2ー21・人間を恐れるもの
条件さえ整えば、命を造ることも、知能を造ることも可能かもしれない。そんなことを考えられるくらいの知的存在は、〈ジオ〉だけでもいくらでもいる。だけど、人間と呼ばれる種を除いては、自然下でそれほど知的なジオ系は知られていない。
《ルビリア》は最初の時から、〈ジオ〉の宇宙からは隔絶されている、しかしジオ系のための世界だった。ただしそれを用意したのは元々、また別の宇宙領域である〈ネーデ〉の者たち。
しかも彼らの知識は相当に古かった。水を失った大災害から後の、ジオ系生物のことは、ほとんど何も知らなかったのだ。それらの生物が生理的に、物理構造的にどのくらいに大きく変化したのかを知らなかった。それに実際に《ルビリア》に住むことになった、初期のジオ生物の中にも、まだかなり古い構造に近い者たちもいた。
いずれにしろ、ジオ系生物の感覚的には、途方もなく昔のこと。だがそんな、途方もない昔の影響のいくらかすら、この閉鎖された狭い世界には、かなりはっきりと残ってもいた。
ミーケがその存在に気づいた、《牧場》をひそかに支配するものと、ザラとスブレットが探していたメカニックの少女リセノラは、偶然にも、どちらも古くからの影響を受け継いでいる存在。
もっとも、何かの失敗とかでなく、自分たちの意思で、〈ジオ〉の領域から《ルビリア》にやってくるようなミーケたちを手助けできる可能性のある者なんてかなり限られているだろうから、そういう意味では、偶然というより、出会いも必然なのかもしれないが。
(あれにコンタクトを取るか、わたしとしても興味深いけど)
スブレットのメッセージを見つけたのとは、また別の広場のベンチに座り、リセノラは、すぐ前に表示されたモニターとリンクしている粒子コンピューターに、収集しながら記録した情報を整理していた。
彼女は、ある程度"世界樹"のテクノロジーは知っていたし、《ルビリア》という環境に関しても、ミーケたちどころか、エルミィやメリシアに比べても、その知識は上なくらい。
だから、自分の存在は気づかれることなく、しかし逆にミーケたちの情報をかなり集めることもできた。
失われた水の研究。水が失われた大災害と関連する謎の存在、《虚無を歩く者》。特別な聖遺物の船ミズガラクタ号。そして今、この(彼らにとっては) 未知の世界であろう領域で、自分たちを警戒している何者かたちと、コンタクトを取ろうと考えている。
(《牧場》か)
ミーケという少年が、ある提案を仲間たちに持ちかけたこと。別に誰1人として反対もせず、彼らにとっては余計な回り道だろうその提案を受け入れたことも、リセノラはもう知っていた。
最も回り道といっても、彼らからすればおそらく……
ーー
《牧場》にまた入ってきた何者かを、 セキュリティシステムはすぐに察知して彼に伝えた
(前の人間とは違う。前より小さく、1人だけ)
人間の基準で言えば、子供のサイズであろう。
(関係ないだろうか関係ないとは思えない)
しかしセキュリティはそんなことまでは判断できない。
(こいつは、なんだ、こいつ)
少し前に来た人間と何か関わりがあるのかはわからないが、しかし彼が、かなり危険な相手であることはもう間違いなかった。
何かを狙っている。自分を狙っているのかもしれない。人間たちからしてみれば、自分の存在は、なかなかに興味深い研究対象ということもあるだろう。
(人間、人間)
それはずっと、彼が恐れるべき存在であった。彼がこれまでで、たった1人だけ、信頼できた人間の少女も、「人間は信用するな」と言っていたのだ。
ーー
(ぼく、やっぱり強い? こいつらが大したことないだけ?)
事前に、ザラが突き止めてくれていた、会いに来た相手がいるらしい施設に繋がっているという、隠されていた経路に踏み込んだ瞬間、セキュリティだろうメカがいくつも襲ってきたが、射撃も打撃も大した速度でなく、ルカには簡単にかわせた。
経路といっても、視覚的には、それまでの町のような風景と全然変わらない。ただそこに入り込む瞬間だけは、何か歪んだような感じがあったが。
また、それまではいくつもの家のそれぞれに、飼育されている動物たちがいたが、今いる経路の各家には生物自体存在していないようだった。ただどの家も、攻撃機能を備えたメカの発進基地。
(「油断大敵。最初に会った時のこと覚えてるでしょ。あなたはこれほどにわたしよりも弱いのに、足止めには成功して、ミーケたちをさらえた」)
特訓中にリーザに言われたこと。
(うん、わかってる)
頭に思い浮かべていた彼女の言葉に頷き、秒ごとにその数を増やしているような弾丸の嵐を、ルカは激しく動いて、場所を移すことでかわしていく。
(「いい、戦闘というのは数学よ。特に、わたしたちのレベルでの直接戦闘ではね」
「構成粒子加速法は、攻撃にも防御にも使えるけど、お試しにだって使えるわ」
「なるべくなら反撃を考える前に、相手の限界という情報を知りなさい。大丈夫、構成粒子加速法を使える者は、限界量では絶対に負けない」
「自分の強さに自信を持って。わたしにどれだけ勝てなくても、それでもあなたはこの宇宙の中で、かなり強いから」)
リーザから教えられたいくつものことを思い出しながら、ルカは余裕を見て、かわしたばかりの弾丸数発に、あえてその手のひらを当てた。
(多分、生命体には毒な金属だ。ザラの言ってた通り)
普通なら弾丸は手を貫通したろう。しかしルカは、上手く弾丸のエネルギーを受け流し、つまりは体を動かすことで、それを突き破ろうとする弾を、手に当てた状態を少し(一瞬、しかしさらに短い一瞬よりは十分に長い時間)保ち、今理解するべき情報を得てから、離す。
詳細な物質の化学的組成も、それにどのようにか含まれている毒物の生物への作用も、ルカにははっきりわからない。だけどそんなこと今は、けっこうどうでもいい。一番重要なこと。ただ触れるだけでは、それは問題ないものだということはわかった。
また、仮にこれから、弾丸群に別の危険な何かが含ませられたとしても、ルカには気づいてから避ける余裕もある。
「ああっ」
そしてルカは、ただかわして逃げるだけでなく、それを打ち落としたり、放ってきたメカに返してやったりと、反撃も始めた。
そうなると、直接的にメカに反撃するための経路も確保しやすく、ルカはまさしく、加速度的にセキュリティメカを壊しはじめた。
ーー
ルカが単身、《牧場》に乗り込み戦っている一方、ミーケたちは、《牧場》から少しだけ離れてる、人気ない路地裏。
「あ、あの子。人間なのよね?」
「構成粒子加速法、噂には聞いてたけど、とんでもないわね」
ルカの戦う様を、彼に持たせているコンピューターと、事前に《牧場》のセキュリティに忍ばせていたスパイメカとを合わせて駆使し、モニターに表示させて確認しながら、エルミィもメリシアも驚きを見せる。
「でもさ、あれでもかなり未完成らしいよ。彼の師匠さん曰くね」
やや苦笑いのスブレット。
「その師匠ってリーザて子、なのよね。《ヴァルキュス》から来たっていう。ミーケ、わたしさ、正直彼女に関するあなたたちの話、けっこう盛ってるのかなって疑ってたんだけど」
しかし、そんなふうに言うエルミィに、ミーケとザラもまた、苦笑いを返すしかなかった。
ーー
「ふう」
すべてかは不明だが、とにかくもう彼を攻撃しようとするメカがいなくなるまで、暴れきったルカ。
かなり疲れているというほどではないが、少しは息を切らせている。そんなルカを、少し離れたところで直接的にリセノラは見ていた。物理情報をほぼ完全に透過するためのシールドを周囲に張り、しかしごくわずかに取り込んだ光学的情報を増幅させて。
(構成粒子加速法をあんなふうに。でも、例の《ヴァルキュス》の女の子は、多分この人じゃない)
リセノラは別に、ルカの戦いぶりにそう驚いてもいなかった。
ーー
(もう殺すことなんてできない。どうする、どうする)
しかし打開策なんて思いつきもしない。
セキュリティを力ずくで突破した彼はきてしまった。
「ぼくはもう知ってる」
もう、少し近づいたら互いに触れ合えるような距離までやってきた少年。
「あなたがぼくの言葉をわかっていることも、正確にはこれは翻訳機を使った《ルビリア》の言葉な訳だけど。ぼくは、最近外から来たんだ。でもとにかく、あなたがぼくらの言葉を理解できるのは知ってる。喋れることもね。翻訳機はそっち側にも有効だから、あなたの言葉もぼくにわかるよ」
(人間、多分、殺意とかはない。でも)
まだ不安はある。だけどもうこうなってくると、他に選択肢はない。今は彼を信用してみるしかない。
「ここにいったい何をしに来たんだ? おれにいったい何の用だ?」
4、5メートルくらいの体に、がっしりしている感じの4本足、そして、やや長く上に伸びている首と、古い動物で言えば、ゾウとキリンを合わせているような見た目。しかし人間と言葉による交流が可能なくらいに知能が高い彼の、それは実に数十万年ぶりくらいに、人間に対して放たれた言葉だった。




