2ー15・辺境のいくつかの世界
「あ、あんたが法王様と実は知り合いだなんて納得いかない。絶対、絶対に納得いかない」
「正確なこと言うなら、あいつの師の父の、またさらにその師の師の師が、おれの友人だったんだよ。つまりは初代の法王から、すでにおれの知り合いになるな」
「こんなのわたしの悪い夢よ。絶対そうだ」
「おまえな、ひとつ忘れてないか? おまえの正義が実行しやすい場所はこのレトギナ教だって教えてやったのはどこの誰だ。それにそもそもこの"世界樹"を始めたやつらに、宗教を利用するならレトギナがいい、てオススメしたのもおれだぜ」
「ほんと、悪夢」
それこそ、本当に昔に戻ったかのような、テレーゼとエクエスのやりとり。
「いや、待ってよ。そうだ、そういうことかも。なぜこの可能性にもっと早く気づかなかったのかしら、考えてみれば当たり前じゃない。だってさ、あんたはけっこう頭おかしいんだからさ。つまりそういうこと、全部あんたの妄想って訳ね」
「いや全部って、どこまでもそうなんだ? 実はお前まで妄想だったりとかするのか」
「だ、だって、そのくらいにこんなことありえないよ」
しかしそんなことがありえたのである。
実際に、エクエスが用があるらしいと、エトナから連絡を受けた、レトギナ教会の頂点に立つ法王ことカルドクスは、即座に、「そちらに会いにいきます」という返事を返してきたのだった。
ーー
宣言通りにやってきた、白銀の髪の毛と瞳が美しく輝いているような、しかし見た目にはあまり威厳とかは控えめな感じの法王、カルドクスは、修道院街内にいくつもある、小さな城のような施設で出迎えられた。
「お久しぶりです。エクエス様」
エトナやテレーゼが膝をつくよりも早くに、エクエスに対して、法王は頭を下げた。
「ほ、法王、様」
とにかくいろいろショックだったようであるテレーゼ。
「あ、あの」
エトナも何かを言おうとしたものの、顔を上げた法王の無言の圧により、結局口出しはやめる。
「もう、どれくらいかってわからないくらいにな、久々だな」
エクエスはそう言った。
「テレーゼを紹介された時はかなり驚きましたけど、今はそれ以上です。まさかあなたがここに来るなんて」
「わ、わたしが彼に頼んだんです。ここに来たいって。だから、わたしの意思です」
テレーゼとしては、自分のことが少し話題に出されただけで、どうしても嬉しいようだが、しかし緊張しすぎてもいる様子。
「わたし、レトギナ」
「ええ、テレーゼ、もちろんそのことに関しては知ってますよ。あなたが、この人と出会う以前から、すでにレトギナを深く信仰していてくれたことは」
彼にテレーゼを紹介したのはエクエスだったようだから、それも当然と言えば当然の話であろう。
「も、も」
しかしテレーゼは、凄まじく喜ぶと同時に、驚きも見せていた。
「もったいなきお言葉です」
「これは、バカバカしくて笑う場面か? それとも、すごいなって褒める場合か?」などと、エクエスは平然と言う。
「いえ、まあ」
法王自身は、困り顔で苦笑いを見せていた。
「テレーゼ、身分について語った聖典の言葉を、特にヤルヤグの言葉を思いだしなさい。レトギナ教において、わたしたちは本質的には対等なのですよ。だからわたしに対して、そこまで強く強く下手に出ることもありませんよ。エトナも同じですよ」
「す、すみません」
「わかっております。ただわたしたちが勝手にあなたを敬うのも自由でしょう」
さすがに法王を直に前にしても、エトナはテレーゼよりずっと落ち着いてはいる様子だった。
「わたしは幸せ者ですね」
しかしたいていのレトギナ信者は、実際の法王のその性格は意外なところだろう。
言うなればレトギナ教というのは、禁欲的で、かなりお堅いイメージが強い宗教である。そして法王はその最高指導者だ。
カルドクスは、真面目な感じではあっても、あまり厳しそうな雰囲気とかはなく、少なくとも、いかにもというような雰囲気を有する人物ではない。
テレーゼは彼に直接会ったのはこの時が初めて。意外と彼は気さくな人物だという噂を聞いてはいたが、それでもやはり驚きが大きい。
「それで、エクエス様」
どこか緩んでいた雰囲気を、しっかりと引き締めるカルドクス。
「ここに来たのは、いったい何用で?」
「聞きたいことがあったからだ。ここ最近の"世界樹"で、各国の勢力図について、大きな変動があったことは知ってるよな」
「もちろん知っています。"世界樹"は、わたしたちにとっても、特に繋がりの深いフィラメント世界でもありますしね。それにあなたたちが明るみに出した《ルセドラ》のことも知っています」
「なら経緯はそんなに詳しく説明しなくてもわかるよな。実は今、いくつかの他フィラメントの国家と、おれたちは敵対関係になってしまってるんだ。それ、で」
カルドクスは話を終えるのを待つ気ではいたようだが、結局彼の驚いた表情は、エクエスの言葉を一旦止めた。
「何か気になることがもうあるのか?」とエクエス。
「ここに来たのは、その敵対してるいくつかの国家群が、妙に深い繋がりを有していること。それによって、普通に想定できるよりもずっと大きな勢力になってしまっている件についてですか? ここ最近、いったい他のフィラメントで何が起こっているか、いたかを、わたしたちに聞こうとしたからですか?」
「今度はこっちが驚きだな」
エクエスたちが聞きたい話に関して、カルドクスの推測はまさにそのまま。
「いえ、こっちこそ、正直かなり驚いていますよ。なぜならですね、わたしたちは、すでに何度も"世界樹"に メッセージを送っているはずだからです。 あなたたちがここに聞きに来た件に関する、わたしの知ってる全ての情報をね。警告のメッセージと一緒に」
"世界樹"と空洞領域を挟んで隣接している扱いの5つのフィラメントの、合わせて6つのフィラメント世界は、〈ジオ〉の領域全体から見れば、端の方にある辺境地域と言える。
そしてそこでは今、"世界樹"以外の5つの内、"聖霊界"を除く4つのフィラメントの多くの国が何か強い繋がりを持っている。少なくとも、ある1つの目的を共有しているらしいということは、すでに数万年前から、"聖霊界"にも知られている。
その目的とは、フィラメント"世界樹"の支配か、あるいは破滅。
「もちろん実際にそんなことをするのは容易ではありません。いくらここが辺境の世界群だとしてもね。フィラメント間での規模の争いなどが起きた場合、それもそれが明確な侵略行為であるならば、確実にジオ宇宙全体の、いえ、《ヴァルキュス》の目に捉えられてしまう」
この〈ジオ〉の領域において、それがどのような意味なのか。フィラメント国家や同盟の上に立つような者たちが、理解できていないはずはない。
エクエスは元より、実はそんな特別な世界のことなんて知らなかった、修道士としてはかなり世間知らずなテレーゼにも、今はよくわかっている。
《ヴァルキュス》、この〈ジオ〉の宇宙で最大の軍事国家。そこからやってきた、たった1人の少女が、そのたった1人だけでどれだけの勢力になりうるのかを、よく見せてくれているから。
「ですが、ずっと何か、水面下で活動してはいたようなんです。わたしたちがそれにはっきり気づけたのは数万年前にすぎませんが、ですけどそれよりもはるか昔からだと思います。なぜかもわかりません。わたしは聖遺物が関係しているのではないかと予想はしていますが、何も根拠はありません」
聖遺物が狙いだというのは、妥当な推測だろう。
(それもある種、"世界樹"という世界のセキュリティの一端なのだが)実は他フィラメントからして、"世界樹"は特に魅力的な構造体とは言えない。そもそも資源が少なめなのに加えて、閉鎖環境限定のネットワークやテクノロジーの数々は、他のフィラメントには特に価値がない。その世界で最も重要視されているだろう科学知識も、多くは、普通に公開されているために、わざわざ奪ったり、盗んだりという必要性も薄い。
しかしそんなフィラメント"世界樹"の内部要素の中でも、聖遺物だけは、この宇宙において、はっきり特別性が高く、かつ限定的である。
「だが今は、目的はさほど重要でもないな。肝心なことは、"世界樹"に何かを求めてる連中がいること。それにそいつらがおそらく、ここまでで、周囲のいくつかのフィラメント国家の協力を得たか、あるいは支配するのに成功してること。それに」
そこで、カルドクスと向き合ったエクエス。
「聖霊界の警告があなたたちに伝わっていなかったこともですか?」
「そうだな。多分、ここを除いたフィラメントだけじゃないよ。ここにもいるんだろうよ。世界樹を狙う何者かたちの一部が。まぎれこんでる」
「ありえません。と言いたいところなんですけど、しかしあなたがたに情報が入ってなかったとすると、確かに」
カルドクスよりも、話を聞いていたエトナとテレーゼの方が、「絶対にありえない」とでも言いたげだったが、口出しはもうしなかった。
むしろカルドクスが、明らかに強いショックも受けている様子が、2人には心を痛める事態であるらしかった。
「ここに来たのは正解だった。どっちにしても」
エクエスは、カルドクスにも、テレーゼたちの方にも、別に気を使ってなどやらない。
「法王が発する情報を外で操作できるような立場の奴なんて、かなりごく一部のはずだ」
「大司教、の誰かが裏切り者だと言うのですか?」
今や、震えていたカルドクスの声。
「少なくとも確かめる必要はあるな。そういう可能性があるのなら、それだけで。実際にそうだとした、ら」
タイミング的には、まさしくちょうどよかったろう。
リーザからの通信が来たことで、一旦エクエスも言葉を止めた。
〔「エクエスさん、ちょっと伝えたいことが」〕
モニターに映ると同時に発せられてきたリーザの声。
「リーザ、かなりいいタイミングだ。ちょうどおまえと連絡を取ろうと思ってた。正確には助けをお願いしようとな。どうやら今はおれたちが思う以上、に」
そこで一瞬固まったリーザの様子に、エクエスはまた言葉を止める。
〔「"聖霊界"にも、スパイがいたとか?」〕
少しの沈黙を破ったリーザのその問いに、エクエスたち側の全員が背筋を震わせる。
「一応まだ、かもしれないという段階だけどな。ただ可能性はかなり高いと思う」
〔「ありえない話ではないと思う。実はこっちでも、かなり気になる情報が、たくさん入手できたの」〕
まだ、その者たちが何者なのかはわからない。それでも、リーザにはもう確信していることもいくらかあった。
〔「多分ね、"世界樹"ではないと思う。最終的な狙いはね」〕
「それは、いったい」
エクエスにもわからない。というより、そんなこと最初から考えもしていなかった可能性だった。どうやらなんだかんだで、やはり彼も平和ボケしてしまっていたようだった。
〔「消去法だけどね、一番ありえそうな可能性は、ケンカを売ろうとしてるってこと。世界樹にじゃなく、わたしたちにね。《ヴァルキュス》によ」〕
そうかもしれないから、リーザは昔の仲間に、協力を求めることに迷いもなかった。
実際にそうなら、それは確かに"世界樹"だけの問題ではない。もはや事態は、《ヴァルキュス》の動くべき、恐るべき危機になってしまっている。
「こう言いかえてもいいわ。そいつらの最終的な目的は、どこかのフィラメントでも、国家でもない。この〈ジオ〉の領域そのものなんだと思う」
そんなことを言いながら、リーザはそれでもかなり冷静で落ち着いた様子であったが、エクエスたちとしては、とても平静でなんかいられなかった。




