2ー13・セキュリティ技師
66億年ほど昔。
2000歳くらいだったフラッデは、考古学者から、セキュリティ技師と呼ばれる職に転向して間もなかった。
自分には素質がないと考えて捨てた考古学の道。しかしそれでも、同業者と比べたら、彼のそれに関する知識は深かったろう。
彼が、当時の"世界樹"において、古代テクノロジー研究の大家であったカテナという考古学者と、その研究チームであった一族に雇われ、研究資料の警備を兼ねた管理係を任されたのは、そういう事情だ。
具体的な経緯としては、フラッデの学生時代の恩師の恩師がカテナで、(決して出来のいい生徒とはいえなかっただろうが)真面目な努力家であるフラッデを、恩師は自信を持って推薦してくれたのだった。
そして、カテナの数多くの功績の中でも、最も重要とされた大発見がなされたのは、フラッデが雇われてから500年くらいが経ったある日。
「フラッデ、フラッデ、起きてよ」
カテナがそれまでに発見してきた様々な考古学的遺物を保管している人工惑星《シェラータ》。そこに用意されたセキュリティシステムが正常に動き、特に不測の事態も起こっていないならば、《シェラータ》の周囲を公転する人工衛星《シェラ0》の、セキュリティ管理室は常に静かだ。
そして、その静かな管理室の椅子に座って寝ていた、少年の見た目のフラッデを起こしてきたのは、見ため的には同じ年代くらいの少女。
実際には彼女の方が結構年上であった。
彼女エニシアはカテナの娘の1人で、研究チームの一員。そしてフラッデは、彼女にとっては初めての身近でかつ、年下かつ、話がわかる異性だという理由で、最初の頃は妙に可愛がられ、いつからか仲の良い友達みたいになっていた。
「あ、エニシア、何だ? 何か用?」
目を覚まして早々、何か妙に興奮している様子の彼女に、気圧され気味なフラッデ。
「凄いの、凄い発見。前に見つけた円盤の聖遺物あったじゃん」
それは、後に"カテナの円盤"と呼ばれることになる聖遺物。
「あれがさ、聖遺物箱だったの。レリキュアリ、聖遺物箱リンクシステム、知ってる?」
「知ってはいるけど、いるけど、て、それ本当か?」
それは確かに、眠気など一気に吹き飛ぶくらいの凄い発見であった。
その時までの"世界樹"の歴史において、共通システムを共有している複数の聖遺物、すなわち聖遺物箱が確認されたという記録はわずか3件。しかしいずれも、記録というよりも、ほとんど伝説の域なくらい昔の発見。
「ほんとも本当。もう神子くんだって。ていうか、その神子くん自身からの情報だったりするのよ」
「神子が、言葉を?」
たった3つの記録とはいえ、それに興味を抱く者の数の多さもあって、聖遺物箱というシステムに関してわかっていたこと自体は、すでに多い。
そもそも聖遺物というのは、いつどこで作られたのかがわからず、加えてどうやって作ったのかもわからない道具全ての総称である。だから実際に聖遺物を並べたなら、本当に様々な時代、様々な場所で作られてきた、まったく統一性のないコレクションが自然と出来上がったりもする。
ただ、おそらくは同じ文化、でなくとも共通の目的を有する者たち、もしかしたら1人の個人が作ったと思われる、同じような作り、用途らしい複数の聖遺物とかもある。
聖遺物箱と呼ばれるものに関しては、発見されたわずかな例における、共通点のあまりの多さから、同じテクノロジーを有している者たちが、同じ目的で作ったことだけはまず間違いなかった。
つまりそれは、小社会の形成である。
システムと関わっているすべての聖遺物は、必ずシステムの軸ともされる神子の意図的な許可がなければ起動ができない。そしてシステム内の個々の聖遺物自体は非常に多種多様。まさに神子という存在は、小さな世界を支配するためにしばしば使われる必須要素と呼ばれるようなものだ。
もともとこのシステムが、そのような小さな社会を上手に機能させるための発明だという別の物理的証拠もあった。それはこのシステムの発見場所が、必ずどこかの古代遺跡だということ。
カテナが、円盤の聖遺物を見つけたのも、《AP53エル》と名付けられていた人工惑星の古代遺跡であった。
ただの古びた廃墟というような風景ばかりのこの遺跡惑星において、発見した円盤の使い方を探していたカテナたちが遭遇したのが、アイヤナだった。
それまで知られていた3つの聖遺物箱システムの神子たちは、すべて知性を高められた植物であったから、造られた動物どころか、ヒトであった神子の彼は、もうそれだけで大発見であった。
彼は時間を数えていた訳ではなかったから、どのくらい昔のことかはわからず、また、自分が住んでいたその人工惑星以外の知識などはほとんどなかったが、それでもその言葉だけで、非常に貴重な情報をいくつも、カテナたちに提供してくれた。
とにかく昔のこと。
後の時代にその名前の記録すらも残らなかった、ある科学文明があった。そして、どうやってかは不明だが、彼らは、〈ネーデ〉と呼ばれる別宇宙の領域の住人(?)だという、ケイシャと名乗る何者かと、情報交換ができた。
どうも〈ネーデ〉は、〈ジオ〉よりも古い知識が豊富らしかった。そして、〈ジオ〉よりも、〈ネーデ〉よりも古くから知的生物の世界が存在していて、永久に追いつけそうもないような驚くべき科学技術を有していたという、ずっと遠くの、どこかの宇宙領域からもたらされたらしい、閉じたネットワーク領域のテクノロジーの理論を、ケイシャは教えてくれた。
名もなき科学文明は、その情報を参考として、後に聖遺物箱と呼ばれるようになるシステムを開発したのだった。
ただし〈ジオ〉において、どのような文明であっても、十分に長い時間が経った時に、崩壊しなかった例はない。
システムを開発した文明も、やはり滅んでしまった。そして、いくつも独立した小社会を作っていた、システムが置かれた人工惑星も、時が経つごとにその数を減らしていった。
そうした人工惑星の小社会は、それぞれ外部から隔絶された閉鎖環境であった。システムに関する情報が後世にほとんど残らなかったのはそのためだ。そしてそれは、内部で危機を迎えた場合に、どうにかする術が乏しかったことも意味している。
だから、アイヤナは、自分が神子をしていた箱システム世界の崩壊が、いくつめの悲劇だったのかも知らなかった。
むしろ彼には、箱システム世界の数は1000万を超えていると、いつか聞いた記憶すらあったから、その痕跡である箱システム関連の聖遺物ですら珍しくなっていると聞いた時は、大きな驚きを見せもした。
最も"世界樹"以外のフィラメント領域では、聖遺物の探索自体、あまり関心を持たれない傾向が強いから、単に"世界樹"、あるいは"世界樹"と呼ばれるようになる星系群で、あまりその箱システム世界が置かれなかった、というだけの話かもしれないが。
カテナは、"世界樹"の典型的な学者である。好奇心旺盛で、研究のためならその命の危険すらも顧みないような感じだが、そういう思想を人に押し付けるような、危険な面などはない。
アイヤナも、さすがに最初は少し警戒していたものの、カテナたちの人柄を知ると、むしろ自分自身も気になっていた様々な謎のために、自分からの協力も惜しまなかった。
未知の要素が尽きない箱システム、それを作った謎の文明と、いくら"世界樹"でも有数の考古学研究チームであるカテナ一家でも、長い時間がかかるような研究。
そしてその長い時間が、一家最年少のエニシアと、前の新参者フラッデ、それに新参者のアイヤナの3人を、深く仲良くさせた。
箱システムの聖遺物は、3つ発見されていた。
針の攻撃、特定方向からのエネルギー透過、完全停止、周囲空間解析などができる多機能円盤。
筆や顔料など、様々な画材道具が入ってるようだが、それら内部の画材を動かすことをスイッチとして、様々な情報表示が可能な、半透明の円筒。
先に物質情報を記録しておくことで、その記録物質のある程度の修復が可能な杖。
それぞれ発見者の名前から、"カテナの円盤"、"エニシアの画材"、"アキュリスの杖"と名付けられたそれらが、実は聖遺物箱システムの構成部品的なものだとは、カテナは公にしなかった。慎重な彼は、アイヤナの身の安全も考え、それらに関してもっと完璧な知識を得られるまでは、彼の存在も隠そうと決めていた。
だが、後になって考えてみると、その判断は失敗だったのかもしれない。そんなことカテナたちが知るはずもなかったから、仕方がないことではあろうが。警戒すべき真の敵は、確かに近くに、しかし"世界樹"外にいたのだ。
そうそれが、たった2人、生き残ることになったフラッデとアイヤナが忘れられない悪夢。
あの恐ろしい男、レステスに目をつけられてしまったことが始まり。
ーー
フラッデは、かつて大学者カテナの発見した、貴重な考古学的資料の守備を任されていたほどのセキュリティ技師。
しかも、謎の男レステスの指示のもと、"世界樹"だけでなく、その周辺の様々なフィラメントにおいても、スパイ活動の経験を積んできた。おまけに、レステスが保有していた"黒のアトリエ"を初めとする、"世界樹"でも知られていない複数の聖遺物を借りることもできる。
人工惑星《ミルテール》に、"黒のアトリエ"で、より完璧に隠してもらった小さな宇宙船をひそかに着陸させるのに成功するまで、かかった時間はほんの3時間くらい。その後、リーザが1人で、ほとんど住んでいるような軍事基地の指令室にまで、誰にも気づかれないでやってくるまでは、ほとんど2日かかった。
そこまでは計画通りだった。ちゃんと気づかれないで1人でいた彼女、リーザの見ていない死角に現れることに成功したフラッデ。
計算外はそこからだ。
「言っておくけど」
本当に寸前まで気づかれていなかったのだろうか。フラッデは怪しいと思う。
すでにアイヤナの意思により射出準備は完了していた連射針円盤。彼女を殺すため、その攻撃を放とうとしたまさにその瞬間。
「いくら寸前まで気配消してたって、攻撃が物理的なものにすぎないなら、わたしを傷つけるのは多分無理よ」
フラッデからすれば、彼女に自分の時間を止められて、その間に円盤を取られてしまったかのようだった。手に持っていたはずのそれは、気づいた次の瞬間には、目の前に迫った彼女に奪われていたのだ。
そして、体に押しつけられてしまっていた円盤。おそらく今それの針攻撃を放ったところで、針が放たれる方向を自分の体に向けられたあげく、彼女には逃げられてしまうのだろう。
「おまえ」
「何か事情があるの? だけどどんな事情でも、わたしを殺そうとするって選択はやめたほうがいいよ。あなたには絶対に無理だろうから」
目の前の彼は怒りを露にしていたが、それが自分に対してではないということは、リーザはもう察していた。
「いい、おそらくあなたにとって重要な情報を教えてあげるわ。わたしはね、《ヴァルキュス》の軍人よ。勝手に軍を抜けて逃亡した後でも、まだコネが残ってるくらいの立場のね」
リーザが実にあっさり伝えたその情報が、ここにきてまだ迷っていた彼を、完全に決意させた。
「すまない」
小声だが、決して聞きとれないくらいではなかった。
「お願いだ。おまえの、その力で」
顔を伏せて、その声ももう震えていた。
「どうか、どうか助けてくれ。あいつを助けてやってくれ」
彼はそう言った。




