3ー6・ハイテクノロジー戦(星屑海5)
あらゆる情報を隠すことが可能な聖遺物、"黒のアトリエ"。それにアイヤナという複数聖遺物のコントロール装置、つまり聖遺物箱システムの中に含まれている、解析に非常に優れている"カテナの円盤"を利用すれば、フィラメント全体規模での仮想空間防御機能が張り巡らされている"星屑海"フィラメントにおいても、リーザとアイヤナ2人くらいなら、ある程度自分たちの存在を隠したまま、自由に行動できるし、ある程度データを知っている相手ならば見つけることもできる。
それでも多用は禁物ではあった。例えいかなる意味での痕跡を残さずとも、外部からの侵入者がいつまでも発見されないでいられるようなものではない。《ヴァルキュス》は普通の世界ではないのだ。
『フローデル』の者たちは、もし彼らがすでにその世界の中にいるなら、最初からいて、かつ彼らも普通ではないということなのだろう。
そもそも、"黒のアトリエ"は常時発動し続けられるものではない。隠すデータ量が変化することがあるだろう。その場合はほんの一瞬とはいえ解除の必要があるのだ。だがその一瞬を見逃してくれるような甘い世界ではないことは、リーザはもちろんよく知っている。
「ここまで穏便に来れたことから推測できてるでしょうけど、わたしたちは今、ある装置で隠れてる。仲間たちが周辺領域をしっかり見張ってもいるから、外部に少しでも情報が漏れたらわかるよ」
半分は嘘だ。別にミズガラクタ号に残っているミーケたちは周辺(この言葉がどのくらいの範囲を指すかも関係なく)領域を見張ってなどいない。迷路セキュリティを前にとりあえず何もしないで、リーザの帰りを待っているだろう。
「メッセージは?」
「しっかり届いてるよ。ここだけじゃなく上層部にもね。ちょっと前に元帥やら、きみの一族の人やらが直接教えてくれたよ」
最後に会った時に比べて少し大人びているリーザと、初対面のアイヤナを、何か確かめるように交互に見ていたレミリ。
「で、マップを渡す気はある?」
「今新しい疑問が浮かんでるんだけど、必要なの?」
「目的がちょっと特殊だから。ちなみに、あなたにはまだ秘密」
実際のところは、今のミズガラクタ号は、その複雑すぎる構造のために"黒のアトリエ"で隠したまま動かすのが困難な代物であるし、アイヤナが(というか"カテナの円盤"が)解析したデータで導いたり、抜け道を用意するのも難しい。ようするに今のリーザたちには、それを通路マップなしで《ヴァルキュス》領域で機能させるのがかなり難しい。
特殊な目的のためなんてのも嘘。リーザはミズガラクタ号という、強力な武器にもなる乗り物を、《ヴァルキュス》内で自由に動かしたいという、正当な目的のために通路マップを欲していた。
メッセージでは「《トルクト》への」などと言っていたが、それもちょっとしたカモフラージュ。本当に欲しいのは《トルクト》への経路という限定的なものでなく、《ヴァルキュス》全体のもの。ただ、確かにレミリからもらうのは、限定的、部分的なものでよかった。リーザから《ヴァルキュス》の迷路セキュリティと、通路マップのことを聞くや、ザラ、エクエス、スブレットが口をそろえて「(考えられる、いかなるパターンのシステムなのだとしても)それが部分的に手に入りさえすれば、完全なものは再現できる」と断言してくれてるから。
「誰が信用できるのか確実にはわかっていないから」
それに関しては、おそらくレミリがそう聞いて考えただろう以上に本当のこと。
「通路マップだけど」
言うことは決まっていたし、決めていた。しかしそれでもレミリは一瞬は迷った。
「素直には渡せない、渡すなと言われたんだ。メイリィ元帥にだよ。フラゴ元帥も反対ではあるようだけど、迷路セキュリティに関する権限は彼女の方が上だから」
「メイリィさんが?」
リーザは意外そうな表情を見せたが、レミリにはむしろ、リーザが意外に感じたらしいことが意外だった。
「驚くことじゃないだろ。あの人、きみのこと恐がってるみたいだったぜ。もちろん認めたくはなさそうだったけど」
「うん、いいわ」
レミリには謎であるが、とにかく何か疑問を持って、しかしすぐに自分なりに答を出して納得したようであるリーザ。
「じゃマップは、わたしに奪われたってことにして渡して。もし拒否するなら、本当に力ずくで奪うよ」
「前も同じ事言った気がするけどさ、きみが時々するそのどうしようもない選択という脅迫。絶対選択にする意味がないと思うんだよ。遊び?」
しかしそのどうしようもない脅迫に抵抗などもせず、どちらかというとレミリは嬉々として、要求されたデータの入った、小さな楕円形の記録容器をリーザに投げわたした。
「なんか癖、いえ、きっとわたしの悪い部分ね」とは言いながら、あまりそれを気にしてはいないリーザ。
「でもさ、き」
音はなかった。ただレミリの周囲に3つ現れたモニター。そしてリーザとアイヤナの周囲に2つずつ現れた、フタが開きっぱなしの箱みたいな小型戦闘ロボット。
(お家芸である構成粒子加速法を利用したのだろうということくらいは推測できるが)レミリにはわからなかったが、まず間違いなくリーザがやったのだろう。4つの小型ロボットはほとんど現れた瞬間に、コントロール機構を壊されたようで、その場の重力のまま地面に落ちる。
「レミリくん」
「あ、ぼくじゃないぞ」とかなり焦るレミリ。
「わかってる。わたしたちを隠してるヴェールを消したの」
あっさりとそう言ったリーザ。
(反応まで1.3005秒。ザラさん凄い)
科学力というものが実際に定義できるとして、それに関して、総合的にはまず間違いなく《ヴァルキュス》が上だろう。しかし部分的に見たら、"世界樹"が勝っているところもある。完全に仮想要素のみを扱うシミュレーションテクノロジーに関しては"世界樹"の方がおそらく上だ。そしてそれはザラの得意分野。
「思った通り」
(おもしろい、なんて思っちゃダメだぞわたし。おもしろいけど、ダメだぞ)
ザラが予測していた1.3005秒という時間は、リーザが知っているままの《ヴァルキュス》軍が、("黒のアトリエ"を消して) 唐突に現れたような自分たちに気づくまでの時間ではない。上層部、でなくとも、軍を管理する立場にあるような者が"黒のアトリエ"を知っていることを前提条件にしたシミュレーションで算出した、気づかれるまでの時間。そしてそれが的中していたということは、すなわち、やはり軍のかなり深いところに『フローデル』の者がいるということを示している。
「リーザ、きみ、何やったの?」
「少なくとも、あなたが知ってること以上のことは何もやってないけど、でもこれからすることを恐れられてるんだと思うよ」
レミリが顔を青ざめさせた理由に関しても、予想がついていたことだった。
「多分時空間戦闘機でしょ、いくつぐらい?」
「256はある。攻撃対象範囲はこの研究所全部」
そう、ワープにより『カサクラ研究所』という星系に現れた時空間戦闘機群は、最初から問答無用の無差別攻撃の命令を与えられていたのである。
(やっぱり)
"世界樹"と、その周辺の銀河フィラメントでの最近の戦いのことを、どれくらい知られているか、確実なことは言えない。しかし"黒のアトリエ"を使う未知の存在以上とさえ思わせたなら、用心深い『フローデル』という組織なら、まずなんとしても消そうとするだろう。
しかし何より重要なことは、その対応の早さがあまりに予想通りだったこと。それは敵がある事実は知らないことをかなり明確に示している。
「リーザ、きみのことだし、大丈夫なんだよな?」
もうまるで祈るようなレミリ。
《ヴァルキュス》という世界内で起動する、《ヴァルキュス》軍の時空間戦闘機は、他国にまで使われる、つまりは"世界樹"にもあって、そこでリーザが使うこともあったロタレイやクラーケのような汎用兵器とは訳が違う。それは各戦闘兵器が時空内で占めるサイズにおいて、極限にまで攻撃能力が高められている、ただただ(真の意味で)敵を殺すためだけの兵器。
もちろん、リーザのことを知ってるのかもしれない。"世界樹"の方で仲間がやられてることも把握してるのかもしれない。だから、"黒のアトリエ"を使うリーザを危険視し、とにかく殺そうと考える。後では、戦闘機を実用的に機能させたり、それによって研究所1つを犠牲にした理由なども用意しなければならないから大変だろうが、とにかく危険な敵を排除することをまず第一とした。ただ、1つ計算違いがあって、だからこそそれほどに攻撃を焦ったことは愚かな失敗となる。
戦闘機群が備えた、基底物質を揺らがせることで通常物理学を崩壊させる攻撃。対象空間領域をあらゆる物質の安定が消えるように繰り返し組み換える攻撃。そして他にも、リーザやレミリもその原理をほんの少しでも把握できてはいない、いくつかの存在消滅攻撃。さすがにリーザでも単独でそれらを防ぐことは不可能、逃げるしかない。しかし今回のは攻撃範囲が広すぎるだろう。
だが今のリーザには、そんな恐ろしい戦闘兵器群にも普通に対抗できる、宇宙最強の船(と彼女自身が確信している)ミズガラクタ号という武器があるのだ。それが《ヴァルキュス》にいる『フローデル』の者たちが知らないだろう事実で、大きな誤算。
「リーザ」
まだ不安そうなレミリに向けて、言葉ではなく、ただ笑みだけをリーザが見せたその瞬間ぐらい。
攻撃設定をする大量の戦闘機群の前に、それらが急ぎ使用したワープ経路を利用し、転移点を設定し、ミズガラクタ号はワープしてきていた。
「スブレットちゃん」
ミズガラクタ号にとって初めてと言っていい、真面目に命を懸けた戦闘。自分がいない場合でのメインの操縦を任せている少女に、持ちやすさを重視した構成として具現化した、細長い通信機で呼びかけるリーザ。
〔「大丈夫だよ、全部やっつければいいんでしょ」〕と、緊張感だけでなく、興奮も伝わってくる、船の仲間内では一番最年少の少女の声。
「あ、いや、どれでもいいから1機は残しといて、確かめたいことがあるから。残すやつ、もちろん武器は無力化して、内部空間に位置捕捉して、わたしをそこに跳ばして。それと」
またレミリの方を見るリーザ。
「わたしの代わりにルカくんとフラッデさんをここに。2人とアイヤナくんに、こっちの見張り役をお願いするわ」
「見張り役ね」
もうあまり恐怖してる感じはないが、しかし何か嘘をつかれていたことには気づいたようであるレミリ。
「甘く見ない方がいいよ」
それは嘘ではなく、100%の本音。
「フラッデさんとアイヤナくんは一度はわたしを退かせた聖遺物使い。そしてルカくんはわたしの弟子なんだから」
「そのカリスマ性は相変わらずなんだね。あいかわらず戦って戦って、仲間増やしてるの?」
「戦いとかじゃないよ。研究仲間なの、わたしたち」
そう言うリーザは嬉しそうで、そして彼女はその場から消え、代わりにまたフラッデとルカだろう、レミリは知らない2人がその場に現れる。
「あの、ひとつだけ聞いていいかい?」
お互い少し気まずい感じだったが、それをなんとかしようとしているかのように、恐る恐るという感じで、自分の見張り役らしい3人に、レミリは問いかけた。
「何か研究してるの? きみたちは」
「とても遠い昔のことだ」と答えたのはフラッデだった。
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ミズガラクタ号が特別なのは、まずそのメイン素材であるテミスフィア。
テミスフィア自体は、失われてしまった水の構成粒子の代用として開発されたとされるスフィア粒子の特殊構成を存分に活用した金属を組み合わせることで作れる、物理的に最大級の耐久性を有するとされる物質。それで船の形態を造れたことも凄いのだが、それ以上に(それを武器として見る場合に)重要なのは、それが、pパターン分子という特殊な物質状態を利用した(それを完璧なレベルで理解できてるらしいエクエスやエルミィはそう表現する)奇怪なエンジンにより、1つとみなせる集合体が可能な最大速度、ハイ出力を実現できること。
いわば、その船以外のこの宇宙のどんな機械の前にもある破壊不可能なはずの壁をそれは無視できている。ミズガラクタ号は宇宙の最大の(それは機械工学的に最大の攻撃能力を持てることも意味する)耐久と、最大の速度を持っているのだ。
戦闘機と聞いて、スブレットが思い浮かべるような形とはたいていかけ離れていた。敵対する時空間戦闘機群とやらの多く、その形は《ルビリア》にいた頃に、ミーケから聞いていた古い生物ウサギに少し似ているとスブレットは思った。もっとも光学解析による結果、つまりは視覚的に確認できる形というだけの話だから、それが実態の形と断言できるかは怪しいが。
戦闘機の攻撃パターンはかなり、物質安定性を崩す空間への攻撃に偏っていた。ミズガラクタ号ならかわすのは容易いが、周囲の被害をなるべく防ぐことまで考えるなら、かわすよりは無効化する方がいい。
「ねえリーザ」
あちこちボタンがついた球体と、その隣のパネルコントローラーで船の操縦をしながら、とりあえずは隣にワープしてきていたリーザと向き合うスブレット。
「あなたはここに来ること、いえここと」
「そういう訳じゃないけどね。でも役に立つものでしょ。こんな古い装備も」
「うん」
そう何はともあれリーザの言う通り。別にそれがなくても船には問題はなかったろうが、周囲を完璧に守りながら、普通はもっと時間がかかるだろう、その敵戦闘機群をあっさり無力化できたのは、リーザが必ず付けるのがいいと言っていた古くさいテクノロジーのおかげ。
まず平面空間操作で空間への攻撃はいかなるものも打ち消せるし、それ以外なら粒子波動のシールドで防げる。普通の戦いなら、そうして攻撃を防ぎ、隙をついて反撃をするところだ。しかし敵の数が多いため、その隙を見つけるのに多少の時間はどうしてもいる。
しかし1つ、敵の明らかな弱点は攻撃力だ。範囲を調整しやすい空間攻撃を重視していることからもわかるように、彼らの攻撃は自滅を招きかねないほどの諸刃の剣でもあるのだ。つまり効率よく倒していくことを考えるなら、反撃よりも、敵の攻撃精度を狂わせた方がよい。
テミスフィアは、単に硬いというだけではない、情報学的にもそれは最も強固な物質。ようするに優れた偽物を用意しやすい。さらにはその単純な硬さから、普通は危険な移動法も活用しやすい。
だからスブレットは、ミズガラクタ号の囮装置、さらに光帆を用いた、敵攻撃を防ぐ過程で得たエネルギーの圧力を利用した高速移動(実質的にあらゆるサーチシステムをもっともごまかしやすいと言える移動方法で)で、敵の攻撃のあらゆる照準を(逆に密かにコントロールできるような態勢を維持しながら)混乱させることができた。ただし一応は、大サイズデコイや、エネルギーを利用する帆といった、古いとされるものだけでなく、それらよりはずっと新しいと言えるだろう時空点シミュレーターも組み合わせてはいる。
とにかく、正確には311あったそれらの戦闘機など、ミズガラクタ号の敵ではなかった。1機を残してそれらを全滅させるまで、ほんの数分。
星系の外から全体を見ていたとしたら、それはあちこちに散らばった宇宙船が、突然次々と空間ごとねじ曲がり、それと連続して消滅していったように見えたろう。それは最大のテクノロジーを有する文明の兵器同士が戦う場合に見られるようなパターンの1つだ。そしてそのような戦闘において、ミズガラクタ号は最強の船。
ーー
1つ残された戦闘機内部にワープしてきたリーザ。
その戦闘機自体は知らないもの、内部の、埋め込まれた人の腕みたいな機械をいくつか確認するも、よくわかりもしない。
自分に対する攻撃が何もないことから、別の誰か、つまり戦闘機群を使って自分を殺そうとしたのとは別の誰かが、すでにここに介入しているのだろうと、リーザは推測できた。そして呼びかけるまでもなく、その相手は接触を試みてきた。
船の機能ではおそらくない、リーザの近くに出現したモニター。
〔「リーザ、わたしのことを覚えてる?」〕
モニターに映った少女を、リーザは知っていたどころか、息を呑むほどに緊張させられる。
「メイリィさん」
そう覚えていないわけがない。《ヴァルキュス》軍のトップと言える大元帥を含む5人の元帥と呼ばれる者たち、その中でも、かつて自分をもっとも危険視していた(という印象をリーザは受けていた)人物。
〔「正直に白状するとね、わたしは今結構混乱してる。あなたは、いったい」〕
「メイリィさん。わたしを、世間知らずな不良娘でも、わがままな破壊少女でもない、シャーリドのリーザとしてのわたしを信じてくれるなら」
そう、結局のところは、だから戻ってきたと言えるだろう。結局自分は戦いでしか大切なものを守れないような存在だから。そういう存在として生まれ、そういう存在として育てられ、そういう存在としたの自分を選んだから。
「確信があるわけじゃないけど、かなり高い確率だよ。今ここに、《ヴァルキュス》に、わたしたちが一緒になって立ち向かうべき敵が紛れ込んでる」
だがそれが《ヴァルキュス》だと、変わり者であるリーザだって知ってる。戦うべき時に戦うこと、それが唯一共有している自分たちの信念なのだ。




