2ー16・裏切り者の大司教
"空の欠片"、"永遠冬"、"星屑海"という3つの銀河フィラメントで構成されている巨大な三角の形の大国家《ヴァルキュス》。
この国家が有する、〈ジオ〉の宇宙において最強だと呼ばれている軍隊は、それぞれが超銀河団を拠点とする、大規模な4つの師団と、科学部という組織から成る。その師団の1つアシェレの第三大部隊に、さらに属する第二小部隊は、軍全体の中でも、最も問題児ばかりが集まっている不良部隊と、周囲からは言われている。しかし実際のところは、ある一族の中で嫌われてたり、勘当された者とかが多く集まっている、はみ出し者部隊というのが正しい。
そんなアシェレ第二小部隊の拠点である《トルクト》は、2つの恒星が回転しあっている周囲を、さらに8つの大惑星が回っている星系。
リーザからの命令を受けて、《トルクト》の第四惑星《フィネラン》の、少なくとも視覚的には木製みたいに見える軍施設の一室にいたロニキスはすぐに、小部隊内の有力者数人にそれを伝えた。それからさらに、科学部のいくつもある小組織の1つ、マリツキ研究所に連絡をいれる。
〔「は、はい、なんですか?」〕
部屋の壁に出現させたモニターに、すぐ顔を見せた、寝起きのようである少女。
「アーシェ・クルーゼはいるかな?」
《ヴァルキュス》軍内の連絡を取り合うためのどのネットワークにおいても、通信を繋げた時点で、相手は繋げた側の様々な情報を取得できる。だから互いの立場などに関係なく、軍内の者が通信越しに、自分の所属などを伝えあったりすることは基本的にない。
〔「あ、えっと、ちょっと待ってくださいね」〕
そして画面はすぐ、ロニキスが名前を出した、銀髪の少女に切り替わる。
「ん、何じゃ?」
何かの実験でもしていたのか、画面外の何かを止めるような仕草の後、頭につけていたヘッドホンのようなものも外したアーシェ。
〔「て、ロニキスかいな。てことは、あの破天荒妹のことかえ?」〕
見かけとは裏腹に、かなり古風な印象の喋り方の彼女は、実のところ、リーザがまだ軍学校に通う候補生だった頃から縁のある友人。お互いにそれなりの信頼を築きあっていたため、リーザがアシェレ第二小部隊に入ってからも、何度か協力しあったりという事もあって、ロニキスとも顔見知り。
「まさにそうなんだ。だからあの子と前話したおまえが一番信頼できそうだと思って」
〔「しかし、前に通信繋げてきた単純そうな若造と違って、(トルクト部隊にしてはじゃが)頭の固いおまえさんがな。さすがに可愛い妹には甘いか」〕
「甘いのはいつもあの子だろ、今回はさすがに違ったみたいだけどな」
そしてそれが、とても喜ばしいことであるかのように、兄は続きの言葉を出した。
「副隊長命令だよ。おれたちの部隊全員に対してさ、だから従わざるをえないんだ」
〔「いったい、どういう事態なんじゃ?」〕
アーシェの方は、副隊長命令が下されたと聞くや、かなり緊張を強める。
「あの子が今どこにいるかは知ってる?」
〔「知るわけなかろう。それを知るための情報を隠したのは、おまえさんたちじゃろうて。まあ、正直いくらか見当はついてるがのう」〕
「まあ、確信はしてないってことだろ。ならまずは伝えとくよ、どのみち必要になるだろうから。あの子は銀河フィラメント"世界樹"にいるんだ」
科学部というのは、当然のごとく科学者ばかりだ。そして"世界樹"は、科学者という人種にとっては、この宇宙でおそらく最も重要な共同体世界。だからまず、アーシェがそれを知らないはずはない。
そして見当はついている、と言っていただけあって、別にリーザが そこにいると実際聞いても、アーシェは特に驚きとかも見せなかったが、一応ロニキスは、その銀河フィラメントの情報も送った。
〔「ここなら、外にあまり興味ないわしでも、けっこう知っておるわいな」〕
やはりそうらしい。
〔「しかしここは、言ってしまえばかなり辺境の世界で、たいていのことは、わしらに直接関係ないことではないのか?」〕
「ところがね。生意気な奴らがいるんだとさ。……」
ーー
通信が繋げられた時には、アーシェのいた部屋には様々な装置があったのだが、ロニキスから、リーザが"世界樹"にて直面している事情を聞き終える頃には、もう何もなくなっていた。
「さてな」
ロニキスから聞いた話、そしてその後のお願いに関して、アーシェは少し冷静に考える。
優秀なセキュリティ技師と存在自体が特別な聖遺物であるコンビ、フラッデとアイヤナは、主に"世界樹"を諜報活動させる人材としてはかなり最適。だから、彼らを手駒としているレステスという男が、滅ぼすつもりか支配するつもりかはともかくとして、まず"世界樹"を狙いの中に含めているのは、間違いないことだろう。
だがレステスは、彼自身が銀河団国家を、周囲の時空間ごと崩壊させるような兵器テクノロジーを持っている。加えて、"世界樹"外の周囲のフィラメントにも、かなり大規模に支配の手を回しているようでもある。さらに、やはり彼自身が持つという"黒のアトリエ"という聖遺物、フラッデから聞かされたことからだけでも、それがかなり情報戦において強力な武器だというのは明らか。
フラッデとアイヤナは、単体の戦力としては強力かもしれないが、しかしフィラメントスケールの場では、大した駒ではないだろう。実際レステスにとっても、彼らはただの情報収集係にすぎないに違いない。しかも、情報収集をする場合においても、いちいち彼らみたいな余計な者たちを使わなくても、自分のアトリエを使えばいいと、普通には言える。
素直に考えるなら、レステスは、"世界樹"、おそらくだけではない、その周辺も含めたフィラメント群を、なるべく自分の本当の切り札を使わないで、手に入れようと考えている。 続けて、やはり素直に考えるなら、それはその先に、別の新しい戦いを想定しているからだろう。
ここまで考えつくと、レステスが対《ヴァルキュス》を想定している可能性は自然と出てくる。それは普通なら、とてつもなく時間のかかる気の長い計画だ。だが唯一の方法でもあろう。戦いのための特別なテクノロジーを有してはいるが、それでも、あの最強の軍事国家にはとても届かない、そういう者が、それでもそれを相手にしようとした場合に、活路を見出せる唯一の方法。
つまりレステスの計画とはこうだろう。まずは《ヴァルキュス》に気づかれないよう、その影響が弱い辺境銀河フィラメント群を、慎重に慎重に、しかし支配下において、自らの戦力とする。さらに《ヴァルキュス》に隠れたままを維持しながら、ひそかに支配下においたフィラメントの国家を、軍事的に限界まで強化する。それからの奇襲。
単純で、しょせんは一か八かというものであるが、それでも唯一の勝利できる可能性のある戦闘計画だと、リーザだけでなく、それを聞いたロニキスやアーシェも思った。
実際それをやろうとすると、凄まじい時間が必要なことだけは間違いない。それができる者自体が少ないだろうに、さらにはそれを実際に行おうとする者がいるなんて、確かに《ヴァルキュス》も、ほぼ想定していなかったこと。というかその戦法は、想定されているとしても有効かもしれない、唯一の方法でもある。
しかし実際にそうだとしても、その一か八かの賭けに、敵は負けてしまったと言えるだろう。
どうしても必要になる、辺境フィラメントをこっそり支配して、こっそり強化しようという準備段階で、逃亡中とはいえ、それでも《ヴァルキュス》軍内にまだ大きな影響力を持っているリーザに見つかってしまったことが、敵の不運だ。
リーザが、自分よりもずっと、レステスという敵から、遠い距離にいるはずの昔の仲間たちにお願いしたことは、その男の戦力の可能な限りの正確な分析と、捕捉のための手助け。
そしてロニキスは、戦力分析に関しては科学部のアーシェに頼もうと考えた訳だった。そうするに辺り、一応リーザ自身と、そのもう1階級上である自分たちの隊長ラングルにも許可はとった上で。
(しかし、聖遺物か)
そもそも敵が自身の情報を、長い時間、非常に上手く隠してこれたのは、"黒のアトリエ"とかいう、ほとんど反則的と言っていい隠蔽装置のおかげだろう。それは《ヴァルキュス》においてもかなりデータが少ない聖遺物。興味深くはあるが、しかしそれを敵戦力として分析対象にするとなると、かなり面倒だともアーシェは思う。
基礎的なデータの集積が少ないために、手動でシミュレータを調整する必要が生じる段階がどうしても多くなってしまうのだ。
(助っ人がいるのう)
それは確かだが、問題は誰を選ぶかである。
(やはりあいつじゃな。リーザの今を教えてやって、驚く顔も見たいしな)
そしてアーシェは、かつて自分とリーザの共通の友人であった、また別の少女と通信を繋げた。
ーー
"聖霊界"において、法王が、大司教の誰かと直接に会うということはあまりない。彼自身が所有する《ディメイレ》という人工惑星の、のどかな草原みたいな場所にて、カルドクスが大司教の1人、マースヒーと顔を合わせたのはかなり久しぶりのこと。
マースヒーは突然の呼び出しについて、特に不満そうだったり、警戒する様子とかもない。カルドクスの方は少し暗い雰囲気で、エクエス、テレーゼ、エトナの3人も一緒。
「法王様、いったい何のご用で? そちらの方たちは?」
仕草にも声にも、後ろめたさとかは感じさせない。だが、今や彼こそが裏切り者だと、カルドクスはもう知っていた。
《ヴァルキュス》の標準的な戦術探査機に、標準的に備わっている、時空間フィードバック解析という技術を使えば、"聖霊界"において、法王が"世界樹"へと放ったメッセージを、誰が妨害していたかを突き止めるのは、かなり容易かった。
リーザが、またロニキスらに、それを調べてほしいと伝えてから、判明するまでほんの数時間程度。
「レステス。あなたの背後には、その名の人物がいるのですか?」
わかる人は少ないだろう。だが誰より長く生きているエクエスと、目の前の裏切り者と長い付き合いのカルドクスには気づけた。
レステスという人物について聞かれた瞬間の、彼、マースヒーの心の動揺。
「やはりあなたは」
「テレーゼ」
カルドクスの言葉を聞くよりも、さっさと死のうとしたのだろう、どこかに隠し持っていたらしい、毒薬だろう大きめのカプセルを素早く口に含もうとしたマースヒー。その行動に真っ先に気づき、その場にいる者の中では、おそらく唯一、それを今からでも止めることができるだろう人物の名を叫んだエクエス。
そして彼女も、エクエスに名前を叫ばれるや、すぐ自分の今すべきことを理解し、全速で動いた。
「ううっ」
毒薬を口に運ぼうとする自分の手を掴んで止めた、いつの間にか素肌をさらしていたテレーゼの手のあまりの冷たさで、強い痛みも感じさせられるマースヒー。
「あんたには」
本気のリーザやルカにはとても勝てないが、それでも常人に比べたらかなりの速さで、見事彼を瞬時に抑えたテレーゼ。
「聞きたいことがあるし、それ以上に、言ってやりたいことがたっぷりあります」
「だが重要なのは聞く方だ、だから言いたい事は今は我慢しろ。それと神経が破損したりするのも面倒だし、その冷たすぎる手はもう離してやれ。聞きたいこと聞きおえた後でなら、いくらでも好きにしていいから」
尊敬というか、崇拝しているような法王様の信頼を裏切った悪者に対し、かなりの怒りを見せているテレーゼに比べ、やはりエクエスはまだまだ普通に冷静であった。




