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2ー11・母と娘の不思議な再会

 エルミィがたった3歳の時、父エヴァードは亡くなった。

 死ぬことはわかっていたらしい。彼は心臓という器官に欠陥を抱えていて、それをあえてどうにかしようとはしなかった。

 実質的にはほとんど自殺みたいなものだ。所詮、物理的な(しかも最もよく知られているヒトの)生物器官ならば、修復自体それほど難しいものではないし、仮にどうしようもない状態だったとしても、新しく用意したものと取り替えればいいだけだ。

 実際欠陥を負ってしまったエヴァードの最後の心臓自体、彼の生涯で8つ目のものだった。


 自信を持ってそれが真の愛情だと思えるような気持ちを、誰かに抱いた場合、その時の自分こそが一番特別なんだと感じることは、知的生物の感覚として、珍しい話ではない。

 しかし、その瞬間の特別な自分とは、愛という名の恋に落ちたまさにその時に、自分を構成していた全ての要素。だからこそ、例えそのためにどうなってしまおうとも、その瞬間の、大切な自分自身を変えたくはないというのは、"世界樹"という世界においては、あまり一般的な考え方ではない。この世界では、別に愛なんてものに限った話でなく、感情にまつわるあらゆる現象は、心こそが大切とされ、物質はそんなに関連付けされることがない。

 だがエヴァードは"世界樹"出身ではなかった。彼の生まれたフィラメント"草園(そうえん)"は、知性により理解される真相よりも、感覚器官が認識できる表面を重視する文化が浸透していた。

 科学研究の効率を高めるための感情のコントロールが一般的な"世界樹"とも、軍事戦略的な観点からいくらかの感情が強められたりもしている《ヴァルキュス》の3フィラメントとも違う。"草園"は言ってしまえば、生物は意識という物理的要素が足されただけの物質だという、古くさい思想にまみれた、時代遅れの世界であった。


 それでもエヴァードは、愛した女性メリシアのために生き続けるつもりでもあった。例え体の全てが失われようとも、人は心を変えないで生きれる生物だと彼女から教えられ、そして信じた。

 彼はもう2兆歳くらいだったのだが、彼女を悲しませたくないというただそれだけの気持ちが、それまでの長い時間、持ち続けていた思想も変えてしまった。


 だけど結局、メリシアはエヴァードを助けられなかった。それは強大な力に逆らった結果。


 メリシアは"世界樹"における四大国の1つとされていた《カトメド》出身の社会学者で、その王族直属の科学研究機関の一員だった。そして、彼女が"草園"の旅商人エヴァードに近づいた元々の目的は、平凡な彼を支配者に変えるという実験のためにすぎなかった。

 《カトメド》は当時、"世界樹"外の多くに違法的な干渉をしていたが、エヴァードもその一環。"草園"は閉鎖的かつ、多様な社会が散らばっている世界で、その内の1つを傀儡にした彼に支配させ、心理学的な操作のみを使って、どこまで思い通りに変えられるかという実験。


 メリシアからすれば、エヴァードなど未開の世界の野蛮人であり、自分に好意を抱かせるのは簡単だった。

 だが、計算外だったのは……。


ーー


「お母さんの方も、本気で彼に恋をしちゃったの。お父さんを傀儡にするために、恋人になって夫婦になった時にはもう、どうしようもなく後戻りできないくらいね。それまでずっと、他人を他人としか見たことなくて、お母さんは自分のこと、すごく冷めた人なんだと思ってたらしいわ。けどそれは違ってて」


 もしかしたら"草園"にメリシアを送った者たちは、そこまで計算ずくだったのかもしれない。エヴァードの思想の変化だけを見た場合、そちらの方が、本来の目的である支配実験的には、おそらく都合がよかった。


「でもそうだとしたら、お母さんもさらに利用してた奴らは、多分、お母さんの愛の強さこそが、計算外だった」

「自分たちを裏切るとは思っていなかった。おそらくそれまで結構長くの時間をかけて、慎重に調整もしてきた興味深い実験の成果を捨ててまでは」

 そういうことだと察しがついたザラ。

「時々あるパターンだね」とスブレット。


 別に恋愛感情に限った話ではなく、何らかの感情が、好奇心とか探究心を切り捨ててしまうくらいに強くなってしまったための計算外というのは、"世界樹"では、最も警戒されながら、最も防ぎようがない失敗理由とされている。


「でもそもそも当時の《カトメド》、いえ、四大国から逃げ続けるのは、現実的な道じゃない。かといって戦うなんてもっと無謀な話だったわ。お母さんたちが選べた道は、隠れることだけ」


 ずっと後の時代に四大国と関わることになったミーケたちが、戦いを選べたのは、リーザという強大な戦力が味方にいたからだ。


「でもどんな暮らしだって、2人にとっては幸せだったらしいわ、一緒にいれることが大切だった。だけど、2人だけで誰にも見つからないように生きる中で、弱った器官の治療なんて、どうしても物理的痕跡が目立つことはできるはずもなかった」


 そして、あと数年というところに迫っている別れの時を察して、2人は子を成す決心をした。


「わたしがその子供」


ーー


 しかし生きるのが精一杯のような隠遁生活の中で、ただの受精法はリスクが大きすぎた。だが少しでも意図的な調整を加えようとするなら、やはりそれのための物理的痕跡が、どうしても2人を探そうとする者たちにとっての目印となってしまう。

 だが構わなかった。最期が迫る中で、愛しあうことを止めない2人の願いは、2人にとって大切な子の幸せ。


 ところが物心ついた時、エルミィにとっての両親とは、自分を捨てた薄情者たちだった。

 父の死は知らず、母はフィラメント外へ逃亡していた。

 もちろんそれは、《カトメド》が広めた偽物の情報だったのだろうが、彼女の母メリシアは、無許可で個人を利用した実験を行った危険人物で、父エヴァードは彼女の言いなりの傀儡だったと、エルミィは聞かされていた。


 "世界樹"は、ザラもそうであるように、例え親世代がどのような印象の人物であったとしても、その子供の評価に、偏見が入ることは基本ない。

 エルミィは《学術委員会》に所属する物理学者として、多くの功績をあげることもできた。


 そして、もちろん"世界樹"自体も、何もかも四大国に支配されていた訳ではない。

 ある時にエルミィは、両親の真実をいくらか知る機会があり、まだどこかで生きているかもしれない母に会いたいと願うようになった。


 "世界樹"で最大の影響力を誇っていた四大国から逃げるのに、フィラメント外へ、というのは、最適解ではあるだろうが容易なことではない。まず間違いなく、協力してくれた有力者がいたはず。 そしてその協力者は、メリシアがどこへ向かったのかを知ってもいるだろう。

 そう考えたエルミィが、実際に見つけ出す事に成功した、その母の協力者こそが、エクエスと共に『水文学会』を立ち上げたトマテクスの子であるミィンだった。スブレットの先祖でもある、《カルディラ大学》の創始者。


ーー


「彼、生きてたの?」

 思わず、問いを挟んだスブレット。

「かなり長期間にわたって行方知らずだったみたいだしね。公式記録として残ってはなくても、死んだと考えられるようになったのはおかしくないわ。わたしは」

 そこで、一瞬何か躊躇するような様子を見せたエルミィだが、しかしすぐにまた言葉を続ける。

「わたしはけっこう幸運だったわ。彼を見つけられて。正確には彼がわたしを、というより物理学者を必要としてくれてたことがね」


ーー


 そう、白髪で、見た目的にもそれほど若くなかったミィンは、物理学者の協力を求めていて、かつてその母を助けてやったエルミィが、《学術委員会》で活躍できるほどの物理学者に成長していたことは、彼の方にとっても幸運であった。


 おそらくそれはエクエスも知らないことなのだが、ミィンは、エクエスの妹であり、《虚無を歩く者》が使い、ミーケたちも利用したスペースゲイト技術の開発者リウェリィに、一時期師事していた。

 しかしリウェリィがどうなったかは、ミィンは知らない。それは時期的には、まだ《カルディラ大学》も創設されていない頃。彼女は〈ワートグゥ〉という領域の調査をミィンに任せ、自分はまた、別の領域へと消えて、それきり。

 そして長い時間、ミィンは、時々は"世界樹"に戻りながらも、〈ワートグゥ〉の研究を密かに続けた。最も研究といっても、ほとんど、ミーケたちも確認した、特異的なエネルギー平坦環境が、謎の都市世界《ルビリア》のような一部を除いて、本当にどこまでも続いているのかをひたすらに確かめるだけというようなものだったらしい。

 そして、公式記録としては残っていないが、ある時に"世界樹"に帰還した際、彼は社会学者であったメリシアを見つけ、"世界樹"から逃がしてやる条件として、《ルビリア》の調査協力を依頼したのだった。

 そして、それからまたいくらか時間がすぎた。


 メリシアが助っ人を求めたのは、1度だけのことではない。

 物理学者は4人目だった。《ルビリア》にはどうやら、運ばれてきた生物だけでなく、最初から存在していた動物もいくらかいるようなのだが、その起源の解明に、生物物理に詳しい助っ人を、メリシアはある時求めた。

 そしてミィンは、メリシアの娘であったエルミィを選んだ訳であった。


ーー


「なんだか不思議な再会だったわ。とても幼い頃には、一応一緒だったはずだけど、覚えてはいないお母さんとの再会」


 しかし何にせよ、遺伝的要素を強く受け継ぐ受精法による母子だけあって、それなりに気は合って、研究者仲間として、互いにすぐ仲良くもなれた。


「まっ、とりあえずわたしが『水文学会』のことを知ってたり、ここにいる理由とかは、ここまで話した通りよ」

 そして、閉じられていた家の壁ドアを再び開いたエルミィ。

「ミィンは、わたしをここに連れて来たのが最後の仕事だったみたいで、その後しばらくしてから死んじゃったわ」


 結果的にそのおかげで、メリシアも助っ人を呼べたりして助かっていた訳だが、ミィンは別に、生きたいと思って生きている訳ではなかった。ただ彼は、自分が重要な使命を背負っていて、生きなければならないと考えている節があったという。


「だけどわたしをここに連れて来た時の彼は、もういつだって死んでいいって感じだったわ、何か吹っ切れてるみたいな。これはわたしが今立てた推測なんだけど、多分エクエスさんがまだ生きてるって事を知ったんじゃないかしら。大災害とかの知識を、自分よりもしっかり持ってるだろう大学者が」


 考えてみれば、本人はそのことについて何も語らないが、エクエスが生き続けてきた理由も、そういう、過去を知る者としての使命感からなのかもしれない。


「とにかく、ミィンはもういないけど、だけど、お母さんはまだここにいるわ」

 そして、エルミィがふっと見せた可愛らしい笑みに、ミーケとルカの少年2人は一瞬ドキリとさせられる。

「あなたたちの研究も、宇宙の別領域が関わってくるものだし、まさにちょうどよかったんじゃない。ここでわたしたちが研究してきたこと、それでわかってきたことのいくらかは、きっと大きな手がかりになるわ。で、その辺りはわたしよりお母さんの方が上手く説明できるところも多いだろうから、まずは彼女のとこに案内するわ」


 そういう訳で、ミーケらはさらに、エルミィの母、メリシアにも会うこととなった。

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