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2ー23・緑の液体がもたらしたもの

 「平均環境での物質の化学的原理」と呼ばれるようなものは、"世界樹"の多くの学校で、カリキュラム初期に教えられる。

 それでなくてもかなり常識な知識である。

 だから、少なくとも現在のジオ系生物には、生化学的に、緑液というものが必ず必要であることも、よく知られている。


 まず物質構成を実現させているのは、複数の原子同士の結合という化学反応。

 原子というのは、ある時空場において平均的とされる(時間は考慮されない場合もある。というか正確には、考慮しても関係がない)環境で、安定率がある程度以上の物質要素の内、最小スケールの要素のこと。


 本当に学び始めだという子供がよく誤解しがちな2つが、崩壊する多くの放射性原子と、原子の構成粒子。


 現在の化学的には、すべての構成物|(基底物質以外のすべて)は、それだけを単独の物として考えれる構造だと定義する。

 安定している構成物とは、つまりはその構造が安定しているということに他ならない。放射性の原子が崩壊するのは、構造体の各部分の不安定さのためで、たいていの場合、構造に関しては安定しているのだ。


 原子の構成粒子に関してはどうか。

 スケールに関係なく、物質はそれ自体を単独の場として考えることができる。その場合に、人工の粒子であるスフィア粒子以外の、原子構成粒子は安定しない。それは人間の認識的にわかりやすく「存在不確定さが生じている」と表現されることが多い。数理的には「状態を絶対的に扱えないようになっている」とか言われる。

 とにかく、原子を構成するスフィア粒子以外は、それら自体を原子として定義できるほど安定率が高くない。

 ではスフィア粒子はどうかというと、これは逆に誤解されることもあるが、単独で原子と定義できる。


 スフィア粒子というのは、現在のジオ系生物にとって、最も重要な要素であるが、大災害前の世界を基準に考えたら、かなり異常なものだろう。本当は〈ジオ〉の生物というのは、絶滅するはずだった。科学者ミーヴィリが開発したスフィア粒子は、その運命をねじ曲げた。


 実は、驚くべきことに(と『水文学会』のレポート記録などにあるように)大災害以前と今で、原子以下のスケールの物質構造そのものに関しては、〈ジオ〉においてあまり変化はない。原子構成粒子の内、陽子、中性子、電子は大災害以前から存在していた(厳密的には違っているのだが実用的には同じ)ものだ。

 ただし、構成粒子の組み合わせごとに原子を定義して、整理したリストである周期表(しゅうきひょう)には、大災害前後で、かなりはっきりとした違いが見られる。


 〈ジオ〉における周期表の、最も大きな分類は、三系統分類である。それはつまり、"ラフ系統図"、"ロー系統図"、"スフィア系統図"という3つ。


 ラフ系統図は、やはり『水文学会』の研究によると、大災害以前に、標準周期表と呼ばれていたものとほぼ同じである。ただしそのほとんどは、構造的に安定しているから原子とされているだけで、原理的に結合を維持する力が弱い(原因はいくらかあるが、決定的なのは、電荷と呼ばれる性質の関係とされる)。特にラフ系統の原子の内、最も単純とされる水素は、 見かけ上のあまりの不安定さから、「原子とするべきではない」という意見すら、わりとあるほど。

 現代的な観点から言うと、ラフ系統図は、実用的にはあまり必要ないとすら言えるが、しかしスフィア粒子の存在しない場合を考えるシミュレーション研究などにおいては、それはもちろん非常に重要な手がかりとなっている。


 ロー系統図は、大災害前からあったものだが、以前とはまったく違うものになっている。安定しない物質が安定する場合に想定できる周期表、という定義からして当然のことであろう。そういうものだから、数えきれないほどにバージョンがある。

 現在知られているロー系統図のバージョンの99%は、『水文学会』最大の仕事であった[pパターン仮想宇宙での一般的挙動リスト]が出典。


 そして、今重要なのはスフィア系統図。

 スフィア粒子というのは、物理システムの中での役割的には、部品というより調整ロボットである。それは単独でも非常に汎用性が高い原子なのだが、他の構成粒子と組み合わせることで、原子以上のスケールでの事象をかなり自由にコントロールできる。

 スフィア系統図は、単体のを含め、現在の基底物質的にありうる、特定要素が付属されたスフィア粒子(それ)を並べている周期表である。


 通常、ラフ周期表の水素構造と酸素構造を、スフィア系統における番号5のスフィアファイを絡めて、結合状態を安定させたものが人工水。緑液というのは、その人工水にスフィア系統における番号2の原子であるスフィアツーをさらに、付加したもの。

 人工水、緑液のどちらも、物理的に天然水の代用として使える。ただし、(人間1個程度の総量の中では、普通は気にしないでいいような誤差だが)質量がわずかに大きい以外、実質的に天然水と何も変わらないと言える人工水に比べ、緑液というのは、水とかなり違う物質でもある。

 緑液の開発もミーヴィリとされているが、実は最初、彼は単に(もちろん現在の宇宙でも安定した)人工水を実現するために、スフィア粒子を開発したという説もある。ただしそれだけで、ジオ系生物を救うことはできなかった。もはや水を取り戻しただけではどうしようもないほど、宇宙自体、根本的に変わってしまっていたし、そもそもスフィア粒子を使っても、安定した人工水は作れなかった。

 緑液は、〈ジオ〉で理解されている限り、この宇宙で最も衝撃的な革命のひとつである。あらゆる環境下での驚異的な安定性、触媒や基質としてのあらゆる化学反応との相性(つまり物質の働きを活性化させたり、機能を広げたりする効果の高さ)、加えて(これに関しては、なぜそうなのか、まともな推測ができた者もこれまでにいないが)ジオ生物の心層空間との繋がりの深さ。

 とにかく、この驚くべき緑の液体のおかげで、ジオ族という生命群は、遺伝子やタンパク質といった生体高分子を、おそらく大災害前からほとんど変えることなく、しかし、生物としてはまるで別物かのごとく物理的に強化された。地球の時代、(最初の銀河フィラメント国家)《フィデレテ》の時代、リリエンデラ戦の時代などには、ジオ系統の人間という生物が、どれほど限定された環境下でだけ生きていける生物だったのかを、今の者に教えるということが難しいくらいだ。


 もっとも緑液が水に比べて、生化学的に何もかも優れているというわけでもないだろう。 水の時代と比べて失われたものもある。例えば今はヒトを基本とする、ジオ系の形体だが、 かつては自然下での多様性が大きく、それは水が、緑液に比べた各要素が弱かったからこそだろうともされている。

 しかしとにかくジオ系生物が、水を失った宇宙で緑液を得たことで、だいたいにおいて強化されたのは確かだ。そして緑液は水の代わりでもある。つまり、かつてのジオ族が、水なしで生体機能を保つことができなかったように、今は緑液なしでは生きれない。

 ようするに、どこでどう育った人間であっても、普通なら、その体液のどこにでも、緑液が含まれているはずなのだ。


 リセノラの、明らかにそれが含まれていない、真っ赤な血液が、ミーケらに衝撃を与えたのも、当然の話な訳である。


ーー


〔「リセノラ、あなたはこの環境だから、《ルビリア》だからこそ誕生できた存在」〕

 エルミィの推測はもっともであろう。

 緑液系を有することを基準とされている、〈ジオ〉の多くの世界の環境において、それを有しないリセノラは、おそらく生きれない。

〔「確かに、ここの製作者が緑液系を知らなかったとするなら、それを持たないジオ族が生きていける環境だというのは、なるほど納得ですが」〕とザラ。

「生まれたことに関してはそうだよ、 正確にはわたしの1034代前の先祖様がね」


 リセノラは説明した。

 《ルビリア》の初期には、実は緑液系を持たないジオ族はけっこういた。そしてリセノラは、一応その貴重な構造を保存しておこうと考えた誰かの子孫の、最後の生き残り。


「まあ、別にわたしも、スフィア粒子のさらに代用になる小型ロボットを体内に飼ってるから、ここでしか生きれないとか、そういう訳じゃないわ。実際わたしは、《ルビリア(ここ)》の外に出たこともあるしね」

 さらには、その小型ロボット自体にもまた、スフィア粒子が使われているから、間接的には彼女もそれを使っていると言える。


「まっ、ひとまずわたしの話はここまでね。次はあなたたち、わたしの友達をどうやって救うつもりなのか。それに、わたしに協力してほしいことは何なのか、話してみてよ」


 ケリンが望んでいた《牧場》の開放は、 明らかにエネルギー効率の問題をどうにかして、食用肉を家畜から人工ものへとシフトさせればよい。そしてそれは、拍子抜けなほど簡単にすんだ。"世界樹"において、設計士としても優秀扱いのスブレットと、物理学者であるエルミィに、専門家というレベルではないだろうが生物学知識の深いミーケ、それにシミュレーションが得意なザラと、役者は揃いすぎているくらいだ。信頼して《牧場》のことを任せられる人間がリセノラ以外に現れることはあるとしても、それが偶然に、ミーケたちのような、それの問題をあっさり解決できるような者たちであったというのは、やはりケリンにとって幸運だったろう。


 しかし、協力を約束してくれたリセノラに、ザラとスブレットがお願いしたことは、簡単なこととは言えなかった。

「仮想空間を使ったコミュニケーションか。けっこう面白そうなこと考えるわね」

 そしてその事を聞くや、すでにミーケたちが持ってきた、というかミズガラクタ号に備わっていたテクノロジーに関しても、かなり把握していたリセノラは、自分がなぜ頼られたのかを理解できた。

「緑液と同じみたいなものね、わたしは調整係。いいわ、正直楽勝とは言えないけど、でもやったげる。燃えてもきたよ。メカニックとして」


 だが彼女は、控えめな性分か、自分自身を過小評価しているかのどちらかだと思われた。望まれた仕事をこなすのに、少なくとも1ヶ月ぐらいはかかる、と最初は言った彼女だったが、結局は1週間もかからなかったから。

 そして、リセノラが事情を聞いてから、全体では、1週間と3日と3時間ちょっとで、その、コミュニケーションツールとしての、仮想空間システムは、完成をみた。

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