2ー12・ふたりの罪
ただ似ているというだけでなく、見た目年齢的にも、エルミィの母だという印象だったメリシア。その服装は何枚か重ね着してるような白装束。腰くらいまで伸ばしている髪の色は娘よりもかなり濃いめの茶色。
彼女は、娘のと外側はかなり同じに見えるが、しかし、よりハイテクさを感じさせるような、モニターやリモコンらしきものとかがフワフワと浮いている家内で、椅子に腰掛けていた。
「ずいぶんと懐かしいお友達みたいね」
娘の後ろについてきていたミーケたちを見たメリシアの、最初の感想。
「やっぱり、ぼくらが"世界樹"から来たってこと、わかるの?」
まずルカが聞いた。
「いえ、ただの消去法よ。娘があなたたちと連絡を取って、その後すぐに会ったということはわかってたの。それで、何を話してたかは知らないけど、少ししてすぐに私のところに来たでしょ。"世界樹"の科学者たちなんだろうってことは予想つくわ」
しかし彼女は娘と違って、ミーケの異質性や、ルカの特異体質、実年齢とかまでは見抜けなかった。
とにもかくにも、自分たちの研究のことや、〈ワートグゥ〉に来た経緯などを、ミーケたちはメリシアにも説明する。
「エクエスって、あ、あのおじいさん、まだ生きてたの」
それまでは黙って聞いていたのだが、その名前が出たところで、思わず大きく反応してしまったメリシア。
言ってしまえば、ザラたちからしてみたら、エルミィもすでにかなり上の世代。
そのエルミィよりも、またかなり上の母メリシアからしてみても、やはりエクエスは大昔の人のイメージ。
そして話の中で、メリシアは、エクエス以外にももうひとり、ある名前が出てきた時に驚きを見せたが、その人物に関する話題を出したのは、一通りミーケらの話を聞き終えた後。
「あなたは、もしかしたらメリセデルの助手だったかもしれないのね」
「その人のこと、何か知ってるんですか?」
即座に聞いたミーケ。
エクエス曰く、おそらくは記憶を失う以前のミーケだろう、水を操る少年を連れていたという、謎の男。
「それもわたしが若い頃の話なんだけどね、メリセデルというのは、当時の"世界樹"、特に物質を直接的に研究している人たちには、伝説的な大学者として、知られてたの」
メリセデルは、何かいろいろな研究活動を行っていたのは確からしいとされていたが、よく知られていたのは、エクエスも知っていた水の研究だけ。
だからこそ、メリセデルが開発したらしい、いくつかの物質変成テクノロジーは、(例によって死んだという記録はないものの)彼が歴史から姿を消してから、その原理が後世の謎として残った。
「それは、メリセデルの問題集、て呼ばれてたみたいなんだけど、わたしがそれを知った時には、残ってた問題はひとつだけだったわ。まさに彼の最後の問題ね」
正確には、それはまず問題なのかどうかすら議論されてたようなもので、問題だとしても結局は解かれないまま、その謎は忘れられていった。
「残ってた記録によると、彼は姿を消す前の最後の時間を、《ペツィオ》という銀河系で過ごしてたようなのだけど」
「「《ペティオ》?」」
今度は、その銀河系の名前に衝撃を受けたミーケとザラが、同時に声を出した。
そしてその反応から、スブレットとルカも思い出して、同じく驚きを露わにした。
《ペティオ》銀河系は《フラテル》、つまりは記憶を失ったミーケが、20年ほど前に現れた惑星の属している星系。
そして、それを聞いたメリシアもまた、その表情に驚きを見せる。
「メリセデルは、最後の3000年ほど、その《ペティオ》銀河系にいたみたいだけど、そこで何かをしたというような記録が全くないの。だけど彼が、3000年もただそこで生きてただけだなんて信じられない、何かをそこで開発してたに違いないと考えた人が大勢いた。それが最後の問題、そこで彼がいったい何をしていたのかという話。結局何をしていたのか謎な訳だけどね」
ミーケもそこにいたのだろうか。
そうだとしても、20年前に記憶を失うまでに何があったのか。
「まあ、とりあえずは、わたしたちがこれまでに研究してきた、《ルビリア》に関することも話すわ」
そしてメリシアはまた、話を続けた。
しかしながら、いくらなんでも手がかりになる情報が少なく、かつ研究者人数も少ないので、確実なことは、今だにそんなに多くない。
それでも、都市世界自体の機構に関しては、もうすっかり把握されてもいた。
「《ルビリア》を見張ってるような宇宙船、おそらくあなたたちのことも転移させてきた船ね。まずあれが別宇宙領域のものだというのは確か。あなたたちが考えたように、〈ネーデ〉のかどうかは知らないけれどね」
そして、おそらくはその宇宙船の者たちが、《ルビリア》という都市世界を作ったこともかなり確か。
そして、その製作はかなり慎重になされた。それは〈ワートグゥ〉という領域にやってきたジオ族を隔離して監視しておくためのものではあったが、別に危害を加えようとしていたわけではないのだろう。
「ひょっとしたら重大なことかもしれないわ。ここを作った連中は、少なくともその作った当時は、今のわたしたちの構造、というかスフィア粒子のことをよく知らなかったのはかなり確実よ。大災害前のわたしたちを基準にしているに違いないわ」
だからこそ、緑液のようなスフィア粒子を利用した物質のために、生存能力を強めた今のジオ族にとっては、それはむしろ調整されすぎていて違和感を感じるような世界となっている訳だ。
「その宇宙船のやつら、大災害以前のこと。水を失った時のことも知ってるのかな」
口に出したのはスブレットだが、ザラやミーケも抱いていた疑問。
「その可能性はあると思う。だけど直接聞くっていうのは難しいのよ。彼らが普通に使ってる意志疎通形式は、ジオ族のとは違いすぎてるしね。わたしたちに協力してくれた人の中には言語学者もいたんだけど、何十万年て時間をかけてもらって、わかったことは、その解読がわたしたちには不可能だろうてことだけだったわ」
エルミィの説明。
そう、エルミィたちも、《ルビリア》を見守り続けている宇宙船の者たちと、直接コミュニケーションを取ろうと試みたことは何度もある。しかしこれまでに一度も成功したことはなかった。
「大災害以前の言葉」
小さな声でそう呟いた後、続いて何かに勘づいた様子を見せたザラ。
「ザラ?」
「どうしたの?」
ミーケとルカの、ほぼ重なった声。
「おそらくひとつだけあります。わたしたちが、あの宇宙船の者たちと言葉を交わすための方法」
それは、シミュレーション技術に詳しいザラだからこそ、すぐに思いつけた方法であるが、実は大災害以前の時代に、〈ジオ〉と〈ネーデ〉、 異なる2つの宇宙領域の者たちが利用していたコミュニケーション手段と、同じものでもあった。
あまりにも離れすぎている言語を使うもの同士が、絆を得るために重要視した方法。
―ー
突然に仕掛けてきたリーザを、円盤の武器を使って退けた2人、フラッデとアイヤナの宇宙船は、リーザに潰されるまで護衛していた情報連絡船が向かっていた、"賢者の地"というフィラメントではなく、それと"世界樹"の間の空洞領域の、中心くらいのところの空間位置で止まった。
「あの女の人、もう追ってはこないみたいだね」
「"世界樹"から出るつもりはないんだろ」
アイヤナは無表情だが、フラッデは素直に一息ついた。
「でも、アレを」
「仕方ないだろ。円盤を使わないで、あの女をどうにかできたとは思えない」
今度は、アイヤナは少し不安げで、フラッデは緊張感を高める。
フラッデたちが使った円盤が、聖遺物箱と呼ばれるシステムを構成する複数の特殊聖遺物の1つであること。そして、そのシステムにおいて特殊聖遺物を使用するための、神子と呼ばれる媒介こそ、アイヤナであるということ。リーザたちの推測は、ここまでは当たっていた。
ただし何もかも的中していたという訳ではない。
まず、フラッデたちが乗っている宇宙船自体もまた、聖遺物であるという予測は間違っている。ただし、あらゆる軍事記録を持っているはずの《ヴァルキュス》の戦闘兵器内データに、それと該当するのがなかった理由として、聖遺物が絡んではいる。いくらか条件の一致した特定の対象に関して、発信情報を混乱させたり、妨害を可能とする、部屋の形をした聖遺物、"黒のアトリエ"による影響である。
その"黒のアトリエ"により、そこに何か物質があるという情報が徹底的に隠されているため、実際に間近に迫って目視するまでは、どうやっても直感的な感知ができない直径10キロ程度の人工惑星。
ほとんどが平らで開けているその惑星に、たった1つある、おとぎ話に出てくる城みたいな見かけの建物。
その城の前に宇宙船を止めたフラッデたち2人。
「あれは、"カテナの円盤"だな。やっぱりお前が持っていた訳か」
城に行くどころか、宇宙船から出るまでもなく、立体映像で姿を見せてくれた、目つきの悪い男。
フラッデたちの背後にて、彼らに命令をかける、いわば黒幕。
黒のアトリエは、特定の対象に任意の影響を与える訳だが、その影響を与えられた物体内部のことを監視もできる。"カテナの円盤"、そう呼ばれる聖遺物をフラッデたちが使ったことを男が知っていたのはそのため。
「レステス、黙ってたのは悪かったけど」
「この場合、残念だったじゃないのか? あれでおれの寝首でもかくつもりだったんだろう」
別にその男レステスは、怒りを見せたりしている訳でもない。むしろ、楽しげな笑みすらも浮かべている。
それでもアイヤナは、どうしようもなく恐怖で体を震わせてしまう。
「レステス」
アイヤナをかばうように、彼の前に立ち、立体映像のレステスと向かいあうフラッデ。
「今回は失敗したが、だけどこれでひとつわかった。あの女が、おれたちに円盤まで使わせたあの女が、今あのフィラメントの最高戦力だ。だから"世界樹"の外までおれたちを追って来なかったに違いない。彼女が守りの要でもあるためだ」
「そうだろうな。何者かは知らないが、おそらくは"世界樹"の出身ではない」
レステスとしても、彼女、リーザの存在は懸念材料のようだった。
「それで、あの女をどうにかできるのか?」
「できると思う。確かに異常な反射神経に身体能力だが、それでも体の構造自体は、普通のヒトの範疇。円盤の攻撃を受けないで、かわしたのがいい証拠だ」
そう、だからこそ、今やフラッデには自信すらあった。
「不意さえつけば彼女は殺せる。レステス、おれたちにやらせてくれ。"世界樹"のセキュリティならおれの専門だし、奇襲作戦は可能だ」
「確かに、まずはあの女を殺すことが肝心か」
レステスも、あまり迷うこともなく、さっさと決断した。
「わかった。やるならば最優先だ。あの女を必ず殺せ」
そして、もう話は終わりとばかりに、立体映像の彼は消えた。
「フラッデ、あの」
今はもう震えてなかったアイヤナ。
「大丈夫だ、アイヤナ」
フラッデの方は震えていたが、それがさっきまでの自分のとは違う原因だと、アイヤナにはわかっている。
「心なんて痛めないでいい。おまえは利用されてるだけなんだから。おまえのものじゃない、おれの罪は、おれだけのものなんだ」
フラッデにはそんなふうに言うしかなかった。優しい性格の相棒が、それで納得なんてしてくれる訳ないとわかってても、そんなふうに言うしか……




