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3ー10・リーザ・シャーリドの物語(2)

 シャーリド・リーザ・エクヴェド暦411。


 リーザは、《ヴァルキュス》軍アシェレ第一大部隊第一小部隊に所属していた。《アルミネ》学園を卒業し軍に入ることになった時、つまりアーシェやミシェリと最後に会った時から少しばかり身長が伸びたが、しかし2000年以上後にミーケと出会った時に比べたらまだまだ幼い感じ。

 《ヴァルキュス》軍の、師団内大部隊に正式に属している場合、必ず兵士としての階級を授与される。通常、単に階級といえば総合階級(そうごうかいきゅう)のことだが、実質的にそれは兵の能力の基準としてあてにならないことが多い。実用的には、中途半端に様々な能力が高い者よりも、何か一芸に秀でている者の方が役に立つことは結構ある。だが、文字通りにそのような一芸特化な者は、総合階級的には低くなりがちなのだ。これは総合階級というのが、評価基準の異なる複数の階級の平均をとった階級だからである。

 階級は正確には連続的な数字だが、実際は特定数字範囲を指す固有名詞が使われるのが(それで問題ない限りは)基本。つまり最高位を「兵長(へいちょう)」として、「一等兵(いっとうへい)」、「二等兵(にとうへい)」、「三等兵(さんとうへい)」、そして一番低いというより、三等兵以下の総称とも、むしろ階級なしとも言える「雑兵(ぞうひょう)」。

 《ヴァルキュス》軍の中でリーザの総合階級は常に低かったが、 それでもこの頃は戦闘兵(せんとうへい)階級だけは最高位である兵長だったため、一度抜けて再度入った後、つまりトルクト時代よりはマシと言えた。

 戦闘兵階級は、純粋に戦闘能力だけの評価で決まる。他には、工学的技能を基準とする工兵(こうへい)階級、戦闘兵器操作能力を基準とする機兵(きへい)階級、データ分析能力とそれを利用した戦略立案能力を基準とする通信兵(つうしんへい)階級、そして指揮能力を基準とする指揮兵(しきへい)階級がある。

 とにかくリーザは、最初の時は戦闘能力だけは正当な評価を受けていた訳である。しかし結局のところ地位が低い彼女は、許可ももらわずに、ただの私的な用事で軍領域を離れる行動を許されるような立場ではなかった。そもそも彼女は監視されている身でもあったから、そんな許可などはなからもらえるはずもなかった。


「正直もっと早く来ると思っておったぞ」

 最初に出会った時と同じ施設ではあるが、今回は青と赤の液体を入れたツボがいくつか地に置かれている別の部屋。久しぶりに会いに来たリーザに、アーシェは楽しげだった。

「いや、そう簡単に来れるものじゃないからね。あなた、自分がどれだけ警戒されてるか多分わかってないでしょう」

「ふむ、奇妙な感じじゃ」と笑みを深めるアーシェ。

「何か面白い?」

「いや、最初に会った時と逆じゃと思ってな。おまえさんが世間知らずで、わしが物知りじゃったのに。今やヒキコモリなわしが物をろくに知らず、外に出たお前さんがいろいろ知っとるみたいじゃろう」

「わたしの知識もだいぶ偏りがあると思うけどね」

 《ヴァルキュス》軍の兵として多くのことを学んだことは確かだ。しかしそれは単に軍人として必要な知識というだけでなく、絶え間ない監視の中で、理解することを許された知識だけ。

「ミシェリのことだけど」

 リーザが軍に入ってから聞いている、ミシェリに関するわずかな情報の中には、彼女が自分の所属する《マリツキ》という研究所を辞めたというものがあった。

「わしもその件について詳しくは知らんが、あやつにとって不本意だったことは確かじゃろうな。フラズニッグ家の偉いさんに聞かんとな」

「やっぱりそうだよね。あの子が科学者を辞めるはずがないよね」

 ある研究所に所属している者が辞めるというのは、普通はそういうことを意味している。

「連絡は取れる、少しだけメッセージを送ってほしいんだけど。少しだけ、ただの友達としての連絡」

「ああ、それは大丈夫じゃ。別に消息知れずという訳ではないしのう。ただフラズニッグの家のチェックは入ると思うが」

「別にお互い問題ないと思う。昔のわたしなら、すぐにあの子を助けようとしたかもだけど、今はそんな自由じゃないしね」

「なんだ、やけに物わかりがよいな」

「そういうわけでもないよ。ちゃんと今は、て言ってるでしょ、今はって」とそこまで言って、確かにかつての彼女とは違う、 心底からの楽しげな笑みを自然と見せたリーザ。

「ふむ、ちょっと不安になってきたぞ」なんて言うが、アーシェもまだかなり楽しそうだった。


 しかしリーザが持ってきた、軍の機密データを見せられた時は、さすがのアーシェも空いた口が塞がらなかった。軍の中でも技術者としてそれなりに高い地位であるアーシェも、フィードバック操作がほとんどできず、しかし元が見たことも聞いたこともない暗号データであることだけはわかった。


「ど、どうやってこれを?」

「今はまた新しい友達もいるから、こういうものを持ち出して、ひそかにわたしに渡せる人もいるの」


 リーザ・シャーリドが恐ろしいと言われたのは、その高い戦闘能力だけでも、賢さのためだけでもない。彼女のカリスマ性、人の心を簡単に掴んでくる、ただただ飾らない魅力。


「じゃがこれを持ち出せたとして、内容を明らかにできる者がいるとは思えん。暗号キーを知っている者でないと」

「悪いけど誰かは言えないよ」

「言わなくともわかるわ。まあ確かめはしないが」

 フラゴしかいないだろう。軍人としてのリーザが属しているアシェレ師団の元帥。

「しかし、だとしても」

「普通に利害の一致だよ」

「まあ、そうなのだろうな」

 でなければ、いくらなんでも監視対象として警戒されているリーザに、機密データを持たせたままの単独行動などさせてくれはしないだろう。今の彼女の行動は、フラゴにとっても望ましい展開なのだ。

「わしは何をすればいい?」

 元々、求められたなら協力する気だったが、元帥まで背後にいることなら尚更だ。 

 フラゴと面識はなかったが、リーザを信用してくれてて、リーザも信用してるなら、まあ気に入らない人物とかではないだろう。アーシェとしてはそういう考えだった。

 しかしリーザが次に発した頼み事に、またしても彼女は口を閉じるのを忘れさせられてしまう。

「これは軍の特別戦闘プログラムなの、丸々コピーしてほしい。もちろん写像式(しゃぞうしき)だと戻した時にすぐにバレちゃうだろうから、再現式(さいげんしき)で。あなたならできるでしょ」


 写像式コピーは、元のデータ構造の構成要素全てを、情報連続領域を介して複製する方法。元データが完全な状態であるならば容易いが、元データ側に痕跡を残しやすい。

 再現式コピーは、元データを参考にそれと同じものを別にゼロから作る方法。元データが不完全であっても少しくらいなら問題にならず、再現を情報的に隔絶された別領域で行えば、元データ側に痕跡を残すことも確実にない。ただし結局のところ、見本があるだけで0から作るのと変わらないため、写像式に比べてかなり難易度が高い。

 そしてリーザが持ってきたのは、軍の特殊訓練プログラムだった。選ばれた強い者を、さらに特別に強くし、切り札にまで育成するための訓練プログラム。

 

「なかなか無茶言うわい。まあできるとは思うが」

「10年以内にできる?」

 リーザは言わなかったが、それはフラゴが、外部にそれを置いておける限界だと言っていた期間。

「5年、5年くれ」

 それで十分だと、アーシェは言ってくれた。

「しかし、これはさすがにバレたら終わりじゃな」

「大丈夫、あなたが本当にそれを5年で再現してくれるなら、この事がバレる頃には、そんな問題なんてなくなってるよ」


 リーザが望んでいたのは、自身をさらに強くすること。しかしフラゴのような一部の例外を除き、十分なコントロールの利かない彼女を危険視していた軍上層部は、彼女が決して今以上の戦闘能力を得られないように、軍内部で彼女が受けられるあらゆる訓練システムを調整していた。その調整のために、彼女は強引な手段を取れるだけの能力も得られない。

 そこで、軍の外で、ひそかに自分を鍛えようと考えた訳だった。

 そして本当に、バレる頃には問題なくなっていた。


ーー


 シャーリド・リーザ・エクヴェド暦756。


 フラズニッグ家にとって、元々ミシェリは取るに足らない存在だった。一族内で科学者を目指していた頃は、いらない要素として少しは邪魔であったが、外部でなら好き勝手してくれて何も問題なかった。ただ、そもそも彼女がそんなふうに、自立できるようになったきっかけである友人が、軍が要注意人物としているリーザ・シャーリドというのはかなり重要であった。

 フラズニッグの者が知れるリーザの情報は大したものではなかったが、それでも、彼女が実際にどういう人物であれ、ミシェリを手元に置いておけば、利用できるチャンスもあるかもしれない。

 もちろん、当のリーザの怒りを買う危険はあったが、そもそも彼女は軍の中で監視されているし、シャーリドの一族も、たかが小娘の友人1人のために、別の一族と敵対することを彼女に許したりはしないだろう。

 ただしそんな考えは、リーザが自分で勝手に、力尽くで軍も一族も抑えれるくらい強くなるという可能性を無視している。シャーリド一族外にはまだまだ知られていなかった、彼女に関して最もというより、むしろ唯一危険視されていたことを知らなかったのだから、無理もないかもしれないが。


 フラズニッグ一族が有している《ティルカ》銀河系は、ある程度の距離をとって人が確認した場合、柿色だ。 銀河系の外側を覆っているような異常に範囲が広い人工星系の働きのためだが、それが形成している透明な膜(と言われている何か)は、系内への予期せぬ侵入者を察知するための防壁システムでもある。

 リーザが、勝手に持ち出していた軍の小型戦闘機、直径10メートルくらいの球体を平坦な三角が挟んでいるような見かけの時空間戦闘機で、その防壁を超えた時、すでにフラズニッグから銀河系の防衛を任されている、軍の第一大部隊の第三小部隊は、彼女が来るはずだという情報を掴んでいた。そのため、防壁突破からほんの数分程度で、彼女を乗せた戦闘機は、その時点で部隊がその周囲に、すぐさまワープさせてくることができた全戦闘機の半分ほどである135機の時空間戦闘機を含む3733機に、全方位を囲まれてしまう。


(普通には突破無理か)

 手元に表示させた直径0.3メートルの球体の三次元領域モニターに移された、1/1000000スケール設定の映像。中心である自身の戦闘機を完全に隠してしまっている、戦闘機とそれらと連動していると思われる様々な武器群を確認しながら、リーザは至極冷静。

〔「リーザ、逃げられないぞ」〕

 強制的に入ってきた通信。知っている相手だ。アシェレ第一大部隊第三小部隊の副隊長であるリンド。

「別に逃げる気なんてないわ。わたしはただ、ここで囚われてるお姫様を堂々と連れ出すつもり」

〔「おまえはそこまで愚かだったか? 確かにおまえの生身の強さは脅威と認めるが、時空間戦闘機を使う戦闘ではあまり関係ないだろう」〕

 300年前のリーザなら同意したかもしれない。もはやどんな人間であろうが、 生身ではとても立ち向かえないだろう戦闘武器での戦闘に関して、性能を技術(テクニック)でさらに強化できるにしても、その限界はあまり高くない。つまり、リーザがいくら生身で圧倒的に強かろうと、むしろ戦闘機の扱い方が上手かろうと、ハイテクノロジーの戦闘機同士の戦いではかなり関係がない。はずだったから。

「リンドさん、多分あなたも知らないことよ。次元変換を使えるなら、性能の限界は実質的に無限に押し上げることができる。パイロットの腕がいいならね」

 300年でこっそり学んだことの1つだ。そしてリーザに決して学ばせるべきではないと、それを知る者が考えていたことの1つ。


 宇宙空間の特定領域を3以外、つまりX次元化する方法は3つあるとされている。情報操作により、全ての認識システムに多次元階層(たじげんかいそう)、つまりはどのような理解においても場に定義できる空間次元数を変える必要を与える曲解法(きょっかいほう)。それのために必要な要素を用意することで、領域内のすべての物質の空間経路を実質多次元化する錯綜法(さくそうほう)。そして、普通に空間次元数そのものを変える加算法(かさんほう)

 3つの方法のうち、曲解法と錯綜法は擬似的な次元変換であるが、加算法は真の次元変換であり、《ヴァルキュス》の時空間戦闘機はそれをよく使う。 なぜなら真の高次元において、通常の戦闘機はほとんど全ての性能を低下させられてしまうから。時空間戦闘機が強力とされる理由の1つは、それが高次元領域においても(次元変換を感知した場合に、変換後のX次元に対応する構成に即座に切り替われるからとリーザは理解している)何の問題もなく機能できるからだ。

 しかし一般に、時空間戦闘機が次元変換を利用して戦闘を行う場合、次元変換後はパイロットの意識的コントロールも難しくなる。そこで次元変換と共に自動操縦(オートパイロット)に切り替えるか、変換後の動作を事前にプログラム設定するかしないと、時空間戦闘機のメリットをしっかり活かせない場合が多い。そういうことなので、もしも高次元領域においてパイロット側も次元変換前と同じような状態で機能できるなら、それができない敵時空戦闘機より戦闘で有利になれる可能性は確かにある。だが普通はそんなこと不可能だ。もちろんこの頃のリーザはすでに、その点においても普通でなかった訳だが。


 構成粒子加速法は、緑液の動作に意識的に干渉できる唯一の方法である。緑液はスフィア粒子の動作に関わり、スフィア粒子は基底物質に影響を与え、基底物質はいかなる形での次元変化による影響も受けない。そして空間次元数に関係なく、この宇宙の全ての動作の背景にはネットワークがある。やはり構成粒子加速法を使って、本来は不可能な高次元領域での意識的コントロールのためのネットワークも用意できる。その際のネットワーク構成の調整次第で、実は(高次元戦闘において)無限に強くもなれる。


〔「こんなことありえる訳ない。高次元空間で」〕

 今度は強制的に入ってきたのではなく、反応を確かめるために拾った声。

「リンドさん、軍のみんなに伝えておいて。次からは遊びじゃすまさないかもよって」


 遊び。そう遊びみたいだった。リーザは次元変換で発生させた四次元空間を使って、相手にした全戦闘機を1ヶ所に集めてから、自分の機はそこからさっさと離れさせたのだった。


ーー


 別に移動機能とかを無効にした訳ではないので、追ってこようと思えば追って来れたはずだが、リンドらはリーザのことを早くも諦めてくれたようだった。

 そして、リーザは3日ほどの探索の後、ある惑星で戦闘機から出た。

 荒れた岩石地帯みたいでもあるが、所々に球体の人工施設らしきものも見える。それは、ミシェリが捕まっている(?)はずの惑星だった。


「もう感知してるでしょ。わたしならこんな星、素手で簡単に破壊できるよ。そしてわかってるでしょう、わたしの要求を。ミシェリはわたしがもらっていく」とだけ言ってから、しばらくはその場でただ待っていたリーザ。

「わたしが自分から探しに行かないのは慈悲だとわかってないみたいね。真面目に、わたしの怒りを買う前に、あの子を出した方がいいと思うよ」

 しばらくの沈黙を破ったその言葉が決め手となった。

「あの、いろいろびっくりよ」

 その場に転送されてきたミシェリは、リーザの記憶にあったそのままの笑顔も、すぐ見せてくれた。

「ミシェリ、わたしはこれから」

 リーザは、きっと前にはなかった悪戯娘の笑みで告げた。

「たっぷり遊ぼうかなって思う。これまで、とてもできなかったようなこと全部」

「リーザ」

「一緒に来る? あなたも来てくれたら、わたしは嬉しいんだけど」

「うん、行く」

 ミシェリも、こうなったら迷いなんてなかった。


 そしてこの頃、軍を抜けたリーザは、本格的に危険因子として、軍からもシャーリド一族からも処分対象となったが、もはや誰も彼女の意思を止めることもできなかった。

 やがて、親しい友人たちや、彼女のカリスマ性に惹かれて味方についた者たちと共に、《ルーケノ・ギザ》という星系に住み着いた彼女は、(なんでも力ずくで破壊していくイメージがあったかららしい)破壊少女と呼ばれるようにもなった。

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