2ー25・第三の鍵
ミーケたちがリセノラと出会い、そのシミュレーション会話システムの開発を本格的に開始してから。
アミアルンは、船の通信コントロールを集積していた、大量のモニターがしまわれているようである本棚みたいなものがある部屋で、その(完成の)時を待っていた。
それで本当に会話ができるようになるとして、やはり代表として話す役割は、ジオ族の専門家である彼に任せられている。
ただ、単純に科学や歴史などに関する知識量という点においては、船の船長であるエルディクの方が上なので、場合によっては助けてもらおうと、すぐ近くに待機してもらってもいた。
「賢いやり方だ。おまえの言っていた通り、優秀なエンジニア、いや、科学者みたいだな」
《ルビリア》に待機している、ミーケらの船ミズガラクタ号から送られてきた、メモリーパックの分子に納められている、そのシステムデータをモニターで確認するや、エルディクはそう言った。
「わかるように説明できます?」
細かく解析され、整理されたデータを見ても、その原理的な事に関してはよくわからなかったアミアルン。
「おそらく時間がかかる」
「なら後でいい、ていうか別にいいです。そんなに気になってることでもないですし」
あくまでその見かけ、姿だけでの話だが、ヒトが理解できていなくて、イカが理解できているというその光景は、〈ジオ〉であったなら、実に奇妙なものだったろう。
「それじゃ、さっさと起動します。彼らの時間はおれたちよりもずっと早いだろうから。あまり待たせるのは可哀想かもしれない」
そうして、アミアルンとエルディクは、ミーケたちが用意した、仮想空間で繋がった。
ーー
完成することが優先で、他の要素には気を使っていなかったこともあり、ただ真っ白な空間の中。姿を見せた人間に似ている何者かと、10本の触手が確認できる何者か。どうやらふたりだけのようだった彼らに対し、ミーケたちは、エルミィ、メリシア、リセノラも含んだ全員。
「《ルビリア》を造った方たちですよね? わたしはザラといいます。 おそらく知っているでしょうけど、〈ジオ〉から来た生物です」
システムがうまく機能しているのなら、ザラのその言葉は相手には聞こえず、代わりにそのシミュレーション空間内限定で、(そこにアクセスできる者なら) 共通的に理解できる光学的な文字情報が、相手の前に表示されているはずである。相手が相手の言葉をたくさん喋り、データが揃ったなら、音声としても伝えられるようになるだろう。
それから、自分以外の者たちのことも簡潔に紹介してから、ザラはあらためて聞いた。
「それで、まず率直に知りたいことを聞きますが、あなたたちは何者なのですか? 〈ジオ〉の生物ではないのでしょう? それに、おそらくこの〈ワートグゥ〉の生物でも」
アミアルンも、エルディクも、彼女が何を言っているのかがはっきりわかる。その空間に設定されている、自分たちにも理解できる共通文字情報をしっかり認識できる。
「おれたちはネーデ生物。きみたちがジオ生物ということは知ってた。今こうして対話ができるようにしてくれたのはこっちとしてもありがたいこと。そしてまずこれだけは言っておくよ。おれたちは、きみたちに対して敵意は抱いてない。ただ、恐れてただけ。それと、きみたちに聞きたいことは山ほどある。多分きみたちの方でも、おれたちに聞きたいことがたくさんあるように。それと」
さらにアミアルンは、自分の種族は人間に似ているだけでなく、人間含むジオ生物に対する関心も高く、自分が、少なくとも〈ネーデ〉においては、〈ジオ〉に関して専門家と言えるレベルでよく知っていることも話した。
それらの話は全て、ミーケたちには文字情報だけでなく、音声でも届く。
「まあそういうわけでもあるから、実はきみたちに関して、おれはある程度推測もできてるんだ。たぶん間違ってないと思う。きみたちは科学者で、ここには何かの研究のために来た。だけど予想外の存在、つまりおれたちがいて、そっちにもまた、興味を抱いた」
「それは驚き。きみは確かに専門家みたいね」とスブレット。
「だけど、アミアルン。わたしはあなたたちが持ってる、わたしたちに関する情報は、かなり古いものだと考えてるわ。あの《ルビリア》も、今の〈ジオ〉からは隔絶されてる特殊な領域だし。それにわたしは、これまでのあなたたちの行動パターンから、あなたたちの時間感覚がわたしたちよりも、というより、あなたたちは調整なしでの寿命が、わたしたちに比べてとても長い生物なのだと推測してる」
メリシアも、ミーケたちの中では、一番古くから《ルビリア》にいて、しかも社会学者であるので、行動から相手を知ることは得意だ。
「本当に、あなたは今のわたしたち、〈ジオ〉に関しても、そこまで知っているというの?」
そう、それがメリシアの持った疑問、というか彼女が興味深いと感じた点。
「今の〈ジオ〉を直接は知らないよ。けど予想はかなりできてる。きみたちもまさにそうだけど、《ルビリア》には今の〈ジオ〉から来た者も多くいるからね。緑液、あの驚くべき発明の事ももちろん知ってるし。まあ」
そこでリセノラを見たアミアルン。
「バクテリア飼いが、まだいることには驚いたけど」
「バクテリアって、生物の?」
それもおそらくは、大災害以前には普通に存在していたが、現在は絶滅してしまっている古代生物の名称。もっとも、そもそもその名称自体、ミズガラクタ号側で知っていたのはミーケだけだったが。
「ああ、えっと、この場合のバクテリアってのは、生物というよりも。そうだな、おそらく今のきみたちの認識的には、ウイルスに近い存在だ。ちょっとスケールは大きいけどね。とにかく、不安定な生命行動の調整役だ」
スケールの大きいウイルスと言われれば、それも知らなかったルカ以外の全員が納得できた。ウイルスとは主に、遺伝情報調整に使われる小型ロボットのこと。
「今は、緑液なしで生きるには、ロボットによる調整が必須だから。けど、そういう名称があるってことは、わたしみたいな人は、昔にもいたの?」
尋ねるリセノラ。
「いたね。まあ本当に昔の話だよ。きみたちはこの情報に驚くんじゃないかな。まだ宇宙に水という物質が溢れてた頃のことさ」
「大災害前のこと、あなたたちはよく知ってるんですか?」
アミアルンの言葉から、いよいよ、そうでないかと期待したザラ。
「きみたちは」
完全に無表情を崩さないために、ミーケたちにはわかりもしないが、アミアルンがこの時に抱いた驚きは、半端なものではなかった。
それは彼ほどジオ生物について知っていなったエルディクも同じ。
「おまえたちの言う大災害とは、水が失われた時のことなのか? おまえたちも、あの出来事を覚えているというのか?」
「知らない人も多いけど、だけど記録には残ってる。そういうことがあったこと」
思わずという感じで発せられたエルディクの問いに、答えたのはミーケ。
「わかりにくいんだけど、きみたち驚いてるの?」
スブレットが聞く。
「さっきメリシアが言ってることは当たってるんだ。おれたちの1世代の時間は、きみたちよりもずっと長い。つまり、きみたちの時間はおれたちからするととても短いから。大災害、見事な名前だ、おれたちもそう呼ぶよ。その大災害の記録をきみたちが残してるなんて」
「でも、確かに1世代の寿命は短いかもしれないけど、それは調整なしの話でしょう。わたしたちにもとても長く生きてる人はいるわ」
「わたしたちの知る限りでも、最も古くから生きている人は、大災害を生き残った者たちの子供です」
エルミィに続いて、ザラが言う。
「調整システムが失われなかったこと、いや、失われてたとしても、それほど長い時間じゃなかったことが驚きなんだ。緑液のことといい。やっぱり」
そして、今度はミーケの方を見たアミアルン。
「な、何?」とミーケ。
「きみたちが、彼らを導いていてきたの?」
「きみたち?」
アミアルンの言葉の真意が、ミーケにはとっさに理解できない。
「きみは、アルヘン生物じゃ」
アルヘン生物。
翻訳されたその言葉か、あるいはミーケ本人の感覚的には聞こえていなかった、ネーデ生物の言葉によるその名称か。
いずれかはともかくとして、その時の要素、何かがそうであることは間違いなかった。ミーケの、封印されている記憶を部分的に呼び覚ますための第三の鍵。




