなり自信を持って彼女は続ける。
「私は、領域を超えることができる神々のような存在が、ある領域を除く他の領域の知的生物の発展を促した、管理者仮設というものは、かなり妥当な推測だと思ってる。だけど、〈アルヘン〉や、今のわたしたちのように、知的生物がテクノロジーで領域を超えることも 可能なことは間違いない。〈アルヘン〉は、前にここで〈ワートグゥ〉と〈ロキリナ〉に知的生物の領域を与えたみたいだけど、これまでに存在したどんな知的生物も、それと同じように神々の真似事をしたなんて、わたしには考えにくいわ」
〔「だけどここはカオスによって閉ざされてる」〕とタキム。
「ミズガラクタ号なら越えられると思う。あれは今の、いえ、4つの領域の生物にとっては驚くべきロストテクノロジー(?)だけど、とても長い時間の宇宙全体では、それほど珍しいものでないかもしれない」
「いや、珍しいことかもだよ、エルミィ。ミラさんは」
そして、言葉の続きを任せようとするように、ザラの方を見たミーケ。
「母は」
ザラ自身、またもその事実に驚かされていた。
「母は、あの船がとても重要だと考えていました」
〔「だけど、きみの母さんは、ネーデ生物のことだって知らなかったろう。確かにとても特別な才能を持っていたのかもしれないけど、だけど知りえた情報がいくらなんでも」〕
「いえ、母は」
アミアルンの言葉を続けさせず、ザラは今、自分の中で渦巻いている驚くべき答と、その根拠の説明を続けた。
「母はあなたたちのことを知っていたはずです。別宇宙のシミュレーションを利用する時、いつでも設定していたのは、わたしたちの領域の方で知ることが出来た限りのあなたたちの領域、つまり〈ネーデ〉でした。おそらく隣の宇宙だとわかっていたんです」
ミラは、誰がなんと言おうと、確かに"世界樹"の研究者だった。エクエスがそれを覚えていたように、(もちろん大災害の前のことであるが)〈ネーデ〉に関する情報ならあったろう。それにおそらく、宇宙がもしもすでに生命体で容量いっぱいだと言うなら、これまでに少なくともどれくらいの長い時間があったのか推測すること、想像することくらいは彼女にもできたろう。
「多分、必要になります。わたしたちの、この4つの領域以外の宇宙領域の情報。おそらくアルヘン生物が理解していたこと。理解してきたこと。多分だけど、お母さんが想像していたこと」
そこまで言ったザラの口元は緩んでいた。そしてとても、誇らしげだった。
〔「カオスの向こうか」〕
〔「いえ、単に別の生命世界へ、かも」〕
近い距離でのネーデ生物同士としては珍しいことだ。ケイシャとアミアルンで表現が大きく変わる。
「ただ、ミズガラクタ号でカオス領域を超えるのはいいとして、それほどに広い領域だと言うなら、問題は方向ね。目指す方向。まさしくこれまで話していたようなスケールを想定するなら、必要な情報を適当に探すにはこの宇宙はあまりにも広すぎるし、わたしたちの時間は短すぎると思う」
「やっぱりそれが問題だよね」
メリシアに続いてミーケもそう言った。
「正直、勘違いしてた時間的スケールが正しかったっていう方がよかったかも」
「いや、そういうことなら、《虚無を歩く者》が使った経路を参考にするのはどうかな。ちょっと前に〈ジオ〉に来た時のはあやしいけど、〈ロキリナ〉にあるっていう古い経路の方なら、それを逆にたどってけば、もしかしたら何か手がかりに行き着くんじゃない? 《虚無を歩く者》自体のことや、大災害のこと、神々や〈アルヘン〉のこととかに関して」
右手の指を口元に当て、左手にはザラがもう消していたのと同じような球体モニターを表示し、さっさと自分の推測の妥当性を確かめていた様子のエルミィ。
〔「だけどその記録は大災害前のものだから、今の宇宙モデルでそれを使うには、相当な量の実質部分変換が必要と思うよ。なのに、実体なきもの自体に関しては、わからないこと多すぎるし」〕
少し落ち込んでいるような感じだったタキムだが、それが申し訳なさのためか、普通に自分自身ががっかりしたからなのかは、同じく感情が表に出やすいジオ族側の者たちにもわかりにくい。
「まずどこまで追えるかが」
しかしそこではたと気づいたようだったザラ。
「待ってくださいよ。確か《ヴァルキュス》は、実体なき者との戦いも想定してた、とリーザは言ってましたよね」
「だった。それとの戦闘シュミレーションもあるって言ってた。それに、実際に《虚無を歩く者》とだってリーザは戦ったし」とミーケもちょっと興奮を見せる。
〔「緑液系。ガラクタ船、"世界樹"、《ヴァルキュス》。それにリーザと、ミラ。ジオ族には昔っから驚かされっぱなしだが、今回はまさに桁違いだ」〕
そんなふうにタキムは言った。




