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2ー28・それはヒゲクジラのような

「ところで、あなたたちは〈ネーデ〉の代表とかいうわけでもなく、〈ワートグゥ(ここ)〉に派遣された調査隊なのですよね」

 あらためてザラが尋ねた。

「そうだな」

 頷いている仕草、なのかはわからないが、触手を1つ振るような動作をしたエルディク。

「それではそちら、〈ネーデ〉との連絡網はあるのですか?」とザラ。

「えっと、ザラ。実のところ、多元時空間転移、〈ネーデ〉へのスペースゲイトを開くテクノロジーも、通信を取る方法さえここにはないんだ」

 やはり表情には現れないが、言葉の感じ的に、アミアルンは少しばつが悪そうだった。

「向こうがどうなっているのかさえ、おれたちにはわからないんだよ」

「しかし、この〈ワートグゥ〉ほどではないにしても、テクノロジーをかなり失っているのではないかと、わたしたちは推測している」


 さらにエルディクは説明する。

 そもそもスペースゲイトを開くテクノロジーを船の機能として搭載することなんて、〈ネーデ〉のどの時代でも無理だった。おそらく〈ジオ〉でもそうだ。実際、かなりのレベルのテクノロジーを有している今の〈ジオ〉の"世界樹"や《ヴァルキュス》でも、ゲイトテクノロジーは実用化すらされていない。

 ゲイトテクノロジーは基本的に、自然に元から存在していた(という設もあるが、実際には神々、〈アルヘン〉、《虚無を歩く者》のいずれかが置いたのだろう)宇宙領域間のトンネルを維持するものにすぎなかった訳である。

 ただ物質体でなく、情報のみをやり取りする方法に関してはいくつが開発されていて、エルディクたちの調査船にもその機能はあったが、〈ワートグゥ〉に来てしばらくしてから、その通信のためのネットワークシステムも崩壊してしまったのだ。


「緑液で強くなれたきみたちとは違って、青液でおれたちは弱くなってしまった。それでも、これが生き残る唯一の道だったのだけど」

 そこは人間と違って、5本の指の長さが全部同じだったり、爪がなかったりする自分の手を見ながら、アミアルンは言う。


 単純なことだった。生身で生きれる場所の話だ。ジオ生物はそういう領域が圧倒的に増えて、逆にネーデ生物は減ってしまったというだけ。だが生存可能環境が減るというのは、生物にとってはかなり試練だ。


「テクノロジーが失われた可能性は確かにあるかもしれないけど、大災害からだって結構時間経ってるし、取り戻した可能性だってあるよね」

 唐突なリセノラ。

「リセノラ、バクテリア飼いの機械技師。きみはもしかして」

 顔をあげて彼女の方を見るアミアルン。

「あなたたちがあの《ルビリア》造るのに使った星系あるでしょう。そこにあったゲイト管理のシステムはまだ使えるの。実際、あたしはこれまで何度かそれを使って、〈ジオ〉と《ルビリア(あそこ)》を行き来するためのゲイトを開いているし」

 その言葉に、アミアルンとエルディクは互いを見合い、ミーケたちもみなリセノラに注目した。

「じゃあ〈ネーデ〉にも、行ける?」

 スブレットが聞く。

「おそらく〈ロキリナ〉にもね。ゲイト転移先を示すシステム内座標のいくつかは〈ジオ〉でなかったから、どこだろうて前から疑問だったの。おそらくいくつかが〈ネーデ〉で、いくつかが〈ロキリナ〉なんだと思う」


 ただ《ルビリア》生まれのリセノラとしては、そもそも〈ジオ〉でもまだまだ未知の領域。どんな危険があるかもわからない他のゲート転送先の調査は、後回しにしていたのである。


「ほぼ間違いなくそうだ。ここはそもそも、4つの領域の交易路だった可能性が高いんだ」とエルディク。

「それじゃ、アクセスシステムを用意したけど。わかった?」

「ああ、きみの言う通り」

「驚くべきことだが、確かに〈ネーデ〉の座標があるようだ」

 リセノラが、シミュレーション空間内に構築したデータ経路を使ってそれを伝えた次の瞬間には、アミアルンもエルディクも、リセノラの推測が正しかったことを確信できたようだった。


「アミアルン、エルディク。〈ネーデ〉にわたしたちが行っても大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だと思う」

 ザラの問いと、ほとんど同時のアミアルンの答。

「環境的には、ありえるどんな環境であっても、きみたちの船ならまず大丈夫だろうし、それに」

 そこでまた、エルディクの方に顔を向けたアミアルン。

「ネーデ生物が滅びなかったとするなら、わたしたち以上に何かを知っている可能性は高い。大災害の時のこと、〈アルヘン〉、それに《虚無を歩く者》」

 エルディクはそう言った。


 そして誰の反対もなく、ミーケたちは〈ネーデ〉へのゲイトを開いて、今度はエルディクたちの、全体的には三角の船と共に、ミズガラクタ号にそのゲイトをくぐらせた。


ーー


 〈ネーデ〉に来た時、会話シュミレーション空間内のメンバーは少し変わっていた。まずミーケたち側の方は、スブレットとリセノラがいなくなっていた。ゲートをくぐる船のコントロールに集中してもらうためである。

 アミアルンたち側の方は、さらにカアタ族のシャルウェが増えていた。カアタ族はミーケ曰く、トカゲというジオ生物に似ている種族。しかしアミアルンとそう変わらないその大きさは、トカゲにしてはおそらく大きいとも彼は説明した。


「エルディク、わたしたち運がよかったかも。わたしたちが誰か知ってる者もいるようです」


 突然にゲイトが開かれたことを察知した何者かが、さらにそれを通って〈ワートグゥ〉からやってきた2隻の宇宙船の内、〈ネーデ〉の調査船側の方に、簡素なメッセージをすぐ送ってきたのである。距離を無視できる共鳴通信(きょうめいつうしん)を使って。


「エルディク、あなたと話がしたいそうですよ。キスト族のケイシャが」

 シャルウェは、船長であるエルディクにそのことを伝えに来たのだった。

「「キスト族のケイシャ」」

 それは間違いなく驚いたのだろう。エルディクとアミアルンの声が重なる。

「だが当然と言えば当然か」

「そうですね」

 エルディクもアミアルンも、すぐに何かに納得したようだった

「いったい誰なんです?」

 シャルウェは、そのケイシャという何者かを知らないようだった。

「ケイシャは『集団74』の指導者だよ」というアミアルンの言葉だけでシャルウェは、その何者かについての理解を十分に得たようだった。

 それから彼はさらにザラの方を向いて、言葉を続けた。

「キスト族のケイシャは〈ネーデ〉におけるある集団の指導者だったのだけど、それは〈ジオ〉を、大災害より、〈ジオ〉と3領域の戦いよりも前の時代から警戒して、監視していた集団だ。キスト族は〈ジオ(きみら)〉の領域にいたヒゲクジラという生物種にその姿が非常に似ていたから」

「スパイにしやすい。クジラ類は知能が高いし、それにその時代にはたくさんあったろう水が好ましい生物だ」

 ちょっと興奮してきたようであるミーケ。

「そういうこと、おれの役目交代かも。ちょっと待っててよ」

 そしてシミュレーション空間内から、アミアルンは消えた。

 続けてエルディクとシャルウェも消え、ザラもシステムを一旦停止した。



 そしてしばらくしてから、ネーデ生物との次の会話は、シミュレーション空間の中ではなく、ミズガラクタ号の船室で行われることになった。


「あなたたちジオ生物が無事だったことは知ってました」

 実際よりはかなり小さいらしい、映像でミーケたちの前に姿を見せた、キスト族のケイシャ。

「わたしはケイシャ、あなたたちの言語パターンは全て知ってますから、今こうしてるように、あなたたちの言葉で普通に会話もできます」


 エルディクの言っていた通り、ケイシャはさらにいくつか、貴重な情報をもたらしてくれた。

 まず〈ネーデ〉は、〈ワートグゥ〉に比べると明らかに無事だった。〈ジオ〉に比べると、物質の密集率は少ないようだが、その点以外は似たような環境のようだった。ただし、やはりジオ系に比べ、生存可能環境が減少したために、以前よりも繁栄規模などに制限がかかってしまってはいる。ネーデ生物は、組織という概念の考え方がジオ生物と似ていて、かつては科学結社もいくつもあったが、今は『集団74』しか残っていない。

「テクノロジーも全体で言えばほとんど取り戻せていないです。ゲイトの操作技術もそうです。だからわたしたちも、他の領域の状況についてはほとんどわかっていません。ただし」

 かつて強く結びついていた〈ワートグゥ〉と〈ロキリナ〉、それにずっと敵だったのだとしても、心が敵だなんて考えてなかった〈ジオ〉との繋がりは、それでも残り続けていた。おそらく〈アルヘン〉が残したものだろう、宇宙領域間を超えたネットワークを構築できる通信機、いわば〈ネーデ〉の聖遺物を使った通信で、そちらも、一応は無事だという〈ロキリナ〉との情報交換は今でも続けられているし、〈ワートグゥ〉や〈ジオ〉の情報も一部収集できていた。だからこそ〈ワートグゥ〉がすでに、生物学的に死に近い世界になっていること、〈ジオ〉の、以前と変わらないどころか多くの面で発展しているとすらいえる状況も、ケイシャたちは知っていたのだった。


「〈ロキリナ〉も、物理的にわりと酷い状況ではあるけど、生体機械化で生き延びたらしい。それだって大災害の時の未来予測的には、生き延びる手段として賭けだったけど、やっぱりおれたちは運がいいね」

 いきなりその場に転送されてきて、普通に〈ジオ〉の言葉を喋ったアミアルン。

「聞かれる前に簡単に説明しとく。あくまでこの〈ネーデ〉領域にいる時限定だけど、おれたちは神経構成的に、物理的な知識のインストールがかなり容易でね。まあ知識とか、知的技術の共有がわりと簡単にできるってこと。で、きみたちの言葉をもう覚えたって訳さ。言語パターン、それにこの波動域の音の使い方」

 ネーデ生物の特徴の1つである、種族ごとに共有される巨大な脳の恩恵である。

「まあ、そういうことより、何よりさ、かなり面白いことに気づいたよ」

 もし、アミアルンが本物の人間だったなら、それはもう楽しげな笑みを見せたことだろう。


ーー


 "世界樹"全域の協力体制の中心となった時、《アズテア》は、"世界樹"内で知られていたほとんどの聖遺物を集めもした。

 人工惑星《ミルテール》に集められたそれらの総数は211個。ただし、全く用途がわからないものが150個ほど。150の内の1つが、片手で持てる程度の大きさの十字架のような形をした"ユッカのアンテナ"。その"ユッカのアンテナ"の周囲に、突然閉鎖されてるような量子回路が形成されたという知らせを、シェアラが図書館星系《アルタラ》にいたエクエスに伝えてきた時、その場には、"世界樹"の周辺フィラメントに潜んでいた『フローデル』の者を全員片付けて、戻ってきていたリーザもいた。


「エクエスさん、これも、『フローデル』と関係してることだと思う?」

 リーザの問いに対し、エクエスは少しだけ考えるような仕草の後で返した。

「いや、別の何かを思い出せそうだ。"ユッカのアンテナ"。ここ最近の中じゃ、1番いい予感すらする」


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