3ー11・リーザ・シャーリドの物語(3)
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦815。
フィラメント"空の欠片"の、孤立星系の1つである《ルーケノ・ギザ》は、元はシャーリド家が所有していたものだが、リーザはすっかり自分のものにしていた。
とても小さく、普通なら中性子星であるはずのところをただの岩石状で維持されているかなり特殊な恒星を中心とし、9つある各惑星について、それらを照らすためかのような、部分的に光を発する、飛び出した針でくっつきあった複数の時計のような見た目の巨大機械が目立つものの、外部からはかなり暗めな星系。
その《ルーケノ・ギザ》の最も巨大な第二惑星《ギザガザ》にリーザが住むようになってから4年くらい。星系は《ヴァルキュス》という軍事大国の中にあって、勝手に独立したみたいな領域であったが、最初の方はまさしく平穏があった。
主に物資調達のために、リーザは星系外にいることも多かったが、内部にいる時は、ミシェリと一緒にいることも多かった。だいたいミシェリは《ギザガザ》に設けられた自身の屋敷にいて、リーザはよく訪ねていた。
「"世界樹"?」
「うん、かなり古いものだけどね。最近そこの人が書いた本も読めたんだよ」
その本らしきものを実体化もするミシェリ。どうも分子の操作技術に関する理論がテーマの本らしかった。
「そういえば昔もよく話してたっけ」
《アルミネ》学園にいた頃だ。何度聞かされたかわからない。とにかくその話題となると、ミシェリはお喋りが止まらなくなる。
そして今また、力ずくで何もかも自由になれたリーザに、ミシェリはその憧れの世界のことを伝えたのだった。
「でもフィラメント規模で、ひたすらに科学的研究、知識の探求、それに全てに知識の共有なんて、正直今のわたしには想像つかないや。特に共有に関しては危険はないのかな、それでそんなに安定できるもの?」
「それが"世界樹"なんだよ。それで安定できる。この宇宙で一番の科学者たちの世界だから。わたしはきっと、その知識欲の共有のために争いなんかが起きないんだと思ってる。何よりもさっさと理解するために争ってる場合なんかじゃないって、みんなが思ってるからとか」
「まあ、わたしには、縁がなさそうな世界だよ」
ミシェリも完全に憧れからくる思い込みだけで語っていた訳だが、だいたいは当たってもいる、リーザにはあまりにも遠いと思えた世界観。
しかし、この頃には本気で興味も持った。
ーー
リーザは"世界樹"について、《ルーケノ・ギザ》に人工惑星ごと移住していたアーシェにも聞いた。
「"世界樹"? もちろん知っておるよ。というか、この宇宙で科学者を名乗る者で、その名を知らない者なぞいないんじゃないかのう」
むしろアーシェは、ミシェリよりも詳しそうだった。彼女はリーザに、"世界樹"というのが、実際は1つでなく、科学研究のためという最大の目的だけを共有する小国家群のフィラメントであること。《ヴァルキュス》を中心とした三次元宇宙地図の中で示されるそれの位置など、いくつか具体的なことを教えてくれた。そしてこの時にもらった情報を頼りに、後に国を出た彼女は、その、縁がないと思っていた科学者たちの世界を目指すことになったのだった。
ーー
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦1139。
もはや《ルーケノ・ギザ》を潰す事は不可能で、(もちろんリーザにそんな気は微塵もなかったが)このまま勢力を高められて本当の独立国にでもなられたら面倒なので、リーザの暦のちょうど1000年くらいの頃からは、軍の対応も、処分から説得へと変わっていった。そして1139年の時に、ようやく彼女に軍に戻ることを納得させたのは、軍のラズラ師団のメイリィ元帥だった。
話し合いの場は、メイリィの持ってきた宇宙船の1室。珍しい、魚が泳ぐ人工水のエリアが隣にあった。
「この宇宙船、マリツキの?」
外観から予想はついていたことだが、人工水域の魚を見て確信するリーザ。ミシェリに何度か見せてもらったことがある、この宇宙で通常は安定しない物質、いわゆるpパターン物質の研究に使うという宇宙船。
「何はともかく、あなたの信頼を得たかったから。わたしにあなたと戦う意思がないこともわかったでしょう」
何を言わずともそのことをはっきり示すために、そのような、リーザが知っていて、かつ全く戦闘能力のない船でメイリィはやってきたのだった。
「それじゃ、あなたは説得係として来たの? メイリィさん」
「まあそういうことよ。わたしもただ報告聞いただけじゃなく、自分でもいくらか調べもしてね。それで、この場にはさっさとわたし自身が来た方がいいって判断したわけよ。あなたにそんな面があるかはわからないけど、光栄に思いなさいよ」
「まあ、そういうふうに考えるのはちょっと無理があるかも。だってわたしの記憶にある限り、あなたはいつもわたしのこと殺そうとしてたし」
リーザがメイリィと会ったのはこの時が3度目だが、以前の2度はどちらも、じっくりと話せるような状況ではなかったから、2人のちゃんとした会話は、この時がおそらく初めて。
「今でも殺せるなら殺したいわよ。そもそもわたしはあなたのこと嫌いだし」
「ならなんで説得役に? 話だけなら他の人をよこしてもよかったと思うけど」
「そうそういうところ、あなたのそういうところも大嫌い。妙に嘘が上手いところ」
しかし、メイリィにはバレバレでもあった。
「わたしが自分で来た理由、あなたはもうわかってるんでしょ。ええ、もっと喜びなさいよ。あなたの勝ち、わたしたちの負けてことよ。よかったわねえ、リーザちゃん」
(こんな性格だったんだ、この人)
実年齢的には自分よりかなり年上のはずだが、はるか年下の自分から見てもかなり子供っぽい性格に思える元帥に、さすがに面食らうリーザ。
「で、真面目な話、わたしが来たのはあなたの要求を呑むためなんだけど」
その切り替えぶりも、ある意味大したものだった。
そして元帥である彼女自らが来たのは、リーザのどんな要求もなるべく拒否しないためだ。例えば、なるべく軍の他の者には言いたくないような条件とかでも。
「と言っても、あなただって言うまでもなくだいたいわかってるでしょ。わたしの望みぐらい」
そう大したものではない。(例えばミシェリをマリツキ研究所に戻すなど)友人たちへの特別待遇や、一部は一族との縁切りのための協力。それにリーザは、軍内では特に友達の多かったトルクト部隊への入隊も条件とした。
そうしてリーザは、また軍に戻ったのだった。トルクトの副隊長となったのは、それからほんの9年後のこと。
ーー
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦2530。
(「あなたの勝ち、わたしたちの負けてことよ」)
実のところ、メイリィのそんな言葉は皮肉にさえ思えた。
例え自由でいたとしても、監視されてようとされてまいと、軍にいようがいまいが、結局は同じことのように思えた。《ヴァルキュス》にいる限りは……
《ヴァルキュス》の軍人としての自分、武器としての自分。そしてシャーリド一族から離れられない自分。
とても気に入らないことだった。シャーリドの者が、リーザの強さを利用することを、自分ではどうにもできなかったこと。結局、彼女も自分のことを子供みたいと思った。国家を守るためならいい、宇宙を守るためでもいい、いくらでも喜んで自分は武器になる。だけど、平和の時の権力争いで自分が利用されるのだけはどうしても嫌だった。
後になって思えば、"世界樹"の話を聞かされていたからかもしれない。戦いではなく平和な時なら、ただ友達同士が何の気兼ねもなく楽しみを分かち合えるような、そんな世界への憧れが強くなっていた。
もちろん本気で嫌なことがあれば、力ずくでどうにかすることはできただろうが、そういうことばかりいつまでも繰り返してばかりでは、結局は解決していないのと同じとも思えた。
「ここにいる限り、わたしはあいつらに利用され続けるのね」
「なら出て行けばよいのではないか。おまえさんがその気なら、誰も止められんじゃろう」
つい呟いてしまった弱気な言葉に、返されてきた、実にあっさりとしたアーシェの解決案。
「でも、でもわたしだけ」
そう、《ヴァルキュス》を出ることを考えたことがなかったわけではない。しかしどうしても迷いがあった。《ヴァルキュス》外には他の者は連れて行けないからだ。《ヴァルキュス》を出るというなら、それは逃亡兵となることを意味しているが、その場合にどうしても強力な装備とかは持っていけない。単にそれが持ち出しにくいというだけでなく、武器など持っていくべきではないとリーザ自身が強く思っていた。しかしそれだと、軍の大攻撃が予想される逃亡時、自分はともかく周囲の者まで守ってあげることは難しすぎる。
「寂しくはなるがのう。みんなそうじゃと思う。じゃがどうせみんな、おまえさんが望み通りのことをすること、むしろ応援してくれると思うぞ。それにおまえさん、一族に仕返しだってしたいじゃろう、お前さんがそうやって勝手にこの国を出ていけばシャーリドの一族だって大打撃だと思うがのう」
リーザはでも、他には誰にもそのことを話さなかったが、アーシェは彼女の友人みんなにその話をしまくった。そして結局のところ、アーシェの予想通り、みんな彼女の旅立ちをむしろ説得してきた。
「リーザは自分だけ逃げるみたいに思ってるのかもしれないけどさ。でも違うよ。あなたはこれまでずっと、みんなあなたのおかげで、それぞれ大嫌いな運命から逃げられたし、守ってもらえた。だから、わたしたちはお礼に助けてもあげられないけど、せめて応援させてほしいの」
ミシェリもそう言ってくれたことを、リーザはよく覚えている。
ーー
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦2592。
「アーシェ、ミシェリ。何かあったらいつだってわたしを探して、呼んでくれたらいい。この宇宙のどこでいたって駆けつけるよ」
別れの時、リーザは昔からの友人2人に、また笑みを見せた。
「大丈夫だよ。あなたからもらったのは勇気と優しさだけじゃないからさ」
ミシェリも、学生時代には決して持つことのできなかった自信をのぞかせてさえいた。
そしてアーシェが、最後に言った。
「むしろそっちがじゃ、元箱入りの世間知らず娘よ。いつだってわしらはおまえさんの力になるぞ。何か困ったことがあったならな」
「アーシェ」
思い返せば、彼女との出会いが、リーザにとっての全ての始まりだったと言えるだろう。そしてずっと、ずっと一緒に戦ってきた……
「わたしたちの大嫌いな運命と、一緒に戦ったこと、一生の宝物だよ。それじゃあ、またいつか会おう」
そしてシャーリドの最高傑作、《ルーケノ・ギザ》の破壊少女、トルクト部隊のリーザ・シャーリドは、故郷である《ヴァルキュス》を出ていったのだった。
ーー
現代。
「えっと」
ちょうど当の本人について話をしていたところ、アーシェとミルルのいた部屋に現れたリーザ。
「ミルル姉さん、だっけ?」
「へえ、わたしのこと知ってたの」
「これでも昔は一族が最大仮想敵だったからね」
自分より上の世代のシャーリド一族で、かつ軍に所属している者ならば、おそらく全員リーザは調査済み。
「リーザ」
そして、直接に会うのは久しぶりであったアーシェ。
「アーシェ、ミルル姉さんは何の用事で?」
まずはそれを確かめるのが先決と考えたリーザ。
「メイリィ元帥からの伝言を預かってきたの」とミルル自身がさっさと答えた。
「ということらしい」とアーシェ。
「メイリィさんから?」
「ええ、リーザ。もっとちゃんと話が聞きたい。初めて会った場所で待ってる。だとさ」
その伝言を聞くや、顔を見合わすリーザとアーシェ。
「リーザ、いったい、あの例の」
「ええ、『フローデル』ね。どうもこの国に紛れこんでる、いえ、紛れ込んでたみたいなの。厄介なことにね」
「じゃが、もしそうなら、中枢しかありえんぞ」
アーシェもすぐにその結論にたどりつく。
「わかってるわ。でも逆にあそこなら、これまで誰にも気づかれないでいれたことも説明つく」
実のところ、そもそも《ヴァルキュス》の誰もが、これまでその寄生する存在に気づけなかったことこそ、最も重要な情報とも言えた。
「しかしこれは意外な展開じゃわ。わしは、次におまえさんと直接会う時は、もっと別の危機と戦う時かとばかり思っておったから」
「実際に次はそうなると思うよ。だからこそ今、わたしたちでこの国を、この武器を奪っておく必要があるの」
そう、だからこそリーザはまた帰ってきたのだ。その先に待つだろう、もっと特別な戦いのためにも、強大な武器である自分の故郷をさっさと取り戻すために。
「なんか、わたしの思ってたよりだいぶやばい話」と苦笑いのミルル。
「まあ、しかしなんだ」
ミルルの様子に少し笑いながら、アーシェは続けた。
「不謹慎ではあろうが、こうしてまた一緒にこの国と戦えるのは嬉しいぞよ」
「ええ、また一緒に戦おう。この国と」
リーザもそう返し、こらえきれないように口元を緩めた。




