2ー5・テレポート議論
ミズガラクタ号の空間跳びシステムは、簡単には「自然状態の空間内では、必ず消せない、ゼロエネルギーの隙間を利用して、空間転移を実現する」などと説明されるもの。利用の前段階として、かなり多量な要素を用いたコンピューター解析が必要となる。もちろん現在の空間点から転移先の点までの距離が離れているほど、それにかかる時間も増える。
しかし、システム自体は一般的なものであっても、それを搭載した船自体が、まったく一般的ではない。
物理的に考えられる限り、最も強固な物質であるテミスフィア製である上で、その自身の素材を最大限に利用できる、おそらくは宇宙の全領域においても類いまれな、もしかしたら唯一の船。それゆえの極限的な耐久性。そして、その特性を存分に利用して搭載した、強力なコントロールコンピューター。
「テレポートの原理自体は、やっぱりまったく理解不能なんだけどさ。けどこのミズガラクタ号なら、頑丈で安定性あるし、コンピューターの計算能力も高いから、その気ならこの領域内の、どの場所にだって転移できるんだろ?」
閉ざされた銀河系の中の、閉鎖された星系に生きていた、まさしく世間知らずだった頃から、自分なりにいろいろ勉強してるつもりではあったが、やはりまだまだ、様々な基礎的とされる科学技術の話すらほとんど理解できないルカ。
「おそらくは可能ですね」
「おそらくなんだ」
ルカの質問に対するザラの答に、意外そうな声をあげたのはスブレット。
ミズガラクタ号は"世界樹"の範囲から出たばかり。
その船内に今、49用意されている内、基本的に普段から共有されている部屋にその時いたのは、3人だけ。
ミーケは、自室で休息していた。どうもその特殊な力の発動に必要なのは、わずかな集中とか程度ではないようだから。
ミズガラクタ号の変換水エンジンの効率はかなりよく、数十分も駆動させれば、エネルギー貯蔵分を限界に確保できる。しかし、それを実際に行なったなら、エンジンを駆動させるミーケ本人は、かなりの体力を消耗してしまうのである。最適環境の中でも、回復に半日くらいかかるくらいだ。
もっとも、ひたすら使える限り、エネルギーを使い続けても、貯蔵分は満タンからなら10日くらいは持つから、実用的観点では、あまり問題ない。
「なぜおそらくなの?」
あらためて聞くルカ。
「厳密には言葉での説明は難しいですけど、まあ簡単に言うと、実のところわたしたちは、わたしたちのこの領域の果てに関して、いくつかまだ知らないことがあるんです」
「でも大きさ」
スブレットにはあまり興味ないことではあるが、それでも、〈ジオ〉の領域の中での空間的最大直線距離は知られていると聞いたことは何度かあった。
「いえ、わたしたちが普通、そうだと定義している領域の大きさは、いくつかの変化率を今の基準のみで考えた場合のものにすぎないんです」
「あっ、そっか。大災害前の状態を考慮に入れてない訳か」
スブレットはもう、すっかり納得できたようだった。
「あの、その変化率って多分あれ。その、水ができる、いや安定するパターンと、しないパターンの素粒子構成の変化の度合いとか、そういう話なんだよな?」
ルカにとってはまだまだ疑問だらけだ。
「そういう話と思ってくれて問題はないです。で、わたしたちが領域と呼んでいるものは、実際のところ、空間自体の大きさでなく、全体として完璧に閉ざされていない情報伝達範囲のこと。まあようするに、領域の大きさというものは常に変化するもので、最大距離もその時々によって変わるんです。そして今のその距離を完璧に把握するには、ちょっとデータ不足すぎるって事です」
さすがと言うべきか、ルカがいったい何に対して疑問を抱いていたのか、ちゃんと言われなくても、しっかりわかっていたようであるザラ。
「まあ、うん。なんとなくはわかった」
実際は微妙だが、ただ、おそらくは今されている以上に簡単な説明も無いのだろう、ということくらいはルカにも察せれる。
「と、とにかくさ、テレポート範囲が、本当に領域内全部なのかがわからないのは、領域自体の大きさが正確にはわからないからってこと、て理解は合ってる?」
「合ってますね」
即座にザラは頷く。
「でも、ぼくらがこれから行こうとしているポイントまでの距離はわかってる。てことは、少なくともそこまで一気に空間転移できることは確実。間違ってない?」
「大丈夫ですよ」
なんだか、少し楽しくなってきたという感じでもあるザラ。
「"世界樹"は、わりとフィラメント内、銀河内国家が多くて、いろいろな決まり事がたくさんある方で」
もっと緊急の事態でもない限りは、移動にも様々な制限がかかる。移動システムに関してかなり優れたミズガラクタ号でも、そこを抜けるのに1日もかかったのはそういう理由、なのはルカも知っている。
「けどもうそこは抜けた」
そう、はっきり言うなら、もうその速度を存分に発揮するのに、邪魔になる要素はほぼない。
「正直、ちょっと驚きました」
また、彼の聞きたいことは悟れたが、まずその疑問が出てきていることに、素直にザラは感心していた。
「なぜ一気に空間転移をしないのかを聞きたい訳ですよね。エネルギー効率的にはそっちの方がいいはずなのにと」
「うん。それ、全部別々の計算なんだろ?」
さっきから部屋の隅で目立っていた、数字を表しているらしき小さな記号群が、いくつかグループに分かれて飛び回っているような光景を指差したルカ。
具体的にどのような計算をしているのか、それを見ただけではルカにはわからないのだが、その明確なグループ分けの様子が、互いに関係のない別々の計算を並行的に行なっている様子だということは、彼も経験的にもう知っていた。
そして確信とまではいかないが、普通に考えるならそれらは、今からしようとしている空間転移による移動のための計算であろう。
「全く別の複数の計算してはいる、けど、みんな似たような感じにも見えるからそうなんじゃないかと思って。ていうかそうなんでしょ。で、計算が複数てことは、一回じゃなくて何回かの空間転移を使うつもり、てことでしょ?」
「わりと見事ですね。エクエス、いえミーケでしょうか」
「ミーケさ。この本、おすすめされてさ」
そして、[移動技術百科]という本を表示させたルカ。
その本の中に、(なぜそうなるのかはわからなかったが)テレポートを利用した空間転移は、同じ空間距離を移動する場合、その発動回数が少ないほどエネルギー効率がよい、と書かれていた訳である。
「まあ、実際は、効率がいくらよくても、その一度の空間転移に利用できるエネルギーが莫大すぎるのが問題なんです。短期間での大きなエネルギーの使用は感知されやすいですから」
「そのうちどうなるかはともかく、今はまだこの船、他のフィラメントとかには全然マイナーだしね。そこまで極端な使い方には慎重になった方がいいってわけよ」
そこはスブレットも説明に参加した。
「でも大きなエネルギーの使用て言っても、そんなに関係あるの? この領域全体の規模で」
深く考えるとスケールが大きすぎて、ルカにはもう推測すらできない。
いくらミズガラクタ号が凄い船なのだとしても、この領域というすでにとても広い世界の中では、それもちっぽけな点みたいなものだろうに、そんなに目立つことが、そもそもできるのだろうか。
「エネルギーの規模もですが、その使われ方も問題なんです」
そこからは、スブレットの方が得意な材料工学の問題になることもあり、あとは任せるとばかりに、彼女の方を向いたザラ。
「まあ」
一瞬戸惑うも、しかしすぐに冷静に、スブレットは説明に入る。
「この船のメイン素材のテミスフィアって、ほんとは結構、いろんなことに対して邪魔になるものなんだ。まず普通には物理的な変形をさせられないからね、その時点で、例えばこういう船の素材として使うことに関しては、かなり無謀な素材のはずなの。けど、なんでかわからないんだけど、あの変換水エンジンを通して、上手くコントロールできるシステムになってる。pパターン物質はテミスフィアの抵抗を消しやすくて、かつ、水って実はものすごくシンプルな物質なんで、安定状態さえ続けれるなら、それを利用したシステムの構築もすごく簡単だから」と、ここまで結構な早口だったスブレットだったが、やや困り顔のルカに気づき、一旦は黙る。
「つまり、ね」
そして、何に対してか頷き、今度は実に簡潔な説明を告げた。
「結局この船は特別すぎて、こんな広大な世界でも目立っちゃうってわけ。あまりこの船独特のことをするとね。まあ、あまり長すぎる距離での空間転移ってのはその独特すぎること、てこと」
「うん」
ルカもまた頷いた。
「やっぱりぼくはもっと勉強しなきゃだね。実感した」
「いや、実際、きみ大したもんよ」
「ですね」
スブレットの評価に、ザラもすぐ賛同する。
「あと、危険かもしれない調査に行くわけではありますけど、それでも出来る限りは安全重視ですよ。で、潜り抜けて向こう側に行く前に調べておきたい事は、遠くからでも調べれることばかりだから、あまり急いで近づくこともないってこともあります。こっち側で取れるデータはもうすでに十分あるわけですしね」
実際、いくつもの古い記録、領域シミュレーションデータ、エクエスが覚えているリウェリィの技術などの解析から、すでに様々なことがわかってきていた。
特に重要なのは、そのスペースゲイトの先にある領域がほぼ確実に〈ワートグゥ〉であること。そして、その〈ワートグゥ〉という領域において、ありえるどの環境でも、ミズガラクタ号なら、というか〈ジオ〉の標準的な船なら適応できるだろうこと。
ーー
そして、何度かの空間転移を始めて、その空間ポイントに到達したのは、半日後くらい。
ミーケももうすっかり回復して、ザラたちと一緒の部屋にいた。
「光学的には何もないみたいね」
確かにそれがそこにあるはずの場を映してはいるはずなのだが、全く何もない空洞域があるだけにしか見えないモニターを見ていたスブレット。
「スペースゲイトってそういうものなの?」
モニターの右隣の壁に写っていた、かなり細かな文字で書き綴られているようなデータを読んでいる様子だったザラに、ミーケが問いかける。
「おそらくそれは、このゲイトがある種の空間転移の応用だからです。理論的には、何て言えばいいんでしょうか、未開拓の空洞の情報が混じってるのだと思います」
ザラもモニターの方を向いた。
「えっと」
「ルカ、多分、聞いても無駄だと思う」
苦笑いのミーケ。
「ですね。領域の間に関しては、本当に誰も知らないことです。そして別領域に関しては、やはり実際に行くしかないと思います」
ザラも苦笑い。
「じゃあ、行くよ」
スブレットはただ、かなり緊張した様子で、ミズガラクタ号を、そのゲイトへと動かした。
ーー
〈ワートグゥ〉。この領域の中で、最も巨大な集合構造物は、そこの住人たちから《ルビリア》と呼ばれている、巨大人工惑星の連続体の世界。
2番目は、〈ジオ〉のものではない、しかし〈ワートグゥ〉のものでもなかったはずの、巨大な宇宙船。
それは遥か昔に、しかし大災害よりは後に、〈ネーデ〉からやって来た船であった。
[警告。他領域からの生命体テクノロジーを感知]
船の中の一室。そのメッセージを最初に見たのは、かつて太古のジオ、地球という惑星において、イカと呼ばれていた生物に似た、〈ネーデ〉の生物種のひとり。ヒトに比べると大きい、だいたい3倍くらいの大きさがあろう生物。




