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3ー12・進化なき遺伝子生物。カオスの領域

 リーザがアーシェらの方へミズガラクタ号を向かわせ、そして会っていた時。

 ミズガラクタ号の船員ではあるが、持ちうるどのような能力も《ヴァルキュス》においてはあまり役に立たないだろう、いわば戦力外である4人、ミーケ、ザラ、エルミィ、メリシアは、(退屈していたのもあり)船内の1室で、別領域間通信機である聖遺物"ユッカのアンテナ"で、ネーデのアミアルンらと連絡をとっていた。

 部屋には4人の他、三次元映像として投影された、スケールをミーケらと同じくらいに調整しているネーデ生物であるクジラみたいなキスト族のケイシャと、イカみたいなケロウ族のエルディク、それにもともとがほぼヒトの姿であるキルル族のアミアルンがいた。


〔「わたしも、きみらの波動域(はどういき)、言語パターンはもう把握したから、前のようにシュミレーションでなくて大丈夫だ」〕

 口らしきものは確認できるが、それが動いたようには見えないから、実際に声がどこから出ているかミーケたちにはわからないが、まずエルディクが言った。

 ネーデ生物は、種族ごとに共有される巨大な脳に、物理的知識を簡単にインストールできるから、覚えがかなり早い。


〔「ジオ系の言語なら知ってる」〕

 ミーケたちの知らない声とともに、その場に新たに加わった、絡み合うケーブルで繋がれたいくつかの鉄のタルみたいな生物(?)

〔「わたしも話に参加させてくれないか。緑液系のジオ生物、今のあなたたちの話を聞きたい。ぼくはタキム、それはきみたちに名乗る名前として持ってるものだけど、とにかくそれが名前なのだと解釈してほしい」〕

「ロキリナ生物ね」

 あまり驚く様子も見せなかったメリシア。

〔「だが驚きだ、どうやってここに」〕

 〈ジオ〉に用意された通信システムに入ってきたことか、姿を映像として見せれるほどの情報量を送ってこれたことか。何にせよ、そのタキムと名乗ったロキリナ生物の登場は、ネーデのケイシャにも意外なことのようだった。

〔「ケイシャ、通信装置の再現性に関して嘘をついていたことは謝る。防衛上、警戒のためだったんだ。ぼくたちはジオ生物の緑液系にについて、おそらくきみら〈ネーデ〉より理解が浅い。しかし、遺伝生物としてのジオ系については、きみらより知ってるつもりだったから」〕

 ネーデ側から、大災害の時を乗り越えるため、自分たちを永久的な機械生物に変えたロキリナ生物は、本来は、〈ジオ〉や〈ワートグゥ〉のものとは違うが、遺伝子戦略か、少なくともそれに近いと言えるような生存戦略の生物であったという話は、ミーケたちもすでに聞いていた。

「結局内輪揉めしてる〈ジオ(わたしたち)〉の現状を考えると、その判断大正解かもね」とやや自虐気味なエルミィ。

「そちらの方で何か問題が?」

 『フローデル』の件に関してはまだ聞いていなかったらしいタキム。

「タキム、あなたたちは多分、彼女らの水の研究の件も知らんだろう」

「おそらく知らないね。〈アルヘン〉か〈エルレード〉に関係してる話なの?」

 その2つの特別な文明のことは、状況的に、水と呼ばれる物質をこの宇宙において不安定にしてしまったのがそれらのどちらかだろうことも含めて、タキムも知っていた。

「できるだけ全部説明します」


 そして、ザラの説明が終わってからも、話題はいくらでもあった。

 まずは〈ロキリナ〉のこと。大災害以前のロキリナ生物は、残っているわずかな記録によると、本来はジオ生物やワートグゥ生物と同じく遺伝子生物だった。

 遺伝子生物は生物構造の情報をまとめた物理的因子、すなわち遺伝子を、変化と増殖をしていく身体、いわば遺伝子の入れ物から入れ物へと受け継がせてゆく生存戦略をとる。ただ、ロキリナ生物がジオやワートグゥの生物と決定的に違っているのが、ジオ、ワートグゥでは システムの要とも言える現象、いわゆる進化を利用しないこと。 正確には「進化を捨てる」という進化がどこかであったのだろうとされている。

 進化を捨てる進化には一般的に4パターンがあるとされるが、〈ロキリナ〉で起こったことがあるはずのそれは、おそらく固定化(こていか)と呼ばれるもの。

 そもそも進化というのは、変わりゆく生息世界のその時々の環境に、よく適応した構造の遺伝情報が後世に残りやすいために、結果的には適応度の高い(遺伝的に区別される)種が環境に多くなり、その生物系自体を安定して存続させていくというもの。しかしロキリナ生物が系全体で共有する遺伝子という要素は、それが正常に機能している限り、構造体が置かれる環境から隔絶されていて、その所有情報は不変なのである。

 固定化は理論的には、進化が必要なくなった生物がもっとも環境に適応した時に起こる。ロキリナ生物の場合は、構造の変化自由度がかなり大きく、環境への適応が生きている各個体の意思で行われるようになった。だがロキリナ生物のその進化に関してはやはり謎も残る。理論的に可能としても、固定化自体のメリットがそれほど大きいようには見えないからだ。実際に、現在の緑液系のジオ生物は、かつてのロキリナ生物以上の構造変化自由度を有している可能性があるが、進化現象は重要性を保ち続けている。


「構成粒子加速法を誰でも使えるわけではないという現実が、鍵かもしれないわね。もっとも緑液系は生理学的範囲で考えるよりもテクノロジーとして捉えた方が好都合なこと多いから、ロキリナ系モデルと、今のジオ系が、どの程度重ねて考えれるかは、それ自体かなり疑問もあるけど」

 社会学者としてのメリシアの意見。

「わりと納得できるよ。ロキリナ生物(ぼくら)は、元々からして、自分たちときみたちジオ生物との重要な違いの1つは、テクノロジーの扱い方、関わりという通説を持ってるから」

 メリシアの考えがかなり興味深いことらしいタキムは、実質的には完全なロボットだというのに、ミーケたちジオ側からすると、ネーデ生物よりも感情豊かな印象すらあった。

「でもさ、まず、少なくとも今のジオ生物の緑液システムを、生物内構造要素として定義しないモデルは、おれの知識的には違和感あるけど。普通にかなり」と、社会学に関してはほとんど素人だが、生物学に関してはその場の中でも深い知識を持っている方だろうミーケがすぐに言う。

「わたしも同意見ですね」

 即座に同意するザラ。

「でも、どうだろ。素粒子構成物の観点からみた場合の緑液はかなり特殊だから」

 ミーケやザラより、物理よりの考え方をしがちなエルミィはわりと慎重。


「なんか、こういうの久しぶりだよ、遺伝子生物が音声距離でする議論」

 いつの間にかその場に座って丸くなり、まるで何かのショーでも楽しんでいる観客かのようになっていたアミアルン。

「まあ、我々にはちょっと、ついていけないな」

 続いてケイシャもそんなふうに言う。

 実のところ対面しての議論というのは、情報の共有に優れるネーデ生物からすると、特異とすら言えるような現象。


「そもそもが進化だったのかな。固定化理論はおれも知ってたけど、正直、今実際にロキリナ族のこと聞くまで、奇妙なこと多いし、間違いがあると思ってたんだ」

 その理論のことを学んだ本も、ついでにその場に表示したミーケ。

「ぼくら自身が、そこは不思議に思ってるところさ。だけど他の可能性が今はないからね。結局一番まともな答は進化(それ)になる」

 タキムは、〈ロキリナ〉では見ない感じなのか、表示された本そのものに関心があるかのように、手元に表示させ、様々な角度から見ながら、また自分の意見を述べる。


 いずれにしろ、厳密にはロキリナ生物も進化生物とされる場合もあろう。しかし、少なくとも〈ジオ〉の"世界樹"における一般的な基準では、遺伝が関係していない構造変化は進化と呼ばれない。

 そして、おそらくはその性質のため、もともとロキリナ生物には、高いレベルでの機械化生命(サイボーグ)が多かった。大災害の時に生身を完全に捨てる選択を取ったのは、自然な流れだったのだろうとは、今のミーケたちにも簡単に推測できた。


 その大災害については、タキムも、〈ネーデ〉のケイシャたちと同じくらいのことしか知らなかったが、《虚無を歩く者》については、またミーケたちの知らない重要な話を教えてくれた。


「実体なきものなら」

 タキムは、それと実際に出会った時のリーザと同じように、《虚無を歩く者》を「実体なきもの」と表現した。

「それが何者かはわからないが、昔に〈ロキリナ〉に現れた、正確にはここを通った記録がある」

 それは非常に重要な手がかりと言えたろう。非常に珍しいことと考えられたために、大災害後に残す記録として選ばれてもいた。大災害よりも前に、おそらくは《虚無を歩く者》である実体なき何かが、〈ロキリナ〉を通る経路を使って、どこかへ向かっていた。

「もしそれが《虚無を歩く者》なら、おそらくは〈ジオ〉だろう、それが現れたのは」

 ケイシャはそして、アミアルンを見て、アミアルンはエルディクを見た。

「〈ワートグゥ〉にも〈ネーデ〉にも記録はない。少し前、〈ジオ〉に現れた時の〈ワートグゥ〉の経路の痕跡からして、大災害前の我々なら、気づかなかったとは思えない」とエルディク。

「でもわたしたちのとこにも記録ない、のは驚くことでもないか」とは言うものの、あまり自信はなさそうなエルミィ。

「あとでエクエスに確認とった方がよさそうですね」とザラ。

「でも、確かにわたしたちの記録に残っていないのは不思議ではないわ。4つの領域の中では、特に『フローデル』前後を除けば、他の領域への関心はあまり高くなかったと思われるし」

 そのことを示す、ザラと2人で用意したシミュレーションを手元で部分的に確認しながらのメリシア。

「大災害よりも前か」

 まだアルヘン生物と言えた頃のミーケが〈ジオ〉に来た時も、大災害前だったろうか。思い出そうとするが、思い出せなかったミーケ。


 さらに話題は、4つの領域以外の領域の話へと移っていった。

「ところで、4つの領域が隣同士にあるのはいいとして、それ以外の宇宙領域については、向こうからやってきたという〈アルヘン〉と、その方たちが教えてくれた〈エルレード〉以外に、どのようなものが知られているのですか?」

 別に避けていたとかではないが、意外にここまで聞く機会のなかったその質問を発したのはメリシアだった。

「実は、わからないんだよ」

 しかしそう答えながらも、一応だろう、タキムの方を見るケイシャ。

「ぼくらも、それについても同じだよ。今でもね」

 タキムもすぐそう言った。

「わからないって、それは、ガチでですか?」

 聞いたザラだけでなく、今やジオ組の全員が驚いていた。

「まあ、わからないんだよ。この4つの領域外の宇宙がどうなってるのかは、昔からずっと謎のことなんだ」

 アミアルンはさらに、そのまま続けて、4つの領域外に関して、自分が知ってることを説明した。


 確かなことは、〈ジオ〉、〈ネーデ〉、〈ロキリナ〉、〈ワートグゥ〉の4つの領域が隣り合っていること。そしてその全ての空間的範囲を集めたよりも広い混沌(カオス)の領域が、その周囲に広がっているということ。


「カオスの領域」

 その概念にとても注目したようであるエルミィ。

「正確には、我々が確認することのできる、いかなるスケールでも、秩序というものが確認されたことがないような領域というのが正しい表現なのかもしれないが」とケイシャ。

「生物のいない世界」

 ミーケも、何か思うところがあるようだった。


 物理的な秩序がその系全体で完全に崩壊しているような領域、カオス領域に関する理論は、"世界樹"でもいくつも研究されている。そしてどのような理論の話においても共通している帰結の1つが、そこに生命体が発生することが不可能であるということ。仮に想像を絶するわずかな確率の偶然が生命体を発生させたとしても、その存在がまともに考えれるくらいの時間、維持されることなどないような世界。カオス領域とはそういうものだ。

 だがミーケは、あらためて今考えてみたそのような帰結に違和感を感じていた。生命体のいない世界、そんなものがこの宇宙にあるのだろうか。そんなこと。もしそんな世界があるとするなら、何かがおかしい。何がおかしいかはわからないが、とにかくそんな感覚があった。


「そう、生物が誕生することない状態の領域とされてる。ただし、4つの領域の誰かが、それを越えた先に行けたという話はまったくない。だから、本当はそれが領域といえるようなものなのかどうかも実ははっきりしない」

 そしてケイシャが言葉を止めると、またアミアルンが説明する。


 何度も何度も調査船が送られたことならあるが、そこを越えた記録を持って帰ってこれた船は1つもなかった。もちろん宇宙が4つの領域以外、ただひたすら混沌というものでないことだけは確かだ。しかし〈アルヘン〉が〈ネーデ〉にもたらした情報が無かったのなら……


「おれたちは、今に至るまで本気で考えていてもおかしくはなかったと思う。つまりこの4つの領域以外が全てカオスと」

「違う」

 その否定の言葉を放った自分が、一瞬誰かわからなくなってしまった。そんな気もしていたミーケ。

「あるはずがない。そんな世界なんて」

「ミーケ?」

「ミーケくん?」

 エルミィとメリシア、母娘の声が重なる。

「そう言ってた気がする」


(「生命体はどこにでも生まれた。それだけの長い時間がこれまでにすでにあったから」

「理解できるかどうかは重要じゃない。存在してるかどうかだ」

「アルヘン生物も特別じゃない。ある生物を特別だなんて言えないさ。あえて言うなら、どの生物もある特別な環境で特別に存在している生物だ」)


「メリセデルが」

「彼(?)のこと、思い出したんですか?」

 とりあえずザラが聞く。

「思い出した、とは言い難いだろうけど、けどあいつは、多分科学者で、教師だった。 おれはその生徒のひとりで、いろいろ教えてもらった。多分だけど。でも」

 いったいそれがいつのことなのか、どこでのことだったのかも、ミーケは思い出せはしなかった。

「多分、特別じゃないとも言ってた、アルヘン生物も、どの生物も」

 しかしこの話、ある生物の特別性に関しては、何かをまだ見落としてるような気もしていた。


 そう、メリセデルは、生物が特別ではないと言った。だが彼(?)は、他に何か、何か特別なものを定義していたはずだった。神々か《虚無を歩く者》かもしれない。生物とは違う何か……

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