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2ー20・ふたりの恋愛感情

 《牧場》とは、ほとんど、各家で動物たちが飼育されている街のような場所。


「なんか思ってたよりも、ばらけてる感じするわ。もっと、同じ所でたくさんの動物が縛られてるとか、そういう感じのイメージがあったんだけど」

「それは間違ってはないよ。これは効率はあまりよくない」


 普通に街の道のような道を進みながら。

 わずかずつの動物たちを少しずつ別々の施設で管理する方法は、効率より質重視だからだろうと、エルミィに説明するミーケ。


「でもやっぱり奇妙だ。これじゃまるで」

 しかし、疑問を口にしながらも、それがどういうことなのか、その推測もミーケにはできていた。

「まるでエネルギー効率を犠牲にしてでも、食用動物たちの苦しみをなるべく減らそうとしているみたいに思える。だけど、こんなやり方使えるくらいなら、そして動物たちのことを考えてるなら、人工食にシフトすることも簡単なはず。文化的に嫌悪感があるって言っても、そんなの結局単なる食べ物の好みで、慣れみたいなものだし、大した障壁にもならないはず」


 それから、しばらくの無言の後。

「それで、いったいどういう訳なの?」

 唐突に尋ねたエルミィ。

「あのさ、今すごいタイミングだったよ。おれの考えてたこと読んでたとか?」


 そう、エルミィが聞いてきたのは、ミーケが、考えていたある推測に関して、ちょうど自分的に納得いく形になった、まさにその瞬間だったのである。


「きみ、とてもわかりやすいからね」

「う」

 楽しげな笑みも見せるエルミィに、ミーケは少し恥ずかしげ。

「まあでも、ショック受けることとかはないよ。わたしはきみみたいな子好きだよ。いろいろ余計なこと、考えて隠し事したりする人とかよりはさ」

「う、うん、そっか」


 しかし、ますます照れるミーケに、エルミィはますます楽しそうで、からかいの気持ちとかは一切ないと言っても、説得力はあまりないだろう。


(「わかってないなあ、あの子はあなたに気があるんだよ」

「似てないからよ、きっと。そういう事ってあるんだよ。二度と恋をしないと思ってたけど、まったく新しい人と出会っちゃったっていう話」

「ねえ、言っとくけどさ、わたしはあなたに……」)


「ミーケ」

「あ、うん」

「大丈夫?」

 唐突に、立って目を開いたまま、意識を失ったような様子を見せたのだから、当然であろう。今やかなり心配そうに、ミーケの顔を覗き込んでいたエルミィ。


 すごく突然だったけど、だけどこれは例の鍵によって目覚めたばかりという類いの記憶じゃない。もう思い出していた、だけど忘れていた場面の1つ。


「ねえ、ほんとに」

「うん、大丈夫だよ、大丈夫」

 別に無理してるとかでなく、普通に笑みも見せるミーケ。

「記憶と、あなたが失ってるっていう記憶と、ここまでで思い出したことと、関係あったり?」

「多分ね、おれには」


(「変化率は、おそらくあなたが記憶を失った時、ようするに20年くらい前にかなり急激なものがあります。だから、あなたは多分記憶を失うまで、その誰かのことをとても愛していたのでしょう」)

 そうザラが言っていたこと、それはおそらく……


「昔にも大切な、特別に大切な誰かがいたんだ。多分、きみと同じようにさ」

「ミーケ」

 最初に母と自分のことを説明した時も、仲良くなってからも、エルミィが話していなかったこと。しかし、話していないはずなのに、いつのまにか、今さっきだろうか、見抜かれてしまったようだったことに、この上なく彼女は驚かされてしまう。


 ずっと昔、"世界樹"の科学者らしくはない、だけど母と同じように、心から恋をして、永遠の愛を誓えるような相手がいたこと。けれども母の場合とは違ってしまっていたこと。


「きみからしたら、おれなんてガキだろうけどさ。だけど、似てるよ、おれたちは」

「わたしは、あなたみたいに、わかりやすいつもりじゃなかったんだけどね」

「だから、似てるから。多分ね」

 しかし、自分で言ってることが何かおかしいのか、思わずという感じに、ミーケは口を緩ませる。


(似てる、て、本当にそうなのかな、ううん)

 エルミィの方も、いろいろ考えはしても、結局何か楽しいのか、自然と笑みを見せた。


「さ、さあ。話だいぶそれちゃったわ。今は別に、こういう話は関係ないだろうし。それより、この《牧場》に関して、何かあるんでしょ」

 今やどうしようもなく、エルミィもはみかみながら、とにかく話題を戻す。

「う、うん。それなんだけど、もしおれの推測が当たってるなら、これ以上おれたちだけで調べるのは危険かもしれないから、一旦はザラたちと合流しよう」

「オッケー、わかった」


 そうして2人は、ひとまずは《牧場》を出て行った。



「ねえ、ミーケ」

 《牧場》を出たばかりのところ。

「わたしの昔のこと、少しだけ聞いてくれる?」


 ミーケは、何か言おうとして、しかしエルミィの、決意が表れてるような表情を見ると、何も言えないで、ただ、頷きはした。


ーー


 自分は両親に捨てられたのだと信じ込まされていたエルミィ。しかし当時の事情をいくらか知って、今もまだどこかにいるかもしれない母メリシアを、彼女が探し始めてからしばらく。

 エルミィはアローンという少年と出会った。

 アローンは、メリシアの敵であった四大国の1つ《イシュキル》の出身で、政府に所属する社会学者。しかし彼は四大国がひそかに行っていた情報操作に不信感を抱き、いろいろと調査していた潜在反逆者でもあった。

 すべて、メリシアの行方を知っていたミィンをついに見つけるより以前の出来事。

 母親探しと、国家機密の調査。最初は単に、互いの目的のため、有益な協力者同士でしかなかった。だけど、一緒の時間が増えていくたびに、2人の心の距離は縮まっていった。そして、まるでそれは運命で、初めからそうなるのだと決まっていたかのように、2人は恋に落ちたのだった。


ーー


「でもね、あの人が見つけてくれた手がかりも使って、わたしがミィンを見つけた時、わたしはもう、1人になってたの。もうその時には、あの人には二度と会わないとも決めてた」


 人間の心は、特に感情によって形成されたような気持ちは、とても移ろいやすい。本当の永遠ではなくても、少なくともとても長い時間の中で。


「ここでも、わたしたちの世界でもよくあることでしょう。2人は恋をして、だけど片方は、先に夢から覚めちゃったの」


 だからエルミィは、両親とは違い、特別な愛情をいつまでも共有できる相手を諦めることに決めた。愛してた人の気持ちが、他の人に移ってしまったことを理解してしまったから。


「わたしは、なんだか不思議。その時でも、きっとあなたたちよりはずっとはるかに年上(おねえさん)だったはずなのにね。だけど、わたしはとっても子供だった。別れは悲しくて、それ以上にあの人の事をひどいとも思ったわ、ひどい裏切りだって」


 でも今となっては違う。


「最初から夢だったようにも思う。わたしは恋に受かれて、自分が特別な存在だったことも忘れてた。恋愛感情が強いって、"世界樹"ではきっと、いいえ、きっと今の〈ジオ〉では、とても変わり者だから」


 だからこそだろう。今でも……


「今でも、忘れられない。最初に恋をしてしまった瞬間のこと」

 エルミィにでも、自分にでもなく、まるでとても遠くの誰かに言っているようでもあったミーケ。

「ミーケ、きみは」

「わかんないけど、だけどさ、そんな気がした」

 ちゃんと言わなかった。そんなことを、昔、誰かに聞いたことがあると、今や思い出してもいたこと。


(「あなたは忘れられないよ。恋をした瞬間から、あなたの運命のいくらかは決まった」)


「エルミィ、おれもさ、きっと、昔誰かのことをとても特別に好きで、恋をしてたんだ。だけど、その時を失ってしまった。そして今はさ」

 そう今は……

「また好きな人がいるんだ。恋してる相手がいるんだ」


 リーザと一緒に生きてきた時間は20年くらい。やっぱり今の〈ジオ〉では、とても長いなんて言えないような時間。それでもミーケは当たり前みたいに知っていた。きっとずっと……


「どんな結末が未来に待ってるんだとしても、忘れる必要なんてきっとない。恋愛感情って宇宙で一番素敵な感情のひとつだよ、他のすべてが違ってたって、はるか遠くで届かなくたって、それでも特別に好きになれる、好きでいれるものだと思うから」

「ミーケ」


(お母さん、わたし、わたしは)

 エルミィ自身が気づいている。自分の中でまた育ちつつあるもの。


「ずっと昔なら、いえ」

 いろいろ言いたいことはあったけど、だけどエルミィは、結局ひとつだけしか言わなかった

「ありがとね。わたしはやっと、やっと1歩、前に進めた気がするよ」

「う、うん」

 そしてまた、素敵な笑顔に、ミーケはどうしようもなく照れた。


ーー


 スブレットがその製作者に注目した、噴水広場の置物。まさにその製作者である、リーザやスブレットより暗い印象の金髪のポニーテール、四角ばかりで構成されているどこか神秘さを感じさせるような模様のポンチョを着た少女。


(これ、確か"世界樹"の)

 スブレットが一応、置物前に残しておいた、 そうだと知っていなければ気づくのは難しいだろう、透明になっていた石ころみたいなメッセージ装置。少女はそれを知っていて、その透明化もすぐに解除できた。


 メッセージの文字は少女には読めなかったが、それを残した誰かと連絡を取る方法なら、わかっていた。


("世界樹"か)

 彼女にも彼女の理由がある。コンタクトを取ることには迷いがあった。

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