3ー9・リーザ・シャーリドの物語(1)
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦97。
ジオ時間で97年目。リーザは生涯で初めて一族外の者と対面した。
本来は禁止されていた。彼女は掟を無視して、自分から会いに来たのだ。当時は、シャーリド一族の戦闘訓練シミュレーションの管理領域にいたアーシェに。
管理領域は、フィラメント"空の欠片"、シャーリド第三銀河、どこの星系とも定義されていない巨大な人工惑星の、表面にいくつかある四角い施設の1つ。その施設内の、円状のモニターらしきものが、それより小さな長方形の遠隔操作機器のようなものとスローなダンスを見せているような部屋。
アーシェは今と変わらない、リーザはかなり子供な姿。しかしアーシェはそんな見た目に騙されたりはしない。彼女のことはもうかなり知っていた。自分のいたその部屋に来るまで、邪魔となるあらゆるセキュリティを平然とくぐり抜けてきたことも含めて。
「あなたの名前は?」
当然であろうが、リーザの方はアーシェのことを詳しくは知らなかった。それまでに彼女が知ることができたのは、彼女がクルーゼという一族の者で、シャーリドとそれなりには信頼関係を築いている、優秀とされる科学者であること。そして自分の前に用意された戦闘訓練シミュレーションシステムの管理を任されている。
「わしはアーシェ」
聞かれなかったから、それ以外のことは答えなかった。リーザの興味も、いわば自分の監視も任されているアーシェ自身ではなかった。
「アーシェ、あなたに聞きたいことがある。ちゃんと答えてくれるなら、それ以外は何もしない」
「それは脅しかいな」
「自信はないけどね」
嘘ではなさそうだった。彼女は世間知らずだった。自分がすでにどれほど恐ろしい存在であるのかを知らない。自信がないと言ったのは、自分が何をしようとしても誰かに止められる可能性があると心配していたからだろう。だが本気の彼女のことを止めることができる者なんて、もう《ヴァルキュス》全体でも数えれる(もっとも時間はかかるだろうが)程度しかいなかったろう。つまり構成粒子加速法をある程度使いこなせる者だ。すでにそれの熟練者のようであった彼女とまともに戦える者。
「何を聞きたいのじゃ」
「模擬戦闘システムについて。わたしがこれから使うことになるかもしれないやつ全ての情報がほしいの。わたしにわかるように説明してほしい。できるのはわかってる。わたしは特別なんでしょう。その特別なわたしを任せられるほど、我が一族に信頼されてるあなたなら」
シャーリドでなく、我が一族、まだリーザが世間知らずのリーザ・シャーリドだった頃の言い方。
「ズルしに来た訳ではなさそうじゃな」
普通、模擬戦システムの内容を知ってしまったなら、訓練にそれほど実用的でなくなってしまう場合もある。だから本来、見習いの軍人がそれを知ろうとするのは違法行為。
「おまえさん、それが自分に必要なくなるまで利用していた訳か」
「そうだとして、あなたに理由は関係ない」
「なぜかは知らんがおまえさんは、模擬戦システムのプログラムを知りたいと考えた。だがそれを知ってしまえば、もうそれを実用的には使えない。それはお前さんにとってもあまりよくないこと。だが問題なくなる方法を見つけた。どれだけ有利な環境でも、その分だけ自分を不利にできる方法を身に付けたから」
リーザは何も言わないで無表情だったが、アーシェは、その反応が肯定も同じだと思った。
「おまえさん以前にそれを使えた者を1人は知っとる。ハンデ技術じゃろ、構成粒子加速法の」
つまり、自らの神経システムのための物理反応速度を、自らが意図した通りに弱めるというもの。
「しかし1つはわからん。なぜおまえさんはこのシステムのことを知りたがる? その理由は何じゃ」
「それを言ったら」
アーシェとしては、この時が初めて、リーザの声を聞いた瞬間と思えた。彼女自身が自分の声を話した瞬間だと。
「教えてくれるの?」
「約束しよう。純粋に気になる」
そしてリーザは少しの間はためらい、しかし結局ははっきり言った。
「安全なのかを知りたいの。わたしはこのシステムで、誰も殺さないでいれるのか、それが知りたいの」
実のところ、それはあまりにも意外な理由であり、そして……
「それは厄介なことじゃな」
「わかってる」
リーザが、使えないと考えられた最初の理由。
必要な犠牲を気にするような性格は兵士には向いていない。特に指揮官になれるだろう才を有するリーザのような者には、あまりに致命的な弱点となりうる。
「いいじゃろう」
アーシェにとっては、彼女への興味を強める結果となった。
《ヴァルキュス》において、リーザはシャーリドという軍家系としては、かなり異端と言える存在。しかし突出した才に恵まれてもいる。どう転ぼうとも、おそらく彼女のこれからの生涯は数奇なものになるだろう。その結末がどうなるのか、当時のアーシェとしては気になったのだ。実際問題、彼女が期待されてるような兵士として使えるようにはなるのか、できるのかも。
「教えてやる。おまえさんが心配してるような危険などまったくないということをな」
実際、アーシェの知る、《ヴァルキュス》の軍が採用する全ての戦闘シュミレーションシステムは、安全性という意味では完璧と言える。
だがその数が多いことと、あまりテクノロジーに関する知識のなかったリーザに説明する苦労のため、リーザが納得する頃には、すでに1週間ほどが経っていた。
ーー
アーシェとリーザは、施設の外の広野、近くの恒星との位置関係から、星が綺麗な夜空の下でいて、用もすんだので、リーザは去ろうとしていたが、しかし最後の話がなかなか終わらないでいた。
「でも、誰も来ないなんて。わたしには、わたしが思ってたような価値がないのか、それともその逆みたいね」
実際には1日の猶予もないとリーザは思っていた。平然と違法行為をする自分のことを、誰かが捕らえに来るまで。
聞きたいことを聞いて、しっかり理解できるまでかかった時間も予想以上だったが、それで問題はなかった。
「逆の方だわいよ。おまえさん、多分自分がまだ軍に呼ばれていないのは、自分の力不足のせいと推測してたのかもしれんが、実際はその点は問題ないのだわ。ただおまえさんの性格はおまえさんが考えてる以上に危険なものと考えられてるということじゃ」
そのことを確かめているのか、全然関係ないのか、右側に出現させた球体コントローラーを操作し、その隣の小さなモニターの画を次々切り替えていたアーシェ。
「わたしはでも、一応戦いが好きだよ。一族のことも好きだよ」
「しかしそんな自分があまり好きではないのじゃろう」
「だとしても、自分をコントロールできるよ。それにこの国はこの宇宙を守るための道具でもあるんでしょ。例えば実体なきもの、いつかそういうものがこの宇宙に現れた時、それが敵だとしても戦うために。わたしだって、そういうことのためなら、誰かを守るためなら喜んで戦うよ、誰だって殺すよ、迷いもしない」
実体なきもの。 そんなものが存在するのかどうかは誰も知らないとされていた。だがそういうものがありえるとはわかっていた。だから、《ヴァルキュス》が想定している恐ろしいいくらかの敵リストに、そうした存在も含まれていた。
「だがおまえさんは外のことをほとんど知らん。そしておまえさんのようなパターンはこれまでになかった。おまえさんの一族は昔から慎重すぎるが、しかしおまえさんの件に関しては、わしも正直同意できる。これを聞いたら驚くかい? 100歳にもなってない小娘が、実体なきものとの戦いを想定できるレベルにまでなれた例は、記録に残っている限りたった4度しかないことを。そして生きている実例は、今はおまえさんだけなのじゃよ」
リーザは少し嬉しそうにしたが、それは実質的に自分のことを誉めてもらえたからではない。望む前から諦めていたような望み、もしかしたら……
「それならわたしは」
たが本当のところ、リーザ自身が、そんなことまったく自然と聞いているなんて、自分は何かおかしくなってしまったのではないか、でないとしても、間違っていて、それでいて危険な道を行こうとしているのではないかと、不安ですらあった。
「自由になれると思う?」
ただ、もう後戻りできないことは確かだった。
「さすがに限度はあるだろうかのう」
例えリーザがどれほどの化け物であっても、しょせんは個人にすぎない。仮に、彼女が真の意味で《ヴァルキュス》の驚異になったなら、さすがに長くは生きれないだろう。生見でどれほど強くても、殺戮のためだけのいくつかの兵器はどうしようもないから。
「アーシェ。方法を教えてほしい。わたしが1人でやろうとすると、強引になるだろうから。正攻法を知りたいの」
「お前さん、何をするつもりなのじゃ?」
「学校に行きたい。なるべく一族から離れて、自分自身だけで学びたいことがあるの」
そしてアーシェは、最良ではないだろうが、それでもリーザの望みをかなり叶えてくれた。
彼女の工作もあって、リーザは軍学校ではあるものの、シャーリド一族とは距離のある、《アルミネ》という学校に入学できたのだった。そしてそこでのある出会いが、彼女自身も予想していなかったほどに、彼女自身に強い影響を与えることになる。
ーー
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦131。
《アルミネ》は、フィラメント"星屑海"、《アトロー星系群》という密集帯を構成する星系の1つを利用区画としている。
星系自体には他に正式名称もあるが、普通は学園の名前から|《アルミネ系》と呼ばれている。唯一の恒星は天然起源だが、エネルギーループ機構により、人工的な永遠を与えられている。惑星の数は、範囲からすると少ないが、質量規模的には平均と言える。ようするに空洞が多いが、それもあって、星同士を直接的に繋げる交通路がかなり入り組んでいる。
シャーリドの名は隠すようにというアーシェの警告通り、ただの軍人志望の少女として《アルミネ》に入学したリーザは、自分の本当の力は隠して、ひたすら自分が学びたいことを学んだ。
世間知らずだった少女は、そうして自分以外のことを少しずつでも確実に知っていった。
ーー
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦134。
"空の欠片"フィラメントの三大軍貴族、アークフォート、クルックス、シャーリドに、さらに加わり四大貴族とされることもあるフラズニッグ家は、軍でなく科学者家系である。
そのフラズニッグに属するミシェリと、リーザが出会ったのは、入学してから3年目のある日のこと。
《ヴァルキュス》における科学者というのは、軍に関わるかに関係なく、その知的研究の成果を一定以上軍に評価される研究者のことで、自称だけで公式に認められることはない。リーザとほぼ同世代のミシェリは、エリート一族としては落ちこぼれな方で、なかなか科学者として認められないでいた。
(ブックデータを収録した)データディスクが詰め込まれた箱があちこちに積み重ねられている図書館。
「ねえ」
ちょうど出入り口で入れ違いになった少女を、リーザは呼び止めた。
たった3年で、リーザは他人の心を、かなり読み取れるようになっていた。それも構成粒子加速法の応用である。自分が個体として認識している相手が周囲に及ぼす様々な影響を知り、逆算的に心層空間の動きまでも、ある程度確認できる。
もちろん彼女も、本来は普段から加速法を使っているわけではないが、《アルミネ》在学中においては、とにかく、本当の自分を隠し続けておくために、いつでも最大限の注意を払っておく必要があったのだ。
そして、そうしてリーザが初めて出会った彼女は、他人に見るものとしては、初めての感情を持っていた。悲しみ、と言えるような感情。
「何かあったの?」
「わたしは」
その時は何も言ってくれなかったた。ただ、気になって後を追ってみて、彼女の悩みは彼女の一族、フラズニッグと関係することだとわかった。
よくあるようなことだ。普通なら100年もあれば、何かしら上げているはずの成果を上げていなかった彼女は、科学者としての道は諦めるように圧力を受けていた。実用的観点から、《ヴァルキュス》という世界では珍しくないこと。エリート一族が用意できる特別な環境を、もっと才ある者に譲るように。
「あなたに1つだけ聞きたいの。正直に答えてね」
出来損ないの家族を叱る兄と、ろくに言い返すことすらできない妹に、唐突にわりこんできたリーザの妙な威圧感に、兄の方は何も言えなかった。
「な、何?」と妹。
「一族に愛着ある? 科学者、目指してるんでしょ。そのためなら一族抜けて大丈夫?」
「あなた、いったい」
「わたしはシャーリドのリーザ。お兄さんの方、今日のとこはわたしの顔を立ててひいてくれないかな」
「リーザ、シャーリドの?」
「シャーリド」
兄の方はリーザのことを知っていて、かなり驚いたようだが、妹の方も、そもそもシャーリドの名に驚いていた。
数時間後には、リーザは彼女、ミシェリをアーシェに紹介していた。
一族外の者と関わりながら学んだことのうち、特に重要だと思えたいくつかの1つは、力づくでは決して救えない誰かが存在すること。しかし、偶然に出会えたミシェリに関しては、救うことができる人物をリーザは知っていた訳である。つまり、フラズニッグ外の科学者の友人。
「彼女を助手として雇えないかな?」
〔「フラズニッグ家の者なら、たとえ一族では落ちこぼれ扱いされてるとしても、関係なくありがたいことじゃが、しかし」〕
不安視していたような反対はされなかったものの、モニターごしにアーシェは怒りは見せた。
〔「シャーリドの名をあの一族の者に言ったのは、普通にかなりまずいかもしれんぞよ」〕
「そんなことなら今はもう関係ないよ。わたしの邪魔をするようなら容赦しないからさ」
3年は学びだけでなく、自信もリーザに与えていた。
〔「まったく、たった3年で、大した変わりようじゃな」〕
「3年て長いよ。わたしにとってはね」
まるで普通の誰かみたいに学校で学ぶだけの日常は、例えそれまでの彼女の時間の中で、一部だけなのだとしても、十分に長いと感じていた。
そして、リーザと2人目の科学者の友達となったミシェリは、彼女の時間を再び短くさせてくれた。
それからの学校生活は楽しかった。ミシェリは自分やアーシェのような変わり者と違い、普通の市民でもあって、リーザが、自分からは知りたいことだと気づけもしなかったろう、いろいろなことを教えてくれた。
恋愛に関する話は、特に面白く、興味深いことの1つだった。普通、一般的な《ヴァルキュス》市民には、他の誰も触れることができないプライベートエリアが、10歳までに与えられるが、リーザは特例としてそういうものが与えられていなかったから、実際にはそのようなプライベートエリアの使われ方の7割くらいが、秘密の恋愛関係の場であることを知った時は、かなり驚いた。
別一族の者同士の情報の直接的受け渡しは、《ヴァルキュス》のどこでも禁止されている。その情報の受け渡しとは、いわゆる恋人同士の身体的接触なども含まれる。《ヴァルキュス》内の典型的社会においては、恋愛という事象は多いが、別の一族同士の恋愛に関しては、普通は仮想空間を使った接触のみが好き同士2人の楽しみとなる。しかし軍人同士とかでないなら、自分のプライベートエリアに相手を招くことくらいはできる。ただその場合でも、他の多くの(《ヴァルキュス》外の)人類世界のように、液状細胞の混ぜあいのような、多量の生体情報交換が行われることは稀だが。
その目的のための文化の操作である。男性も女性も異性同士での恋愛は一般的で、恋愛は遺伝子交配を利用した子作り、いわゆる受精法と関連付けられている。ただし(そうした恋愛観の世界では珍しく)恋愛と性的快楽は結びついていない訳である。
リーザ・シャーリドが《アルミネ》に在学していることは多くの者に知られたが、恋愛についての関心の強さは、そのような傾向の可能性を感じさせ、単なる恋心だけでなく、もっと実用的に彼女の生殖細胞を狙う者まで現れたりもした。危険な兆候かもしれないと、シャーリド内部でも、リーザを殺そうとする者が現れたほど。だが、たいていリーザ自身が言ったように、今の彼女にはもうあまり関係なかった。
だがついに、彼女よりも強い者が現れて、状況が変わる。
リーザを力づくで脅し、学校を卒業させ、軍へ入隊させたのは、同じ一族の者ではなく、アークフォート家であり、ヴァルキュス軍アシェレ師団の総隊長でもあるフラゴだった。
リーザとアーシェは、シャーリド内の警戒すべき相手ならかなり知っていたが、他の一族の者は予測のしようもなかった。アシェレの幹部にはシャーリドの者が多いが、リーザを監視も兼ねて、入隊させるというのは、フラゴ自身の決断でもあったようだ。
リーザとミシェリは、まったく逆と言える影響を互いに与えあったが、そのどちらも、それぞれの一族からは有害なものだったろう。
一族の者として出来損ないであったミシェリに一番期待されていたことは、別に優秀な者を取り入れること、つまり恋愛だったが、リーザは彼女に他人に依存しない、自由な生き方を教えた。
リーザの方は……
ーー
シャーリド・リーザ・エクヴェド暦190。
リーザが、直接にアーシェに会いに来たのは、彼女の学園生活の最後の日の終わり頃。
「あなたがこれを持ってて。もし、わたしたちの知らない何かのためにそれがばれちゃった場合は、なるべくすぐにわたしを呼んで、この世界のどこでいたって駆けつけてあげるわ」
「こんなこと、無意味じゃと思うが、いったい」
無意味と言うか、アーシェにはまったく意味がわからなかった。いよいよ別れの挨拶でもするのかと思えば、いきなり、DNAネットワーク構造データ、つまりは自らの物理構成情報を詰めた記録保管用閉鎖系箱を渡してきたリーザの行動は。
「わたしがわたしであるためにきっと重要なことなの」
「まあ、わしも一応おまえさんと一番付き合い長い友人と言えるじゃろうしな。なんとなくわからんでもないが、しかし」
重要なことといえばそれは、そんなことをした理由ではない。
「わしをそこまで信用してよいのか」
「信頼してるよ。そしてあなたが裏切ろうと考えた時でも、わたしのことを怖がる必要もないわ」
「正直な、おまえさんは今でも、誰1人、本当の意味では信頼していないんだと思ってたぞ」
「正直に言うよ。信頼できる相手を1人も見つけられないような世界なら、今のわたしには守る価値なんてない」
そう、それだけ。この時はリーザ自身、自分の一番自由な時間はもう終わりで、これからはただ、強き軍事国家の武器の1つとしてのリーザ・シャーリドだけが、 どこまでも存在しつづけるのだと考えていた。だから、その最も重要な任務を確実にこなすために理由が必要だったのだ。何があろうとも、この世界を守る理由が。
「わたしがそういう相手を何人か見つけられたことは、この世界にとっては幸運だったかもね」
「いや、わしは幸運だったのは、おまえさんの方だったと思うぞよ、リーザ」
彼女の笑みも、自分を名前で呼ぶ声も、リーザはまるで、生まれて初めて理解できた気がした。
「それも、そうかもね」
リーザも、もう本当に、ごく自然に笑みを返した。




