2ー24・表情なき生物
宇宙全体の中で、〈ネーデ〉、〈ロキリナ〉、〈ワートグゥ〉、そして〈ジオ〉という4つの領域が、どのような存在であるのか、伝わってきた情報は少ない。
4つの中で、〈ネーデ〉には一番古い記録がある。そのいくつかは、それらの領域が「辺境である」というもの。
はるか昔。それは、知的生物の最初の領域、最初の知的文明とされていた〈アルヘン〉の黄金時代。全ての領域、全ての宇宙に、彼らの影響はあった。
まだ〈ロキリナ〉、〈ワートグゥ〉に知性はなかった。それら、どちらの領域も、エネルギーの混沌状態が連鎖することによって演出される、不毛な無限ループが続いているだけの、壮大な場にすぎなかった。
〈ジオ〉は少し事情が違っていた。ここにはすでに、何らかの生物がいた。だがそれは、完全に閉じた系であった。領域全体に、まるで神でも気取っているかのように、ネットワークを広げた謎の存在がいて、その小さく、しかし大きな小宇宙で、崩壊と再生を繰り返しているようだった。
ある時に〈アルヘン〉からの使者たちは、〈ネーデ〉の知的生物種いくらかと接触した。
ただし、実際その当時の〈ネーデ〉に、どのような種族がいたかも定かでない。ずっと後の大災害の時代には、〈ネーデ〉には1億以上の知的種族がいたが、そのほとんど、そんな古い記録など持ってもいなかった。唯一、キスト族だけは、〈アルヘン〉に関する記録を有しているから、おそらくは彼らか、彼らと関わりのあった種族が、すでに当時いたのだろうと考えられている。
後に〈ジオ〉の住人たちは、ネーデ生物の多くの種族に、見た目が似ている自分たちの領域の動物種からとった愛称をつけたが、キスト族はヒゲクジラと呼ばれていた。
〈ジオ〉と〈ネーデ〉はどちらも、その生物形態の多様性が重要な特徴だが、原因はそれぞれ異なる。
〈ジオ〉は、例えば1つの惑星上のような、あまり大きくない限定された領域に生じた、遺伝子戦略生物が、たいていそうなるように、逃げ場もなしの絶え間ない争いが、勝利者と敗北者といういくつもの多様性を生み続けた。ついには知的生物種が現れ、テクノロジーによって、生きる場を惑星外に広げる時まで。
〈ネーデ〉の場合はどうだったろうか。
ネーデ生物は、遺伝子でなく、生成場と呼ばれるものを軸とした戦略の生命体。
各個体が個別に生命因子を持ち、それぞれ次世代の個体へと因子を引き継ぎしていく遺伝子戦略に対し、生成場戦略はその生命体としての核を、各種族ごとで共有する。
生成場は場合によりけりだが、基本的には、特異的な化学組成の巨大物体。同じ生成場から生まれた者は姿が似てるが、その時々で環境や条件などが異なっているために、少しは違う個体になる。
生成場を定義するための最低限の条件は2つ。エネルギーの補給経路さえあるならば、連続して、同一種族と考えれる生物を生み出せること。それに、生み出される各生物が、自己複製機能を基礎的に有していないこと。
2条件の後者の方は、たいていの場合(少なくとも〈ネーデ〉の場合は)、核とも呼ばれる、生成場と共にあり続ける生命体因子を、同一(の生成場から生まれた)種族の者たち全員が共有し、各自が自由には扱えない。というのと同義である。
ようするに、生成場の生物が、生物として機能するための根本的な原理は生成場の方に残っている訳である。だから、普通は各生成場種は、生まれた場所から遠く離れることができないなどの制限が必ずある。一方で、各個体ごとの時間は、遺伝子戦略生物より圧倒的に長く、安定しているのが普通。
遺伝子戦略生物の生態系の場合、知的種が獲得したテクノロジーによって、(本来は限られた時間で消耗される存在である)ひとつの世代、個体の生存期間を伸ばし、自分たちという知的種を進化によって生み出した理からも外れさせることができる。
生成場生態系でも似たようなものだ(生成場が複数ある宇宙全体のスケールでは、進化法則もしっかり適用可能)。ある生成場に現れた知的種は、そのテクノロジーによって、自らの生存条件を、生成場から自身の内部に移したりして、やはりその理から離れられる。
そうして、絶対的といえる初期条件から解放された知的生物たちというのは、以降、自分たちをどのような存在とするか、かなり自由になる。もっとも、大局的に見れば、自由になれたどんな知的生物も、自分たちの宇宙を掌握するまでは、ひたすらに自分たちの科学力を高めていくものだが。
知的種が現れた場合、元々どのように発生した生物群であっても、結局似たような存在(巨大科学文明種)へと変わっていくのも、どうやらこの宇宙では基本法則。
ところで〈ネーデ〉では、生成場で発生した知的種は、初期には生成場と神経ネットワークも共有するが、もちろん高い科学技術を得たなら、自分の構造体内(オフライン下)に工的メモリーを用意することで、意識的にも完全に独立した個体となることが可能。
ただ、そうしてあらゆる物理条件的に独立した場合であっても、それでも共有できる情報バンクとして、生成場と繋がり続けるのも普通。
生成場種という生命は、共通的に象った造形物に生命体機構を繋げてる(場から独立後は、宿らせてる)に近い。その形はかなりマクロ的な領域で決まるために、受動的な形体変化も起こりにくい。
ただ実は、遺伝暗号という設計図にどうしても縛られる遺伝子生物に比べ、実質ありとあらゆる形の生物が造られる場合がある。ただし、ある形で誕生することが決まると、それが後から変化することはほぼない訳である。
それでも、精神構造は変化することがよくある(だから生成場生物は、遺伝子生物より心層空間に気づきやすい)。
しかしその造形とは、完全に形だけというもので、精神とあまり連動していないので、ネーデ生物は感情というものが身体的な表面には現れないし、現れるということも(いわゆる直感に反するレベルで)理解できない。
だから仕草から感情を読み取る能力が乏しく、別宇宙領域の他種とは(全く言葉が通じない状態からの)コミュニケーションは取りにくい。互いの言葉を学び合うということが相当に難しい。感情が視覚的に表に出るのなら、その情報を頼りにして、徐々に言葉を合わせていくことも可能だが、それができない。
アルヘン生物の使者たちは、 そのことを始めに姿を現した時から知っていて、接触した〈ネーデ〉の種族の言葉を、どうやってか、はなから完全に理解していた。彼らは、〈ネーデ〉の別々の種族同士が互いの言葉を学びあうことができるのは、驚愕的な事実だと語ってもいた、とされている。
ネーデ生物が、〈アルヘン〉のその偉大な業を目の当たりにできたのは、その時のただ一度だけだった。
〈ロキリナ〉と〈ワートグゥ〉を、生物の存在する宇宙へと変えたのは彼ら。アルヘン生物が何をどのようにしたのか、当時のネーデ生物には意味不明であった。確かなことは、彼らが(〈ネーデ〉から?)何かをした2つの領域は、それから1兆年が経つ頃には、知的生物の宇宙となっていたこと。
〈ジオ〉はどうだったか。
少なくともネーデ生物には、アルヘン生物がその領域には関心がないように見えていた。
だが〈ジオ〉を長く支配していた奇妙な生物、リリエンデラがついに倒された時、ネーデ生物たちにはなから彼ら、人間に対する恐れがあった。
偶然とは思えなかった。ただ無関心だったわけじゃなく、何かがあったのは間違いない。人間という〈ジオ〉の支配者的生物種は、記録に残されたアルヘン生物の使者たちと、その形体がよく似ていたのである。
ただ、ネーデ生物の中でも、人間と似ているキルル族がいたし、アルヘン生物に関しても、彼らが危険であることを示唆する記録などなかった。
だから、人間たち、正確には人間たちの組織の中でも、特に強力であった科学結社が、〈ネーデ〉含む周辺宇宙領域にまでも欲深い心で手を伸ばしてきた時。恐怖心も大したものでなく、怒りであっさり上書きできた。
実のところ、領域間スケールでの戦争など、仕掛けた〈ジオ〉のみならず、〈ネーデ〉、〈ロキリナ〉、〈ワートグゥ〉、いずれの領域にも史上初のことだったが、最初から、3つの領域同盟側からすると、完全に勝ち戦なのは間違いなかった。
どういうふうな見方をしようと、〈ジオ〉内部にすら多くの反逆者を生んでしまった、例の科学結社は愚かだった。
戦いの後、ジオ生物、領域をどうするかについては、〈ネーデ〉はあまり関知していない。ジオ生物の処遇を決めたのは、特に彼らと近い遺伝子戦略の生物種であったワートグゥ生物である。
だが、そんな愚かな戦いも、すぐにどうでもいいような昔になった。
大災害の時代。〈ジオ〉との交流が続いていたのが〈ネーデ〉だけだったというのは奇妙な話だろうか。4つの領域の中で、その大災害に最も早く気づいたのがジオ生物だったというのは、まず間違いなく奇妙と言えたろう。〈ネーデ〉は、そういう意味では幸運とも言えた。
大災害、水の消失という、もはや避けようもない恐ろしい未来のことを、ネーデ生物に伝えたのはジオ生物だった。それぞれが自分たちなりの根拠をもって、2領域の交流の程度からは想像しにくいほど、凄まじい数の人間たちが、それを警告してきた。
悪夢の時代を越えて、ジオ族は変わっていた。あるいは単に怖かったのかもしれない。
4つの領域で知られていたすべての生命体は、(仮想的なものまで含めても)分子領域において最も単純な、その水という物質を必要としていたのだから。それが宇宙から無くなるなんて、絶対にあってはならないこと。
この宇宙のどこのどんな知的生物でも実はそうであるように、ジオ生物、地球の生物も、その1番初めの惑星にだけ生きていた頃から、「自分たちが孤独でないかもしれない」という希望は、最も大きな生きる意味だった。だがそれが、永遠に失われつつあったのだ。
〈ロキリナ〉も〈ワートグゥ〉も、そして〈ネーデ〉自体の大半の生命体を含むほとんどが救えないということはわかっていた。
だがその時を避ける方法はない。
あるスケールでは、突然とも言えないだろう。そういう意味でも、明らかにそれは誰かの仕業だった。アルヘン生物かも知れない。少なくとも〈ジオ〉にそれについての情報を与えたのは、彼らと考えられた。
その時がきて、(実際のところ、なぜかということはジオ生物にもネーデ生物にもわからないとも言えたが、全ての水が失われる原理なんてそれしか考えられない)宇宙の全エネルギーの基本性質が変えられても、すぐさま不安定物質となって水が消えてしまった訳でもない。
環境によっては崩壊は緩やかだった。ネーデ生物は生き残るために、ジオに学んだ。スフィア粒子、緑液という、彼らもまだ研究段階であった生存装置を真似ようとした。
それはたった2つ残されていた、生き残るための方法の1つだ。 自分たちにとっての水の代用品を造りだすか、あるいは(恒久的に水を必要としない部分的機械化により)水を必要とする生命機構をすべて捨ててしまうか。
ネーデ生物が開発した青液は、救いの雫として、緑液ほど優れたものではない。 それを与えられたすべてのネーデ生物が助かった訳でもない。助かった者たちも生存可能環境的にかなり弱くなってしまった。緑液により、かつてよりも物理的にはるかに強くなったジオ生物と対照的だった。
だが、とにかく〈ネーデ〉においては、生き残った者たちがいた。水の代用品を使い、あくまでも、以前と同じ性質の生命体でいれるように拘っていたおかげもあり、かつての多様性すら維持されていた(そういう意味では、ジオ生物よりも救われている)。
〈ロキリナ〉、〈ワートグゥ〉、(緑液に関しては知られていたから、助かったとは思われたが)〈ジオ〉も、どうなったのかはわからなかった。
大災害から8000年ほど経ってから、〈ネーデ〉は、〈ワートグゥ〉、〈ロキリナ〉、〈ジオ〉、 それに交流はなかったが、さらに外側の領域へと、救助隊も兼ねている調査隊をそれぞれ送った。
《ルビリア》を造ったネーデ生物たちは、〈ワートグゥ〉に来た調査隊の者たちだった。
待っていたのは、知的生物が完全に絶滅してしまった世界。大災害からたった8000年足らずで。
だが絶望ばかりではなかった。
やはり〈ジオ〉の生物も生き残っていたのである。
おそらくは古い時代に、〈ジオ〉と〈ワートグゥ〉との交易ルートだったのだろう。目的はともかくとして〈ジオ〉からのゲートが時々開き、実際にジオ生物が現れることもあった(もはやそう定義していいのか微妙だったが)星系を、調査隊メンバーは見つけた。
しかし、〈ワートグゥ〉の状況に関しては、知らない者たちばかりのようだった。もしかしたら、どうやってこちらに来たのかすらわかっていない者たちばっかりだったのかもしれない。とにかく、やってくる者の多くは、何かするでもなく、帰るでもなく、そこで死んだ。
《ルビリア》は元々、迷える(?)ジオ生物たちを保護してやるためのものだった。実際に、それがあったおかげで死なずにすんだ者たちは大勢いたと思われる。
しかしコミュニケーション手段もなく、途方に暮れていたのは調査隊の者たちも同じであった。
彼らも、《ルビリア》を管理しながら、しかし、ただひたすらエネルギー的に起伏なき世界となった〈ワートグゥ〉に長くいて、他の領域の情報もなく、身動きできないでいた。
〈ネーデ〉の方からも、いつまでたっても後発隊が来る気配もないので、もしかしたらある程度科学技術を失ってしまっているのかもしれない。おそらくは〈ジオ〉がそうであるように。
とにかく、そのまま時が経った。
そしてガラクタ船、それこそ、かつての〈ジオ〉すら上回っていそうな技術の結晶が現れたことは、久しぶりの衝撃であった。
すぐに、調査隊のメンバーのひとりであった、キルル族のアミアルンは期待を持った。
アミアルンは、大災害以前、人間と直に接触したこともある専門家。唐突に現れたその何者かたちに、敵意がなさそうなことだけ確認すると、後はどんな目的でここに来たにしろ、まずは自分たちと何とか接触を試みてこようとするはず、と考えたのである。自分たちの方で用意できないコミュニケーション手段を、向こう側で用意してくれるだろうと。
その予想は見事に当たっていた。
だから、シュミレーション空間を利用した対話ができるようになり、ザラと名乗る少女が「あなたたちは何者ですか?」と聞いてきた時、アミアルンは迷わずに答えた。
「おれたちはネーデ生物。きみたちがジオ生物ということは知ってた。今こうして対話ができるようにしてくれたのはこっちとしてもありがたいこと。そしてまずこれだけは言っておくよ。おれたちは、きみたちに対して敵意は抱いてない。ただ、恐れてただけ。それと、きみたちに聞きたいことは山ほどある。多分きみたちの方でも、おれたちに聞きたいことがたくさんあるように」




