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2ー14・聖霊のフィラメント

 レステスという男は、最初、カテナに弟子入りを志願してきただけで、特に危険も感じさせなかった。

 彼が密かに保有していた"黒のアトリエ"という聖遺物による情報撹乱のためだ。彼の神経変化記録は、明らかに彼が、信頼できるというか、警戒すべきでないと判断できるくらいに無知であることを示していた。

 だが彼が本当は、"世界樹"に関する多量の知識、知られていなかったようなテクノロジー、それに何か、明らかに危険といえる思想を持っていることをフラッデが知った時。

 その時には、カテナもその一族もみな死の運命を避けれなくなっていた。


 レステスは、カテナたちに毒を与え、その解毒のためのプログラムデータを交換条件として、カテナの研究資料のすべてを自分に渡すように、フラッデに要求した。

 だが交渉の仲介役となったエニシアは、そのレステスの要求を伝える時に、別のメッセージも。

 それはまた、彼女が彼に最後に伝えた言葉でもあった。

「お父さんだけじゃない、これはわたしの、わたしたち一族の願いでもある。ねえ、フラッデ、わたしたちが生きる力の全てを捧げてきた大切な知識を、あんなやつに渡さないでね」


 どう考えてもレステスは、ただ貴重な研究資料が欲しいというだけの誰かではなかった。何かを企んでいるようだった。きっともっと後の時間において何かを起こそうとしていた。何か恐ろしいことを。

 だけどそんなこと、その時のフラッデには正直どうでもよかった。彼が研究資料を持って、アイヤナも連れて逃げたのは、使命感というよりも託された願いのため。もうただの雇われなんかじゃなかった、家族と思ってくれていたろう、 少なくとも自分にとってはかけがえのない家族だった人たちの命がけの願いを、せめて叶えてあげたかった。託されたものを守りたかった。

 でも結局、彼は何も守れなかった。



 フラッデは、自分の出身国であった、当時は"世界樹"の中でもかなり有力な方だった銀河団国家《アルネミア》に助けを求めた。

 カテナたちを助けることは無理だろう。だが、資料やアイヤナはそれが守ってくれると信じた。だが、レステスという男の恐ろしさは、想像を遥かに越えてしまっていた。


 正確な時期的には、フラッデとアイヤナが助けを求めて来た時から3年くらいが経った頃のことだ。《アルネミア》は、後の時代の"世界樹"において、その頃に、何らかの聖遺物の大規模実験の失敗がきっかけで、崩壊したと伝えられることになった。それ以上詳しいことは不明だったが、残された巨大空洞領域の痕跡調査から、その聖遺物は巨大なスペースゲイトを発生させるもので、 銀河群を崩壊させたというよりも、別の宇宙領域に消し飛ばしたのだ、という説が有力とされるようにもなった。

 実際には、物理的崩壊だ。レステスが持っていた、名もなき聖遺物の兵器による局所的空間崩壊。

 レステスは確かに、スペースゲイトのテクノロジーを有していたが、それを使ったのは、物理的崩壊ではどうしても後に残ってしまう痕跡を消し去るため。


 本当に恐ろしいことだった。その、兵器による力だけではない。

 スペースゲイトを使えたレステスなら、《アルネミア》を壊す必要はなかったはず。彼は、フラッデとアイヤナを完全に自分の手駒にするため、そのためだけに、銀河団国家1つをわざわざ壊して、自分の力を示したのだ。


 さらにレステスは、フラッデが絶望のためにおかしくならないように、予防処置まで行った。

 レステスはアイヤナに、普通の人間には埋め込められないような追跡チップを埋め込んだ。どこに行こうと絶対に見つけられるし、外すと彼の機能自体を停止させる悪魔の枷を。

 アイヤナは、もう他の何もかも諦めて、逃げることすらできなくなってしまった。そしてそれはフラッデにとっても、まさしくレステスの首輪。


ーー


「あいつが何を考えているのか、今でもわからない。だがおれは、それからずっと、ずっとあいつの言いなりだ。あいつの求める情報を集めて、それに、あいつが殺せと言った相手を殺してきた」

 それは彼の、どうしようもなかった罪の告白でもあった。


「リーザ」

 そこで、司令室に姿を見せたシェアラ。

「シェアラさん。ちょっとお願いが」


 そしてリーザは、この宇宙において、最も早い速度での通信手段とされる共鳴通信(きょうめいつうしん)で、またいつかのように、故郷、《ヴァルキュス》へと暗号メッセージを送ってもらった。


「それで、フラッデさん、アイヤナくんは今どこに?」

「船に待機してるよ。ここに来るのに使った船だ」

「それじゃ……」

 返事を待っている時間を利用して、他にもいくつかのことをリーザは聞いた。いくつかというか、その謎の何者か、レステスが使う聖遺物に関してのこと。

 ただその原理がわからずとも、とにかく、その男はそれらを使って、何ができるのか。少なくとも何をしてきたのかを。



 返事というか、構築された通信体制は、以前の時と同じく、ワープと超光速粒子(タキオン)を利用した方式だったが、それが繋がるまでの速度は、1時間近くかかった前回の半分くらいだった。


〔「また必ずくると思ってたけど、思ってたよりは早かったよ」〕

 表示されたモニターに姿を映していたのは、以前に出たテミンという男でなく、もう少し見た目的に若い感じの男。右が青、左が緑のオッドアイが、少し印象的。

〔「リーザ、何か予想以上にやばいことでもあったか?」〕

「兄貴」

 リーザは彼をそう呼んだ。


 別に似てないとかそういうわけではない。兄妹と言われれば、たいていの者が納得できるだろう。彼はリーザの遺伝学上の兄であるロニキス。


「前に聞いたんだけど、わたしはまだ、あなたたちの副隊長なのよね?」

〔「ああ、そうだな。でもなぜそんなこと。本当に何か」〕

「あるのかも。司令官権限を使うわ。あなたたち、アシェレ部第3の第2小部隊全体に対して、副隊長命令よ」

 それは実にシンプルな命令だった。

「今、わたしに力を貸して」


ーー


 リーザがまた、自分のかつての仲間たちと連絡を繋げたのと、ほとんど同じ頃。

 銀河フィラメント"聖霊界"に来ていたエクエスとテレーゼの宇宙船は、テレーゼが以前に世話になったことがあるという、エトナという司教が統治している、《リグリム》という惑星を訪れていた。

 宇宙船が着陸した着陸場のすぐ近くには、エトナの住まう、 ほとんど小さな街と言えるような規模の、しかし"聖霊界"においては標準的な修道院があるのだが、事前連絡を受けた彼女は、自らがエクエスら2人を出迎えた。


「エトナ様、ご無沙汰しております」

「ええ、元気そうねテレーゼ。それに」

 丁寧にお辞儀するテレーゼに比べると、雑な感じだが、それでも軽く頭は下げたエクエスの方を見たエトナ。

「あなたがエクエス様ですね。お噂は何度も。お目にかかれて光栄ですわ」

「こいつがおれの話をするってことが驚きだ」

 かなり真剣に、そこに驚いたらしいエクエス。

「いえ、もうそれ「エトナ様」

 ついさっきの、優雅さすら感じさせた態度はどこへやら、顔を赤くして、相当に慌てた様子をついつい見せてしまうテレーゼ。

「べ、別にあんたの話をわたしがしたりするの、おかしくはないでしょ。あんた一応、わたしの親代わりみたいなものだったんだしさ」

「ようするに、結局おまえはツンデレというやつだったてことか?」

「一回死ぬ?」


 楽しげな様子のエクエスに、しかしテレーゼの怒りは結局照れ隠しでしかなかった。


「たくもう」

 まだ顔赤くしたまま、ため息をつくテレーゼ。

「ていうかあんたさ、ほんとにわたしが、一応、一応はね。恩人のあんたを、それこそただ嫌いなだけで、恩も感じてない薄情者とか思ってたの? そんなわけないでしょ」

「そうだな。そう言われれば」

 そしてなんだかんだ、エクエスもまだ楽しげであった。


「とにかく、エトナ様。わたしたちがここに来た目的は情報収集です。ちょっと、わたしたち、"世界樹"の周辺のフィラメントに関して、気になっていることなどがありまして」

「他フィラメントの情報ですか。それでまずわたしのところに来た訳ですね」


 簡単な話。

 "聖霊界"の、というかレトギナ教会の大幹部たる大司教、あるいは最高指導者の法王は、立場上、他フィラメントに関する知識が深い。つまり外のフィラメントに関しての情報を求めているなら、まずは彼らに話を聞くのがいい。

 ただ、彼ら大司教以上の立場の者と通信を取り、面会の場を用意出来るのも、そもそも司教以上の者だけ。

 だからエクエスたちは、テレーゼがすぐに会える司教であるエトナの所に、真っ先に来たのだった。


「では、誰か大司教に取り次ぎを」

「その前に1つ聞きたいことがある」

 エトナよりも、テレーゼが驚かされた、唐突なエクエスの言葉。

「はい、何でしょうか?」

「うん、何よ、聞きたいことって?」

 やはりテレーゼにも、見当すらつかない。

「今の法王の名前は、カルドクスか?」

「は、はい」

「だね」

 修道士以上の立場で、知らない者はいないだろう。

「そうか、なら話が早い。それなら大司教じゃなく、法王にメッセージを伝えてくれないか。"世界樹"のエクエス・スズレ・ヴィンジが、用があると言ってるって」


 そして彼のフルネーム(?)を聞いたのも、テレーゼはこの時が初めてだった。

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