2ー26・ウンディーネ
1度目2度目の時と違って、今度は、頭を抱えて膝をついたものの、叫び声はあげなかったミーケ。
ーー
(「ごめんね、わたしは嘘ついた。本当は死ぬのが怖いよ」
「ミーケ、あなたはミーケだから。それだけは……」)
その時には、根底の思想も変わってしまっていた。一緒に生きたいという気持ちが強くなってしまっていた。
だけど、そんなものは夢物語だと理解もしていた。
仲間たち。ミーケという名前をくれた。戦いのための兵器でなく、友達として助けてくれた。そして、みんな死んでしまった。
(「ウンディーネ、あなたは」
「覚悟を決めなさい」)
誰?
(「二度とここには戻れないだろう」
「わたしと一緒に行くか? ◼️◼️ラ」)
なんて言った? それは昔の名前。ミーケより前の……
(「答は見つけられなかった」
「別のことはわかった気がする。流れ込んできたみたいな感情がずっと残ってるから。忘れられないから。どうして《虚無を歩く者》が、おれたちを憎むのか」)
今はもう残っていないだろう。残ってるとしても、見つけることなんてできないかもしれない。独りで用意した、たくさんの友達の墓。
流れ込んできた感情とは何だろう。この時自分は何を悩んでいたのだろう。それは思い出せない
ーー
意味はほとんどないものだ。少なくとも重要な情報はほとんどなかった。個人的なことばかり。しかしその始まり、目的だけは……
「導いたとかじゃないよ、本当に。それは間違いない。けど確かに、おれは〈アルヘン〉で造られたんだと思う」
そう言いながらミーケは立ち上がる
「いったい、何が何なんだ?」とアミアルン。
「記憶ですか?」
「記憶を?」
「うん」
ザラとルカの重なった問いに、すぐ頷くミーケ。
「簡単に話すと、〈アルヘン〉という宇宙、領域があって、そこの生物は、少なくとも見た目は人間に似てた。で、おれは造られた、〈アルヘン〉には、生物を完璧な形で作り出すテクノロジーがあった」
さらにいくつか、断片的に思い出したことから、ミーケは重要そうな情報を拾って話していく。
ミーケという名前は、生まれつきのではないが、記憶を失ってからだけのものでもない。それは、彼と一緒に造られた仲間たちで、勝手に決めあった秘密の名前、という友情の証。ただし本当の名前は、3音であり、最後の音が「ラ」であること以外はわからない。
一緒に造られた者たちは、ミーケも含めて、錬金術師と呼ばれる存在だった。それぞれが(ミーケが水を操れたよう)限定された分子構造をコントロールする力を持っていた。ただし、 ウンディーネと呼ばれていた、ミーケのその水のコントロールが最も重要視されていた。彼らの親とも言える科学者たちも、いくつか、ミーケにだけ伝えた機密情報があったほど。
錬金術師の仲間たちで作られた部隊でも、ミーケは指揮官を任されていた。だが何をしていたのかはほとんどわからない。《虚無を歩く者》と何度か直接出会いはしたが、おそらくそれは戦いではなかった。戦わなければならない時など来なかったのだ。
「〈アルヘン〉はすごい技術を持ってはいたけど、大災害には関わってない。だけど、水が失われることを、かなり早くからわかってはいた」
そして、それにより戦いが一旦は終わることもわかっていた。
〈ジオ〉はけっこう大切にされてた領域だったのかもしれない。〈アルヘン〉の者たちは、 優先順位を決めて、なるべく多くの宇宙領域を守ろうとしたが、アルヘン生物であったメリセデルが〈ジオ〉に来たのも、最初からそういう目的。そして、仲間たちを失っただけで、自らの役割を見失ってしまっていたミーケは、彼に誘われて〈ジオ〉に来た。
「錬金術師、いや、おれが造られた目的は《虚無を歩く者》」
水さえ消し去ってしまえば、ソレをどうにかできる。少なくとも当時の時点ではそうだった。《虚無を歩く者》は水を利用してこの宇宙の物質として現れていたらしかった。
「なぜ1人だけだったのかわからないけど、一緒に造られた中で、ウンディーネと呼ばれていたのはおれだけ。だから、最優先はおれの命とされてた。おれはきっと、たくさんの仲間を犠牲にしてきた」
そこはまだ推測でしかないのに、だけど妙な確信があった。だから記憶を消したのかもしれないのだ。恐ろしい苦しみに耐えきれそうにないと考えたのかも。それでもまだ死ぬわけにはいかなかったから。アレが消えていないなら……
「ミーケ」
何か言葉をかけようとするも、何も思いつかない様子であるスブレット。
「ここまでに何があったのか、あらためてちゃんと説明してほしい。大災害前のことについても、いったい何が知りたいのか」
「ええ、全て話しましょう、ここまでのこと」
アミアルンの言葉に頷き、ザラは自分たちのこれまでのことを説明した。
失われた水の研究。ミーケが取り戻してきた記憶。《虚無を歩く者》との遭遇、そしてソレが残した足跡を辿って、この変わり果てた後なのだろう《ワートグゥ》宇宙にやってきたこと。
ーー
ミーケたちが、シュミレーション空間の中でアミアルンと対面した頃。エクエスとテレーゼは、《アルタラ》という、その全域が書籍データベースになっている星系にいた。"世界樹"の中でも、最大級の図書館の1つ。
「兆候はあったな、だがおれたちは気づけなかった。何てマヌケだ。いや、人間はなんて愚かだ、人間だけなのか?」
「何あったの?」
自分には読めない文字で書かれた文章を、すぐ前に表示させて読んでいたエクエスの横で、自身もまたほんのさっきまで、何かの本を読んでいたようであるテレーゼ。
「浄化作業は失敗してたってことだ。『フローデル』はずっとあった。今この時であっても、見つけようと思えば見つけられた。そして探そうとした者が、おれの前にはいなかったなんて考えられない」
「それってやっぱり、この"世界樹"にも」
「ずっといたんだろう。だが、ここの場合は幸いだった。科学者て連中は、基本的に融通が利かない。だから本当の意味で、この"世界樹"が一致団結できたことなんて多分ない。そう考えると、それがよかった。ずっとバラバラでいたからこそ、少数の『フローデル』が全てを支配することはどうしてもできなかった。それどころか、どんどん排除されて、結局最後に残ったのが前のやつらだったのかも。そう考えると、いろいろ辻褄があう」
「エクエス」
その時のエクエスはまた、テレーゼが始めて見る顔をしていた。
前に《虚無を歩く者》と遭遇した時の恐怖とも違う。ただ何かへの……。
彼にそんな感情なんてないのだと思っていた。いや、そういうものがあるのだとしても、彼は完全にそれをどこかへと封印してしまっているのだと。
エクエスが見せていたのは、かなりはっきりとした何かへの怒り。
ーー
人間という生き物の闇の側面。『フローデル』の支配がずっと前からあった、"世界樹"周辺の4つの銀河フィラメント、"九天"、"賢者の地"、"色彩天"、"氷塊園"。
"黒のアトリエ"に加え、アイヤナの聖遺物箱システムは、その『フローデル』の者を見つけだし、追いつめるのに非常に役立った。
リーザと戦った時には針を射出する攻撃に使われたが、むしろ本来の用途的には解析に優れている"カテナの円盤"により、先の奴らから得た情報から、(見つけるべき敵がいる)範囲をかなり絞れた。そして"黒のアトリエ"により、決して気づかれてしまうこともない。
リーザたちは、数自体はそれほど多くもない、彼らの1人1人を確実に捕らえていった。彼らの支配はかなり秘密裏のものであったので、それがなくなったところで、実質的に大した影響もないだろう。
そして"色彩天"の《ガランデ》という星系の人工惑星の、(内部はかなりボロボロに破壊された)最後の砦の中で、リーザは最後の1人を追いつめた。
それも、ミーケたちがアミアルンと会った頃。
「死ぬ前に言っておくことはある?」
別に殺すつもりがあったわけではないが、全ての武器を壊されて、しりもちをつき、恐怖で体を震わせる哀れな男に、リーザはそんなことを言った。
フラッデは船で留守番してるが、アイヤナは一緒にいる。
「おまえ、やっぱりそうだな、ヴァルキュス人だろ」
リーザは何も答えなかったが、男はそうだと確信しているようだった。
「だが、何も知らないんだろう」
今や男は笑みさえ見せる。
「ざまあみろだ、ざまあみろ」
そこまで言って、男は気を失った。
「リーザ」
「大丈夫だよ、あまり心配しなくても」
アイヤナに対してリーザが見せた笑顔は、安心感を持たせてあげるためだろう。しかし、決して強がりとかではない。
「わたしたちは強い」
"世界樹"の中で、リーザはそのことを誰よりもよく知っている。




