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3ー2・田舎惑星のふたりの出会い(星屑海1)

 〈ジオ〉の宇宙領域の中で最大規模の世界である《ヴァルキュス》では、個人ごとが記録のための暦を有する(基本的には、普通の個人記録に年齢、その個人が重要になる出来事の記録に暦が用いられる)。そしてその国家の中心となっている3つの銀河フィラメント、"星屑海(ほしくずうみ)"、"(そら)欠片(かけら)"、"永遠冬(えいえんふゆ)"の内、"空の欠片"に属している惑星《エクヴェド》で生まれたリーザが、《ヴァルキュス》の領域外に逃れたのは、彼女の暦(シャーリド・リーザ・エクヴェド暦)が2598の時。

 リーザが"世界樹"に来た時は2722。惑星《フラテル》に来たのは2791。そしてその小さな国家外惑星に住み着いてから半年後、彼女はミーケを見つけた。


 "世界樹"に来て70年くらい、すでにリーザが、普通の人間とは思えないような非常に強力な力を持っている軍人だということは、彼女といくらか関わりある者の間では有名な話だった。彼女は別に、自分の力を見せびらかそうとはしなかったが、隠そうともしていなかったから。

 《フラテル》においても、岩石地帯の開拓をその身ひとつで平然と行う様を、何人かの住人に目撃されてから、惑星社会における彼女の立ち位置は明らかに変わった。

 ある時、《フラテル》のどこかで発見された、生きてはいるが意識のなかった謎の少年を、リーザの家近くまで運んできたのも、おそらく最悪、彼がどのような存在であったとしても、強引にうまく対処できるだろう彼女の強さを知っていた誰かだったのだろう。


 リーザは謎の少年に気づくと、すぐにベッドに運び、その状態を確認した。


「ここは、どこ?」

 目覚めて、体を起こしてすぐに発した彼の言葉。

「きみはだれ?」

 ミーケが初めて、その時はベッド近くのソファで、検索機械で調べ物をしていたリーザに放った言葉。

「わたしはリーザ。今あなたがいる家の家主」

 リーザはそれだけ答えた。


 それからしばらくは沈黙。

 リーザの方は、別に気まずいとかではなかったのだが、何を話せばいいのかいまいち判断つきかねてはいた。


「ちょっと変な話、していいかな?」

「いいよ」

 別に彼がどんな話をしようとしているのか、正直リーザとしては大して興味もなかった。

 ただ、実際聞いてみたら意外な話ではあった。

「おれが何者か知ってるかな? どこから来たのかとか。なんか、不思議な感覚するんだ。今までのことをよく知らないような。よく知らないみたいな。いや、きっと知らない」

「えっと、ちょっとよくわからないんだけど」

「おれ自身もなんだ。わからない。何かを知ってるのはわかる。だって、例えばさ、自分の名前がミーケだとか。そうだおれはミーケだ。きみはリーザって言ったよね。よろしく」

「ええ、よろしく、ミーケくん」


 記憶喪失、というよりどちらかと言うと、何かの実験で頭がイカれた奴。それが、リーザの頭に真っ先に浮かんだ推測。

 銀河フィラメント世界でのスケールでは、移住から70年程度というのはかなり新参者と言えるだろうが、それでもリーザは、彼女が今、実際に住んでいたその"世界樹"という世界が、どれほどたくさんの変人学者たちを抱えているのか、もうよく知っている。


「名前だけじゃない。それに、いろいろなこと知ってる。そう、ここは"世界樹"だし。おれは本が好きだ。お気に入りの本だって思い出せる。だけど、だけどどうやって生きてきたのかを知らない。いや、どんな、どんな時間を過ごしてきたのかわからない。水。水を覚えてる気がする、でも、あるわけないことはわかってる」

「いや、ここでは見たことないけどさ、人工水じゃないかな」

 だんだんパニック状態みたいになってきたミーケに比べ、リーザは冷静であった。

「違う」

「いや、でも天然の水なんて」

「あれはあった」

 まるで、急に恐怖にまとわりつかれて、それを誤魔化すように声を荒げたミーケ。

「大切なものだったんだ。とても」

「ミーケくん?」


 その瞬間、彼は何かを思い出しそうだったのか、思い出したのか、リーザには理由がわからなかった。とにかく彼は、何かを恐れた、自分以外の何か、自分のすぐ近くの何か。

 おそらくすぐ近くに、その時近づいたというだけ。それだけで彼は、リーザを何かと間違えてしまった。


「あっ」

「何か」

 唐突に、彼が勢いよくその首に伸ばそうとしてきた手を、リーザはあっさり掴んで止めた。

「恐いの?」

 言葉で聞くだけでなく、彼の仕草からその心境を読み取ろうともしていたリーザ。

「ご、ごめん」

 表面に出ている反応だけ見る限り、単純なもので、実にわかりやすい。

「ほんとにごめん」

「いろいろ忘れてるみたいだけど、この世界での礼儀くらいは忘れてないみたいね」


 リーザはそこでようやく、記憶喪失という可能性にも思い当たる。そして、そうだとするならば、おそらく記憶喪失の範囲から非常に稀なケースだろうと理解してもいた。


「い、いたい」

 今や気まずそうなミーケ。

「あ、ごめん」

 掴んでいたままの手をすぐ離すリーザ。


「ミーケくん。わたし別に神経学とかは、あまりよく知らないんだけど、きみがとても混乱しちゃってることはわかるよ。だからもう少し落ち着いてみて、じっくり考えるといい。思い出せることだけでも、自分のこととかさ。それと、別に今のところはここにいてもいいし、どこかに行きたくなったら好きなタイミングで出ていっていいよ」

 そこまで言ってから、リーザは家から出ていった。


 それからまた数時間して、リーザが帰って来た時。ミーケは起き上がって、しかし家から出てはいなかった。

 リーザはミーケ本人にも話したことはないが、彼はもしかしたら数時間の間に、目覚めたばかりの頃にはまだ覚えていたかすかな記憶いくらかまでも忘れてしまったのではないか、とも考えている。とにかく、彼の心境には何か変化があったようだが、それが数時間考えただけではないかもしれない、という疑いはずっとあった。


「ここにしばらくいていいかな?」

「まあ」

 リーザとしては、実のところその方がありがたくもあった。彼女は彼のことをまだ、この時は完全に信用していなかったから。どのみち彼が去っていくのだとしても、一応は彼が本当に何か危険な存在でないか確かめるため、しばらく監視するつもりだったのだ。

「別にいいよ」


 "世界樹"の中で、《フラテル》のような平穏な惑星なら、人間は調整なしでも500年くらいは生きれるだろう。

 20年なんてとても短い時間だ。だけどたったそれだけ未来のことでも、予測するなんて難しいことだ。

 リーザはミーケに、自分たちの未来のことをどう考えていたのかとか、そういう話も聞いたことがない。ただ少なくとも、リーザの方は予想すらしてなかった。彼と20年後も一緒に過ごしてて、あんなに仲良くなってるなんてこと。

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